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白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
二章 牢獄都市アルギナス
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ep26 古き者の遺言



 目覚めたばかりの魔王神は、その巨大な瞳をぎょろりと動かしていく。獰猛な眼差しは森林を見据え、空を見上げ……そして遂に、ゼノス達を見下ろして来る。




「ああ……ああ、魔王神様。……相も変わらずですね……。覚えて、らっしゃいますか?私、です……ルードアリア、です」




 さも愛しい主に敬意を抱き、掠れた声音で自分の名を上げる魔王。



 既に死を目前に控えているにも関わらず、何とも奥深い忠誠心だと思うゼノスであったが。




 感動の再会は、唐突の言葉によって崩れ去る。




『……ダ、レ……ダ』




 魔王神から発せられる言葉に、ルードアリアは瞠目する。



「だ、誰って……わ、私でございます。貴方と共に……悠久の過去にて戦場を共に……共に駆け抜けたルードアリアでございますっっ!」



『……ソ、レ……ハ、ボク……ノ……ゥゥッ』



 もはやルードアリアの声さえも届かないのか、魔王神は唸りながら意味の分からない言葉を呟く。



 明らかに様子がおかしかった。それはルードアリアどころか、ゼノスでさえも把握出来た事だった。



「……ど、どういう事ですか…これは。覚えていない……いや、そもそも………魔王神様から……魂の気配が感じられない……?」




 と、ルードアリアが必死に原因を探している最中だった。




『タマ……シイ…………カエセ………カエセッッ!』



 魔王神の身体から漆黒の蔦が生えてきて、その蔦は大地を伝ってゼノス達の方向へ目掛けてやって来る。



 ゼノスとアスフィはふいに身構えたが……その蔦は二人を通り過ぎ、魔王ルードアリアを捕えた。



「なっ……。ま、魔王神様……これは、一体…う、うあああああッ!」




 ――それが、魔王ルードアリアの最期の言葉だった。




 ルードアリアは蔦によって魔王の口元へと引き寄せられていく。



 大きな口を開き……魔王は呆気なく魔王神によって食われてしまった。嘆く事も、叫ぶ事も出来ずにだ。



『……ゼ、ゼノス』



 ふいに聞こえてくる、ゲルマニアの戸惑った声。



 彼女は指示を待っていた。今起こっている現状に理解が及ばず、一体自分達は何をすればいいのかと……。




 ――こんな化け物に、勝ち目はあるのかと。




「……ッ」



 もはやここまで来てしまったら、逃げる事など不可能だ。



 ゼノスはリベルタスを正眼へと構え、額に汗をたらしながら魔王神と対峙する態勢を取る。



「……アスフィ。この際色々な疑問は後回しにさせて貰う。今はとりあえず……こいつを倒すしか無いんだろ?」



「――うん。でも倒す事は考えなくていい。ただ……相手に傷を与えるだけでいいから」



 傷を負わせる、か。



 果たしてこれ程の相手にどこまで通用するか……しかも二人で、恐らく援軍も来ないであろう。この空間に行き着く事は、例えユスティアラやラインでも非常に難しい事である。



 ――ゼノス達は、無事に生き残る事が出来るのか?



 聖騎士と始祖の共同戦線、この組み合わせはこれ以上にない最強で最悪なペアだけれど…………いや、これ以上の弱音は禁物か。



 弱音を吐いている場合ではない。魔王神が地上へと出てくると思うと、こいつはこの場で食い止めなければならない。始祖の言う事は未だに信用に欠けるが……今は弱らせるという事だけを考えるしかない。



 ――その為にも、本気で掛からねばならない



 白銀の聖騎士が極めてきた経験を生かし、その技量に秘められた全ての力を発揮し――始祖戦以来の全力で挑む。




 じゃないと――こっちが殺される。




『ゥ……タマ、シイ…………ボクノ……ドコ、ダアアッッ!!』




 遂に、魔王神がゼノス達に攻撃を仕掛ける。巨人よりもでかい手を盛大に振りかぶり、ゼノスとアスフィに目掛けて放ってくる。



「ゼノス、来るよっ!」



「分かってる!」



 ゼノスとアスフィは目にも止まらない速さで拳を回避し、互いは高く宙へと跳ね上がる。



 その際にアスフィは両手に憐憫たる弓を出現させ、黄金の矢を精製する。光芒のような弦をぐっと引き――魔王神の心臓に向けて放ち、




 ――見事、心臓を射抜いたはずだった。




「――ッ!?」



 輝く矢は寸前で受け止められてしまい、魔王神は世界を滅ぼす程の力を持った矢を、何と素手で握り潰した。



「始祖の矢を……。くそっ、なら今度は俺が」



 ゼノスもまた攻撃の機会を逃さなかった。リベルタスに聖なる祈りを込め、刀身からは眩い光が立ち籠る。



 リベルタスは聖剣と化し、彼は剣を大上段から振り下ろす。





「聖騎士流、滅技――『白銀の聖炎』!」





 振るわれる剣、その軌跡から白銀色に染められた聖なる炎が発生し、光り輝く豪火の猛威は魔王神へと寄せられる。



 絶大なる力を込めて放たれた極限の奥義。その威力は世界中の人間が対抗しても敗北を余儀なくされるであろう最強の一撃である。




 ――だが――




 それは人間の領域内での話。――神々に相当する魔王神の前では、児戯に等しかった。



 ゼノスの聖なる炎は魔王神の周囲に発せられるバリアによって防がれてしまった。何の前触れも無く、聖騎士奥義の一つを打ち破った。



「――ッ。おいおい、あれ一応俺の奥義だぞっ!?何て耐久力なんだッ!」



 こうして聖炎を破られたのは、過去数回の中でも初めての事だった。それは始祖の技も同様だったようで、彼女を遠目から見る限りでは相当悔しそうだ。




 ――だったら




 ゼノスは着地を魔王神の肩へと変更し、風に身を委ねてその場へと落ちて行く。気付いた魔王神がしつこく引き剥がそうと蔦の脅威が襲うが、ゼノスはそれを掻い潜りながら剣を魔王神の身体へと押し立て、肩から右腕まで一気に斬り裂いた。



 甲高い悲鳴を上げる魔王神。ゼノスは急いで体から離れようと跳躍する。





 一瞬魔王神と目が合った時――不可解な現象に直面した。





 …………何だ、この感覚は。




 奴は確かに悪の結晶体であり、本物の闇そのもの。しかし、その瞳には様々な思いが貼り廻らされていて……微かな光が垣間見えた。



 有り得ない現象を目にし、ゼノスは困惑するしかなかった。



『ジャ……マ、ヲ……スル、ナッ』



 途端、ゼノスはゾクッと身体全身を震わせた。



 その咄嗟の恐れが不幸を呼び、動けなくなったゼノスを狙うかのように反対の拳が飛んで来て――ゼノスに直撃した。



「―――――う、ぐっ」



 その一発はとてつもなく重かった。勢いよく地面へと叩きつけられたゼノスの鎧は破壊され、血反吐を盛大に吐いた。利き手で無い右腕は変な方向に曲がり、肋骨も何本か折れたようだ。……戦う事は愚か、もはや立ち上がる事さえも出来ない。



 一方で鎧を解除されたゲルマニアも、直接的ダメージは無いが身体全身が麻痺した感覚に襲われる。



「――ッ。ゼノス……しっかり、ゼノス!」



「ぐ、あぁッ。………………ち、くしょう……。…な、何て力……だ」



「そ、そんな……」



 あの聖騎士が、最強と謳われたゼノスが重傷を負ってしまった。それだけでも重大な事だが……次の瞬間、ゲルマニアに更なる驚愕が襲い掛かる。



 上空から始祖が飛来してきて、受け身も取れないままゼノスの様に地面へと落ちてきたのだ。



「が、はッ。や、やっぱり……強い」



「ア、アスフィさん……」



 万事休すとはこの事であろうか。ゼノスも、そしてアスフィもまた魔王神の覇気によって身動きが取れなくなり、不意を突かれて反撃されたのだ。




 ――強過ぎる。こんなの……規格外だ。




 抗う余地さえも与えない、攻撃する機会など存在しない。ゼノス達は敵だと認識されず、無様にも倒れ伏した。



「くっ……ア、アスフィまずいぞ。このままじゃ……三人ともッ」



 と、ゼノスが叫んだが、返って来た返事は意外なものだった。




「あ、安心してッ!もう魔王はかなり弱っている!あの体は既に一万年も使用されてなかった身体だから……もうこれ以上はっ」




「な、何だって……」



 そんな馬鹿な、とゼノスとゲルマニアは信じられない様な表情を浮かべたが、果たしてそれは現実となった。



 アスフィの言う通り、魔王神は低い唸り声を上げながら……ふらついた状態で、何と湖畔へと頭を倒して来たのだ。――確かによく見れば、魔王神は疲弊しきっている様にも見て取れる。



 ゼノスはゲルマニアの力を借り、アスフィは自力で魔王の顔へと近づいて行く。



 そして近距離に来たが、それでも魔王神は攻撃してくる気配を示さなかった。



「……で、これからどうするんだ。アスフィ?――う、ごほっごほっ!」



「ゼノスッ!」



 正直な所、ゼノスはもう戦える身体では無い。今の状態では奥義どころか、聖騎士流剣技さえもまともに繰り出せないだろう。……何日かの療養生活は覚悟した方が良さそうだ。



 だが、命拾いをした。もしあのまま戦っていたら、間違いなく三人共死んでいたに違いない。……情けない話だが。




「大丈夫、任せて」




 アスフィはただ一言そう呟き、武器を伏せて更に魔王神へと近寄る。




『……タ、マ…シィ』



「……もう休んで。魂は、貴方の魂はちゃんと存在するよ……」




 慈しむ様に答えるアスフィ。



 その声音に反応した魔王神は、憎しみに満ちた瞳を向ける。




『……』



「過去一万年間の定めは……全部この始祖が請け負っている。全ては私の中に、あらゆる元凶は……私と共にある」




 自らの胸を抑え、神妙に言葉を紡ぐ。



 まるで痛み苦しむように、全ての責任を背負っているような面持ちであった。




「……だから、もう憎しみに駆られなくていいんだよ?例えこの世の誰もが貴方を恨み、妬んでも……『私達』だけは、分かっているから」




 アスフィは呟く。優しく、慈悲を抱きながら。



 闇の深淵で紡がれる言葉。それは悠久の眠りについていた彼を安心させ、永遠の憎しみから解放出来た瞬間。




 ――彼は、魔王神は一瞬微笑んでいた様に見えた。





『……アリ……ガ、トウ。………アス、フィ』





 ――――え。



 ゼノスは驚愕した。




 何で……何で一万年前の存在が、アスフィという名前を知っているのか?あれは自分が浮かんだ名前を付けただけなのに…………いや、待て。




 ……何かが引っ掛かる。




 それは、果たして本当に偶然から浮かんだ名前なのか?



 どこかで聞いたような、幾度もその名を呼んだ記憶が――




「――ッ」




 思い出そうとした瞬間、頭痛がゼノスを襲った。




 彼は知らない、絶対に分からないはずなのに。単なる疑問で終われば、どれほど良かったものか。




 そうすれば、この胸のつかえは消え失せるのに――ッ



 自分は――何を知っている?



「ゼノス……だ、大丈夫ですか?」



「……」



 ゲルマニアの心配に対し、ゼノスは何も答えられない。魔王神の存在が、始祖の存在に対しての疑問で、今は頭が一杯だった。



 白い霧が脳内にかかった様で、訳の分からない魔王神とアスフィの会話が嫌で仕方なかったのだ。




 ――魔王は不可解な言葉を残し、巨体は砂となって散り行く。




 アスフィの言った事は本当だった。魔王神の身体は既に限界を超えていて、動くだけで崩壊していく程やわとなっていた。



 こうして魔王ルードアリアが死に、魔王神も消え失せた。




 深淵の世界から遠のいていく彼等。



 



 多くの謎を残したまま、ゼノスは現世へと戻って来た。



















 魔王の騒動は、アルギナス牢獄に多大な影響を及ぼす事となった。



 地下牢獄の囚人は全て殺され、牢獄自体も半壊状態。地上の牢獄街にも多少の被害が出てしまい、牢獄の駐屯部隊は忙しない復興作業をする羽目になるようだ。




 ――で、一方のゼノス達も同様であった。




 本当ならば事件解決の当日に城へと帰還する予定であったが、ゼノスとアスフィの負傷により、ゲルマニアが独断で一日滞在を決め込んだのだ。素早い報告を直々に皇帝陛下へと伝えたかったが、幸いにも無傷であるラインがその役を一任してくれた。



 ……さて、肝心のロザリーとノルアについてだ。



 ロザリー自身は無事であったが、ノルアは救出された後も気絶したままであった。



 余程の疲労が溜まっているだけであって、大事には至らない。彼女は姉を心配する一方、安堵していた。




 皆が騒動解決に安心し、心を落ち着かせる。





 ――ただ一人、ゼノスを除いては。






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