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白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
三章 披露宴は亡霊屋敷にて
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ep12 姫の為に騎士は動く



「……つまり、こういう事ですか」




 すっかり酔いが冷めたゼノスは、今目前にいるウェイトレスの少女――否、ランドリオ帝国皇帝・アリーチェから聞かされた事の現状を整理する。



 アリーチェは皇帝即位後、ある日突然『城下町で普通の女の子』として働きたいと言い出したらしい。今同席するイルディエにその事を打ち明けると、彼女はある場所を勧めた。



 それがこの酒場である。酒場の店主であるサザリアはイルディエと親しく、彼女自身は元メイド長だったらしい。絶対の安全が保障される仕事場であると豪語している。仕事の内容からしてセクハラや強要が頻繁に起こりそうであるが……サザリアの尽力によって、何と一度もそのような事件は発生してないと言う。



 こうしてアリーチェは他の六大将軍に内密の上、公務終了後には市民に変装した兵士ゲルマニアを伴って通っているそうだ。




 国の現状を身近に知りたい一心で、そのような要望をしたそうだ。




 ……大体の流れは理解出来た。そして、言うべき言葉はただ一つ。



「…………そうですか。それが皇帝陛下の仰る事ならば」



「ちょ~っとストップ、ゼノス」



 ゼノスが言う瞬間、イルディエが強い口調で打ち止める。



「……ねえゼノス。言っとくけどここは『酒場』なのよ?それに目の前にいる子は……今は単なる酒場の従業員、だからね?」



「ああ、それは分かっているが……」




「なら――――敬語や気遣いは止してあげなさいよ。それが彼女の為でもあるの、オーケー?」




 彼女の……為。



 ゼノスをジッと見つめるアリーチェの瞳は、必死に懇願するような、助けてと言わんばかりの眼差しであった。



 ……彼女等が何を求めているかは察し付く。




 だが本音を言った所で…………果たしてそれが彼女の為になるのか?




 自分の一言が彼女を狂わせるかもしれない。迂闊に発言してしまえば、またランドリオの平和に亀裂が入るかもしれない。



 ――それが怖かった。戦いに対する迷いが消えたとしても、それとこれとは訳が違う。言葉とは時に優しく……時に凶器と化す。



 進言は出来ても、断固として主張出来る気概は皆無だ。――それならばいっそ、アリーチェ自身が考え、悩み、そして結論を出した方いいに決まっている。




「……はは~ん。なるほどね」




 何を思ったのか、また困った様な笑みを見せるイルディエ。



 すると彼女は、隣に座るアリーチェに語り掛ける。



「ねえアリーチェ。これは例えの話だけど……貴方の前に飢え死に寸前の人がいたとしましょう。ある者は根拠の無い対処法を貴方に言って来るけど……それを鵜呑みにするかしら?」



「え……そ、それは」



 アリーチェは最初何を言っているのか分からない様子であったが、次第に状況を掴めたのか、ハッとした表情になる。



 何かを承知した彼女は、引き締まった顔となる。




「…………いえ、鵜呑みはしません。自身でよく吟味し、必要と判断した情報だけ抜き取り、後は自分の判断と掛け合わせていくでしょう」




「――ッ」



「うふふ、良い答えね」



 ゼノスが呆気に取られる中、イルディエはあたかも答えを予測していたかの如く納得する。



 一方のゼノスはというと……雷に打たれた気分だった。



「ほらね、そこまで悩む事じゃないわよ。――それに、今日話す相手はランドリオ皇帝陛下では無く、アリーチェという女の子なのよ。もっと気楽になりなさいな」



「~~~ッ」



 ゼノスは頭を掻き毟りたい衝動に駆られるが、どうにか自制する。イルディエに上手く言いくるめられている気がするけれど、反論する気にもなれない。



 策士というか……配慮が徹底していると言うべきか。



 ゼノスは散々悩んだ。アリーチェが心配そうに見る中、イルディエがにやにやしながら事の成り行きを窺う中、ゲルマニアが気持ち良さそうに眠る中で――



 大きく溜息をつき――堕落したゼノスとして、アリーチェと向き合う。




「……いいか、今から見せる俺は『白銀の聖騎士』じゃない。これはあくまで『ゼノス・ディルガーナ』としてだ。――分かったか、アリーチェ?」




「――ッ。は、はい!宜しくお願いします!」



 不思議な事に、臣下に呼び捨てされた筈のアリーチェは満面の笑みで答える。とても嬉しそうで、こんな表情を見るのは久し振りだ。



 そんな様子を見てしまうと、返って自分の悩みが馬鹿らしく思えてしまう。




 ……さて、話題はもう聞くまでもないだろう。




 イルディエがわざわざこのシチュエーションを準備し、自分とアリーチェを引き合わせたのかを。




「単刀直入に言うぞ、アリーチェ。――この婚約披露宴は、お前にとって嬉しい事なのか?」




 ゼノスの問いに、アリーチェは一瞬暗い表情を見せる。



 だがそれも僅かな事で、すぐさま威厳ある態度を示してみせる。



「……国が更なる安定へと導かれるならば」



「――そうじゃない。『アリーチェにとって』嬉しい事なのか、だ」



「…………わ、私にとって…ですか?」



 まさか自分の心配をされていないだろうと思っていたせいか、不意打ちに近いその言葉は、アリーチェの心臓の鼓動を早くさせる。



 それは嬉しさと同時に――――憤りから来る症状でもあった。



「そうだ。安寧の為に尽くすのも重要だが、皇帝自身の自分を労わるのも大事な事だよ。……皇帝が病めば、自然と国全体も瓦解していくものだ」



「…………私が病む根拠があるのですか?」



 震える声で呟く彼女に、ゼノスははっきりと頷く。



「――ヘストニスの、特にマーシェルの妙な噂は尽きない。無類の女好きで、気に入った女の為ならばどんな手段を使ってでも手に入れる。政治や戦争に対する思想もどこか偏見的で、浪費癖が激しいと聞く。……アリーチェを愛し、支えて行けるとはとても思えないっ!」



「…………」



 本音を口にしたせいか、迫真の勢いで捲し立てたゼノスはひとまず落ち着きを取り戻そうとする。精一杯に深呼吸をし、間隔を空ける。



 だがその間に、アリーチェが俯きながら言葉を発した。



「知っていましたよ、そんな事は。ですがそれを聞くまでも無く…………私は、結婚などしたくありません」



「……だったら、だったら何故断ろうとしない?アリーチェの権限さえあれば、こんな馬鹿げた話は無くなるんだぞ?それなのに――」



 ゼノスが言葉を紡ごうとした瞬間、アリーチェは涙を浮かべながら、泣きながら顔を上げる。




「――今の私に、そんな力があると思いますか?」




「…………」



 アリーチェは静かに、しかし強みのある口調で反論する。



 断れば、何か貴族側がしでかすかもしれないという恐怖を帯び、皇帝としてあるまじき失態なのでは無いかという不安に襲われる。




 ――今の彼女は、孤独だった。




「結婚なんて嫌ですよ……嫌に決まっています!ですが今の私には…………それを公然と発言出来る度胸も無いのです……ッ」




 ……可哀想な姫君だ。



 今の彼女は泣く事しか出来ない。皇帝という立場でありながら、彼女は周囲に流され、とことん苦悩と決断を迫られる。



 一言間違えれば、皇帝として反感を食らう。そしてその影響は自分だけで無く、自分の身の回りの者達をも苦しませる。――結果、アリーチェは本音を言う事すら叶わない。



 これは政治的な問題であり、彼女を取り巻くランドリオ騎士団に関与する権限は持ち合わせていない。それがアリーチェの本音を妨げる要因として拍車をかけたのだろう。



 ――――――だが。




「…………よく言った。そして、しかと聞いた」




「え……?」



 ゼノスの言葉に、アリーチェは呆け気味となる。



 当の彼は真剣な様子で、どことなく距離を置いていた態度であったが……それは一変し、柔和な笑みを見せる。



「――今回の件に関しては本意では無く、自身は中止を求めている。しかし周囲への体裁もある故、中々切り出せないのが現状…………それがお前の希望と受け取っていいんだな?」



 ゼノスは確認する。――それが円卓会議で言えなかった本音であるかと、彼女に問いかける。



 それに対し、アリーチェは焦る様子で答える。



「……ッ。で、ですが……これは政治的問題でもあります。六大将軍が迂闊に介入出来る余地は無いのですよっ?」




「分かってる。――けど、それがどうした?」




 政治的問題故に?立場上故にゼノス達は成す術も無い?



 いくら皇帝陛下の心配と言えど……それは余り嬉しくないものだ。



 黙って聞いていたイルディエも同感なのか、若干怒った顔になりながら答える。



「ええ、そうね。私達はやろうと思えば何でも出来るわよ?」



 その通り。六大将軍には何の縛りも効かない。ただ主の要望を聞けば、例えどのような障害があろうとも……絶対に行動してみせる。



「……危険過ぎます」



「不安か?――――今の俺はゼノス・ディルガーナだ。白銀の聖騎士として、主の命令に従うわけでは無い」



「……?」



 アリーチェは訳が分からない様子でいる。しかしイルディエは既に意味を把握したのか、くすりと楽しげに微笑む。




「――俺はアリーチェという友達の為に、自分の気が済む様行動するだけ。……誰にも迷惑を掛けず、その希望を叶えてみせる」




「…………ゼノ、ス」



 アリーチェが更に何かを言おうとするが、これ以上の議論は何も意味を成さない。隣で泥酔するゲルマニアに肩を貸してあげ、席を立つ。



「……じゃあ俺はゲルマニアを連れて帰るよ。イルディエは無事にアリーチェ様を送り届ける事…………あと翌日、六大将軍を招集させて今後の事について、改めて議論を交わそう」



「ふふ、了解。そう生き生きした調子で言われれば、断れないわね」



 ゼノスは片手だけ上げ、その場から立ち去ろうとする。



 すると、後方からアリーチェの心配そうな声が聞こえてくる。




「…………無茶だけはしないで下さい。二年前の死守戦争の様な事だけは……想像したくもありませんから」




 酒場の喧騒が鳴り止まぬ中、清らかな音色がゼノスの耳を過る。




 ――何としてでも、彼女の願いを達成させてみせる。




 一度は躊躇したが、もう迷う事は無い。自分は聡明な彼女の為にも……彼女の道を阻む者を退けてみせる。







 我が麗しの主の為に…………自分は前に突き進むだけだ。








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