ep0 妙な一日の始まり
ランドリオ騎士団の朝は早い。
早朝四時には騎士見習いが起床し、朝支度を即座に済ませた後、上官の指導によって朝稽古を行う。六時には騎士団全員が目を覚まし、大隊長達を筆頭に騎士の仕事を果たすという形になる。
それは約千人規模の騎士を従える大隊長の上司、六大将軍もまた同様である。例え高位の職に就いているとはいえ、彼等は一般兵とは違った重大な任務に備える為に誰よりも早く起床し、活動する。
……だが、彼だけは違った。
二年間の放浪生活によって培われた堕落症で誰よりも早く起床し、誰よりも凄まじい鍛錬を行い、そして誰よりも多くの武勲を残してきたその青年は…………午前八時になっても起きる様子が全く無かった。
――騎士団が寝泊まりするハルディロイ城別棟の最上階、六大将軍だけが使用する部屋の一室にて、大きな口を開けて爆睡するその青年――ゼノス・ディルガーナは一人の少女に身体を揺さぶられていた。
「……ゼノス、起きて下さいゼノス。――もう八時ですよ?」
「ん……むむ……ゲ、ゲルマニア……あと二時間……」
「駄目ですよ、それでは皆が心配してしまいます。……あと、私はゲルマニアでは無いのですが」
と、苦笑いを浮かべながらそう言う少女。
その後に――部屋の扉を荒々しく開ける者がいた。
「――ゼノスッ!何度も言ってるじゃないですか!平日は午前六時前に起きるのが騎士団の鉄則、上に立つ者ならば当然の義務であると……………………え、ええ?」
ふと、いつもの様に起こしに来る少女――ゲルマニアの声が響き渡るが、途中からそれは困惑の声と化す。
ゼノスは不審に思い、少女二人の声が聞こえる方へと体を向け、ゆっくりと目を開ける。
扉に立つ紫髪の少女は、白銀の聖騎士ゼノスの補佐を務めるゲルマニア。これに関しては何の問題も無い。
……で、ゼノスのベッド脇に座る少女はというと。
「……………………」
「お早う御座います、ゼノス。ですが余りにも遅い起床は……この私が許しませんよ?」
その少女は驚きの余り固まるゼノスとゲルマニアを他所に、にっこりと微笑んでくる。
肩にまでかかった金色の髪、清楚で純白なワンピースに身を包んだその少女は、この国の者ならば誰もが知っている人物である。
ゼノスはそそくさとベッドから起き上がり、青のナイトキャップに水色のパジャマを着た状態のまま片膝をつき、その少女に頭を垂れる。
「お、おはようございます――アリーチェ皇帝陛下ッ。白銀の聖騎士ゼノス・ディルガーナ、只今起床しました!」
「――はい、お早う御座います」
その少女――ランドリオ帝国を統べるアリーチェ皇帝陛下は、臣下であるゼノスに包容ある笑みを浮かべる。
アルギナス牢獄での騒動から三日が経過した今日この日。
――新たな災難が始まろうとしている。




