ep5 謁見(改稿版)
ハルディロイ城。
そこには現在、シルヴェリア騎士団を束ねる団長、ニルヴァーナが入城していた。
玉座に鎮座する代理皇帝――リカルドの前で片膝をつき、静かに首を垂れる。
両側には騎士たちが整然と並び、身じろぎ一つもしない。とても厳格で、凄く居心地の悪さを感じるニルヴァーナだが、ここで恥を晒すわけにはいかない。あくまで平静を装い、自らの威厳を保たせる。
……永遠のような沈黙。
この玉座の間へと入ってから約一分。
ずっと黙っていたリカルドが、ようやくその口を開いた。
「シルヴェリア騎士団団長、ニルヴァーナよ。よくぞ参った。我はランドリオ帝国の……今は代理皇帝、リカルド・ヴォルス・アウギスタなり」
「はっ!こちらこそ、此度は依頼を頂き光栄でございます。騎士団を代表し、感謝の言葉を」
「よい、回りくどいことは好かぬ。早速、依頼の話をしようではないか。ーーさあ、面を上げよ」
そう言われて、ニルヴァーナは顔を上げる。
代理皇帝リカルド。
既に高齢と聞いていたが、あまりそのような印象は感じない。外見は確かに老齢さを感じるものの、そのギラついた瞳は……彼が如何に貪欲で、支配欲に飢えているかを物語っている。
ーーさらに、リカルドには二つの黒い噂がある。
一つは前皇帝を暗殺し、自らの地位をあげたという噂。騎士団と懇意にしていた前皇帝の考えに反し、殺したという噂が後を絶たない。
そしてもう一つは、前皇帝の一人娘、アリーチェ皇女と政略結婚をするという事実。
公式の発表では相思相愛からなる恋愛結婚とされているが、それを鵜呑みにする者はいない。七十歳を超えるリカルドと、若干十六歳となるアリーチェ皇女殿下。その歳の差もあってか、世間ではアリーチェの立場を利用し、正式な皇帝として成り上がろうとしているのではないか?そんな邪推が飛び交っている。
他にも内政、外交、経済、法律、あらゆる分野でリカルドの政策は不評を買い、四方から恨みを持たれているようだ。そんな状況でも内乱が起きないのは……絶対的信頼を得ている、六大将軍の功績によるものだろうか。
ニルヴァーナには全く分からない話だが、それは正直どうでもいい。
彼の望みは、ただ一つ。
それは、この騎士団をさらに大きくすること。
帝国の依頼をこなすことで、シルヴェリア騎士団は更なる栄誉を得ることができる。
大きくさせ、徐々に騎士団の名が広がれば……『奴』がその姿を見せるかもしれない。
そのためならば、ニルヴァーナはどんな苦労も惜しまない。
「……して、概要は既にゲルマニアから聞いておるな?」
「ええ。かの存在、始祖を奪おうとするギャンブラーがいると」
「そうだ。あれは紛れもない『災厄』。二年前、この国はあの存在によって散々苦しめられた。混沌とした今の世界に、あれが解き放たれるわけにはいかんのだよ」
……見た目は憂いを帯び、この現状を悲しんでいるように見える。
だが、その目は変わらない。
まるで今の展開が予定調和であるかの如く、リカルドは飄々としていた。
……始祖。
突如このランドリオ帝国に出現し、あの白銀の聖騎士を瀕死に追いやったという化け物。今は聖騎士の功績により、城の地下に封印されたと聞いているがーー何か違和感がある。
まるで作られた流れに乗っているようなーーそんな気持ち悪さを感じる。
『 ……まあいい。今考えるようなことではないな』
ニルヴァーナは雑念を払い、代理皇帝リカルドから依頼の詳細を聞くことにした。
詳細とはいうが、その中身は騎士団との密接な連携方法、そしてシルヴェリア騎士団の主な役割だった。ニルヴァーナ達騎士団は城下町の警護、およびギャンブラーの行方を調査する任務を担うこととなった。
何も手掛かりがない状態は厳しいが、そこは団員の数で補うしかない。
リカルドとニルヴァーナ、そして事務的な内容はランドリオ騎士団の騎士から聞き、ようやく話がまとまった頃。
不意に、リカルドが思いもよらぬ言葉を口にした。
「ところで、ニルヴァーナ殿にはもう一つ頼みたいことがある。……簡単に言うと、その実力を試してみたい」
「試す……とは?」
ニルヴァーナはその言葉に疑問を抱いた。
リカルドの真意を把握しきれないまま、彼は話を続ける。
「それについては、そこの騎士から話を聞くが良い」
リカルドは話に加わっていた騎士を顎で促す。騎士は頷き、少し前に出る。
「僭越ながら、私が述べさせていただきます。一週間後の早朝、このランドリオ騎士団内で模擬試合を実施します。皇帝陛下直々のお考えで、シルヴェリア騎士団、そして我が騎士団の有力候補による模範試合を行う予定です。このような状況だからこそ、まずはお互いの実力を知るべきかと」
『模擬試合。……皇帝陛下は、我らの実力を見込んで今回の依頼を頼んだはず。何故このタイミングで』
だが、ここで断れば今回の依頼はなかったことにされかねない。
ニルヴァーナは極力感情を見せないよう、顔を俯かせながら承諾する。
「承知しました、こちらとしても良い経験となりましょう。喜んで、参加させて頂きます」
そう言うと、リカルドは満足そうに頷いた。
「すまぬな。当日、余は観戦が出来ぬ。代行としてアリーチェ皇女殿下が見えることになろう。両者とも全力を尽くし、共に研鑽するが良い」
「はっ……」
リカルドは下がっていいという合図を出し、ニルヴァーナは静かに退出した。
玉座の間へと通じる大仰な扉が閉められ、誰の気配がない場所でーーニルヴァーナは深く頭を悩ませる。
『 ――模範試合、さてどうしたものか』
一週間後とはまた急だが、今さら気にしても仕方ない。
問題は誰を出そうか、ニルヴァーナにとってはそれが大きな課題であった。
団長である自分が出てもいいが、それだと団員の実力を示せない。しかしサナギは無礼を働く可能性があるし、リリスに至ってはランドリオ騎士団を退団している身だ。彼女の面目上、出すのには気が引ける。
そうなるとライン、いや彼は止めておこう。実力は知っているが、未だニルヴァーナは彼を測りきれていない。
ロザリーも有力候補だが……。
「……いや、適任が一人いるか」
ふと。ニルヴァーナの脳内で、一人の青年が思い浮かんだ。
入団当初から剣を振るおうとせず、決して自分の実力を見せようとしない団員。そのせいか、団員内では大きな不評を買っている青年、ゼノス。
辞めさせろという声が引っ切りなしに上がるが、ニルヴァーナは辞めさせる気にはなれなかった。普通ならば即座に解雇すべきだろうが、ニルヴァーナの本能が告げていた。
――彼をここで離してはいけない、と。
それは利益に繋がるとか、そういった現実的な理由ではない。ニルヴァーナを惹きつけてやまない、もっと単純な興味本位である。
……模擬試合に出せば、それを見せてくれるかもしれない。
自分でも分からない、この感情の正体を示してくれるかもしれない。
だが、そうなると大きな問題がまた一つ生まれる。
それはーー
「……サナギに、また何か言われそうだな」