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白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
二章 牢獄都市アルギナス
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ep27 儚き想いを心に秘めて



 魔王を討伐したその日の夜、ゼノスは警備部隊本部詰所の医務室にてゲルマニアに看護されていた。



 全身には不器用な手つきで施された包帯が巻かれていた。別にどうでも良い所までグルグル巻きにされ(ゲルマニアに)、身動きの取れない彼は、ジト目でリンゴの皮を剥くゲルマニアを見つめていた。




「ふんふん、ふっふふ~ん♪待っていて下さいねゼノス。今リンゴを食べ易く斬ってますからね~」




 ……食べ易く?



 ゼノスはリンゴへと目を移す。果たして殆どの身を皮ごと剥かれ、殆ど芯しか残っていないそれをどうやって食えと?



 いやいや、食えないだろ。てかそもそも、口部分は四重にも包帯で巻かれているし――ッ!



 ……本当なら上層部に待機していた医療部隊に頼みたかったが、彼等は牢獄街に住まう囚人の手当に人員全てを用いており、ゼノスやアスフィの面倒までは見きれないらしい。



 てなわけで……こうしてゲルマニアの介護を受けている始末なのである。



 ――いや、正確にはゲルマニアだけでは無い。



 実はもう一人、ゲルマニアの反対側にてお湯を入れた桶にタオルを浸している奴がいるのだ。




 無表情でゼノスの身体を拭こうとする……ロザリーが。




「……ゼノス、お願いだから服を脱いで。それじゃ体を拭けないから」



「……」




 どうやって脱げって言うんだ?




 この二人は冗談でやっているんじゃないか、と疑いたくなるぐらいゼノスの状態を見ていない。両手も固定され、両足も固定され、更には口も封じられているんだけど。



「んん、んぐっ!んぐぐっっ(これを外してくれ!これを!)」



 ゼノスがロザリーにそう訴えると、何故か彼女は頬を染める。



「……ゼノス。お、女の子に……下半身を拭けって言うのはどうかと思う」



 言ってねえよ、そんな事!



 何をどうすればそんな受け取り方が出来るのかが理解不能だ。……それを聞いたゲルマニアは、急激に冷えた目つきでゼノスを見る始末だし。



「うぐぐっ!ぐぐ、ぐぐぐっ!」



「ゼノス!い、いい加減にして下さい!一応私達は、その……お、女の子なんですよっ!」



 ――だ、だからそんな事言ってないっての!



 ゼノスと女性二人の押し問答は続き、やっとゼノスの言っている意味が理解されたのは約五分後の事であった。



 口と両手と片足の包帯を外された後、はあはあと息切れしながらゼノスは言う。



「……お、お前ら……何がしたかったんだ一体」



「な、何って……単なる看護ですよ。ねえ、ロザリーさん」



「……うん」



 真面目くさった表情で即答するゲルマニアとロザリー。その誠意は有り難い事だが、変な所で鈍いのは勘弁してほしい所である。



 ゼノスは深く溜息をつく。



「……ま、まあいいやもう。――で、だ。ちょっと聞きたい事があるんだが」



「?どうしたんですか」



「いや大した事じゃないんだが……アスフィはまだアルギナスにいるか?」



 ゼノスは真剣な表情でゲルマニアに問いかける。



 そう、彼女には聞きたい事が山程あった。ゼノスは先程まで仮眠を取っていたので、アスフィが今はどうしているか分からない。



 ゲルマニアはゼノスの意図を察したのか、言いづらそうに答える。



「……いえ、アスフィさんは既にライン、ミスティカと共にハルディロイ城へと帰還しています」



「……そうか」



「あ、あの。ゼノスはやっぱり、深淵での出来事に疑問を持たれているのですね?」



 その言葉に、ゼノスは首肯する。




「ああ。――あいつは絶対何かを隠している。魔王神の事や自分の名前の事……そして、シールカードについてな」




 どうして何も語ろうとしないのか?これは自分にとっても、そして彼女の願う世界平和にも関わる問題だ。皇帝陛下との密約にも反する。――決して内密にして良い話では無い。



 そうだ、ゼノスは未だに何も知らない。シールカードはどうして存在するのか、どうやって生まれたのか?始祖とは一体何者で、どうして平和を願うのか?




 悩みは尽きるどころか、増える一方だ。直接本人に問い詰めたいのに、それが出来ないとは口惜しい。




 そんな思いつめた様子に、ゲルマニアはただこう答えるしかなかった。



「……と、とにかく今は休んでください。明日にはハルディロイ城へと帰らねばなりませんし……その時に聞けば大丈夫ですよ」



「…………まあ、そうだな」



 今ではもう叶わない事を、確かに物々と嘆いても仕方ない。



 疑問は払拭し切れないけれど、ゲルマニアの言う通り、この状態から早く直さないといけない。明日には騎士として、国を守る為の責務を果たさなければならないのだから。



「分かった、もうこれ以上は何も言わないよ。だったらほら、お前も早いとこ寝床につきな。疲れた顔してるぞ」



「は、はい……。ではロザリーさん、後の事はお任せしても?」



「……大丈夫。私も少ししたら寝るから」



 ゲルマニアはすみませんと言い、剥き終えたリンゴを置いて医務室を出ていく。その足取りは重そうで、彼女も戦いに疲れていたようだ。




 ――さて、医務室にはゼノスとロザリーの二人だけとなった。




 ゼノスはただ白い天井を見上げ、ロザリーは絞ったタオルでゼノスの腕を拭いていた。何も話さず、何も言わずのまま。



 ……だがロザリーが体を粗方拭き終え、タオルを置くと同時に、ゼノスから口を開いた。




「……どうだ、姉の様子は?もう目を覚ましたか?」




「……ううん、まだ目覚めてない。かなり衰弱していたみたいで、今は点滴を打っている所」




 ロザリーは無機質な声音で答える。だが眉は少々垂れ下がり、至極心配そうな様子で話してくれた。



「成程な……という事は、ロザリーはしばらくここに滞在するようになるな。名残惜しいが、こればっかりは」




「……いえ、明日になったら私もここを出る。それは変わらない」




「なっ!」



 ゼノスは驚きの余り、ベッドから身を起こそうとする。が、急な動きに身体が痛み、苦悶の表情を浮かべる。



 ロザリーは落ち着いてと呟き、ゼノスをゆっくりと寝かせる。



「……どうしてだよ。だって、ようやく再会したのに…………ノルアとまた一緒に暮らせるんだぞ?もう……戦う理由なんて無い筈だろ?」



 ロザリーはギルガントの宿命に抗う為に、この二年間を戦い抜いて来たのだ。苦しくて、悲しくて……勝っても負けても辛い目にしか合わない戦いに、もう身を投じる必要は無い。



 ゼノスはもう彼女を戦わせたくない、傷付かせたくない。だから必死に彼女を止めようとする。




 ……しかし、ロザリーの意志に揺らぎは無かった。




 その表情は復讐とは違う、強い光の意志を込めた様子だった。



「……そうね、確かにノルア姉様とこのまま何処か遠くに行って、小さな村でも、小汚い城下町でもいいから一緒に住みたい」



「だったら――ッ」



「……でもねゼノス。私はそれ以上にやりたい事が出来たの。それは未だ縛られた私の宿命と関わる事だから」



 宿命?もうそれは終わった事では……



 と、ゼノスが言おうとする前に、ロザリーは話を続ける。




「――知りたいの。父様を歪ませたシールカードの正体を、この世界で起こっている大きな戦争の結末を。……そうじゃなきゃ、私は納得出来ない。父様も浮かばれないし、姉様もその事実を知りたいのだと思う。だから貴方と共に進むの、だから戦おうと思うの。――その真実を知るまでは、姉様に会わす顔が無いから――」




「――ッ。それが例え、最悪な結果であっても……知りたいのか?」



 勿論、と彼女は頷く。



 ロザリーの意志は強固だった。到底ゼノスが言葉で説得出来るわけが無く、絶対にゼノスから離れないと言う意志を露わにしていた。



「……どうなっても知らないぞ」



「……余計なお節介。それよりも、そろそろ寝たらどう?傷に障るし、健康にも悪い、成長作用に狂いが生じる、騎士としてだらしない、不衛生、それから」



「わ、分かった分かった。……俺ももう寝るよ。そろそろ眠ろうと思ってたし…………というか、それを考えたら眠くなって来た…な」




 あれ、段々と眠気が。




 この唐突に来た睡眠欲に抗えなかったゼノスは、ロザリーを前にして深い眠りについてしまった。




 ――ロザリーが眠り薬を水に入れたと知らぬまま、彼は熟睡した。















 ロザリーはふう、と息をつき、すやすやと眠るゼノスを無表情のまま見つめる。



 眠り薬入りの水をあげたのは一時間ぐらい前なのに、ゼノスの強靭な精神に対して中々聞かなかった事に驚くロザリー。こうなったら様々な手を使ってでも眠らせようと思ったが、結果オーライであった。




 ――今のゼノスは考え過ぎだ。さっきまで仮眠を取っていたと豪語していたが、実際は何度も目を覚まし、その度に難しい顔をしていた事は知っている。




 なのでロザリーは考えた。眠り薬で強制的に眠らせ、一時でもいいからゼノスに安らぎを与えようと。



 ……子供の様に純粋な顔で眠り続けるゼノス。



 彼女は誰もいない医務室で、誰も来ないこの空間の中で……そっとゼノスへと顔を近づける。






 ――そこには、優しく微笑むロザリーがあった。






「……有難う、ゼノス。今日までずっと、私の為に悩んでくれて」





 その純粋な気持ちは、恥ずかしくて誰にも晒せない。無論、ゼノスにもだ。



 今はこうして……独り言のように呟く事しか出来なかった。





「――何も恩返しは出来ないけど、一方的な行為だと自覚しているけど…………今の気持ちを、貴方に示します」





 そう言って、ロザリーはゆっくりと顔をゼノスの顔へと近付けていく。ゼノスの寝息とロザリーの吐息が聞こえ合う中で――





 ――ロザリーは自分の唇を、ゼノスの唇へと触れ合わせた。





 優しく、愛おしく……。――数秒後、それが本能から出た行動と自覚する。



 ロザリーは顔を真っ赤にさせながら、自分がやった行為に驚きすぐにゼノスへと顔を離す。




 まるで初心な乙女のよう、初恋を抱く可憐で誠実な少女のよう――いや、正に今のロザリーはそれだった。




 ゼノスを見る度に高鳴るこの想いは――そうか、『恋心』だったのかと気付く。



 自分は確かに全てを知りたいが……それと同時に、いつまでもゼノスと一緒にいたいんだなと、今更ながらに認識する。



 ロザリーは自分の指で、自分の唇をなぞる。




 ……柔らかかったゼノスの唇。それが忘れられなくて、また味わいたいという儚い衝動に駆られる。




 ……でもそれじゃ駄目だと、自分の中の自我が制止する。



 ゼノスはまだ忙しい身だ。これから待ち受ける更なる困難に立ち向かい、全ての者達の為に、苦しむ人々を守るために戦い続ける。



 そんな人にこれ以上の悩みは植えつけたくない。……そう、ロザリーがここでゼノスを好きだと言ってしまえば、彼は戦いに揺らぎを生じさせてしまう。




 ……だから、この事実は自分だけの物にしよう。




 誰にも知られてはいけない。この想いは――この悲しい恋だけは、自分だけの支えとして残しておこうと。



「……」



 そうして、ロザリーはまた無表情を作る。




 ――これが今の自分。……一生懸命に本性を隠す、仮の仮面。






 ロザリーは医務室の灯りを消し、颯爽と部屋を出て行った。


















 時刻は午前七時三十分、ぐっすりと眠ったおかげで元気となったゼノス一行。……正確には心だけ元気になり、身体は相変わらず負傷状態で、松葉杖をつくゼノス以外は元気という意味だ。



 彼等は現在アルギナス牢獄上層部を更に上へ登り、外へと通じる入口付近にいる。



 そう、今日はアルギナスを離れてハルディロイ城へと帰る日だ。ゼノスが負傷している為、帰りは馬車で帰還する事となった。




「……ロザリー、どうしたんだ?俺の顔に何か付いてるのか?」




「……何でもない」



 ロザリーは素っ気なく答える。とはいえ、彼女は今日ゼノスと会ってからずっとこちらを覗いているのだが。何か熱っぽいような、どことなく羞恥に満ちたように。



「ゼノス、余計な考えは禁止」



「え?あ、ああ」



 何だか知らないが、自分の思い凄しだったのだろうか?



 よく分からないまま、ゼノスは負傷した足に気を使いながら馬車へと乗り込み、その後にゲルマニア、ロザリー………………ん?




 と、そこでゼノスはもう一人場所に乗り込んでくる存在に気付く。




 その一人とは……紫色の着物を纏う、清楚な衣装に包まれたユスティアラであった。




「……何でお前も行こうとしてんだ」




「むっ、妙な言い草だな聖騎士。――『例の報せ』があっただろうに、その為に自分も帰還するというのが不服か?」




 ……『例の報せ』?




「あっ……しまった。す、すいませんゼノス。昨夜言うのを忘れてました」



 ゲルマニアが焦った様子で謝ってくる。勢いよく頭をぺこぺこと下げた後、昨日報されたという報告を口にする。



「これは本国の、しかもアリーチェ皇帝陛下が直接仰られた事なのですが……本国以外の地域にいる六大将軍は全員城へと戻り、一か月後に控えた行事に参加せよとの事です」




 六大将軍全員?




 その言葉に少なからず驚きを隠せないゼノス。彼等六人が集結する時は、必ずと言っていい程重大な出来事がある時だけだ。



「……その行事って何だ?」



「そ、それなんですが……」



 ゲルマニアは少々間を置いてから――その事実を口にした。






「一か月後――アリーチェ皇帝陛下の婚約披露パーティーを執り行うそうです」






 …………へ?



 ゼノスは唐突の打ち明けに、足の痛みを忘れてその場から立ち上がる。一体誰ととか、何故急にという言葉を告げるよりも、今はその報せ自体に驚くしかなかった。




 我が麗しき皇帝陛下の御結婚発表。こんな時期に――何故?








 ――ゼノスの疑問が、また一つ増える瞬間であった。

 

  

 

  

 

 

 

 


 

 

 


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