ep18 開戦
ゼノス達はキャリーを抜いて、アスフィとミスティカを連れてユスティアラの執務室にやって来た。
キャリーを省く理由は勿論、アスフィが始祖だと気付かせない様にする為である。彼女が来たという事は、恐らくそれに関連する話だと思うから。
……で、ミスティカから大体の経緯を聞き、彼女等を遣わしたのは皇帝陛下自身、アリーチェの命令だと分かった。
アリーチェは念には念を入れ、ミスティカの持つ能力が牢獄の侵入に役立つだろうと判断し、内密に派遣したらしい。――その判断はゼノス達としては喜ばしい事であり、彼女の透視を以てすれば深部の状況把握も可能となる。この際、ギャンブラーである彼女が暴れ出すかもしれないという危惧は、ミスティカを信頼した上で棚に上がるしかない。
ミスティカがやって来た理由は把握したゼノス達。
――だが、もう一方の人物については……
「……で、お前が来た理由は何なんだアスフィ?俺はここに来る前、絶対に付いて来るなと言いつけた筈だが?」
「えへへ……だって気になって仕方ないんだもん」
「気になって…………はあ。もう少し自分の立場というものを理解してほしいものだな」
アスフィ――もとい始祖は、三週間前に皇帝アリーチェと密約を交わし、共にシールカードを打倒しようと共同戦線を張っている。
その事実は勿論公式で発表はせず、密約に関しては皇帝陛下、六大将軍、一部関係者のみにしか伝えられていない。……もし始祖が仲間になった、なんて豪語してしまえば、あらゆる勢力が猛反対をしかねない。
とどのつまり、本来アスフィは自由奔放に城を出れる立場ではない。始祖の外見は一般民に知られてはいないが、僅かな事で正体を知られる可能性もある。
「まあまあ聖騎士殿、アスフィ様は何の意味も無くここまで来たわけではありませんから……。ね、アスフィ様?」
「勿論だよ!てなわけでゼノス、ちゃんと私の話を聞いてよ?」
と、アスフィは頬を膨らませながら言ってくる(ちょっと可愛いと思ってしまったゼノス)。
……いつもの事ながら、アスフィと話すとどうも調子が狂う。
二年前の始祖、現在の始祖――あまりにも似つかなくて、まるであの死闘が嘘だったかのように錯覚してしまう。
しかもこの笑顔が、声が、話し方が、何だか心地良いと思ってしまう自分がいるのだ。……何故だかは全く分からないが。
「ゼノス、呆けてるけど大丈夫ですか?昨日はその、私も配慮の足りない行いをしてしまいましたし……」
ゲルマニアは申し訳なさそうに言う。――昨日とは、恐らく説教が長引いた事を言っているのだろう。
「ああいや、それに関しては気にしてない。もう眠くないし、会食をサボった俺にも原因があるしな」
「そう、ですか……」
やはり罪悪感があるのか、終始落ち込み気味なゲルマニア。
……まあいいや。とにかくアスフィに関して気にしてても仕方がない。
「悪いなアスフィ。話してくれ」
「う、うん。――でね、私がここに来たわけなんだけど」
アスフィは右手の人差し指を微妙に動かし始める。
「わ、わわっ」
ゲルマニアが焦りの声を出し、ゼノスは彼女に視線を向ける。
――すると、ゲルマニアの眼前に『騎士のシールカード』が浮遊していた。これはゲルマニアのポーチに入っている筈だが……どうやらアスフィはその力でカードを出したようだ。
「ほう、これがシールカードという代物か。……とてつもなく危険な匂いを放っているな」
「……ユスティアラにも分かるか、この圧倒的な力を」
このシールカードは何度も見ているが、カードから発せられる力にはどうも慣れる気配が無いゼノス。……いや、別に慣れたくもないが。
騎士のシールカードに関して何を言いたいのか。一見何もなさそうに見えるが……当のアスフィは難しい表情をしていた。
「……ねえゲルマニア。この三週間、一度でもシールカードが光り出した事ってある?」
「へ?いえ、そんな事は無かったですけど」
「……やっぱりね」
アスフィは独り納得する。
「――ゼノス。本来シールカードというのはね、ギャンブラーを見出した場合は主の魂へと宿る物なんだよ。……でもこのシールカードは宿るどころか、光り輝く事もしない……この意味、分かるかな?」
アスフィの鋭い指摘に、思わずゼノスは唸りを上げる。
そういえば……そうだ。盗賊のカードを所持していたマルスも、自分の意志でカードを出現させ、自由自在にカードを操っていた。彼に従属するシールカードの戦士もいなかったし、たった一人でカードを支配していた事になる。
しかし、ゼノスには未だその権限が存在しない。
……おかしいとは思っていた。ゲルマニアの鎧も時間制限が厳しく、上手く使いこなせていないと感じてはいたんだ。
「もしかして俺は……まだカードに主だと認識されていないのか?」
ゼノスがそう言うと、アスフィは首を横に振る。
「いや、それは無いと思うよ。使用制限は恐らく同調が不具合を起こしているせいだろうし、ゲルマニア本人がゼノスを認めている以上、貴方は間違いなく騎士のギャンブラーだよ」
「そ、そうですよゼノス!私もシールカードについてあまり存じませんが、きっと何か理由があって……っ!」
ゲルマニアが必死にゼノスを擁護する。
彼女がそこまで言ってくれるのは嬉しいが、ならどうしてカードは反応せず、ゼノス自身と同体化しないのだろうか?
「……私も推測でしか言えないけど、ゼノスはもしかしたら……何か不安を抱えているんじゃないかな?自分でも把握出来ない……底知れない不安に。主の感情がシールカードに影響する事もあるからね」
「…………不安、か」
不安なんて沢山あるに決まっている。
戦いに対する恐怖、果てない未来に潜む衝撃の事実、数え切れない程の負の感情が込み上がるのは……人間として当然の事である。
――でも、確かに嫌な予感を継続的に感じ続けている。
上手く言葉では表せない……戦いに躊躇を持つような何かが待ち潜んでいるような……そんな感覚が。
「……ゼノス」
「ふう……ま、今は深く悩み込んでも仕方ないよ。とりあえず、シールカードを完全に扱えきれない今、魔王に挑むのは困難を極めるかもしれない」
そこで、とアスフィは快活な笑みを浮かべ、ぎゅっとゼノスの腕に抱き着いてくる。
――そして、アスフィは爆弾発言をした。
「てなわけで――私も付いて行くからね!」
……その瞬間、全員の思考が止まった。
特にゼノスは口をあんぐりと開き、何か聞いてはいけない事を聞いた、という表情である。
「……お、お前……ほ、本気?」
「勿論本気だよ!こう見えても私、強いんだから!ゼノスはよく知っているよね?――それに、カードに関する力の補助も出来るし」
それは確かに有り難い事であるが、いくら何でも唐突過ぎる。……あと知っているどころか、ゼノスはアスフィと死闘を繰り広げた仲である。
「って、待て待て。まさかアスフィ、お前も闘う気なのか?」
「当然!だって言ったでしょ?シールカードの暴虐を止める為に、私自身も協力するって」
それはそうだが……アスフィ自身が動く、それには幾つかの弊害が存在するに違いない。――始祖だと他人に気付かれないか、彼女の力が僅かな出来事で暴走しないか……そして何よりも、残虐非道な始祖に戻ってしまわないか。
難点は沢山ある。なのでここは止めなければ――
「――ふむ。許可するぞ、始祖よ」
「なっ……ユスティアラ。分かっているのか、こいつが動けば……っ」
「……それは承知している。だが今は一人でも戦力が欲しい。それが例え、災厄の根源たる始祖であってもな……」
「……くっ」
どうやらユスティアラは、酔狂でアスフィを使おうとしているわけでは無いらしい。確かに人目に関しては左程気にする心配も無いが……。
「……でもやはり」
「ゼノス、考える暇は無いよ。――どうやら、魔王も動き始めたようだね」
「え?」
アスフィが途端に真剣な表情をし始める。彼女の言い放った疑問符を浮かべる一同であったが――その理由はすぐに分かった。
会議室の扉が荒々しく開けられ、そこから血相をかいた兵士が入って来た。
「どうした、何事だ?」
ユスティアラが冷静に質問すると、兵士は姿勢を正し、早口で告げた。
「はあ、はあ……ご、ご報告いたします。今先程地下牢獄への扉が打ち破られ、大多数の化け物共が地上へと飛び出してきました!」
「――――ッ」
兵士の報告に、ゼノス達は一様に緊迫感を持ち始める。
遂に始まったか、最悪の事態が。まさか自分達が行く前に現れるとは……。
「現場の状況は?」
「はっ、只今駐屯兵が交戦中です。扉付近に住まう囚人達は至急壁側に避難させています!」
「……宜しい。化け物の掃討については我々の到着まで死守せよ、配備した大砲や爆弾の使用も許可する。そして非難させた囚人の中に怪我人、及び精神異常を起こす者もいるかもしれん……至急、上層部から医療部隊の派遣も要請しろ。分かったか?」
「はっ、お任せください!」
ユスティアラの適格な指示に頷き、兵士は早々と立ち去って行く。
……あの兵士の言った事は本当のようだ。外から戦闘の音が聞こえ、囚人達は悲鳴を上げている。
「――よし、参るぞ聖騎士。向かうは争いの権化……魔王ルードアリアの元へ」
「ああ。ゲルマニア、ロザリー、アスフィはすぐに戦闘準備を。ミスティカはすまないが、最深部の情報に関しては地下牢獄内にて聞かせてもらう。遠距離からの連絡も……確か出来たよな?」
「ええ出来ますとも。では、連絡についてはアスフィ様を通じて行って下さいませ」
「分かった。――では、行こう!」
ゼノスは、ゲルマニア、ロザリー、そしてアスフィを連れて詰所を出ていく。
正直、ロザリーとアスフィには不安な面もあり、出来るならばこの場において行きたいという念に駆られてしまう。
……いや、もう考えるのはよそう。
短絡的な考えだと思うが、その場の勢いでなんとかなるかもしれない。
そう――信じたい所だ。




