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白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
二章 牢獄都市アルギナス
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ep12 memory⑧ ―入団―

 


 ゼノスは退出後、ロザリーの泣き声を背に廊下を歩いていた。



 ああして強制的に選択しろと迫り、明日の夕方には答えを出せと言ってきたが……あの王女は今日一日で自分の世界が崩壊し、茫然自失となっている時である。



 ……やはり、今の彼女にとっては酷な話だったか。当然の如くそう感じ、後悔の念に駆られる。





「――それは違うと思うね、ゼノス。君のやった事は敬意に値するよ」





 ゼノスはいつの間にか目の前に立っていた青年に気付き、足を止める。



「……ラインか。盗み聞きに心を読む行為は、あまり感心しないぞ」



「はは、ごめんごめん。でもちょっと、気になってさ」



 ラインはゼノスへと歩み寄り、意味深な瞳を向けてくる。



「君は一か月間ずっと死んだような目をしていたけど……あのロザリーって子に関わった途端、目の色が変わったね?」



「……別にそんな事は」



 と、否定をしようとした瞬間だった。



 自分でも彼女に対して熱心になる様子を思い出し、言葉を続けることが出来なかった。



 そんなゼノスの様子に、ラインは不思議と嬉しさが込み上がる。



 彼はこの一か月間、まるで魂が抜けたように自堕落な生活を送っていた。シルヴェリアという騎士団に入団したのはいいが……ゼノスは一切戦闘には参加しようとせず、仕事を強要されれば掃除や洗濯ばかりをし、暇さえあれば自室のベッドで昼寝を繰り返していた。



 そんな様子にリリスとラインは心底心配したものだが……偶然彼が王女を連れ出すという任務に協力してくれたおかげで、若干の生気が戻っているような気がするのだ。



 ――その結果、ゼノスは先程行われたロザリー王女の今後について議論が交わされた時……自分から提案してきたのだ。




『――ロザリー姫を騎士団に入れる、というのはどうでしょうか?』




 その言葉には皆が驚き、勿論ラインとリリスも同様である。



 議論では懇意にしている諸侯に奴隷として献上し、信頼を得ようだとか、見世物として売り出し、騎士団の運営費にあてようだとか……そんな意見が出ていた。



 だがゼノスはその意見に酷く立腹し、誰もが想像しなかった意見を唱えた。



 ……今まで何の関心も示さなかったゼノスだが、ロザリーの為にわざわざ明日の夕方まで待ってあげ――もし彼女が来たら、その時に入団試験を行おうとわざわざ念入りに提案してきた。



 ……かつての親友が戻ってきたようで、ラインは凄く喜んでいる。



「でもゼノス……皆の前で入団試験を明日行うって提案しちゃったけど……彼女、試験に受かると思う?」



 ラインはある不安を口にし、ゼノスの言う案が上手く行くとは限らないと考える。



 なぜなら、入団試験とは武力を試すものだからである。



 騎士団員から一人を選び、その者と戦い……勝つか互角へと追い込むかをしないと試験は合格しない。



 しかも、ロザリーは戦闘経験が皆無な王女である。



 受ける受けないにしても、結果は変わらないのではないか?





「――いや、やってみる価値は十分にあると思うぞ」





 しかし、ゼノスは自信に溢れた様子で断言する。



「……何か根拠があるようだね」



 大抵ゼノスがこう言う時は、何かしらの確信を得ているのだ。白銀の聖騎士時代では、彼が判断を誤った事はまず無かった。



「……ただし、あの王女様がちゃんと自分の意志で来ない限りは、俺の自信も意味を成さないけどな」



「まあ、それもそうだね」



 どちらにせよ、入団試験の結果は彼女に掛かっている。



 ここでいくら論議を費やしても無意味であり、逆に寝ている騎士団員に迷惑を掛けるだけである。



 

       












 悪夢の様な一夜が過ぎ去り、眩い朝日が天高くへと昇って来る。




 ロザリーは遅めに起床し、まだ寝ぼけている意識を叩き起こそうと村の近辺を散歩していた。



 穏やかなそよ風が吹き、川のせせらぎと小鳥の囀りを聞きながら……ロザリーはどこまでも続く草原を見つめる。




 ……不思議な感覚だった。




 昨日の出来事がまるで嘘の様に思え、初めて見る外の世界は美しく、その景色は自然と彼女の心を癒してくれる。




 ――しかし、その美しさで事実を変える事は出来ない。




 あの日……あの時……あの一夜でロザリーは紛れも無く父親に殺されそうになり、ノルアとも離れ離れとなってしまったのは、実際に起こった出来事である。



 報われない現実、失ってしまった望みと願い。



 いっその事、あの場で死んでいれば良かったのに。そうすれば悲しまずに済む、こうして複雑な感情に苛まれる必要も無くなる。





 ……でも、現実はそれを許してくれない。





『――さあ、選んで見せな。剣を取って突き進むか、又はこの場でのたれ死ぬかを』





 あのゼノスという青年が言い放った言葉は、この世界で生きる人間達の宿命を表している。……それはロザリーでさえも分かっている。



 知りたければ抗え、救いたければ戦え。人生は戦場であり、そこで悲劇の王女を演じているままでは――本当にのたれ死ぬ。



 世界は優しくない。優しくないからこそ……自分で歩かなければいけない。



 思い出せ、ロザリー。別れたあの瞬間、ノルアは自分に何を言った?




『……ロザリー。どんなに辛くても、どんなに死にたいと思っても……最後まで諦めないで。――姉さんが地獄の五年間を耐え抜いたように』




 ――ノルアは確かにこう言った。



 ……さあ、ロザリー。お前は何を望む?何を知りたい?





「――私は知りたい……ノルアの行方を、そしてギルガントの全てを」





 ロザリーは渇望し、呟く。それ即ち――弱い王女との別れ。



 さらば、我が浅ましき意志よ。お前はこの未来から吹き荒れる風に飲まれ、ロザリーの強固な決意によって――永遠に見える事は無いだろう。





 ……もう、自分が泣く事は二度と無い。自分はもう十分泣き続け、耐え抜いてきた。





「……」



 ロザリーは無機質な表情のまま、朝日を背にその場を後にする。



 決めたからには、夕方に行われる入団試験を行わなければならない。目的を達成させる為には……騎士という肩書きは必要に違いない。




 そう――弱い自分を捨てる為にも。





















 時刻は刻々と過ぎていき、時間は既に夕方を迎える。




 整然と建てられた墓場の中で、茜色に染まった石畳の上に立つシルヴェリア騎士団員達がいた。その光景はとても異様であり、醸し出される雰囲気はどこまでも静謐であった。




「……」




 皆は静かに佇み、やって来るだろう人物を待っている。



 果たして来るのかと、誰も疑問を口にする事は無かった。逆に絶対の確信と、淡い期待を胸に……彼等はその人物を心待ちにする。





 ――そしてそれは、現実のものとなった。





 墓場の入り口から入ってくるのは、鮮やかな金髪に、その腰に剣を垂らした無愛想な少女。



 その少女――ロザリーを確認したニルヴァーナは、彼女が近づいて来てから口を開いた。




「――よくぞ恐れずやって来た、ロザリー・アリエスタ・ギルガント王女殿下。その勇敢なる意志に、まず騎士団総勢は……貴方に敬意を表する」




 そう言って、ニルヴァーナが先に右腕を胸に押しつけ、軽く低頭する。他の者達もそれに倣い、彼と同じ行動を取る。



 ロザリーはその様子を無表情のまま見据え、言葉を紡ぐ。




「……頭を上げて」




 短くそう言うと、皆は低頭を止める。



 ニルヴァーナは間を空け、言葉を続けた。




「さて、これから入団試験の説明……といきたい所だが、念の為その意志を確認しておこう」




 彼女の瞳に潜む確固たる信念を見抜いてはいるが、それでもニルヴァーナは意志の揺らぎが無いかどうか試してみる。



 試す――それはごく簡単な事である。



 今現状のギルガント王国について、彼女に語るだけだ。




「――あの昨夜の事件以降、ギルガント王家はアルギナス連行部隊に捕えられ、生死は不明。及びギルガント市民も捕まり、信仰に深く染まった民間人はその場で斬殺されたそうだ……」




「……」




 成程、それがギルガントの現状か。ロザリーは単にそう思い、それ以外の感情は極力殺す事にした。



 そのせいか、衝撃の事実を知っても尚……ロザリーの表情に変化が現れる事は無かった。



 それが彼女なりの覚悟の現れ。雑念は全て消し去り、思いの全てをただ前進する為だけの活力に切り替えさせる。……ギルガントという過去の故郷など、今のロザリーには興味の湧かない話である。




 

「さあ、ロザリー・アリエスタ・ギルガント。お前はこれを聞き、泣き崩れるか?それとも――前へと突き進むか!」





 ニルヴァーナは声を張り上げ、彼女の意志の真偽を見定める。



 ――ロザリーは即答する。



 迷う事無く、彼女は宣言する。





「……もう、私は下を向かないと決めた」





 あの日々の絶望を糧に、自分に降りかかってきた不幸を教訓に、自分は全てを乗り越えてみせる。





「……ここに誓う。私は王女ロザリー・アリエスタ・ギルガントを殺し……」





 彼女は剣の柄を持ち、勢いよく鞘から刃を引き抜く。



 剣を構え、シルヴェリア騎士団に言い放つ。





「――『ロザリー・カラミティ』として、全てに抗うと」





 ……冷たい秋風が頬を撫で、忌み嫌われていた金色の長い髪は、綺麗な輝きを放ちながらなびく。



 その姿はとても勇ましくて、怯える姫の面影は全く無かった。



 ニルヴァーナはふっと微笑み、自分がつまらぬ質問をしたものだと恥じ、高らかに手を上げる。




「――その心意気、しかと聞いた。お前を改めて騎士に相応しい人物と認識し、入団試験を始めようと思う。―――――ライン・アラモード。彼女と対峙する位置に移動せよ」




「了解、団長」




 騎士団の中に埋もれていたラインが軽く返事をし、身体中に無数の暗器を装備した状態で前へと出る。



 ライン・アラモード――この男が、これから自分と戦う相手。



 見た目は飄々としているが、その中身は凄まじいものだ。溢れる闘争心は勢いを緩めず、他者から見れば……今のラインは伝説級の怪物に匹敵する殺気と力を秘めている。



 ――でも、ロザリーは恐れない。




 ここで恐れたら……これから先、生きてはいけないだろうから。




 ロザリーとライン、互いは睨み合う形となる。




「――入団試験の説明を簡単に行う。試験内容は我が騎士団員ラインの撃破、又は互角と判断した場合のみ合格とする」




 ニルヴァーナの至極簡略化された説明に、ロザリーは納得する。



 つまり――騎士団に入るに相応しい力を示せと、彼は言っているのだ。





「では――始めよ!」





 ニルヴァーナがそう宣言し、同時に試験が始まった。







 


画像掲載サイト「みてみん」にて、始祖アスフィのイラストを掲載しました。もし興味がありましたら御覧下さい。

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