ep8 memory④ ―夢―
しばらくして、ロザリーはようやく落ち着きを取り戻してきた。
……しかし、待ち受ける死への恐怖には抗えない。今でも小刻みに身体が震え、微かだが吐き気もする。ただただノルアのドレスを掴み、怖がる事しか出来なかった。
一方のノルアは、昔と同じようにロザリーの背を擦ってあげていた。
異様な程に冷静に――いつもの慈愛を込めて。
「……今はこれぐらいしか出来ないけど、安心してロザリー」
「…………姉、さま?」
ロザリーは顔を上げ、ノルアを見つめる。
ノルアの表情はどこまでも穏やかだった。穢れ無き微笑みをロザリーに向け、精一杯に慰めようと努めているように窺える。
「……貴方を、絶対に死なせはしない。――姉さんは最後まで抗って見せるから…………この国に、この運命に」
強固な意志を秘めた決意を示し、ノルアはギルガントの不条理に立ち向かうと宣言した。その決意が果たしてどれだけ強いのかは、尋常ならざる雰囲気だけで分かってしまう。
呪われし五年間がノルアを変えたのか、はたまた他の事情がノルアを豹変させたのか?……今のロザリーには、理解が出来なかった。
「――ロザリー、今すぐ逃げる事は不可能だけど、儀式が行われた時なら……逃げる事が出来るからね」
「ね、姉様。それは一体」
ロザリーは追求しようとするが、ノルアはそれを制した。
「……今は逃げる事だけを考えて、ロザリー。これは無闇に話せるものじゃないの。私なら大丈夫だから……」
「じゃ、じゃあ…………これだけは約束して」
何も教えてくれない、何も知らせてくれない。
ならそれでもいい。ただ――――ある『普通の約束』を実現してくれるなら、それで。
「――絶対、絶対一緒に逃げよう姉様?こんな所から離れて、もっと素敵な場所に暮らそうよ。……それが私の、唯一の我儘だから」
「……ロザリー」
呆気に取られるノルア。
そして……その瞳から涙が零れ落ちた。
「……そうね。この国では出来なかった事をしたいね。――一緒に買い物して、近所の人達と世間話でもして、家に帰ったら一緒に夕飯を作って……たまに好きな男の子の話をする。王女とか戒律とか関係無く――どこにでもいる、普通の姉妹みたいに」
最後は、もはや涙声となっていた。激情を抑え込んでいて、自分の言い放った願望に感化されていた。
ノルアはまたロザリーを抱き締める。
この温もり、この心地良さ――これが最後になるかもしれないと認識しつつも、ロザリーはしばし、その余韻に浸っていた。
その日、ギルガント王国は今宵行われる儀式を歓迎し、華やかな祭りが町を彩っていた。
人々は歌い、騒ぎ、踊り、あらゆる娯楽に勤しみ、高らかにある一言を叫んでいく。
『呪われし王女の死に――乾杯』
人々は全ての不幸を、王女ロザリーに押し付けてきた。不幸の種が消えれば、国も平和になる、自分達も楽になれる。……そんな有り得ない幻想に酔いしれ、無我夢中に今を楽しみ、今を喜ぶ。
そんな街が盛大に祭りをする中、ギルガント国の貴族、市民代表者、そして王族達は黒のローブを羽織る。
全ての灯りが消された城内――闇に満ちた廊下にて、儀式を見届ける彼等は蝋燭を手に持ち、列を成して行進する。
目指すは儀式の間となる大聖堂。そこで彼等は神聖なる祈りを捧げ、同時に王女に対する怨嗟を吐き続ける。
そして最後に――ライガン王自らが剣を持ち、地面に描かれた六芒星の紋章の上にて……ロザリーを斬殺する。
全てはあの日告げられた啓示に沿って行われる。王女を儀式という形で殺せと。
そう――全ては、神のお告げと……この『シールカード』の為に。
王女を殺せば、ライガン王達が崇拝していた神に会わせてくれると、確かにその啓示は言っていた。
シールカードはその為の道具であり、その願いに応えてくれるだろうとも言っていた。
なら殺そう。すぐ殺そう。
王女を殺して……恒久たる平和をこの手に。
全身をローブで覆い、両手を縄で縛られたロザリーを引き連れ、ライガン王はずっとそんな考えを脳内で反芻させていた。
画像掲載サイト「みてみん」にて、また新たにイラストを追加しました。宜しければ拝見してみて下さい。




