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白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
三章 披露宴は亡霊屋敷にて
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ep15 愚かなる貴族 マーシェル



 婚約披露宴一日目、午後七時。




 この日の夜に多くの貴族、騎士、皇族関係者がヴェルディカ離宮へとやって来る。男性は気品溢れる礼服で、女性は華麗なるドレスに身を包み、皆がこの婚約披露宴を楽しむ姿勢でいる。



 一日目はマーシェル氏の婚約発表から始まり、その後は立食形式のパーティーが催される。彼等にとってパーティーとは社交場であり、資産家や企業主が多い貴族としては大いに有意義な舞台だ。



 恐らく披露宴を欠席する者はいないだろう。……なので、調査するには絶好の機会である。



 一方のゼノスが会場に入ったのは、午後七時半。丁度マーシェル氏の婚約発表が終わり、本格的にパーティーが実施された時からだった。ゼノスは今からウェイターとして入り、酒やその他の飲み物を配給する役目を務める。



 無論ただ仕事を果たすだけでは無い。その間に様々な貴族の会話に聞き耳を立て、僅かな情報でも得る事だ。……特に、マーシェルに関しては重点的に見ていくつもりだ。



 そう心に誓ったゼノスは深呼吸をし、トレイを持ちながら使用人専用の入り口から入場する。




 ――薄暗い廊下から一転、そこは煌びやかな場所だった。




 一言で言うならば……富と名誉が集う、華の舞台。シャンデリアの灯りが会場全体を黄金色に染め上げ、豪華絢爛さを醸し出す。広い空間には沢山ものテーブルが置かれ、その上には豪勢な食事が並ぶ。



 弦楽四重奏の音色が優雅に響き渡り、それを聞きながら沢山の貴族や騎士達が会話に華を咲かせる。

淑女の纏う鮮やかな色のドレスは、会場に更なる彩りを加える。



 ……悲しき哉。このヴァルディカ離宮より外では飢えに苦しむ人々がいて、今も地獄の様な生活を送っているのだろう。



 この相反する世界を比べると、ゼノスは心が痛くなる。



「……いや、今は考えないでおこう」



 一人呟くゼノスは気分を改め、周囲を見渡す。



 成程、流石にパーティー開始からそんな経っていない為に、他の貴族達は真っ先に開催主であるマーシェルへと群がっている。この様子だと彼等全員が挨拶し終えない限り、まともに調査する事は出来ないだろう。



 ここはひとまず距離を取るべきか……と、思った時だった。



 ゼノスの目先に、丁度メイド姿のゲルマニアが料理を配膳台で運んでいて、あるテーブルにて作業をしていた。



 あまり疑問に思われない様、何気ない足取りでゲルマニアへと近付き、一緒に手伝う。



 その最中に、ゼノスは目配りせずに言う。



「――他の使用人から何か聞けたか?」



「いえ、シールカードに直結する情報は特に。……ただ」



「ただ?」



 途端に声の調子を変えた彼女に、ゼノスは訝しげな様子で問う。



 するとゲルマニアは……まるで壊れた機械人形の様に、ぎこちない動作で顔を向けてくる。――冷や汗をたらしつつ、青ざめた顔だった。




「こ、ここ…………出るらしいのです」




「出るって……何がだ?」



 ゲルマニアにしては珍しい態度だ。一体何が彼女を怖がらせているのだろうか?――と、彼女は続いて言う。



「あ、あれですよ。…………『幽霊』です!」



「幽霊って……そんなのいるに決まってるだろう」



「何故断言出来るんですか!?」



 ゼノスは嘆息し、周りに貴族がいない事を確認する。



 まあ大丈夫そうなので、彼女に断言する理由を述べる。



 ――ヴァルディカ離宮。ここは元々ヘストニス領となる前から存在する建物であり、歴史ある建物である。



 今現在はこうしてヘストニス家の避暑地でもあり、別荘と化しているわけだが……それ以前、ここは『拷問施設』として活用されていたのだ。



 しかもタチが悪い事に……魔女裁判が流行していた時代にだ。なのでここで死んで行った者は殆どが無害な者達であって、怨念が宿るのも無理は無いと思う。



 ――それを聞いたゲルマニアは、全身を震わせながら瞠目していた。



「な、なな……何でそれを先に言わないんですか」



「言った所で状況は変わらないと思うんだが。……もしかして、怖いのか?」



 ゲルマニアは頷く。



「当たり前ですッ。てか皆さん、よくこの離宮に泊まる気になれますね……り、理解出来ません」



「……ま、恐怖より利益の方が上回ったんだろう。それよりゲルマニア、俺達が気にするのは幽霊じゃなくて、あくまでシールカードだからな?」



「分かってます…………うう、けど」



 ああ、何となく彼女がまだ怖がる理由が分かった。



 使用人は狭い一室ではあるが、各一人ずつに『個室』が宛がわれる事になっている。他の使用人達は纏まって一角に集中しているが……ゼノス達は特別使用人として雇われた身だ。



 部屋の位置も彼等よりも離れていて、ヴァルディカ離宮三階の端っこ。――つまり、ゼノス・ゲルマニア・アスフィ以外は誰もいない階で寝る事になるのだ。――確かに心細いし、怖くもなるだろう。



 ちなみに、ゼノスは幽霊など全く怖くない。



 以前にも古都アグネイアスという亡霊しかいない国に行った事もあるし、もし幽霊が出たら、その場で斬り伏せればいい事……全然大丈夫だ。



「ああ……出ませんように、出ませんように」



「いやいや、拝んでも仕方ないだろ。…………っと、そろそろ挨拶も一通り終わりそうだな」



 気付けば来賓達はまばらに散り、既に他の者達と会話をし始めている。ここで長々と話をする暇も無いようだ。



「じゃ、後は頑張れよ。引き続き調査の方を宜しく」



「……」



 ゲルマニアは頷くだけで、何も言ってこなかった。ただ涙目で、子犬の様に弱々しい瞳を見せてきた。――酷いです、と心中で思っているのかもしれない。



 だがゼノスとて構っている場合では無い。今この場で何かしらの会話をして以上、聞き漏らす事は許されない。



 ――そこからゼノスは、様々な会話を盗み聞きする。



 と言っても、その内容は大した事ないものばかりだった。例えば商談の話だったり、自分の子の自慢話だったり……平和的なものである。



「流石にボロは出さないか。……いや、というよりも」



 ――彼等貴族から、殺伐とした雰囲気をまるで感じない。



 例え表面には出さずとも、僅かばかりの殺気や緊張があってもいいはずだ。もし彼等がシールカードを用いて革命を起こすつもりなら……このような機会に、必ずや黒い意志が蔓延っていてもおかしく無い。




 ……となると、他の貴族達は無害なのか?




「……なら、すべき事はあと一つだな」



 ゼノスは飲み終えたグラスを回収しながら、ある方向を睨み付ける。



 視線の先には――赤い貴族服に包まれた青年がいた。傍らには暗い表情で佇むアリーチェ皇帝陛下がいて、対面にはゼノス以外の六大将軍が存在している。




 赤い貴族服の青年は――マーシェルであった。




 ……好都合と言うべきか、絶好の機会だ。



 ここからでは会話も聞こえないので、六大将軍達のグラスを回収しながら拝聴しようと接近する。



 そして、テーブルを挟んだ先付近でようやく聞き取れた。




「――ようこそお越し下さいました、将軍方。このマーシェルとアリーチェ様を祝福する為に、よくぞ来てくれました」




「招待して頂き、誠に感謝しますぞ。我等六大将軍を代表して、このアルバートが感謝の意を述べる」



 丁度挨拶に来た所らしい。マーシェルが慇懃な態度で言葉を発し、それをアルバートが受け応える。


 ……ちなみにアルバートは騎士の正装服、イルディエはいつもの踊り子衣装、ユスティアラは赤の着物姿、ジハードは紺のスーツ、そしてホフマンは貴族の正装姿である。



 ――実はこの時の為に作戦を用意したのだが、今は実行すべきでは無い。ゼノスは様子を見るべく、近場にある配膳台を脇に置き、食器を片しながら会話を聞き続ける事にする。



「にしても、今回の婚約披露宴は盛大ですな」



「お褒めに預かり光栄です。……皇帝陛下との婚約は、我がヘストニス家の念願でもありましたからね、これぐらいの規模は当然ですよ」



「左様ですか。……じゃが次期皇帝陛下となられた際は、このような戯れは控えて欲しい所……そうは思われないか、マーシェル殿?」



 アルバートの鋭い指摘は、正にマーシェル自身を非難する言葉だった。



 確かにこれだけの催しを行ったからには、それ相応の出費が伴ってくる。如何にヘストニスと言えど、私産のみで開催出来るものでは無い。



 ――そう、このパーティーは税金として徴収された金を使っているのだろう。あのような状態にある領民から金と農作物を奪い……まるで独裁者の如く振る舞っていると言っても、過言じゃない。



 それを指摘されたマーシェルだが……彼は余裕の笑みを見せる。



「はは、これは痛い所を突かれましたな」



 悪びれもせず、ワインで口を湿らせる。



「ええ確かに。皇帝陛下ともなれば、国の資産を無闇に使う訳にはまいりませんからね」



「その通りじゃ。分かってくれたようで」




「――――なら、更に税負担を強いる必要がありそうですね」




 その言葉に、ゼノス含め六大将軍全員が唖然とする。



 ……何を言っているんだ、こいつは。ただでさえ前皇帝の悪政策で民が疲弊し尽くしているというのに……彼等を飢え死にさせるつもりか?



「ふふ、そうすれば様々な面で活用出来ますよ。外交面での賄賂、国内有力者達の支持を集める為の舞踏会も開く事が出来るし……何よりも、皇族家の私腹を満たすものとなります」



 それは本気で言っているのか、ゼノスは我が目を疑う。



 一方のアルバートも同様であり、眉間に皺を寄せながら沈黙する。



「……別に体裁を気にする必要はありませんよ、アルバート殿。今は周囲に貴族達もいませんし、思う存分本音を述べて下さい」



「ふん、言った所で何も変えるつもりは無いのだろう?……不満は大いにあるが、今この場でそれを晒す気は無いわい」



「そうですか。――ならこれからもその姿勢でいて下さいよ。これが我々の流儀であり、ランドリオ帝国本来の考え方なのですから。…………まあ、経験の浅い騎士風情には理解が及びませんか」



「…………貴様」



 明らかに挑発した様子に、ユスティアラが激怒を露わにする。



 一歩前に出る彼女だが、それをアルバートが抑制させる。



「無知蒙昧も程々にして欲しいものじゃな。それとも……それは貴族特有のジョークと取っても良いのか?」



 ジョーク、そう言われたマーシェルはくすりと嗤う。



 それは馬鹿にした様な嘲笑だった。



「――僕は本気ですよ。何も冗談のつもりで言ってはいない」



「……何じゃと」



 彼から発せられる異様な雰囲気に気付いたのか、アルバートが体を強張らせる。目を細め、警戒心を強めた。



 しばし睨み合う両者。静かなる闘志が辺りを一変させていく。



 ――だが



「……無用な争いは慎んで下さい。ここは祝いの場ですよ」



 終止符を打ったのは、ずっと静観していたアリーチェであった。



 彼女はマーシェルを一瞥し、それ以降はまた黙ってしまう。



「ああ、そうでしたねアリーチェ様。何とも配慮に欠けていました」



 そう言って、律儀に頭を下げるマーシェル。



(――冗談では無い、か)



 ゼノスは一部始終を聞き終え、確信に似た答えを見出し始める。



 傍若無人とも言える態度……だがそれを臆面も無く断言し、まるで頼れる何かがある様な、自信に溢れた様相である。



 ――探りを入れる必要がありそうだ。



 片付ける手を止め、ゼノスは瞳を閉じる。




『聖騎士流法技――心音派生』




 ……刹那、周囲の音が全て消え失せた。



 だがゼノスとアルバートの息遣いだけが聞こえ始め、二人の音だけが世界を支配する。



 これは誰も聞こえない、聞いてはならない。聖騎士の隠密技を駆使して、ゼノスはテーブル向かいに立つアルバートに語り掛ける。



『――アルバート』



『小僧か。先程から気配は感じていたが……上手く溶け込めているようじゃな』



 脳裏に過る声音、実際に声を出してはおらず、心の声で返ってくる。



 この技はラインの隠密技を参考に創造したものだが……成程、かなり役立つ技だ。



『……何が言いたいかは分かるか?』



『無論じゃ。――こいつは黒の可能性が高い。探りを入れる手伝いをすればいいのじゃろ?』



『ああ……頼む』



 ゼノスの言葉を最後に、世界にまた音が戻る。



「……いかがなさいましたかな、アルバート殿?」



「おお、すまんすまん。疲れのせいか呆然としてたわい」



 アルバートは豪快に笑う。だが他の六大将軍達は彼の変化、及びゼノスの存在に気付いたのか、事の状況を理解する。



「……おっと、そうだった。マーシェル殿に渡す物があった」



 ごそごそと胸ポケットから一枚の手紙を取り出し、それをマーシェルに手渡す。



「これは?」



「いや何、今日来れなくなった聖騎士の祝電じゃよ。……奴は発生した神獣の討伐に向ってしまってな、残念な事よ」



「成程……では、在り難く頂戴しましょう」



 ――よし、今だ



 マーシェルが手紙を受け取ったのを見計らい、ゼノスは自然な動きで彼等へと歩み寄る。マーシェル自身はゼノスの素顔を知らないと思うが、気休めとして伊達メガネを付ける。



「マーシェル様。宜しければその手紙、私が自室に置いて来ましょうか?」



「ん……そうだな。鍵を渡すから、僕の執務机に置いてくれ」



「は、畏まりました」



 ゼノスは鍵を貰い、自分が書いた手紙を持つ。



 ……どうやら成功したようだ。これは会議の時に立案した策の一つであるが、タイミングも良かったし、おかげで計画通りに行く事が出来た。



 後は彼の部屋で証拠を漁るだけだ。



「……」



 ふと、ゼノスに気付いたアリーチェがこちらを見つめる。




 不安な様子で、とても心配している。






 ――ゼノスは軽く微笑み、その場を後にした。









 


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