ep13 memory⑨ ―ロザリーVSライン①―
団長の宣言があっても、両者がその場を動くことは無かった。
聞こえていなかったのか、それとも様子見をしているのか。そう誰かに問われたら、この場にいる全員はどちらも違うと断言するだろう。
――そう、ロザリーとラインは相手の集中の揺らぎ、死角、そして踏み出す一瞬の好機を死に物狂いで探しているのだ。既に戦闘は始まっており、今はその心理戦へと突入していると言ってもいい。
「……へえ。君は案外やるようだね」
ラインは微笑み、ロザリーに偽り無き称賛を送る。
「自分で理解しているかは分からないけど、その隙の無さは鍛錬とかで鍛えられるものじゃない。――天性の才能、と言うべきかな」
直に分析してみて、ラインは初めてゼノスの自信の根拠を理解する。
元王女だけあって、多少剣の習い事はやって来たようだが、それだけでこの気迫と用心深さは習得出来ないだろう。
……少しは面白い戦いになりそうだ、とラインは考えた。
「――さあ、そろそろ行こうか」
ラインの何気ない一言。
――その時、辺りの空気が変わり始め、ロザリーの額から異様な冷や汗が垂れてくる。
そして直感した。この一瞬を上手く見切れないと――自分の心臓に鋭利な何かが刺さってしまうと。逃げなければ――呆気なく殺されると。
その判断は正しかった。ラインは無駄な動作を一切省き、数本のナイフを一気にロザリー目掛けて放ってくる。
「――くっ」
苦し紛れに横へと回避していく。しかしラインはその場から一歩も動かず、柔和な笑みのままナイフをロザリーに投擲していく。ロザリーは近付くどころか、ラインから距離を離す一方となってしまった。
「……ならば」
ロザリーは後退の足を止め、迫り来るナイフに対し……堂々と待ち構える事にした。
着々と数本のナイフは接近してくる。――だが、
「……!?」
騎士団の皆は一様にロザリーの行動に驚く。
何とロザリーは間近に迫ったナイフを、僅かに身体を横に反らす事で回避し、そのすれ違いざまに……見事な反射神経を用いてナイフを二本程掴み取ってしまった。
それだけでは済まない。彼女は前のめりになりながらも、そのナイフを思いっきりラインへと投げ返す。
「――ッ」
ラインは飛んできたナイフを仕込み刀で斬り落し、怒涛の勢いでロザリーへと接近していく。
「やるねえ、ロザリー。今度は接近戦へと持ち込ませてもらうよ」
「……望む所!」
ロザリーは剣を中段の位置へと構え直し、ラインの圧倒的威圧感を放った一撃を受け止める体勢に入る。
――ガキンッ
鈍い鉄と鉄の音が大きく鳴り響く。ラインの素早くも重い一撃を受け止め、ロザリーは少々体勢を崩す状態となった。
だがラインは即座に思う。――自分はこれでも『六大将軍』というランドリオ帝国の最上地位についていた時もあり、大抵の戦士をその驚異的な一撃で葬って来た。
……なのに、この少女はそれを防いで見せた。
――その天才的な戦闘センスに、ラインは不思議と笑みをこぼす。
ラインとロザリーは絶え間ない剣戟の嵐を展開させ、両者は無傷のまま刃と刃を重ねていく。
高度な戦闘は過激を増していき、互いは段々と体力の限界と、筋肉の疲労を感じてくる頃――ラインがまた新たな動きに出た。
「……なっ」
ロザリーは驚愕する。ラインの胴体を斬り裂こうと横薙ぎに剣を振ったのだが、一瞬の瞬きの間にラインの姿が消失した。
どこだ――と思うのは一瞬だった。
振り切ったロザリーの剣先に、何とラインはその上に絶妙なバランスで立っていたのである。
「――爪が甘いねえ」
ラインは狂喜に満ちた笑みを見せ、その手に長い鎖が巻かれていた。
その鎖を投げ、鎖は剣を持つロザリーの手を捕える。
ロザリーを捕まえたラインはそのまま宙へと舞い上がり、彼女もまた力の法則に従って空へと放り投げられる。
「ちょっと痛いだろうけど……我慢するんだよ」
鎖を大きく振るい、鎖に縛られたロザリーは抗う事も出来ずに地面へと叩き伏せられる。
余りにも強い衝撃に、ロザリーの表情は苦痛に歪む。
「……ぐっ、く……」
身体中を激痛が走り、立ち上がろうとするが動けなかった。
……それでも、ロザリーは落とした剣を拾おうと一生懸命に這いずり、近づこうとする。
――しかし、それをラインは立ち塞がる事で止め、ロザリーを見下ろす。
「……その程度かい?もっと白熱した戦いを期待してたんだけど」
彼は無傷のまま、変わらぬ表情で言い放つ。
……強い。伊達に騎士を名乗っていないだけあって、その実力は段違いであった。今のロザリーがどう足掻こうとしても……恐らく勝ち目は皆無だろう。
これは推測だが、ラインは実力の半分以下――いや、もしかしたら一割も引き出していないのかもしれない。
……それでも、自分は立ち上がらなければ。
例え勝てなくとも、例え互角が難しいとしても……。
――もう、逃げたりはしない。負けたくない。
「おや……」
ロザリーは体を震わせながらも、息を荒げながらも立ち上がる。不安定な足取りのまま剣の元へと歩んでいく。
そして剣を持ち、無言でまた構える。
「――まだ勝負は、終わっていない。……まだ、まだ戦える!」
「……その言葉を待っていた。さあ、掛かってきなよ」
「――はあああああっっっ!!」
ロザリーは甲高い声で叫び、ラインへと立ち向かっていく。
譲れない執念が彼女を奮い立たせ、諦めない意志が彼女に剣を持たせる。恐れを知らない猪突猛進、諦めを忘れた脅威の踏込み。
小細工の欠片も無い、真っ直ぐな戦法で掛かってくる。
「――ふふ、これじゃ馬鹿の一つ覚えだね。この勝負はもう」
ラインが勝利を確信し、突っ込んでくるロザリーをしっかりと見据える。
その時だった、僅かな彼女の変化に気付いたのは――
――何と、彼女はラインの目の前で……消失した。
「……え」
ラインは動揺を隠せなかった。そして獰猛な気配を後ろから感じ、危険を察したラインはすぐさまその場から離れる。
案の上、ロザリーは一瞬でラインの後ろを突いていた。ラインは自分のいた場所を見やると、丁度彼女はその場で剣を振るっていた。もしあの場所に留まり続けていたら……今頃剣の餌食と化していただろう。
――今の動き。あれはまさしく、先程ラインが剣の上に一瞬で動いたのと同じ動作であった。
ラインは一瞬にして把握した。今のロザリーの動きは、全く同じ動作で、同じタイミングで瞬間移動を成し遂げていた――。
まさか…………自分の動きをコピーしたというのか。
しかし、ラインに思考する時間は無かった。
空中にいるにも関わらず、またもや後ろから殺気がする。彼女は既に地上から姿を消していた。
……まただ、またロザリーが瞬間移動をし、自分の背後に迫っている。もはやラインは笑顔を見せる余裕も無く、必死の形相で無理やりに体勢を変え、背後のロザリーの強襲に立ち向かう。
先手必勝――ラインは剣を振り下ろそうとするロザリー目掛けて、仕込み刀を両手に持ち……秋風と共に彼女の胴体を斬り裂く。
誰もがロザリーの死を感じただろう。その場の誰もが――いや、その場にいる二人の強者を除いては。
ライン、そして見守るゼノスは――彼女の真髄が開花されたと認める瞬間だった。
「…………はは、こいつは……天才の域だね」
……嗚呼、浅はかな自分が愚かしい。
胴体を斬り払った筈の人物、それは静かに『残像』として霧散し、彼の視界から完全に消え去る。
完璧な不意打ち…………そして、洗練された『ラインの技の真似事』。
そして、ラインは潔く悟る。今対峙する少女は、自分やゼノスと同じ境地に立つ人物だと。
――神の領域を侵し、途方もない力を手に入れる者だと。
「――これが、私の覚悟よ」
本物のロザリーはラインの頭上から姿を見せ、彼女は落ち行く形で声を発する。
油断したライン、その意表を突いた一撃は完全に逃れる事も出来ない。反逆者の魔の手はすぐ近くへと迫り来て……全ての想いが込められた刃先が、ラインの脇を掠める。
してやられた――ラインはそう心の中で思い、地面へと墜落する。




