ep7 竜の王
円卓会議を控えるゼノスは、その場で硬直してしまった。
場所は円卓の間で会議する者達の控室となる部屋。何の特徴も見受けられない、何の変哲も無い部屋に待機しているのはいいのだが……彼と同室に待機する人物達に驚きを隠せなかった。
「………………何やってるんだ、『竜帝』」
「あ、はは……よ、よおゼノス。そんな怖い顔すんなって、な?お前とは一時期、同じ屋根の下で暮らした仲じゃねえか……な、なあ子供達よ?」
――竜帝。漆黒の鱗に覆われ、赤眼の瞳を有する史上最強と謳われたドラゴンの名称である事は言うまでもない。その時代を生きた英雄達は屈強たる精神と共に竜帝へと立ち向かったが……生き残った者はいなかった。
この世界では疫病神の化身とも言われ、絶対に出会ってはいけない、彼の住まう竜宮殿には足を運んではいけない。奴は――恐ろしく傲慢で、人の血肉を欲する竜帝なのだから――と、語り継がれている。
しかし、だ。
――はっきり言おう。……竜帝は、そんな奴ではないと。
確かに過去の英雄達は竜帝に挑んだが……彼等が戦い敗北したのは、竜帝が従える好戦的な竜であり、決して竜帝本人では無い。
更に言うと、ゼノスはこの竜帝とまともに戦った事ないというのが事実。
六大将軍として過去に竜討伐を命じられ、単身で竜宮殿に侵入して竜達を退治し……その時に竜帝と出くわしたのである。
最初は死を覚悟して戦いを挑んだが……戦いは不燃焼の形で幕を下ろした。
――それどころか、何らかのトラブルを以てしてゼノスは異空間へと吸い込まれてしまい、その先の世界で竜帝の家族と生活をする羽目になったのだ。
竜帝ジハード、その娘ソフィアと息子ロブと一緒に……『地球』という所でだ。
「……まあ、ゼノス兄が言いたい事は分かるよ。てか、自分も父さんが六大将軍だって知ったの、さっきだったから」
「俺もなんだよ……。つうか親父、何で俺達も会議に参加しなきゃいけないんだ?んなの親父一人で充分だろうが」
子供達からの批判を受けて、ジハードは何とも気恥ずかしそうにもじもじし始める。
「だ、だってよお。母さんは海外に赴任中だし、お前達だけじゃ寂しいだろ?こうして父さんが連れて来たのは、お前達を思ってこそ――ぐはっ」
まあそんなこんなで、ジハードはソフィアとロブからのタコ殴りに遭い、数十秒間ゼノスの前で親子喧嘩(?)が展開される。
ようやく終着を迎えたが、ジハードは腫れ上がった顔を晒していた。二人はジハードから目を背けている……暫くジハードに話し掛ける事は無いだろう。
「――で、何でここに来たんだ?あんたが六大将軍だって事は分かったが……随分と急に現れたものだな」
「……」
ジハードは色々と理由をつけて丸く収めるつもりだろうが、本心は恐らく他にあるのだろう。現に彼はゼノスの指摘に対し、緩んだ表情は途端に厳格なそれへと変化し始める。
――竜帝としての威厳を放ち、冷静な態度でゼノスの言葉を待つ。
「話してくれ。例え人間の姿に化けているとしても、竜族が滅多に人前に姿を見せない事は承知している……。余程の理由があって来たんだろ?」
「……ちぇ、冗談の通じない奴め」
足を組んでソファへと寄りかかり、ジハードは煙草を一本咥えて火を付ける。
白い煙草の煙を吐いた後、厳粛な面持ちで呟く。
「……まあな。本当ならば誰にも言いたくなかったんだが、お前になら言っても大丈夫か。事は急を要するしな」
先程とは打って変わり、拳を握る力を増すジハード。これにはソフィアやロブも少々面喰っていた。
かの竜帝がここまで怒るとは、聞く前のゼノスでさえ予想不可能だ。
「……聞いて驚くなよ、ゼノス。俺の忠実な部下であり、『四竜』と恐れられていた奴等が――――何者かに殺されちまったんだ」
「――――ッ!?。あ、あいつらが?」
ゼノスの驚きは尋常では無かった。
『四竜』と言えば、この世界では竜帝の次に恐れられていて、尚且つ温厚なジハードとはまるで正反対に凶暴な性格である。確かいつの時代か、白銀の聖騎士と幾度も渡り合ってきたという伝承も存在する程だ。
――そんな竜達が、何者かによって殺された。
これは驚愕すべき事態であり、不吉の前兆と言っても過言では無い。
現に竜帝自身が行動を起こしている時点で、それが露骨に表れている。
「犯人は大体特定出来ているのか?」
「いや、恥ずかしながら全く手掛かりを掴めていない。我等竜族を欺いて殺す等……いやはや中々の手練れじゃねえか。――俺の知る限り、六大将軍以外の奴が四竜を倒せるとは思えねえなぁ」
ジハードは憤怒の表情で、しかし極力抑えた状態で答える。ソフィアとロブは久方振りに見せる父の怒りに、ただならぬ気配を感じる。
「なあゼノス。単刀直入に聞かせて貰うが……この世界で今、何が起きてるんだ?」
「……その根拠は?」
「俺達竜族は、どの種族よりも気の流れを敏感に感知しちまう。感情の機微や思惑、精神的な何かを全て読み取れる。だから分かるんだ」
ジハードは視線を窓へと移し、憎々しげに言う。
「――この世界に蔓延る胸くそ悪い邪気が、徐々に増大していく様子がな。そしてお前はその理由を既に知っていると見たが?」
「……ああ。会議が迫っているから手短に話すが、恐らくこの話も話題に出るかもしれない。よく聞いておいてくれ」
ゼノスは自分が知る限りの情報を、ジハード達に余すところ無く、そして簡潔に説明した。
始祖と名乗る少女が現れ、彼女の力によってシールカードという災厄を担う者達が出現し始めていき、ギャンブラーはそのカードを支配している事を。
それを聞き終えたジハード達の様子は……酷く曖昧なものであった。
「始祖、か。それはもしかして、先程からこの城の地下から感じる波動の持ち主がそいつか?」
「まあ、な。詳しい経緯はまた今度言うが、今は秘密裏に共同戦線を張っている状態だ。……得体の知れない奴と、共に過ごしているのさ」
ゼノスの疑心暗鬼は尤もである。それは竜帝も認識しており、あえて宿敵たる始祖を仲間に加えているかは問うまい。
「……残念だが、この俺も始祖やシールカードに関してはよく分からねえ。今の俺は一時期ランドリオの皇帝に君臨してた身として、一応この国を守る為に馳せ参じたわけだ」
「それは本当に有り難い事だ。まさか六大将軍の一人だとは思わなかったが……竜族の王が仲間だと心強いよ」
「まあそこら辺は安心してくれて構わねえが……油断も出来ねえな。察するにそのシールカードとやら、相当危険な存在だと見受けるぜ」
確かに奴等は危険な存在である。ランドリオは二度も連中によって帝国崩壊の危機に晒されたし、その実力も尋常では無い。
ジハードは異常に神妙な面持ちで、ゼノスを見据える。
「――――このままだと、大きな戦争が起こり始める。それを食い止める為に、世界を調停せし竜帝は降臨した。……ま、それだけは肝に銘じておいてくれよ、ゼノス?」
「……」
ジハードの言葉は、余りにも現実味のあるものだった。
……恐らくその話題も会議に出るだろう。この控室で余計な邪推はせず、口に出す事もしないゼノス。
いずれにせよ、ジハードが何故六大将軍として今更推参し、ランドリオ帝国の運命を決定付ける会議に出席する気になったかが分かった。色々と理由づけてはいるが……本性が分かっただけでも十分である。
――これは会議から三十分前の話であり、近い将来に有り得るだろう出来事を語った時だった。
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