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白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
二章 牢獄都市アルギナス
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ep22 狂戦士の戸惑い



 ユスティアラの助力を得て、ゼノスとアスフィは下層へ通じる階段を駆け下りていく。



 先程の悪魔達で全てだったのか、もう強襲を仕掛けてくる敵は存在しない。二人の足音だけが鳴り響き、木霊するだけだった。



「――アスフィ、ミスティカと交信は取れるか?」



「ちょっと待ってね。…………うん、大丈夫みたい。妨害も無いみたいだし、問題なく会話出来るよ」

「……よし、ならさっそく頼む」



 ユスティアラがいなくなった事により、この牢獄の詳細を知る者はこの場にいない。アルギナス地下牢獄は複雑怪奇だと聞くし、初めて訪れる者が決して案内も無しに入る所では無い。




 ――それに、微かに空間が歪んでいる様にも感じる。




 空間の歪曲は時として物理的変化を引き起こし、本来とは違った場所が完成してしまうのだ。……そうなってしまっては、一生魔王の元へは辿りつけない。



 だが――一つだけ進む方法がある。……それがミスティカの案内だ。





『あ~テステス……聞こえますか、聖騎士殿。私です、ミスティカですよ』





 ミスティカは相も変わらない穏やかな声音で電波を発信させ、ゼノスの脳裏に響き渡る様に聞こえてくる。……「マイク調整かよ」と言おうとしたが、恐らくこの二人には異世界の事情等知る由も無いだろうと思い、言うのは止めた。



「――ミスティカ、事態の様子は大体把握出来てるか?」



 恐らく遠視によって、ゼノス達の行動を見ていたと思うが……。



『ええ、ちゃんと見ていましたし、最下層までの道のりに関する現状も把握していますよ。…………にしても、随分と改造されちゃってますねえ』



 ミスティカはふむふむ、と言いながら少々思案する。



 ゼノス達は足を止め、目前を睨み付ける。




 階段を下り終え、その先には狭い回廊が広がっている。一見真っ直ぐ進めば良い様に見えるが……この先は不思議な力によって空間が捻じ曲げられ、迂闊に入り込められない状況であった。




『……成程、どうやらこの現象はシールカードの力によって発動されたようですね。常人ならば見えない真実の道――この占い師が導いて見せましょう。あと恐らくですが、この現象は真実を誰かが辿ると元の空間に戻る様です……ユスティアラさんが迷う事は無いと思います』



「すまない、ミスティカ。…………ロザリー、ゲルマニア、どうか無事でいてくれ」



 そして勿論、ユスティアラもだ。



 果たして彼女等は無事に生還する事が出来るだろうか?この絶望に満ちた状況の中で……ロザリーは、確固たる意志を貫く事が出来るだろうか?



 生きる事を否定され、復讐と宿命に束縛されるロザリー。



 負けるな……そして打ち勝て。己の過去に……終止符を打て。





 今のゼノスには、こう願うしか方法が無かった――。
















 


 

 一方、ユスティアラは死神と激しい攻防を繰り広げていた。




 ゼノス達が無事に階下に向かった事にひとまず安堵し、遠慮なく死神との戦いが出来る。――孤独の中でこそ、六大将軍は真の力を発揮する。



 彼女は刀で死神の鎌を跳ね返し、若干の距離を置く。彼女の剣術を披露するには、間合いが肝心である。……その真髄を繰り出す為にも。




「天千羅刀術――『風吹雪』」




 地面を掬い上げるが如く、刀を逆手に持って振り上げる。



 刃から零れ出るカマイタチが洗練され、その矛先は死神へと向かう。



 ……だが、それは呆気なく霧散していく。



 死神の鎌はカマイタチを容易に切り崩し、ユスティアラを瞠目させる。



「……これがシールカードの力か」



 微かな笑みを見せ、彼女はその場から消え去る。いや消え去ったのでは無く、驚異的な速さで跳躍した。



『――そこですかな!』



 死神は上を見上げる。――案の上、ユスティアラが一瞬の速さで死神の頭上へと移動していて、死神を一刀両断しようとしていた。



 死神とユスティアラは空中で交差する。その際に互いは刃をその身体に斬り込もうとする。ユスティアラは死神の横腹を、死神は彼女全身を斬ろうとする。



「――ッ」



『ぐ、おお……ッ』



 ユスティアラは地面に着地する。しかし右腕を斬られてしまい、顔を歪ませながら苦痛に耐える。一方の死神も斬撃を左肩にくらい、呻きを漏らす。……骨だけになったとはいえ、痛覚は存在するようだ。



 ……互いが互いを譲らない状態であった。生と死を掛けた血肉を争う死闘、久方振りの緊張感に……ユスティアラの高揚は更に昂ぶる。



 彼女は幾度も死線を潜り抜けてきた。あくまで冷静に、そして冷酷に……あらゆる化け物を駆逐してきた。




 そんなユスティアラにとって――この戦いは少々の新鮮さを与えてくれている。




 自分が傷を負わされたという事実。……この程度の相手ならば、自分が極めた剣道を披露するに相応しい――ユスティアラはそう確信した。




『……とても邪悪な表情ですな。まるで血に飢えたハイエナ、戦いに全てを捧げる闘神の出で立ち……おお怖い』




「――的を射ている、死神よ。……で、それが悪であると……そう結論付けたいのか?」



『勿論……アルギナス戒律第五十四条『アルギナス王家、及び重要職の者に悪意を向けた者は、その場にて死刑を執行する』と。現に貴方様はそのような口を聞き、刃を向けていますからな。――死を、与えるしかございませんよ』



 それが本当ならば、何て不条理な法律なのだろうか。



 不純たる正義、貪欲な悪の塊。――この類の者は、ユスティアラが最も嫌う人種の一つである。



 彼女は悪を嫌う、不条理を妬む。




 ――遠い過去に経験した悪夢が、彼女の闘争心を駆り立てる。




「……不愉快だ。貴様等の様な輩がいるから、全てが壊れる。弱き者の人生が狂ってしまう…………この気持ちが分かるか、貴様に?」



 憎々しく吐き捨て、憎悪に満ちた瞳を向けるユスティアラ。



 六大将軍――それは名誉、地位、力の全てを得た者だけがなれる栄光。……しかしその背景には、数々の苦悩と絶望、そして生き地獄を味わってきた。



 彼女とてその一人――可憐だった少女が、修羅の道を歩む事になったのには、深い深い理由が存在する。



 それ故に彼等は……最初から強かったわけでは無い。




 だからこそ――彼女もまた他の六大将軍と同様……弱音を零す。




「……もう戦いたくないのに…………叶うならば、平和な世界に住みたかったのに……現実の我等は、六大将軍は最強の戦人として在り続けなければならない」




 平和は夢のまた夢の話。――世界はこうも戦いに満ち溢れ、誰もが意味の無い戦争を繰り返し、苦しみ、そして死んで行く。……これが滑稽と呼ばずして、何と言うのだろうか。



 恐らくこの愚か者は一生分からないだろう。争いの根源であるが故に、彼等は平和を知らず、善と悪の区別がつかない……そんな悲しい存在とし生き続ける。




 ……粛清せねば、この惨劇を止める為に。




「――余興は終いだ。……悪なる者に、死の祝福を」




 ユスティアラは度重なる負の感情を抑え込み、改めて闘争心を剥き出しにする。



 これ以上このような下種を拝みたくない。今の自分は六大将軍、全ての悪を薙ぎ払う者――ユスティアラである。



『……何だ、この悪寒は』



 死神は震え上がり、恐怖の念が押し寄せてくる。



 ユスティアラから放たれる闘気……果てしない力を放ち、彼女の周囲を冷たい冷気が流れている。




「……怖いか?……それはそうだ。如何に死を司る神と言えど、森羅万象には逆らえまい」




 水も、空気も、この世界に潜むあらゆる生命を操る剣技。ユスティアラの天千羅刀術は……『神を愚弄した力』。




 これが彼女の本気。――彼の有名な天千羅流創始者、世界中から約二十万人もの門徒を集め、最強の剣術集団を作り上げ――そして六大将軍であった男、『ロア・レディオ』の一番弟子の真髄。




「――参る」




 彼女は静かに歩み寄る。



 先程の様な俊敏さは見られないが……その物腰はどことなく流麗、且つ一切の感情が見受けられない。ただただ刀を握り締め、切れ長の瞳を死神に向け続けている。



 ……だが、死神は直感した。




 今の彼女は、まるで隙だらけであると――




『――馬鹿な娘よ!その程度で本気など甚だしいわっ!』



 死神は激昂し、闇色のマントをなびかせる。



 マントから幾千本もの骸骨の手が伸び、威勢よくユスティアラの元へと迫ってくる。その役目を終えた人間達の欲望、絶望、貪欲な魂が具現化され、生者を疎ましく思うが故の一撃。



 恐ろしい力の籠った一撃。…………だが、




 ――何とも愚かで、浅はかな技である。





「……天千羅剣術奥義、『氷魔神双手』」




『――ッ!?』



 その時、死神は目前の現象に絶句する。



 闇の亡者共が解き放った呪われし腕……その猛威を、彼女が刀を突き出す事で防いで見せた。――否、




 ――彼女の腕を覆う様に、全く同じ動作で『巨大な氷の手』が完全に防ぎ、いとも容易く跳ね除けてしまったのだ。




 氷の手……それは氷魔神が大気中の水分に憑依し、ユスティアラの意志によって具現化された。……その力は、正に全てを司る神の権利を奪った奥義である。



『な、何と……。に、人間が、たかが人間が何故そのような力をッ!?』




「――黙れ。天千羅剣術、『風姫刀』」




 敵に一切の妥協も許さない。怯えた声を発する死神の意も介さず、ユスティアラは更なる追撃を始める。



 氷魔神の手に持たれた風に包まれた大きな刃。かつてその刃の一撃は、聖騎士を窮地にまで追い込み、苦しめた秘伝の奥義。……これを使うのは、聖騎士、クラーケン戦以来だ。



 ――風姫刀を振りかぶり、盛大に刀を死神の頭上に振り落とす。回避する、受け止める、跳ね除ける――そのどれもを不可能とした絶対の一撃が、死神へと降り注ぐ。




 ――そして、死神は一瞬の瞬きも許されずに一刀両断された。




 呆気なく、無残な最期である。




『が……あ、あ』




 体を二等分にされてもまだ声を発する死神。しかし、風姫刀から吹き出る暴風が巻き起こり、それはヒルデアリアの光魔石で造られた牢獄の壁を軋ませ、死神の全身は粉々に崩れ去って行く。




『ば、馬鹿な…………ま、魔王様……ライガン、様……――』




「……冥土で主の帰りを待っていろ、弱者め」




 ユスティアラは霧散していく死神に背を向ける。





 そのまま階下に向かう――と思っていたが、ユスティアラは奇妙な気配に気付き、静かに進む足を止める。





 新たな敵でも無ければ、仲間とも言い難い。




 この世で最も大嫌いな人間の存在を察知し、憎々しげに吐き捨てる。





「……そこで私の様子を窺っていたのか?―――――ライン」





「あらら、やっぱりバレちゃったか」



 そう軽々しい声音と共に、天井から全身黒タイツの男――ラインが飛び降り、ユスティアラの目前へと着地してきた。



 何時からいたのか、等は聞く気にもなれない。『知られざる者』は隠密を得意とし、彼が本気になれば、六大将軍でさえ気付くのに時間が掛かる。……本人もいつからいたか自覚していないだろうし、その事実を知る事は不可能だろう。




「何しに来た?私は確かに上層部の警護を頼むと言った筈……『またあの頃のように』、私の期待を裏切るのか?」




「いやいや、そういうつもりじゃないんだけどなあ……。上層部は絶対に安全だよ。僕にはその確証を持っているし、僕がこっちに来た方がより安全になるかな、と思ってね」




 ユスティアラの意味深な言葉に、ラインは少々焦りながらわけを説明する。




 ……静寂に満ちた牢獄の中で、両者はしばし沈黙し、彼女は怨嗟の瞳をラインに向けている。




 ――その闇は先程の死神よりも深く、恐ろしい。



「……とりあえず最下層に向かおうか?ゼノス達も心配だし、僕は先に行かせて貰うよ……」



 そう言って、ラインは苦笑しながら階下に繋がる階段へと向かおうとする。




「……待て」




 しかし、ユスティアラは去り行く背中を呼び止める。




 ラインが彼女に振り向くと……そこには怨嗟とは正反対の、悲しそうな表情を浮かべるユスティアラが佇んでいた。





「…………もう逃げずに答えてくれ。……何故あの日、祖父を……ロア・レディオ師範を裏切ったのかをな」





 彼女らしくない、困惑した様子を露わにする。



 ――過去に起きた事件。それがユスティアラとラインの関係を繋ぎ、そして今現在も……昔の因縁に苦悩する両者。



 ……ラインはジッとユスティアラを見据える。怒りも、悲しみも、あらゆる感情を抑えた瞳を向けるが……また階段へと歩み行く。




「……ユスティアラ。僕は君に死闘を挑まれても、殺しに挑もうとも、それは君の勝手だし、僕も受けて立つ」




「……」




 だが、とラインは言葉を付け足す。



 それは確固たる意志の象徴。――全てを背負い込んだ者の言葉。




「――あの惨劇の事実だけは……僕だけが知るべき記憶だ。……これだけは譲れない。――例え、『実姉』であっても……話せない」




 ラインは実の姉――ユスティアラにそう断言し、今度は振り向かずに階下へと駆け足で進んで行く。




 ……また逃げ出すライン。彼女は幾度と無くその問いを口にしてきたが、ラインが言葉を紡いでくれる事は……無かった。



 言い知れぬ疎外感がユスティアラを苛立たせるが、現状を疎かにする事は好ましくない。この思いを心の奥底に放り投げ、彼女もまたラインの後を追って行く。



 






 ラインとユスティアラ。




 互いを嫌煙し合う姉弟の物語は、また別の話である。

 


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