ep15 memory⑪ ―王女の旅立ち―
ロザリーが目を覚ました時、そこはまた暗闇に満ちた世界であった。
……あの悲劇の夜と違う所は、そこが村の裏手にある小川の近くであるだけ。他は全く同じ状況であり、ロザリーの隣には小川で釣りをするゼノスが座っていた。
彼はカンテラを頼りに小川をジッと見つめ、獲物を探していた。……が、ロザリーの起床に気付くと、彼はちらりと彼女を見やる。
「……よう、やっと起きたか」
そう言って、ゼノスはまた釣り糸に視線を戻す。
「……私は一体」
言い掛けて、ハッと自分が倒れてしまう迄の経緯を思い出す。
そうだ、自分はシルヴェリア騎士団の入団試験を受け、あのラインと名乗る青年と戦いを繰り広げ……戦っている内に気絶してしまったんだ。
ラインが強すぎて、彼の放つ奥義によって倒れ伏してしまった。
ロザリーは自分の身体を確かめる。……傷はまだ残っているが、その箇所にはしっかりと包帯が施されている。動かしても極度な痛みは感じない為、普通に動かしても大丈夫そうだ。
……それはいいが。
ロザリーはあの戦いで勝利しておらず、互角とも言い難い勝負を繰り広げてしまった。
結果、こうして無残にも敗れ、やっとの事で起き上がった今であって――
……多分自分は、入団試験に……
だが――その予想と裏腹の答えが返ってきた。
「――合格おめでとう、ロザリー騎士団員」
……え。
彼が言い放ったその一言に、ロザリーは瞠目する。ゼノスへと振り向き、何食わぬゼノスの顔を見つめる。
「……今、何と?」
ゼノスの言葉が余りにも衝撃であり、ついロザリーは疑問を投げかけてしまう。
「そのままの意味だが?先程の入団試験――満場一致でロザリーの戦いぶりが認められ、見事合格したんだ」
「……」
――自分が、合格した。
圧倒的な差を見せられ、それでも抗い続け……最終的にはその化け物じみた力に成す術も無かったのに……。
ロザリーは現実味の無い告白をされ、戸惑うしかなかった。
「……まああの戦いを見て、互角とは言えなかったけど……団長はお前の才能を考慮し、これからに期待するって意味で合格を許したらしい」
「……そう、なんだ」
「――それに、ラインにあの夜叉の面を出させたんだ。……本当、大したもんだよ」
ゼノスは適当に称賛を送り、大きく欠伸をする。
……一見全然気にしているように見えない。しかしロザリーから見れば、その挙動は不自然に感じた。
何だか若干嬉しそうな様子なのは……ロザリーの気のせいだろうか?
――いや、多分気のせいでは無いだろう。
幼少時から人の感情を読み取るのに慣れているせいか、ゼノスの現在の感情が手に取る様に分かってしまう。
何となくだが……その感情には祝福の意が込められている気がする。
まるでノルアが傍にいる様な感覚、何気ない優しさが……ロザリーの心を満たしていく。
「……本当、不器用な人」
「む……何だよ唐突に。――てか、いつになったら俺の夜飯は釣れるんだろうなあ……くそ……ラインとリリスの奴等、せっかくの初給料なのに、俺の金で酒を飲みやがって……」
ゼノスはぶつぶつと文句を言い、ロザリーはその様子を無表情に、しかし心の中では穏やかな気持ちで見守っていた。
そんなロザリーを横目で見るゼノス。……何だかその視線には様々な感情が込められている様な気がして、ゼノスとしてはあまり落ち着ける状況では無かった。
「……はあ」
ゼノスは溜息を吐き、釣りを続けても獲物は来ないだろうと悟り、釣竿とバケツを片付ける。
まあお金も底を尽いているわけでも無いし、無闇に飲み食いをしなければ来月まで持つかもしれない。……それに、ロザリーにこんな醜態を晒し続けるのも嫌だなとは感じていた。
ロザリーがきょとんとする中、ゼノスはその場から立ち上がり、ロザリーに手を差し伸べる。
「……どうせ魚も釣れないし、入団祝いとして飯屋で何か奢ってやるよ。戦いで腹も減ってるだろうし……立てるか?」
「……うん」
嗚呼……この人は本当に不器用で、それでいて優しい。
自分を奮い立たせ、道を作ってくれたゼノス。こうしてシルヴェリア騎士団に入団出来たのも……全て彼のおかげだ。
ロザリーはその手を握り、自分もまた立ち上がる。
「――あ、待って」
ふと、そこでロザリーはある疑問が思い浮かび、先を行こうとするゼノスを呼び止める。
ピタリと彼はその場に止まるが、こちらを振り向く素振りは無い。
「……一つ、聞きたい事があるの」
「何だ?」
「……あのラインと言う男、彼は自分の事を『知られざる者』と呼んでいた」
知られざる者――そのような異名を持ちながら、その存在を知らないという者はいないだろう。
なぜなら、知られざる者は六大将軍の一人。――そして、一か月前にランドリオで勃発したという死守戦争以降、消息を絶った一人とも呼ばれている。
もしラインが六大将軍であり、その者であるならば……更にもう一人、死守戦争にて姿を消した六大将軍も付き添っている筈である。
――白銀の聖騎士が。
「……確証も無いし、これは偏見かもしれない」
ロザリーは……彼に本音を告げる。
ゼノスにとっては邪魔なものでしかない――その言葉を。
「――貴方は、白銀の……」
「よせよ、ロザリー。……その質問に対する答えは、互いに心を傷付け合うだけだ」
彼女の言葉を打ち止めさせるゼノス。
――ロザリーの言いたい事は大体分かる。それは結局の所、皆が思う当然の疑問なのだから、ゼノスは自然と理解出来る。
……察するに、ロザリーは困惑しているのだろう。
仮にゼノスが白銀の聖騎士だとしたら、何故貴方は『最強』を貫いてきたにも関わらず……そのような弱さを握っているのだ、と。
世界を知らないロザリー、人間を知らないロザリー。彼女は詩や本で活躍する聖騎士に尊敬を抱き、何の不安や絶望も知らない人間だと認識しているのだろうか?
――そんな人間、いるわけが無い。
現にゼノスは苦悩し、絶望と不安の中で生きている。彼女の幻想を壊す気はないが……これもまた現実である。
「……『あいつ』の時代は、もう終わってるんだ。だからそんな卑怯者には頼らず、お前は自分の力で生きるしかないんだよ」
「……」
そして、彼はまた歩き始める。
何の感情も無く、ただただ歩を進めていく。
ロザリーはその背中に言う言葉が見つからず……彼女もまた、ゼノスの後を付いて行った。
ロザリー・カラミティ。
この日を境に、過去の自分を捨て……ノルアと祖国の真実を探る為に旅立って行った。
先も見えなければ、具体的な道も分からない騎士団での人生。
――けれど、自分にはゼノスがいる。ラインという友達もいる。
彼等のおかげで……今自分は生きていて、こうして歩んでいける。
……だがそれ以上に、絶望に暮れるゼノスを見守ろう、この恩を返し続けていこう……そして、ノルアを救おう。そんな感情があったからこそ、自分は前に進めているのかもしれない。
――ロザリー・アリエスタ・ギルガントの物語は幕を閉じ――ここに、ロザリー・カラミティの物語が始まったのである。
画像掲載サイト「みてみん」にて、ゼノス(聖騎士ver)を掲載しました。興味がありましたら、どうぞ拝見して見て下さい。




