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白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
二章 牢獄都市アルギナス
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ep24 再臨・ルードアリア


 ゼノスは周囲の様子を確認し、事の状況を粗方分析してみる。



 壁際でぐったりと気を失っているゲルマニア、神話上の悪魔共を従わせる程の迫力に怯え震えるロザリー。そんな彼女を殺そうと剣を振り下ろしていた魔王。



 ……良かった、間に合って。



 あれからミスティカの導きによって、迷路と化した道中を無事に潜り抜けてきた。一切迷わなかったのは幸いで、彼女には感謝したい所である。



「――大丈夫ロザリー?どこか怪我した所とかはないかな?」



 ゼノスが魔王と対峙する一方で、後から駆けつけて来たアスフィがロザリーの横に立ち、崩れ落ちそうなその身体を支える。



「……だ、大丈夫……」



 ロザリー本人はそう言うが、傍から見れば真逆の印象である。顔面は真っ青で、まるで緊張の糸が切れた様な状態だ。



 ……余程、無理をしていたと見受けられる。



 彼女は二年前……いや生まれた頃から緊張と焦り、絶望を持って生きて来た。科せられた宿命が、突き付けられる現実がロザリーを今まで後押しして来た。



 人は長時間集中力を保てるわけがない。ほんの些細な出来事でそれが途切れ、今までの奮起がガタ落ちする等……当然の摂理である。



 ――だからゼノスはその弱々しい姿に対し、こう告げる。



 淡々と……しかし、救いたいという意志を込めて。




「――任せてくれロザリー。……この宿命、俺が終わらせて見せる」




 ゼノスはロザリーへと振り向き、柔和な笑みを見せる。



 ……その笑顔、その固い意志がロザリーの胸を熱くし、誇り高き聖騎士に尊敬の念を送る。



 どこまでも優しい騎士。壮絶たる人生を抜けても尚、己だけでは無く他者までも救おうとする…………ロザリーの愛しい友人。



「……」



 この感情は、果たして何なのだろうか?



 心臓の鼓動が激しくなり、自らの顔が火照るこの感覚は……今まで感じた事の無い何か。……ゼノスを直視すると、その昂ぶりは更に増大する。




 ――だが、これだけは言える。




 素直じゃないのか、それとも純粋な思いなのかは分からないけれど……この言葉だけは。



「――有難う、ゼノス」



「……」



 ゼノスは振り向かない。……だが、妙に心温まるのを感じ、ふっと微笑を浮かべる。



 ……さて、仲間の心配はここで一端終いだ。



 ライガンに絶大なる闘気を向けつつ、アスフィに言い放つ。



「アスフィ、悪いがゲルマニアとロザリーを部屋の端に待機させてやってくれ」



「分かった……。でもいいの?ロザリーだけは地上に返した方が」



「いや、それじゃ駄目だ。――この戦いは、ロザリーが立ち会ってこそ価値がある」 



 ロザリーは知りたがっている。魔王ライガンの本当の意志を、皆が知らない本当の事実を欲している。



 ――結局の所、ゼノスはその事実を吐かせる為に戦うだけだ。この宿命を終わらせるには、魔王ライガンを倒さなければならない。



 そう、たったそれだけの事。



「――来い、ライガン」



『ぐっ……い、いいだろう。ロザリーよりも先に、まずは聖騎士から仕留めようでは無いか。――おおおおおっっっ!!』



 ライガンは紅蓮の大剣を両手で握り絞め、ゼノス目掛けて高く跳躍する。大剣でゼノスを串刺しにする気らしい。



 魔王となったはいいが……ゼノスからすれば、魔王ルードアリアよりも遥かに弱く、戦いに慣れていない様に窺える。ルードアリアが何を思ってその身をライガンに託したかは定かで無いが……聖騎士にとって、今の魔王は敵では無い。



 ゼノスは上空から迫り来る魔王を見上げもせず、動じもしない。



 魔王の大剣がゼノスの頭蓋骨を抉ろうとする瞬間、ゼノスは極僅かに身体を逸らす事で回避する。……力任せの一撃程、躱し易いものはない。



『なっ……』



 地面に剣を突き刺し、空振りした魔王は動揺と共にゼノスへと振り向く。



「……何を驚いている?ルードアリアならば、ここで俺に向かって剣撃の嵐を振り撒く所だぞ」



『ぐ、ぬぬ……わ、若造が』



 魔王が何か言おうとするが、ゼノスはそれを許さない。



 何とゼノスはリベルタスを鞘に納め、間近にいる魔王の大剣の腹に向かって回し蹴りを放つ。――紅蓮の大剣をいとも容易く折ってしまった。



『!?』



 驚きの余り、言葉を失うライガン。



 もし対峙する相手がルードアリアだったならば、紅蓮の大剣には冥府の死者達の怨念を込めており、とても蹴り一発で折る事は出来ない。



 だが相手はライガンである。彼は力の使い方を熟知していないし、恐らくシールカードの力を全て使う事も出来ないのだろう。



 ――そんな相手に、剣を使うまでもない。



「ふっ!」



 ゼノスは戸惑う魔王ライガンに向けて拳を放ち、ライガンの鎧にめり込ませる。



 ヒットした鎧の部分は派手に砕け散り――ゼノスの重い一撃は容赦なく彼の生身へと撃ち付ける。



『――ごほっ』



 兜の隙間から滴り落ちる鮮血。魔王ライガンは吹っ飛ばされ、その場にて崩れ落ち、咳き込みながら腹部を抑える。



 その様子を冷ややかな目で見据え、ゼノスは言い放つ。



「……弱い、何もかもが。力も、スピードも、戦闘能力も皆無…………何よりも、曖昧な意志がお前をそうさせている」



『な……んだと……』



 魔王ライガンは起き上がろうとするが、激痛故に動く事もままならない。聖騎士の拳は大地を突き破り、天をも穿つ。この程度はまだ序の口であるが、大抵の者ならば致命傷を与えられる。――まあそんな事よりも。



 ゼノスは服の埃を払いつつ、更に追求する。



「……お前が統べる国は滅び。お前の民も先程死に絶えた。――なのに、何故全てを曝け出さない?隠す相手もいなければ、隠す程の地位にいるわけでも無いのに」



 今のライガンは肩書だけの魔王。ギルガント国王の地位でも無ければ、民を統べる統治者という権限も存在しない。



 ならば――今の彼は、何者でも無い。



 彼はそれを自覚せず……今も世間の鎖に縛られている。




『……貴様に、何が分かる。一体私の何を知って、そんな戯言を呟く』




 魔王ライガンは息を荒げるも、不屈の闘志を帯びたまま立ち上がって見せる。



彼はふらつきながらも、ゼノスに近づいてくる。……もはやゼノスと戦える状態ではないというのに、それでも魔王は諦めを示さない。



『この身は……ギルガント王家の嫡男として生まれて来た。……生まれた頃から、戒律と……それに浸透した皆の中で、自由も無い生活を強いられてきた』



 彼は呟く。定められし宿命を、朦朧とした状態で打ち明ける。



『……私とて、一人の人間。確かに戒律は不条理だと……この国はおかしいと……何度も何度も思った。――ッ』



 と、そこで限界を果たしたライガンは、前のめりに倒れていく。いくら魔王の身体とはいえ、ゼノスの一撃はライガン本人の魂にとって、深刻なダメージだったのだろう。



 ……だが、これしかなかった。



 ライガンの本心を明かすには、結局打ち勝つしかなかったのだ。



「――ッ。父様!」



 それは本能故か、ロザリーが焦燥に駆られながらライガンの元へと走り寄る。ゼノスはそれを止めはしない。



 ロザリーはライガンを仰向けにし、呼吸を整えさせる。




『…………は、はは。何とも惨めな様よ。……戒律第二条『戒律に反した者を処罰出来なかった場合、その者を罪人と同等の扱いに処する』に反する……な』




「父様、もう喋らないで!お願いだから……もう」



 ロザリーが涙を零す中、ライガンはその顔をジッと見つめる。



 そして――漆黒の籠手を、彼女の頬にあてる。



『……ロザリー。既にお前と同じ罪人となった身として……言わせて、貰おう』



 彼は優しくロザリーの頬を撫で……涙声になりながらも呟く。




『――私は愚かだった。本心ではお前を愛し、ノルアを愛し……幸せな家族でいたいと……心の奥底から願っていた。だ、だが……私は、過去のトラウマと……王としての責務を優先し…………お前らに、酷い仕打ちを行った』




 ライガン王の過去もまた、壮絶だった。



 彼もまた抗い続けた。兄妹を救う為に、相思相愛だった少女を助ける為に、若きライガンは王国の戒律に反抗してきた。



 結果は悲惨なものだった。



 世間は冷たく、戒律に染まりきった両親や貴族達は容赦なく懲罰を下してきた。兄妹達は不条理な戒律によって罰せられ……相思相愛だった少女も、王族に関わった罪として目の前で処刑された。



 ……ライガンはそれ以降、抗う事を諦めた。



 受け入れるしかなかった。魔王ルードアリアの戒律に……そうすれば、苦しまずに済むと。



 光と闇が同居し始め、ライガンは国王となった。



 娘を罰する悲しみと、戒律に従えば苦しまずに済むと言う狭間に囚われながら、ライガンは今日この日まで生き続けてきた。




『……私はね、もう分からぬのだよ。何が正義で……何が悪か…………戒律の前では、盲目となるしかなかった。……すまぬ……本当に、すまぬ……』




「……父様」



 ロザリーとライガンは、互いに涙を流し合う。



 ……そう、結局はライガンも人間である。



 環境は時として人の条理を壊し、自己の意志を支配してしまう。何とも恐ろしく、怖い話であろうか。



 初めて分かち合った親子。



 それは幸福の始まりか?それとも、未知なる生活の到来か?




 ――どちらでもない事は、既にゼノスとアスフィは知っている。




 ゼノスは深く深呼吸をし……ロザリーに語り掛ける。



「……ロザリー。――今すぐライガンから離れろ」



「え……?」



 と、そこでロザリーもライガンの急変に気付け始めた。



 彼の身体中から黒い瘴気が立ち籠り始め、ライガンの身体に触れていたロザリーは手の痺れを感じる。ロザリーはすぐに手を離した。



 次第に瘴気は彼を包み込み始める。



「と、父様……?父様、父様!」



『ぐ、おお……は、離れろロザリー…………この身は既に消滅し、ルードアリアの身体を拝借している立場……ま、おう…は、私に……失望なされた…ようだ』



 ライガンは低い呻きを上げながら、事の顛末が当然だと受け入れる。



 ロザリーは切羽詰まった表情で、闇に染まっていく父を傍観する事しか出来なかった。



 分かり合えたと思ったのに……叶うならば、皆が平和に生きる道があったのではないかと模索し、それが実現すると渇望していたのに。



 ――この現実は、余りにも酷である。



『……ロ、ザリ……今まで…………本当、に……ぐ、おおおおおおおっっ!!』



「父様!父様ぁ――――――ッッ!」



 父の傍に向かおうとするロザリー。だがこれ以上の接近は彼女にも大きな被害を与えかねない。ゼノスはロザリーを無理やりに抱き抱え、安全な位置まで後方へと跳躍する。



 不穏たる魔の不協和音。絶望と怨念の渦がライガンの身体中を覆い尽くし、暗黒の繭を形成していく。




 それは古き死の誕生。月光の下で猛々しく猛威を振るい、深淵の魔界を統一した最強の悪魔が芽吹く瞬間――。




 繭は宙へと浮遊し――――黒き羽となって霧散していく。



 神々しさとは裏腹の禍々しき波動。邪気が空間全てを振動させる。



 その忌々しい旋律に冷や汗をかきつつ……ゼノスは問いかける。





「二度とその面を拝みたくなかったよ。――悪趣味な遊びは終わりか?」




「ええ、十分に楽しみました。……そして、またお会いしましたね、聖騎士」





 繭から出てきたのは、黒衣のローブに身を包む華奢な男。



 青白い頬には漆黒の刻印が刻まれ、その容姿、身体はどんな女性をも魅了し尽くす。魔王と呼ぶには相応しくない柔和な微笑みを見せ――魔王ルードアリアは敬語で答えてくる。



 ――嗚呼、こいつだ。



 ゼノスの知る魔王の姿は、漆黒の鎧に包まれた姿だけでは無い。



 何もかもを曝け出し、まるで自分を縛る足枷を外したような力の鼓動。それは全てを圧倒し、生きとし生ける者に多大なる恐怖を与える。アスフィは平気な様子だが、ロザリーに限っては恐怖に身を委ねるしかなかった。



 ……これこそが魔王ルードアリアの真の姿、その真髄である。



「――貴様を殺す前に、まずは答えて貰おうか。その目的を……この惨劇を起こした理由をな!」



 ゼノスは激昂する。尊い犠牲を無下に扱い、そうして微笑んでいられるルードアリアに怒りを覚えながら。



 ルードアリアは微笑し、軽やかに言い放つ。



「ふふ、相も変わらずですね。……なに、とても単純な理由です」



 そう言いながら、彼は細腕を天井へと伸ばす。



「――私の願いは、魔の蔓延る世界の創造。その為に魔王を崇拝するギルガント王国の信者を従えただけの事……それの何に怒っているかが、私にはさっぱりですね」



「ふざけるな!貴様はギルガント王国に不条理な戒律を与え、今まで何度もそれに苦しんできた者達がいたんだぞ!?――お前に魂を預けたライガンも、ロザリーもだ!」



 ギルガント王国の犠牲者は、皆このルードアリアの気まぐれによって苦しみ、悲しみ、そして死んで行った。



 ……だが、それでもルードアリアは笑みを絶やさない。




「――私はそれを見たいが為に、ギルガントに戒律を与えたのですよ?そして勿論、ライガンにこの身を貸した一つの理由も……その娘と父の『喜劇』を見たくてやった事ですから」




 ……その言葉に、ゼノス達は絶句する。



 彼は何の悪気も無く、純粋な気持ちを暴露してきた。ギルガントに戒律を与え、苦しみを授けた理由は……ただ見たいから、と言ったのだ。



「それだけじゃない。――これもまた、私がライガンを欲した理由です」



 ルードアリアは両手を胸に近付け、手と手との間から異様な光が漏れる。




 念じ続けて現れたのは――ライガンが持っていた『魔のシールカード』だった。




「――ッ。……もしかして」



 そう言葉を紡いだのはゼノスじゃない。壁際にてゲルマニアを介抱するアスフィものだった。彼女は素直に驚き、苦虫を噛んだ表情である。



 ルードアリアは愛おしそうにカードを撫で、言い放つ。



「……そう、魔とは私にこそ相応しい。ライガンがシールカードの所持者だと気付き、これを私の物にしたいと思ったのです。その為に彼と融合を果たし、シールカードの所有権を強制的に私の物とした――そんな所です」



 ……それは可能なのか。未だに信じられない思いでいるゼノス。



 だがアスフィから詳しい事情を聞けない今では、その事実をありのまま受け取るしかない。



 魔王は饒舌のまま、言葉を続ける。



「彼は――ライガンはよくやってくれました。私に父と娘の『喜劇』を見せてくれ、私の想像通りの結末で幕を下ろしてくれた。――とても面白かったですよ」



 ……狂っている。



 あくまで人の不幸を糧にし、それを喜劇と謳う魔王ルードアリア。



 ロザリーはそれを耳にし……冷めきった闘志がふいに湧いてきて、闘志は魔王への殺意と移り変わる。



「……貴方が、全てを壊した。私の人生を――家族の人生を弄んだッッ!」



 剣を握り締め、ロザリーは果敢に魔王へと立ち向かっていく。



「――よせっ、ロザリー!」



 ゼノスが制止を要求するが、既に彼女の耳には届いていなかった。



 魔王はニコリと笑み、彼女に向かって手の平を向ける。その手から暗黒の黒い塊が派生し、濃密な波弾を精製する。




 間違いなく、彼はロザリーを殺す気だった。




 波弾から異様な回転音が響き渡り、発射される。この距離からでは間に合わない――とゼノスが思った瞬間だった。



 ロザリーの前へと誰かが咄嗟に現れ、その暗黒の波弾を大剣で跳ね返す。





 ――それは、先程まで昏倒していたゲルマニアだった。





「ふふ、少しはやるようですね。騎士のシールカード」



「う、ぐ……」



 ゲルマニアは片手で大剣を振るって跳ね返したが、同時に異様な痺れを片手から感じる。余りにも強い力に、ゲルマニアは苦悶の表情を浮かべる。



「ゲルマニア、大丈夫か!?」



「は、はい……何とか。や、やっと来てくれたのですね、ゼノス」



 そう言って安堵の表情を浮かべたゲルマニア。だがそれも一瞬の事で、すぐさま連続の波弾を放ち始める魔王に気付き、ロザリーを抱え、回避しながら後退していく。



 ゲルマニアとロザリー、そしてゼノスが並び合う形となった時、魔王は突如大きく笑い出す。



「ふふ……足りない、まだ足りませんね。――けど残念です。念願の魔のシールカードを手にした今…………君達を相手にする暇は無いのですよ」



 魔王は意味深な言葉を放ち――彼の背後に黒い渦が出現する。



 あれは察するに――どこかに繋がる扉の様なものだろうか。



「どういう事だ?」



「……とても素晴らしい喜劇が始まるのですよ、聖騎士。もし見たければ、付いて来ても構いませんよ?ふふ、ふふふ……ふははははっっっ!!」



 まるで付いて来いと言っているかの様に、魔王は高笑いしながら渦の中へと飛び込んでいく。



「――ゲルマニア、追い駆けるぞ!」



「はいっ!」



 ゼノスは魔王の奇妙な行動に嫌な予感を感じつつ、ゲルマニアと共に渦に飛び込もうと決断する。





「ゼ、ゼノスッ」





 ――だが、そんな二人を引き留める者がいた。



 その人物は、弱々しい表情を浮かべるロザリーであった。



「……わ、私も……行く」



「……」



 ゼノスとロザリーはしばし見つめ合う。彼は見定める様に、彼女は懇願する様に互いを見る。



 ……ロザリーの心は確かに強くなった。だがゼノスから見れば、実力はまだ開花しておらず、魔王との戦闘では確実に足手まといとなる。



 その気持ちは分かるが……死に急ぐ友を放っておけるゼノスでは無い。



 ゼノスは溜息をつき――ロザリーの頭をぽんぽん、と叩く。



「――言ったろ、俺がその宿命を終わらせるって。単なる復讐は身を滅ぼし、大切な者も悲しませる原因となる」



「で、でも」



 彼女が何か反論しようとする。……その前に、ゼノスは玉座の後方、そこで気を失っているノルアへと目を向ける。




「あの人がロザリーの姉さんなんだろ?……ロザリーが死んだら、お前の姉さんに一体どう説明したらいいんだ?」




「――ッ」



 彼女はまだ全てを失っていない。



 この宿命は荷が重過ぎる。友として……ゼノスはその宿命を共に背負いたいと思うばかりだ。



 ――ゼノスはゲルマニアと頷き合い、彼女はその身を輝かせ、光の粒子となって周囲に溶け込んでいく。光の粒子はゼノスの身体全体を覆っていく。



 ……戦う気だった。ロザリーの為に、その命を賭してまで宿命を背負うと豪語してきた。



 ――何故、貴方はいつも私を助けてくれるの?



 ロザリーは何の役にも立っていなかった。何の意味も無く生まれて……誰かの為になる存在では無かった。



 そんな自分を……何でこうも救ってくれるの?




「どうして……どうしてそこまでしてくれるの…………」




 彼女の心配に満ちた声を耳にするゼノス。



「どうしてって……そんなの、簡単な理由だよ」



 光の粒子が明確な形を形成する中、彼はロザリーを見ずに前へと進んで行く。



 その身は白銀の鎧に包まれ、赤きマントをはためかせる。重厚な白銀の鎧は、後ろで困惑する友の為に生まれ、全てを救う為に具現化された。



 白銀の聖騎士ゼノスは、背後で見守ロザリーに……たった一言だけ言う。





「――俺を絶望から救ってくれた、恩人だからさ」





 そう言い残し、ゼノスは渦へと走り去って行く。




 その場にロザリーとノルア、そしてアスフィを残し、彼は魔王の元へと立ち向かう。




 ……ゼノスの後ろ姿を見据えるロザリー。もはや、彼女は懇願するしか無かった。





「……お願いします、神様。どうか……どうかゼノスを死なせないで」






 彼女は願う。愛しい友を、いやそれ以上の何かとなったゼノスに祝福を、と。







 


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