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白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
二章 牢獄都市アルギナス
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ep17 状況把握


 詰所へと到着したゼノス達は、現場監督を行っている人物と会議室にて面会を果たした。



 ……そこでゼノスは、予想していた現場監督兵長とは大いにかけ離れている、とても変わった人物を目にする。




「あ……あ、あのあの……わ、私が……その、現場監督兵長である…………キ、キャリー・レミナと申しますっっ!」




「あ、ああ……宜しく」




 ゼノス一行を憧憬の眼差しで見つめ、戸惑った様子で自己紹介をする女性――キャリー・レミナ。彼女は特にゼノスを凝視し、はあ~という甘い吐息をつく。



 見た目は……ゼノスよりも一つか二つ年上だろうか。アルギナス牢獄兵の正装に身を包み、片方の目には貫禄ある傷痕が残っている。



 外見はユスティアラ以上に硬派であり、まさしく牢獄を束ねるに相応しい出で立ちなのだが……ゼノスの前では、とても挙動不審で頼りない感じだった。



 ……まあとにかく、自己紹介をされたからには、ゼノスも代表して自己紹介をしなければ。



「――俺は六大将軍が一人、ゼノス・ディルガーナだ」



「は、はい!勿論存じております!」



 キャリーはゼノスへと急接近してくる。



「わ、私ことキャリー・レミアは、貴方様の武勇に憧れ、村娘から騎士へと成り上がった者でございます!聖騎士英雄譚の詩集、あ、あれは特にお気に入りでして……ッ!」



 キャリーはまるで幼子の様に目を輝かせ、ゼノスに猛アピールを繰り返す。



 ……どうやら彼女はゼノスの大ファンらしく、本人と会えて心底嬉しそうであった。



 その反応を気に入ったのか、後ろで見届けるゲルマニアも若干誇らしげだった。



「うんうん、分かりますよその気持ち。誰だってゼノスの英雄譚を聞いてしまえば、悩殺確実ですからね。それにあの詩集に目を付けるとは……やりますね」



「ま、待て待て……てか何だ、その詩集って」



 ゼノスは自分の行ってきた出来事が、全て紙芝居や吟遊詩人の歌として語り継がれている事は知っている。……が、詩集が出ているとは思わなかった。



 別に嫌な気はしないが……まあ今は状況が状況だし。



「――キャリー、私情は慎めとあれほど言ったろう。それに今は勤務中だぞ」



「……はっ!そ、そうでした!申し訳ございませんっっ!」



 ユスティアラに注意を促され、キャリーは過剰に頭を下げてくる。



「このような非常事態に私は何という事を……。聖騎士様、このような愚かな部下を後でお仕置きして下さいっ!牢獄を百周とか、詰所のトイレを手で磨けとか……何でしたら、聖騎士様直々の鞭打ち百回というアブノーマルなお仕置きも」



「だ~もういいからっ!お前はドMかっ!?なぜそんな涎を垂らしながらお仕置きをねだって来るんだ!?」



 つ、付いて行けん……いくら許容範囲の広いゼノスでも、キャリーの危ない申し出には頷く事も出来ない。



 ……しかも、今の会話に何か不満を感じたのか、ロザリーが冷めた目でゼノスを見つめてくる。



「……ゼノス。もしこのアホ女にそんな事したら……一生軽蔑するから」



「しねえよっ!何だこの展開、お前達はこんなノリじゃないだろうにっ!」



 そうだ、いつもならゲルマニア達は冷静、且つ常識的な判断を行った上で会話を進めてくれる。



 なのに、この変な展開と来た。いつも日常的に鬱憤が溜まっているのか、今日の皆はいつになく本音を吐露している気がする。……残念ながら、ゼノスはそんな疲れそうな事に最後まで付き合う義理は無い。



「――も、もう面倒だから強引に話を進めるぞ。キャリー、俺達がここに立ち寄った理由は二つだ。一つ目はアルギナス地下牢獄の状況、二つ目はここにいるという本国からの来客者、その方との面会だ。さあ、一つ目はお前の役目だ。さっさと話してくれ」



「は、はは、はい!了解しました」



 ゼノスはこれ以上変な出来事が起きない様、強引に話を要求する。



 キャリーは詰まりながらも答え、精一杯に深呼吸をする。



「え、えっと……ではさっそく、地下の状況について説明したいと思います」



 やっと本題に入り始めた。相変わらずキャリーは挙動不審であるが、多分これは性分なのだろうか。いかつい顔とは裏腹に、かなりのギャップである。



 キャリーは机の上に丸まった大きな紙を手に取り、それを会議室に備えられたボードへと貼り付ける。




 ――その紙には、アルギナス牢獄全体を模した断面図が描かれていた。




 アルギナス牢獄街が上部に、そしてその下に広大な地下牢獄が展開されており、地下の規模は牢獄街の二倍以上であった。



 ゼノスも詳しい事は知らないが、アルギナス地下牢獄に連行される囚人は、軽犯罪を侵した者よりも数段多く、地下牢獄の収容率は地上の倍だと聞く。……この断面図では、それが顕著に表されている。



 キャリーは長細い木の棒を持ち、その先端をアルギナス牢獄街のすぐ下、つまり地下牢獄の最上部を示した。



「今の所地上に大きな被害は出ておりません。……しかし昨夜の事ですが、地上から監視を続ける者の報告によると、この地下最上部に『異形の形をした化け物達』が多発し始めたようです」



「……化け、物?――まさか」



 ゲルマニアは途端に顔面が蒼白となり、事の重大さが如何に深刻化しているかを体現している。



 ――化け物。そいつらの正体こそ未だ不明であるが、牢獄にそのような存在は収容されていない筈である。



 ……考えられる事はただ一つ。魔王がシールカードを完全に掌握し、その力を解き放った。その結果、異形の化け物が放たれた……こう解釈した方が納得がつくというものだ。



「それで、地下牢獄入口の守りはどうなっている?事と次第によっては……すぐにでも這い上がって来るぞ」



 ゼノスの質問に対し、答えたのはユスティアラだった。



「入口の守りは万全……だが相手はあのシールカード。いつ強襲し、その勢力がどれほどかはまだ分からぬ。警備は完璧でも、奴らにとっては脆弱かもしれん。なので上層部から兵士を可能な限り派遣し、周辺の牢獄分所からも応援を頼んでおいた」



 ユスティアラの推理、及び行動は素晴らしいものであった。伊達に六大将軍を務めていないだけあって、相手を上手く見図り、相応の態度を取っている。



 ――本物の強者。それは恐れを知らず、果敢に強敵へと突っ込むような馬鹿では無い。それは無謀と言い、強さとは冷静な判断と気丈な心から生まれてくる。



 特に彼女は、その特色が色濃く出ている。迅速な行動、保障を積み重ねた万全体勢、その方面に関してはゼノスも完敗を認めざるを得ない。




「――キャリーよ、最上部の詳細は把握した。次は中間、そして最奥部についてだが……何か報告はあるか?」




「い、いえ……それは私達も把握出来ていません、ユスティアラ様。先遣隊も送れない現状では何とも」



「……そうか」



 確かに、先遣隊を送ればすぐに全滅となるだろう。それに、無闇に入口の扉を開け放ってしまえば、地上の危険も更に上がってしまう。



 とはいえ、内部全域の詳細が分からなければ行動も起こしづらい。最奥部まで丸一日というパターンも有り得るだろう。



 はて……どうしたものか。



「――まあとにかく、先に二つ目を済ませておくか。ここに来客が来ていると言う話だが、その方達と至急面会を」





 と、ゼノスが言おうとした時だった。 





「……ん?」



 ゼノスは段々と近づいてくる声を察知し、耳を扉外へと傾ける。





『あ~つまんないよお。ゼノス、早く来ないかなあ』



『あらあら。これでもう百二十四回目ですよ、その言葉は』



『だって……。はあ、暇で仕方ないね……また会議室のボードでお絵描き勝負でもしよっか?』



『ふふ……いいですよ。貴方様の命令には逆らえませんからね』





 ……という聞き覚えのある声が聞こえ、足音が徐々に会議室へと近づいてくる。



 ――そして、威勢よく扉が開かれた。




「よ~し、次こそ負けないよミスティカ!今度は…………って、あれ?」




「「「「……」」」」




 その二人の人物が入って来た瞬間、キャリー以外の四人の時間が止まる。




「あ、丁度いい所に……。み、皆さん、この方達が例の客人ですよ」



 客人……。



 ゼノスは目の前に佇んでいる知り合い二人を見つめ、さっきから感じていた嫌な予感の一つ、その正体が何だったのかを悟った。



 一人目は先程名前で呼ばれていた通りの人物、ミスティカだ。



 そしてもう一人――綺麗な蒼色の長髪に、動きやすい女性用の旅装に身を包んだ少女。




「あ~やっと来たね、ゼノス。もう遅いよお。私、待ちきれなかったんだからね?」




「…………アスフィ。お前、来ちゃったのか」




 ゼノスは疲れ切った声で呟き、深く溜息をつく。





 三週間前まではゼノスの宿敵であり、ランドリオと敵対する敵の親玉でもある彼女――始祖アスフィが目の前にいて、満面の笑みを見せていた。








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