ep14 ゼノス、使用人になる
婚約披露宴当日、ゼノス達はヴァルディカ離宮へと足を運ぶ。
ランドリオ帝国から馬車で街道を進み、幾つかの貴族領を抜けて行く。それらの領地はさほど広大なものでは無く、馬車だと約数分程で領内を横断出来てしまう。
――だが、ヘストニス領だけは広大な領地を有している。
元々ヘストニス家は約三百年前の皇族家の親戚であり、当時は宰相という形で皇帝陛下を支え、政治主導権を握っていたらしい。更に皇帝陛下の妹と結婚したと言う事実も歴史書に刻まれている為に、このような広大な領地を有する理由も納得がいく。
いくら貴族主体の時代が終わったとはいえ、このヘストニス領内では未だにヘストニス家の権力が主体となっている。
実際に統治方針を下すのは皇帝陛下であり、又はランドリオ帝国文官の役割であるが……最終決定権を持つのは、あくまで領主本人。
――――馬車の車窓から見える世界が、それを物語っている。
「……くそったれ」
ゼノスは憎々しげに、怒りを押し殺した声音で呟く。
――外の世界は、まさに世紀末と言うべき光景であった。
放牧された家畜達は痩せ衰え、道行く村民達はどこか虚ろで、空腹に堪えながら労働に勤しんでいる。ある農夫はふらつきながらクワを持ち、ある母と子は街道脇へと跪き、馬車へと向かって精一杯に物乞いをする。
だがそれはまだ良い方だ。ある場所では平然と子供の死体が横たわり、それを母親が泣きながら抱き抱える。
…………そして、まだ年端もいかない少女を連れ去ろうとする領内騎士達を見た時は、流石のゼノスも目を覆った。
恐らく領主の権限を利用して、自分の性欲を満たす為に少女を誘拐しようとしているのだろう。本当ならばすぐにでも駆け付けて少女を助けたい所だが…………その際に多くのリスクを伴う事になるだろう。
――嗚呼、やはり噂通りだった。
シールカードと陰謀を模索しているのを抜かしたとしても、ヘストニス家は外道に値する存在……六大将軍に粛清されるべき悪だ。
その証拠に、行き着いたヴァルディカ離宮は豪華絢爛であった。
救貧制度によって仕送られた社会保障金をふんだんに利用し、自分の欲を満たし、周囲の貴族達に自慢する為だけに創設された離宮。
……待っていろ、ヘストニス。
騎士道精神の名の下に、必ずやこの行為を後悔させて見せる。そして後に起るだろう惨劇を食い止めて……アリーチェを救ってやる。
その為にもゼノスは騎士として、友人として――――――そして、
「――本日から緊急の使用人として配属されたゼノス・ディルガーナと申します。至らぬ面も多々あるかと思いますが、どうぞ宜しくお願いします!」
「おお、君しっかりとしてるねえ。うんうん、最近の若者にしては珍しい態度で感心だよ」
……ヴァルディカ離宮に着いたゼノスは、何故か燕尾服の恰好で初老の先輩使用人に自己紹介をしていた。
「さて……じゃあそちらの娘さん達も、ちゃんと自己紹介してくれるね?」
先輩使用人が見定めるかの如く、ゼノスの隣に立つ二人の少女を見やる。
すると――二人のメイド服に身を包んだ少女達が答える。
「はい。――私もゼノス同様、緊急の使用人として配属されたゲルマニアと申します。農家の娘ですが、礼儀作法はしかと弁えているつもりです」
「はいは~い!私はアスフィ!持ち前の元気さで頑張りたいと思いま~す!」
と、二人は対照的な挨拶をする。
「ふむ……宜しい。披露宴は夕方、まだ時間はあるが準備すべき事は沢山ある。後に担当の者が来るので、それに従う様に」
そう言って、先輩使用人はそそくさと去って行く。
「…………ゼノス」
「い、言うな、分かってるから。ちゃんと事情は説明する」
ジト目で睨んでくるゲルマニア。苦笑いをしながら、ゼノスは何故こんな状況になっているかを説明する。
――事の発端は一週間前。アリーチェが働く酒場で飲んだ翌日……ゼノスは六大将軍を集めて、皇帝陛下を除いて円卓会議を再度行った。
議題は勿論、婚約披露宴当日の際、シールカード対策の為の警戒を見直す事である。
――――ここで、ゼノスはある決断をした。
『……俺は六大将軍としてで無く、当日は離宮の使用人として潜入する』
この発言は、どの六大将軍も動揺を隠せなかった。
ゼノスとしては単独で調査も出来るし、尚且つアリーチェに余計な不安をかけさせる心配も無い……筈だ。
六大将軍達は最初こそ戸惑ったものの、すぐさま聖騎士不在の根拠たる証拠を構築し、ホフマンはその地位を使ってゼノス達に使用人の資格を与えてくれた。
ゼノスが簡潔に事情を説明すると、ゲルマニアは深く嘆息する。
「大体の流れは理解出来ましたけど……」
彼女はちらりとアスフィを横目で見やる。
「……アスフィさんまで連れて来る必要はあったのですか?」
「勿論だ。今回の調査でシールカードが関わってくる以上、なるべくアスフィを傍に置いておきたい。……となるとだ。六大将軍という地位で彼女を連れて来てしまえば、間違いなく素性などについて質問される可能性が高い」
出来る限り面倒事は避けたい。仮にも始祖だという事がバレてしまえば、貴族達は揃って皇族の弱みを握ったと確信し、国内情勢を揺るがしかねない事態を引き起こすかもしれない。
「それに、アスフィは色々と役立つ。分かってくれ」
「……分かりました」
ゲルマニアは何故か不機嫌な様子だが、どうにか理解してくれたらしい。
一方のゲルマニアの心情はと言うと……
(――アスフィさんは役立って、私はどうでも良いのかな。…………ああもう!聞きたいけど聞きづらいよ……)
ゲルマニアは更に悩んでいた。その悩みとは、彼女は本当にゼノスから頼りにされているのかと、自分は本当は必要無いんじゃないかと思ってしまう。
ゼノスは強い。例え聖騎士の鎧を付けていなくても、その実力は容易に他者を圧倒させ、素顔のままでも六大将軍としての威厳は兼ね備えている。
……自分は、本当に必要な存在なのだろうか?
「――ふふ、悩むぐらいだったら聞いてみればいいのになあ」
「……ッ。な、何をですか」
突如アスフィにそう言われ、ゲルマニアは慌てふためく。
「べっつにぃ、私は何について悩んでいるか分からないし。……あ、でも予想で良ければこの場で言い当ててあげよっか?」
「ぐっ、ぬぬ…………け、結構です!」
明らかにからかわれている様で、すっかりゲルマニアは拗ねてしまった。
アスフィは薄く笑んだ後、ゼノスの方へと振り向く。
「ま、ゼノスの判断は間違ってないよ。それにゲルマニアだって……そこの所は薄々理解出来てるよね?」
「……ええ、まあ」
ゲルマニアは周囲を見回し、不快感を露わにする。
「この『光の源』の濃度。それと何でしょう…………まるで誰かに見られている様な感じがします」
「……見られている?」
光の源に関してはゼノスも分かっていた。ギャンブラーとなってから、目で見えずとも肌で察知出来る様になっているのだ。
光の源とは、シールカードが本来以上の力を発揮するのに必要な粒子であり、それは自然から発生される要素である。
――だがシールカードが意図的に吸収しようとすれば、光の源も自然と一か所に集中するらしい。前者の時点でシールカードと関与している可能性は大となったが……ゼノスは後者の言葉が気になった。
ゼノスの疑問に答える前に、アスフィが感心した様子で言う。
「うんうん、妥協点だけど悪くないよ」
「……誰かにって、それはシールカードなのか?」
「今は確信出来ないけど……十中八九そうだろうね。ゼノスが見抜けないとするとその確率の方が高いよ」
それを聞いて、ゼノスは噂が現実だという事実を噛み締める。
この中にシールカードがいる。それはつまり、貴族と共に何かを共謀している可能性が出てくる。
何となくだが……この視線を放つシールカードは、自分達に敵意を抱いている、それだけは僅かに伝わってくるのだ。
「そんなこんなで、万が一の事があったら私に頼るといいよ」
アスフィは誇らしげに言ってくる。
奴等の事に関しては何も話さないのに、ゼノスの補助はやるつもりでいる。本当に敵か味方なのか、正直はっきりと区別が出来ない。
だがシールカードは何をしてくるか分からない。以前の様にこちらの力を封印する罠を仕掛けてくるかもしれない。……彼等の祖たるアスフィがいれば、多分そのような事態を回避出来るだろう。今は何も言わず、彼女を利用するしかない。
「あ、いたいた。君達が新人ね。それぞれ仕事が決まったから、私に付いて来てね」
と、そこでようやく担当のメイドがやって来た。
「えっと……そこの紫髪の子は会場まで料理を運び、その後は調理場の手伝い。蒼髪の貴方は来場する貴族達の案内係。で、燕尾服の君はパーティー会場でウェイターをやって貰うわよ」
メイドは早々と説明し、付いて来るよう合図する。
……という事は、今から実質単独行動という事になるのか。
「――よし、調査開始だ。念の為にもう一度言うが、貴族の会話、又は彼等に関係する者達の会話は聞き逃さない事。彼等の中に不審な行動を取る者がいたら、勘付かれない程度に尾行して意図を把握する事。いいな?」
「了解しました」
「おっけ~、任せてよ」
二人は確認に対し、短くそう答える。
――長い一週間が始まる予感を感じつつ、三人は行動を開始した。




