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白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
三章 披露宴は亡霊屋敷にて
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ep4 始祖、真実を告げる者に在らず




 ゼノスは一歩、また一歩と階段を下って行く。




 相変わらず薄気味悪い、且つ冷気が漂うその領域は慣れたものじゃない。本当ならばこんな場所、すぐに壊したい所だが……始祖を他者に知られない最適な場所なのもまた事実である。



 そこは始祖の聖域。かつての死守戦争を期に封じ込められ、以来自由が効かなくなっている始祖アスフィ。



 基本用事がある時は、自身がこうして始祖の間へと訪問するわけだ。




 ――長い階段を下ったゼノスは、目前に控える観音開きの扉に手を置き、ぐっと押し付ける。




 さあ、その先は世にも奇妙な光景だ。地下には相応しくない花畑が広がり、天井から日の光が差し込む。光と闇が同居し、その花畑の中心には簡素な椅子が備えられている。それは聖騎士と始祖の対面を祝福する……




 ――と思っていたのだが。




 その光景を目にして、ゼノスはその場で硬直する。



「……」



「あ、ゼノス!数日ぶりだねえ、身体の方は大丈夫?ほらそんな所に突っ立ってないでおいでよ。中は温かいよお~」



「…………お前、これ」



 あの日見た幻想的な風景は、これを以て崩壊した。




 ――何とアスフィのいる場所は、すっかり彼女が居心地良く過ごせる快適な空間と化していた。




 シックな家具が配置され、部屋中には香しいオレンジの芳香が充満している。とても落ち着いた空間で天井からの日差しとマッチしていて、正しく理想のマイホームに……じゃなくて。



 どう反応して良いのか分からなかったが、まずは率直な感想を口にした。



「な、何で部屋を改造してるんだ!?」



 ゼノスのツッコミに、アスフィはソファの上で寝転がりながら呟く。ちなみに彼女の脇にはミスティカも控えており、主の頭を微笑みながら撫でていた。



「だってぇ~、あんな閑散とした自室は嫌なんだも~ん。つい最近までは封印状態でそんな事気にする余裕も無かったけど……今じゃミスティカに頼んで改造三昧よ!ね、ミスティカ?」



「ええ、その通りですわアスフィ様。この占い師ミスティカ、しっかりと風水を取り込んだ模様替えを試みましてよ」



 二人は呑気にそう誇張する。



 破天荒というか何というか……せっかく真面目な話をしようと来たのに、彼女達の雰囲気で若干萎えてしまった。



「……全く、アリーチェ様が見たら何と仰るか。何々……ソファにベッド、キッチンやバスルームまで………………って、おい待て」



 ゼノスはある事に気付く。




 気付いたと同時に――驚愕の色を示した。




「よく見れば…………キッチンはIHクッキングヒーター搭載、床暖房…………え、液晶テレビに……ア、アロマディフューザーまであるじゃないか…………ッ!」




 意味が分からない。




 何故――何故異世界の最先端技術がここにあるんだ!?




 しかも全部機能してるし!床は温かいし、テレビは何故かついてるし、オレンジの香りの正体も、このアロマディフューザのおかげだし……てか全部電気が必要な筈だぞ!?



 ――ゼノスは冷や汗をたらしながら、アスフィへとずかずかと接近し、その両肩に手を置く。



「アスフィ……これ全部どうしたんだ?」



「へ?ああ、この変な家具の事かな?詳しい事は私もよく分からないんだけど、ミスティカが城にいた大工っぽい人を連れて来てこうなった……感じだったっけ?」



 ゼノスはミスティカへと振り向く。



 彼女はその眼光にビクッとなるが、すぐにおっとりとした口調で答える。



「え~っと、実は私もよく知らないんです、その方については。単に改造について呟いてたら声を掛けられて、後は赴くままに改造してもらったんですよ」



「……分かった、深くは追求しないよ。それに関してはまた後で考えるから」



 耐え難い疑問に苛まれながらも納得するゼノス。



彼女達もこの機会に関しては本当に分からないようだった。別段異世界の物を知られてはいけないという規則は無いので、あえて何も言わないでおく。



「いや~でも凄いよねこれ。テレビとやらには人間が沢山入ってるし、おまけに部屋が暖かいって良いよねえ………………」



 穏やかに話していたアスフィだったが、次第にゼノスの異様な心境に気付いてしまい、口を紡ぐ。



 彼女の察する通り、ゼノスはそんな事を聞く為にやって来たのではない。確かにこの機械に対して話したい面もあるが……今は当初の目的の方が重要だ。彼の表情は硬く、険しいそれへと変化していた。



「……俺が何でここに来たのか、既に把握しているよな?」



 ゼノスの前置きに対し、アスフィは間を置いてから答える。



「……うん、何となくはね。そこに座りなよ。多かれ少なかれ、君は話を聞かない限り納得出来ないのでしょう?」



「当然だ。――色々と、知りたい事がある」



 敵意こそ有りはしないが、アスフィは様々な事実を隠しているに違いない。こうしてゼノスが問い詰めるのも無理はない。



 だが彼女は、ゼノスの要望に対し、素直に受け答えするかは明確でない。



 余裕の態度を示すアスフィに促され、ゼノスもまた異世界から取り寄せたと思われる白ソファに座る。アスフィと向き合う形となった。



 先程とは打って変わり、一切表情を見せないゼノスとアスフィ。……これから語られる事に、余計な感情は必要ない。




「さて、と。君は一体何を聞きたいのかな?」




「……シールカードとは何か?を聞こうか。細かい疑問よりも先に、まずは大まかな疑問を問わせて貰う」



 ――シールカード。ゼノスは騎士のギャンブラーであり、ゲルマニアというシールカードの主である。そして幾度となくその目でカードの力を目にし、体感してきた。



 しかし未だに不明だ。彼等の本質を、生まれた経緯を……。




 自分はゲルマニアを知っているようで――何も知らないんだ。




「ふむ……随分根本的な所を突いて来たね。シールカードはこの私、始祖によって誕生した意志を秘めしカード……って説明じゃ物足りない?」



「ああ、物足りないね。そもそもお前は何だ?俺の知る始祖はどこまでも凶悪で執念深く、且つ条理を弁えない奴だった。……奴とお前が同一人物かも疑いたくなる程に」



 アスフィ。お前には悪意が無い、闇が存在しない。



 お前はどこまでも明るくて華やかであり、眩しい光の下で生きる様な存在である筈だ。ゼノスは分かっている……元気に振る舞うその裏に、深い宿命を孕んでいる事を。



「……」



 アスフィはしばし黙り込む。それをゼノスとミスティカは何も発さず、ただただ次の言葉を待っていた。



 何を考えているか、どのような思いでいるかはさておき……彼女は何を言えばいいのか迷っているようだ。



 ――やがて、彼女は決心したように口を開く。





「…………私は私であって、私では無い」





「……は?」



 余りにも抽象的な表現に、ゼノスは首を傾げる。



「――そのままの意味だよ。私は始祖……『始祖の片割れ』として生きている」



「――――それって」



 アスフィは自分の胸に手を置く。



 命の鼓動を肌で感じつつ、彼女は瞳を閉じる。



「……あの死守戦争では、私の中に眠るもう一人の始祖が暴走していたの。言わば始祖の闇であって、その意志は今の私ではない」



「な、なら奴は何者だ?お前は――アスフィ、お前は一体」



 と、ゼノスが言おうとした途端だった。




 激しい頭痛が彼を襲い、眩みを感じながら頭を押さえる。




 ……あの時と同じだ。魔王神とアスフィの会話を耳にした時も同じ症状に出くわした。まるで……無理やりに記憶が引っ張られるような感覚に。




「……やっぱり、今の君に言っても無駄なようだね」




「なっ、おい!」



「それに、君はもう全部知っている筈。――そう、シールカードの存在やもう一人の始祖の存在をね」

「――俺が、全てを?」



 という事は……この頭痛はやはり、記憶障害を起こしているという証拠なのか?



 いつからだ?一体どの時期から……自分は記憶を失っている?



 アスフィは思い悩むゼノスに対し、微かな微笑みを見せる。



「……それを知りたくば、今は密約通り暴走したシールカードを倒すしかないよ。始祖はシールカードに自らの記憶を分け与えている。ただそれは一部のカードに限られるけどね。――君はもう、体験済みじゃない?」



「……」



 記憶――それはきっと、マルスが見せたあの光景を言っているのだろう。



 彼の場合は自らの生い立ちであったが、特定のカードだと重要な場面が見れるのだろうか?肝心な魔のシールカードはあやふやな形で消失したせいか、カードの示すビジョンは出現しなかった。



 ……だとしたら、やはり打ち倒すしかないのか。



 始祖の復活を目論見、あるいは野望を掴み取ろうと企むシールカードを片っ端から討ち取り、徐々に真実へと近付くしかないのだろうか。



 ――アスフィは、どうしても言いたくない様だ。



「……無用な追求はもうしない。だが、最後に一つだけ言っておく」



 ゼノスはアスフィを睨み付ける。もはや仲間に向けるそれではなく、警戒と猜疑心に満ちた眼差しであった。




「――もしその隠し事のせいで、ランドリオに更なる被害が被ったとしたら……俺は密約よりも姫や民を守るために貴様を殺す。……例え、真実を知れなくてもな」




 その言葉に、アスフィとミスティカは怒りを示す様子は無かった。彼にも立場というものがあり、果たすべき忠誠もある。むしろそう考える方が道理であると納得する。



 だが、それでもアスフィの表情は悲しそうであった。



 何を意味するかは、全くもって分からない。



「……うん、それでいいよ。どちらにせよ、この事実は君自身の手で思い出さなければならない。……いや、いっそのこと」



 彼女は何かを紡ごうとしたが、やっぱり何でもないと言い始める始末。



 ゼノスは拭いきれない疑問を胸に秘めるが、同時にやるべき事は明確となった。用事が済んだ彼は、ソファから立ち上がる。




 ――何も言い残す事無く、始祖の部屋を後にした。















 アスフィは深い溜息をつき、コーヒーを啜る。余程精神的に疲れたのか、全身は脱力している様子だった。



 その様子に、ミスティカは心配そうに聞く。



「宜しかったのですか?何も頑なに隠さずとも……素直に打ち明ければ」



「……ミスティカ、君は何も分かってないよ」



 鋭い声音に、ミスティカは息を呑みながら黙り込む。



 普段のアスフィからは想像できない程、今の彼女は不満と戸惑いで一杯だった。



「この事実は……本当ならば知って欲しくない。あれは悲惨なものだから、彼が知ればきっと絶望してしまう…………そんな次元の問題だから。今の彼はただ剣を振るい、国を守る騎士で在ってほしい……それが、私のささやかな願い」



 なら何故ランドリオ帝国側と固い協定を結んだのか?それならば彼女が単身でシールカードの問題に取り組み、解決すれば良かったのではないか?




 ……嗚呼、それは今の彼女にとって痛い質問だった。




 密約は失敗した。これ以上巻き込みたくないと豪語したにも関わらず、アスフィの選択とは真逆の方向へと進行するのだから。



 そう、彼女は単純に――





「……ゼノスと一緒にいたいと……まだ思ってるんだ、私は」





「あら……あらあらまあ」



 と、ふいに零した本音にミスティカが食い付く。



 げっ、と思ったアスフィはすかさず彼女へと振り向く。……案の上、ミスティカは意味深な表情を浮かべていた。



「これは面白いですわ、まさかアスフィ様まで彼を」



「……ッ。そ、そんなわけないじゃんミスティカ!だって私とゼノスは二年前の死守戦争で初めて会って、それ以降は特別な付き合いなんて」




「――嘘ですね」




 突如、ミスティカが断言してくる。アスフィに有無を言わさず、はっきりとした口調で。



「こう見えても私、幾千人もの恋愛相談を受けた身で御座いますわ。だから分かります……貴方様は聖騎士殿を、まるで『幼馴染』のように見ていると」



「そ、それは」



 虚を突かれ、アスフィは狼狽える。



「そちらがどのような思いで、どんな経緯があったかは存じません。しかし、彼も紛れなくシールカードと深く密接していますわ」



 ミスティカは指摘する。今更隠す理由も無いし、彼を慕うならば尚の事真実を告げるべきだと。



 ――『幼馴染』。それがゼノスとアスフィをどう結び付けているかは不明だが、あながち間違ってはいないようだ。



「アスフィ様……彼と親しい仲であったのならば言うべきかと」



「――ごめんね、ミスティカ。それでも……自分の口から言いたくないんだ」



 尚も拒み続けるアスフィ。



 ……さしものミスティカも、それ以上反論する気にはなれなかった。



「それに、私がどう思おうと運命の針は留まらない。刻一刻と彼の針は歩を進め――ゼノスに真実を突き付ける日へと導いてしまうから」



 誰も食い止める事は出来ない。



 彼が知りたい現実は、いずれやって来る。そう遠くない未来に、起り来る新たな悲劇の舞台にて……それは明かされるに違いない。



 ――端的に彼女が打ち明けるよりも、余程納得がいくかもしれないのだ。



 時間はさして変わらない。彼等に迫る更なる悲劇は……多分真実を知ったその直後に現れると思うから――



 けれど



 話さないという事実は、自分の我儘でもある。ゼノスを悲しませたくないという……淡い衝動に駆られた結果の行動なのだろうと思う。これらの感情が混ざった上での決断なのだ。




「……そして、運命は既に築かれている。真実を報せる警鐘は鳴り響いているから」




 アスフィは間を置き、言葉を続ける。




「そう、私の子供であるシールカード達が織り成す……災厄がね」




「……また、始まるのですね」



 ミスティカがみなまで言わずとも、その場にいる二人はとうに理解している。



 憂いに満ちた瞳を浮かべつつ、詩的な言葉を紡ぎ始める。





「――喜びなさい、そして悲しみなさい、ゼノス。皇帝陛下を取り巻く出来事に巻き込まれ、貴方はそこで新たなる災難に出会う。……私は知っている、もう分かっている。その場にて――貴方はまた一歩、真実へ近づくと」





 アスフィは両手を握り締め、さも神に祈るが如く祈りを捧げる。




「――嗚呼、『呪われし運命』を持つ騎士に……導きが有らん事を」






 誰も訪れる事の無いハルディロイ城の地下部屋。その場にて、全てを知るアスフィはただそう呟くだけであった。








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