ep5 会議の朝
翌日の早朝五時。
当然の事ながら、ゼノスは自室にて爆睡していた。
昨夜はアスフィの話を聞いた後、すぐさま夕食を食べ終えて眠りについたのだ。大体十時前後に就寝したので、流石に起床出来るだろうと思われたが……そんな気配は全く無かった。
円卓会議は早朝七時の予定であるが、ゼノスは口を大きく開けて熟睡モードとなっている。
そして例の如く、ゲルマニアが強く扉を開けて起こしに来るのであった。
「さあゼノス!今日は規定通りに起きて貰いますからね!円卓会議は午前七時に開始しますし、前段階の準備も沢山あります!そもそも騎士団は毎日この時間に起床するのが基本ですのに、貴方という……方…………は……」
ずかずかと眠るゼノスに歩み寄り、無理やりに布団を剥ぐゲルマニア。
その中を見た彼女は、一瞬にして脳内が凍り付いた。
「ん、ぐぐ……や、やめろロザリー……これ以上、俺の金で……」
「……んふふ。早くあたしと……鍛練を……」
前者は嫌な夢にうなされ、苦い表情で眠るゼノス。そして後者は――
――薄い下着姿で幸せそうに眠る、ラヤであった。
「あ、ああ……貴方と言う人は……」
ゲルマニアは顔を紅潮させ、怒りで我を忘れる寸前であった。怒りもそうだし、今の彼女には様々な感情が膨れ上がった。
結果――ゼノスは叩き落とされる始末となった。
ゼノスは何故か床に正座をされ(ラヤも同様)、仁王立ちしながら憤慨するゲルマニアの詰問に付き合わされていた。
どうしてラヤと共に寝ていたのか、今まで一瞬でも気付かなかったのか等々、ゼノスにとっては理不尽な問いかけが続いている。
実際の所、本当に身に覚えが無い。
というかだ。会って一日目の部下とそんなふしだらな真似をする訳が無い。こう見えてもゼノスは硬派な面が多々あり、幾度も女性と交際する機会もあったが全て断っていた。軟弱な精神は騎士道精神を揺るがし、戦場で振るう刃にも狂いが生じるからだ。
だから絶対にそんな事はしません、とゼノスはまるで独裁領主に懇願する農民の様に説得し続けた。
その甲斐あってか、ゲルマニアは納得せずも追求は止めてくれた。
代わりにジロッと瞳を細め、ラヤへと問いかけ始める。
「――で、何故貴方は此処で寝ていたのでしょうか?ゼノスは知らないと言った手前、残る確信犯がいるとしたら……」
「あはは、ごめんごめん。あたしが自分から床に入ったんだよ」
「……な、何故でしょうかねえ。り、理由を聞かせて貰っても?」
額に青筋を立てるゲルマニアに対し、ラヤはあっさりと答える。
聞く所によると、ラヤはゼノスの指導があまりにも気に入ったらしく、日も上らない時間帯にゼノスの自室へと忍び込み、密かに個人指導を受けて貰おうとしたとか。
だが生憎、ゼノスは就寝中であった。
仕方ないと思い一時は帰ろうとしたが……何を考えたのか、ラヤはゼノスのベッドが気持ち良さそうなので入り、そのまま熟睡したらしい。
それを終始聞いていたゲルマニアは、途端に脱力し始める。
「はあ……まあ何はともあれ、やましい気持ちでないのは承知しました」
「そんなのありゃしないって!それよかさ、ゼノス将軍。これから鍛練付き合ってくれるか?なあくれるのか?」
爛々と目を輝かせながらねだってくるラヤ。
しかしながら、ゼノス達は後に円卓会議を控えている。まだ二時間の猶予があるが、懇切丁寧に教えている暇等ありはしない。
ゼノスはぽんぽんとラヤの頭を叩き、申し訳なさそうに述べる。
「悪いな、ラヤ。俺達は今から会議の準備をしなきゃならないんだ。俺も一将軍として部下の指導はしたいが……」
「会議って、いつもフィールドが月一で出席してるやつか?あれって副将軍とか代理が出るもんじゃないの?」
その言葉に、ゲルマニアが呆れ顔を示す。
「……あれは総会の苦手なラヤの為に、フィールドが特例として出ているだけです。今回の円卓会議は国家の安全に関わる重大な議題が含まれますから、本人が出ないと意味が無いのですよ?」
「ええ~そりゃないよ」
「言い訳は受け付けません。それに、鍛練など滞在期間中ならばいつでも出来るでしょう……」
「ちぇっ、相変わらずクソ真面目な奴だな。……一応承知はするけど、絶対鍛練に付き合ってよ?約束だからね」
ゼノスは正直に頷く。騎士としての素質はともかく、その向上心は極めて優秀であり、見た目とは対照的に忠誠心も備わっているようだ。
まあ彼女の場合は、騎士の基礎概念を丸っきり無視しているが。
「ふふ、にしてもその目は本当に良いよ。――ゼノス将軍、あんた騎士になる前は傭兵の類をやっていた口かい?そうじゃなきゃ、そんな複雑な感情を孕んだ目つきは出来ないさ」
「……さあな。って、とにかくお前は何か羽織れ!顔に似合わずネグリジェなんて着るな!」
「え~とんだ偏見だなあ」
ゼノスとラヤはじゃれ合い(?)、ラヤの恰好について言い争いをする。
何の変哲も無い流れであったが……ゲルマニアだけは敏感に察知した。
――ゼノスに潜む陰りを。
「……」
一見彼が適当に相槌をし、感情の起伏が無い様に思える。
しかし、これはあくまで彼女なりの私見だが……ゼノスは一瞬、ラヤの一言で辛そうにしていた様に窺えた。
それが一体何を意味するかは分からないが、とても穏やかで無いのは事実である。
「……どうしたんだ、ゲルマニア?」
「……いえ、何でもありません」
ズキッと心臓を貫く痛み。
ゲルマニアは彼が無理に平常を保たせている事に、不満を感じていた。それと同時に、微かな悲しみが滲んでいた。……この自分に、何も告げてくれない。
――時々、彼女は思う。
……自分は、本当の相棒になっているのだろうかと。
朝日が燦々と照り輝き、日差しは城を包み込んでいく。
午前六時三十分。城内の庭園では小鳥が美しく囀り、草木は風によってなびき、まるで朝の訪れを祝福するかの如く舞う。光と緑のコントラストは、城内にいる全ての者達に癒しを与える。
だがそんな事も束の間、城内の使用人や騎士達はそれぞれの仕事に追い遣られてしまい、今でも庭園脇の渡り廊下ではせっせと働く者達がいる。
メイドは洗濯物を運び、雑用係は清掃に汗をかく。料理人は急いで全員分の食事を運んでおり、庭師は器用に庭を整えていく。
いつもと変わらない日常。ありふれたハルディロイでの光景。
――しかし、ある者達の登場を除いては。
皆は一様にして凝視し、ある者は驚きの余りその場に立ち尽くしてしまう。
荘厳たる雰囲気を持つ庭園の渡り廊下。その場にて優雅、且つ堂々とした態度で歩を進める……白銀の鎧を着る騎士がいた。
言わずもがな、その人物は白銀の聖騎士である。
だが彼の登場のみで驚く程、彼等使用人は田舎者に非ず。六大将軍の滞在期間中で必ずその一人は姿を目にし、とうに驚いている。
では何故、彼等がこうまで呆気に取られているのか?
――それは、神々をも恐れぬ覇者達の行軍であった。
光を斬り裂き、闇をも葬る。主と民に仇なす者ならば悪人を、例え善人であっても容赦はしない。
天におわす者共がその異名に震え、地におわす者共はその姿を見て逃げまどう……限界を知らぬランドリオの将軍達。
彼等――六大将軍一向は、列を成して円卓の間へと歩いて行く。




