ep25 始まりの闇
ゼノスが渦へと飛び込んでいくと、その先には床が存在しなかった。
重力の法則に従い、渦の先に待っていた深い深い混沌の穴へと急降下していく。周囲には様々な瓦礫がゼノスと同じく落下していて、歪曲した異空間の底へと沈みゆく。
――そこで、ゼノスは瓦礫の上に佇む魔王に気付く。
ゼノスもまた彼と対峙する位置にある瓦礫へとわざと落ちて行き、何とかその場へと着地する。
「おや、とても懐かしい姿ですね。……そして、やはり付いて来ましたか」
「当然だ。騎士は国の危機に、主の危機に、そして友の危機に必ず馳せ参じる。貴様の様な外道を滅する事――それが皆の為にもなる」
……そしてゼノスにとって、この魔王の討伐は特別な意味を持つ。
魔界の更なる研究材料として彼を生け捕りにしたが、その判断は間違っていたと後悔している。あの時は単身で魔界へと繰り出し、彼が率いる九人の悪魔貴族を撃破した後に挑んだ。実際、本領を発揮し尽くせなかったわけだが――
――こうして罪悪感を覚えるぐらいなら、死ぬ覚悟で戦えば良かった。
そうすれば、ライガンは完全なる悪にならなかった筈。……あんなに苦しんでいるロザリーを、見ずに済んだ筈だ……。
……しかし、後悔先に立たずとは良く言ったものだ。
今は後悔よりも先に、魔王が企む何かを阻止しなければならない。
――その思いが、彼を奮起させるのだ。
「おやおや、何やら色々な感情が混ざっていますね。――後悔、不安、焦燥……そして私への疑念。……およそ聖騎士らしくないですね」
魔王は嘲笑する。それではまるで弱き人間だと、死をも恐れぬ白銀の聖騎士は既に死んだのかと馬鹿にする。
「……何度でも嗤えばいい。そんな事よりも、今は貴様を殺す方が――優先だっ!」
ゼノスは何の前触れも見せず、瞬時に他の瓦礫に向かって跳躍する。
刃の腹部分を使い、その巨大な瓦礫に撃ち付ける。凄まじい轟音が鳴り響き、瓦礫の塊は怒涛の勢いで魔王へと放たれる。
「ふふ、ふははっ!面白いですね!……いいでしょう。素晴らしき宴の前に、以前のリベンジマッチといきましょうか!」
魔王は飛来する瓦礫に憶さず、瓦礫に向かって高く舞い上がる。
何も無い場所から紅蓮の大剣を取り出した魔王は、すぐさま瓦礫を一刀両断する。その勢いを保った状態で加速し、魔王とゼノスの刃が重なり合う。
ほぼ互角の力量だった。
ゼノスは騎士の加護を、魔王は魔の加護を受けて強化されている。圧倒的有利だとか、不利などは存在しない戦況である。
「力は大体同じですか……。ですが、シールカードの力はどうでしょうかね!」
突如、紅蓮の大剣を片手に持ち、もう片方の手にカードを出現させる。
「では聖騎士……かつて滅ぼした敵に苦しんでみて下さい。――『悪魔のダイヤ、魔性の幻影』ッ!」
魔王の持つカードは黒い球体となり、一気に周囲へと拡散していく。一つ一つの個体は大きな集合体と成す。
その集合体は――九匹の悪魔『魔界貴族』と化した。
「――こいつ等はッ」
ゼノスはその者達に見覚えがある。九つの層から成り立つ魔界、層毎に統一する魔界貴族が存在していて、彼等はその統治者――要するに、魔王直属の臣下に値する。
彼等はゼノスが殺した筈だ。生き返ったとは言い難いが、相応の形で顕現されたのは確かなようだ。
九匹の魔界貴族は物言わず、虚ろな瞳でゼノスへと強襲してくる。
ゼノスは危機を感じ、遥か後方へと飛び退く。
『――ッ。ゼノス、避けて!』
脳裏からゲルマニアの声が響いてきて、注意を投げかけてくる。
ゼノスが飛びながら後方を見やると――槍を投擲してくる魔界貴族がいた。あの槍は『ブリューナク』、一度貫かれれば一生抜き取る事が出来ないと云われる魔槍であった。
「くっ!」
ゼノスは空中で腰を捻り、数ミリの差でブリューナクを回避する。
だがそれだけでは彼等の猛攻は収まらない。ゼノスが着地した先には既に三匹の魔界貴族が待機していた。剣、棍棒、鎌がゼノスに向かって振るわれる。
「うおおおおおおおおおおっっっ!」
雄叫びを上げ、リベルタスと素手で三匹の攻撃を執拗にこなしていくゼノス。もはや人智の領域を遥かに逸脱した技量で相手を圧倒し、終いには三匹をいっぺんに後方へと下がらせる。
しかし、相手は九匹と一人。
ゼノスが息を切らせる中で――瓦礫の下から声が発せられる。
「爪が甘いですよ、聖騎士」
「ッ!」
ゼノスが足場としていた瓦礫が崩壊する。それは自然にそうなったのではなく、魔王自らが紅蓮の大剣によって打ち砕いたのだ。
眼前へと姿を見せる魔王。邪気を孕んだ魔の拳がゼノスの鎧を叩きつける。
「――がはっ!」
『うぐっ!』
ゼノスとゲルマニア、両者は同様のダメージを受ける。ゼノスの身体は吹っ飛び、歪曲した空間へと追いやられる。
向かう先は途方も無い異次元……生き残る保障など全く以て無い。このままでは空間の狭間を迷い、一生出られなくなるかもしれない。そんな絶対絶命の中で焦燥に駆られる。
――死ぬ。ゼノスがそう確信してしまった時だった。
黄金に輝く羽が舞い散り、残光がゼノスの視界を奪う。
光のカーテンが光景を覆い、それが徐々に視界から消え去って行くと……九匹いた魔界貴族がいつの間にか全て消滅し、ゼノスは誰かに支えられながら宙を浮遊していた。
支えているその人物は――始祖アスフィであった。彼女は敵を一瞬にして全て滅ぼし、ゼノスの窮地に駆けつけてくれた。
「……アスフィ」
「遅れてごめんね、ゼノス。ちょっとロザリー達を逃がすのに時間が掛かっちゃって」
そんな軽口を放ちながら、アスフィは近くにある瓦礫へとゼノスを下ろす。
始祖本来の姿であるアスフィは、その姿に相応しい鋭い眼光を魔王へと向ける。その威圧は魔王を、ゼノスさえも畏怖する睨みであった。
「魔王ルードアリア。――もし私の想像通りならば、今すぐにシールカードを手放した方が良いよ。……それは何の意味も成さないから」
アスフィは魔王の意図を掴んだ上で、神妙な面持ちで語り掛ける。
「おや、何故でしょうか。私は在るがままの秩序を復活させようとしているのですよ?」
「……君は勘違いしてるよ。あれは……もう」
アスフィはそれ以上言わなかった。消え入る様な声となっていき、在ってはならない未来に震えるだけだった。
魔王はその様子を訝しむが、その態度もほんの一瞬だった。
また微笑を浮かべ直し、紅蓮の大剣を掲げる。
「……何を知っているかは存じませんが、要するに私の願望を阻止する気でいらっしゃるようだ。――本当に面倒なので、すぐに片を付けましょう。聖騎士諸共、死んで下さい」
魔界貴族を葬られても動じない魔王。大剣から生じる凄まじい闇の波動は全てを振動させ、垣間見る者に圧倒的恐怖を与える。
……彼は本気だった。微笑は狂喜の笑みと化し、聖騎士と始祖を一撃必殺で破滅に導こうと企む。
――魔王の奥義。それは聖騎士との死闘の末に発揮し、彼を極限にまで追い詰めた至高の技であった。死に行く亡者の魂は技の糧となり、彼を敬う悪魔はその身を魔王に捧げる。
闇の真髄が――紅蓮の大剣に集約されていく。
「くっ……」
ゼノスは苦渋の表情で魔王を見据える。
あの技は危険過ぎる。リベルタスでも斬れず、全身全霊を掛けてもうち滅ぼせない驚異である。
唯一の対抗策は――無い。
否、昔は存在していた。幾多の戦場を共に駆け抜け、聖騎士の『盾』として彼を守って来た史上最強のそれが……。
だが、あれは既に存在しない遺物。――『ルードアリアの盾』は、始祖との戦いで失ってしまったのだ。
……なら諦めろと言うのか?
……いや、そうはいかない。
この身がどうなろうと構わない。例え朽ち果てようとも、騎士に相応しくない醜態を晒そうとも……友の為に、死んで行った犠牲者の為にも。
――死ぬわけには、行かないッ。
「――恒久の平和を築くまで、無様に死んでたまるかああっっっ!」
ゼノスの覚悟。ヒルデアリアの光魔石よりも固く、どんな存在よりも気高き騎士の中の騎士。
人の為に戦う。人の為に死んで行く。それがゼノスの生きるべき道であり、定められし宿命。
――その心が、『騎士のシールカード』に反応する。
ゼノスの心臓部からシールカードが現れ、驚愕するゼノスの目前を浮遊する。
「…………これは」
仄かな明かりが辺りを照らし、周囲の時間が遅くなったような錯覚に襲われる。静寂な雰囲気が漂い始め、あろうことか魔王のモーションも遅くなっている。
だがそれ以前に……何故、何故カードが突然輝き始めたのか?
「それはゼノスの意志に反応して出現したんだよ」
アスフィの声が聞こえたと思いきや、彼女はゼノスへと近づきシールカードに自分の手の平を当てる。
「よくやったね。――君は騎士のシールカードに相応しい意志を、また一つ得た。その意志がカードを呼び寄せたけど……これはまだ不完全の状態」
アスフィの言葉と共に、シールカードは段々と光を伴い始める。
暖かい光。どんな闇にも対抗し、迷える者達を導く正義の塊が正体を見せる。
「――始祖の力は災厄の象徴だけれど……私はこの力を、平和の為に使いたい。そして平和を築きたいと願う君に――――始祖の祝福を与えたい」
……これが、始祖の力。
ゼノスは光り輝くシールカードを見つめ、自分の鼓動が早くなっていくのを感じる。まるでシールカードと同調している様な……何とも不思議な感覚だ。
――騎士のシールカードは、光の粒子となって霧散する。
「さあ、願ってゼノス。――君は今、何がしたいの?」
「……俺は」
ゼノスが瞳を閉じて思案する中――時の流れはまた普遍となる。
魔王は溜めに溜めた魔力を最大限にまで蓄え――絶大なる奥義を、遂に解き放った。
「聖騎士、始祖ッ!下らぬ茶番と共に、地獄の業火に焼き尽くされなさいっっっ!」
魔王が紅蓮の大剣から放つのは、黒き炎獄の集合体。
その炎は過去何千年、何万年にも渡って悪意に満ちた生命を焼き払い、その身に憎悪を溜め込んできた。炎から聞こえる嘆きは哀れなる生命の叫びであり、炎から流れ出る負の感情は、全ての強欲。
彼等は生者を妬んでいる。故に彼等は――聖騎士と始祖が羨ましい。
闇の荒波は――容赦なくゼノス達を飲み込んでいく。
「ふふ…………さらば光の権化。我が闇と共に在れ」
魔王は確信する。憎き宿敵は滅び、我が願いは成就されると。無残にも埋もれていくゼノスとアスフィを見下ろして勝利の余韻に浸り始める。
――だが、それは思わぬ勘違いだった。
「――ッ」
魔王はふいに表情を歪ませる。――なぜなら、地獄の業火が四方八方へと吹き飛んでしまったからだ。絶対と謳われた洗礼の炎は、いとも容易く消失していく。
そして黒き炎の中から飛び出てくる二人の影――それは始祖と、
片手にリベルタスを――もう片方に『ルードアリアの魔盾』を携えたゼノスが、魔王目掛けて舞い上がる。
外装は黒光りし、過去の主たるルードアリアによって邪盾を称された悲しき盾。しかし聖騎士が使用する事によって、彼の盾は『闇を払う邪悪なる盾』として世に評される事となった。
――かつての所有物を目にし、魔王は意表を突かれる。
そこまで驚く理由はただ一つ。その盾は自分の身を守る為に造られた物であり、同時に諸刃の刃と化す。
つまりは――魔王唯一の弱点であった。
「…………聖騎士……何故、何故その盾を持っているのですか!?それは始祖との戦いで失った筈では――ッ」
そう、確かに魔盾ルードアリアはその身を滅ぼし、永遠に亡き物となってしまった。
言うなれば、これもまたカードが見せし実体ある幻想。
『騎士のクローバー、全てを払いし守護者』である。
「や、止めなさい……。そ、その盾を、向けないで下さいッ!」
魔王は一心不乱のまま闇の波弾を何個も投げてくる。
だが魔盾の前では蚊程に等しい。ゼノスは跳躍しながらも巧みに波弾を盾で防ぎ、払い返し、相殺していった。
かつてと同じ状況。魔盾を簒奪したゼノスはこうして魔王を苦しめ、その身柄を生け捕りにした。
――そして今回もまた、ゼノスの前で羞恥に溢れた表情を見せる。
「ば、馬鹿な……これもシールカードの力だと言うのですかっ!?私は成すべき事が――果たさなければならない宿命がっ!」
「もう黙れ、魔王。――これで何もかもを終いにする」
何もかも……そう何もかもだ。
聖騎士との因縁も、魔の蔓延る時代も、そしてギルガント王国に巣食う呪われし宿命も――今ここで断ち切る!
「よ、寄るな……寄るなあ――――――――ッ!」
魔王は苦し紛れに紅蓮の大剣を振り下ろす。かつての戦いを再び思い出してしまったのか、彼の瞳には恐怖しか映っていなかった。
ゼノスが魔王の懐へと入った瞬間に、大剣を魔盾で防いで見せる。
無駄な抗いであった。――闇の象徴たる紅蓮の大剣は、皮肉にもルードアリアによって創造された盾によって刀身を折られてしまった。
「くっ……くそ……お」
「――聖騎士流妙技、『瞬』」
瞬――死は唐突に来る一瞬の出来事。
リベルタスが奏でる剣舞の音色は聞こえず、だが幾十もの一撃が詰め合わさった細かい芸当である。
その剣撃は死の到来よりも早く――魔王の全身を斬り裂いた。
全身から鮮血の飛沫を吹き出し、苦しみ喘ぐ言葉も発さずに血だまりへと倒れていく。
……終わった。
ゼノスは一息つき、魔盾を消失させてリベルタスを鞘へと納める。
相変わらずの薄気味悪い歪曲した空間ではあるが、もう敵の気配は残っていなかった。後はゼノスと……
と、そこでゼノスがアスフィを見やると――
「……どうしたんだ、アスフィ?そんな険しい顔をして……もう相手するような奴はいないぞ」
何と、アスフィは全身を震わせていた。さしものゼノスもその様子に戸惑いを隠せなかった。
敵の気配は既に無ければ、戦う相手も存在しない。
なのに、始祖である彼女がそこまで恐れる何かとは……?
「……もう、手遅れだったんだね」
「え……?」
ゼノスが疑問の声を出すと、ゲルマニアも怯えた様な声音で語り掛けてくる。
『ゼ、ゼノス……な、何だか物凄く嫌な予感がします。どこまでも深く……どこまでも暗い何かが……あ、ああ……』
「ゲルマニア?おい、大丈夫か!」
ゼノスは訳が分からなかった。自分では何の気配も感じられないのだが、どうやら二人は絶大なる何かに怯えているのだ。
壮大で……魔王よりも遥かに偉大な…………
「――――――ッッ」
そして、ようやくゼノスも感じ始めた。心臓が跳ね上がる様な錯覚に陥り、呼吸さえも出来ない状態でその場へと膝を付く。
「ハア、ハア……何だ……この、圧力は…………?」
肺機能が上手く働かず、締め付けられる様な痛みがゼノスを、アスフィとゲルマニアに襲い掛かってくる。
……こんな感覚、久しぶりだった。ゼノスがまだ最強と謳われる以前は、こうして自分よりも上の存在に畏怖し、身体を怖ばせていた。
まさしく今がその状況だ。――正直の所、死守戦争での始祖との戦闘以上の緊張感がひしひしと伝わってくる。
ピシッ……ピシッ、ピシッーー
歪曲した空間に亀裂が走り、それは空間全体に行き渡る。
亀裂はやがて大きななり――パリンッ、とガラスの様な割れ方で世界が弾け飛んでいく。
――ゼノス達は、凍える様な寒さの湖畔に佇んでいた。
湖の全長は軽くランドリオ城下町と同等の広さを有している。しかし薄暗い森林に囲まれ、深い霧に囲まれているせいか、実感は余り感じられないが。
空には太陽も無ければ、月も見えない。ただ幻想的な世界が辺りを包み込み、その中でゼノス達はぽつんと突っ立っているだけであった。
何の変哲もない、何処かも分からない世界。
――その湖の中央にいる、『ゼノスが恐れる存在』を除いては――
「……な、んだ……こいつは…………」
その巨大な体躯を持った化け物は、湖の真ん中で氷漬けにされていた。
黒き体毛に覆われた、例えるならば漆黒の獣……獣と言っても、世の中に存在するどんな動物とも似通っていない恰好をしていた。
その全身からは溢れ出る闘気が、発せられる禍々しい覇気は……あのゼノスでさえも震えるしか無かった。
『な、何ですか……これは。ア、アスフィさんっ!』
ゲルマニアはすっかり混乱し、何かを知っていると見てアスフィに疑問を投げかける。ゼノスもまた同じ心境だった。
アスフィは息を呑み……一生懸命言葉を紡ごうした。
――その時だった。
「ふ……ふふ…………まだ、分からないのですか……馬鹿、ですね……」
「――ルードアリアッ。貴様……まだ生きていたのか!?」
ゼノス達が後方振り向くと、そこには息を切らし、死を間近にした魔王ルードアリアの姿があった。
その場に倒れ伏し、血反吐を吐きながら笑っている魔王。困惑する様子をさも楽しそうに見届けながら……彼はあの化け物へと視線を移す。
「ここ、は……九つの層から成る魔界の……更に深い層………深淵の層と呼ばれる…場所……。ふ、ふふ……ここまで言えば……既に分かるんじゃ…ないですか?」
「………………ま、さか」
ゼノスは背筋を凍らせ、血の気が引くのを感じる。
深淵の層……。魔王を生け捕りにした後にどれだけ捜しても、その存在を見つける事が出来なかった。――カルト信者が吹聴した単なる噂であって、所詮は伝説でしかないのかと思っていた。
――それはこんな伝説だった。
今から一万年前の時代、ランドリオ帝国が創設されたばかりの時世に災厄が巻き起こり、地獄の底から神を憎みし者が誕生した。
そいつは当時の六大将軍、そして二代目聖騎士が死闘の末に封印を施し、地獄の底に在りし深淵の層へと追いやったと伝えられている。
……もしも、その伝説が正しくて、この場所が本当の深淵だったのなら、
「――――――こいつが魔王神……なのか?」
「ええ……そう、ですとも…………この方こそ……私の神…………」
そう言って、ルードアリアは震える手でシールカードを掴み取る。カードを頭上に上げてみせる。
「……お願い魔王。その行為は何も得ないし、お互いにとって何の意味も成さないものだよっ!?」
アスフィが賢明に問いかけるが、魔王はカードをしまおうともしない。
「ふ、はは……理解に、苦しみますねえ。――それとも、そうまでして……魔王神様を復活させたくない……理由があるのですか?」
「……復活?」
ゼノスは意味不明の意志を露わにし、アスフィへと振り向く。
だが、アスフィは口を閉ざしたままだった。複雑な感情が入り交じっているのは確かであったが……今はそんな事に気を使っていられない。
――魔王神が復活する。察するに、今ルードアリアが持っているシールカードが鍵で……それを使えば、実現してしまうのか?
理由は分からない。――しかし、
ここで殺さねば、最悪の事態になる事は確かだった。
「ちいっ!!」
ゼノスはリベルタスを引き抜き、全速力でルードアリアへと接近する。
「もう……遅い、ですよ」
魔王は目前にいるゼノスを嘲け笑い……カードは黒き粒子となって拡散していく。ゼノスの追い打ちは間に合わず、魔王の意志に従ってシールカードが発動されてしまった。
粒子は風に乗って魔王神の身体全身へと纏わり付き、増殖していく粒子は魔王を覆う竜巻となっていく。
――死を超越せし者、悲しき闇に囚われし神々に反逆する王。
創世記に存在した闇の神が、シールカードという謎に満ちたものによって、凶悪で醜いその姿を――氷の牢獄から解き放つ。
『グ、オオオオオオオオオ――――ッ!』
復活した魔王神は、誇り高き咆哮を鳴り響かせる。振動は世界全体を揺るがし、大地の上に立つゼノスとアスフィは、呆気なく後方へと吹っ飛ばされる。
ひたすら地面に縋り付く魔王は、その姿を見て高らかに笑う。
「は、ははははっ!お久しぶりです、魔王神様っ!このルードアリア、感動の極みでございますっっ!」
――嗚呼、果たしてこれは現実なのだろうか。
ゼノスとアスフィは、ただその姿を見つめる事しか出来なかった。
二代目聖騎士を苦しめ、世界の人口を一瞬にして半分以上減らしてしまった脅威の悪夢。
時代を超え、遥かなる眠りを経て――
――聖騎士と魔王神は、また巡り合う――




