ep4 王女の告白
「……」
どういうつもり?とは既に言えなくなっていた。
ゼノスは熟知していたのだ。自分の思い悩む理由が、全て過去に原因があるのだと……。
王女……そう呼ばれるのも久しいものである。
――けれども、ロザリーは反論する。例えゼノスの頼みでも、それだけは無闇に話せる領域では無いと。
世の中には知っていい事と良くない事がある。この話題は後者だ……この話を容易に語る事は、彼に対してさえも出来ない。
「……一年前に約束したはず。『これから先、何があろうと……お互い、俺達の過去に深入りはしない。――友達として在る為に』、と。それを今ここで台無しにするつもりなの?」
いつものロザリーらしくない、手厳しい言葉だった。今までゼノスの言う事は全て聞き、ゼノスの願いを拒む事は有り得なかった。
そんな彼女が意固地になり、真実を語ろうとしないのは何故か?
……いや理由なんて、彼女の顔を見ただけで分かる。
とても綺麗で、恐らくアリーチェ姫に匹敵するだろう美貌の持ち主。しかしその類稀なる容姿は、普段の無表情以上に台無しだった。
暗い過去を一人で抱え込み、苦しんでいる表情。そして他人に余計な迷惑を掛けたくないという思いが混同している。
確かに、ゼノス達はあの日約束した。自分達の過去は壮絶的であり、話してもロクな事にはならない。だから……いつまでも友達でいられるよう、話さないと。
しかし今はどうだろうか?
友達として在るなら、この苦しむ友達を見捨てろと言うのか?……いや、そんなの矛盾している。
聖騎士としてだけでなく、友人ゼノスとしても――放っておく事なんて出来る訳がない。
「……お前の言う通り、今俺は約束を破ろうとしているな。ロザリーの過去を知り、その上でロクな事にならない事態に関わろうとしている」
「だったら、ゼノスに話す事は」
ロザリーが強制的に締め括ろうとした途端、ゼノスが「でも」と言い足し、彼女の言葉を遮った。
鋭い眼差しを向け、静かに言った。
「友達として在り続ける為に、俺はロザリーを縛る苦しみを取り払いたいんだ。そんな悲しい表情を見たら……放っておけないだろうが」
「――ッ」
嘘も偽りも無い、そんな正直な言葉を正面から聞き受け、ロザリーはしばし呆気に取られた。
その清らかな眼差し、正義に満ち溢れた魂――とても似ている。
自分を救ってくれた――――『姉様』に。
「……」
もう何を言っても、ゼノスが引き下がる事は無いだろう。二年間も付き合ってきた仲である為に……こんな悪あがきは通用しないだろうと、薄々分かってはいた。
それに――話せば、ゼノスなら分かってくれるかもしれない。この苦しみを共有し、真の理解者となってくれるかもしれない。
淡い期待――彼はこんな自分を素直に受け入れ、共に行こうと言ってくれた人。
……あの凄惨な過去を、忌々しい出来事を……話しても。
この時点で、ロザリーは意固地になる事を諦めた。これ以上の反論は彼に対しても、そして――まだ自分の中にある『王女』にも失礼な行為である。
ロザリーは気持ちを改め、無機質な声音で言う。
「全く……変態的な強引力」
「変態とは酷い言い様だな……。ま、とりあえずだ。俺は直接お前の口から過去を聞きたい。その上で救って見せる――ただ、それだけだよ」
ゼノスの瞳は真剣そのものだった。例えるならば、剣術を乞う弟子に対し、剣を学ぶ理由を問うかの如く、物事を本気で見据える姿であった。
――嗚呼……段々と記憶が蘇ってくる。
走馬灯の様にあの頃の思い出が浮かんでくる。
悲しい現実、絶望の闇へと転落し、巨大な光によって抗う事を決意した悲壮劇。
あの時からロザリーは笑顔を見せなくなった。それが所詮は無意味だと悟り、全ての希望を捨ててきた。
ゼノスはまだ知らない。彼は絶望の淵に立った自分を震い立たせ、生きる事を教えてくれた……しかしそれ以前の過去は知らない。
別段教えなかっただけでは無い。ただ、彼だけには知られたくなかった。
自分の過去を吐露してしまえば、今度は彼に不幸が訪れるかもしれない。自分のせいで彼が、彼が――と、恐れて極端に隠していた。
それでもゼノスは知りたがっている。今まで暗黙の了解だった過去の話を、彼が要求している。
――だからこそ、彼の願いに応えようと思う
「……少し長くなるけど、それでもいい?」
「ああ、大丈夫だ。今日はゲルマニアもいないし、時間はたっぷりとあるぞ」
この場でゲルマニアの名前が出たのには少々不満が募ったが、ゼノスなりにロザリーを気に掛けている証拠だった。
「……なら話す。後悔だけは……しないでほしい」
「勿論だ……安心して話してくれ」
ゼノスは笑顔を浮かべて答える。
未だ打ち明ける事に抵抗を感じるロザリーだが、話せば何かしら得られるかもしれない、救われるかもしれない。そんな悲鳴を――ゼノスだけに話す事にした。
自分がまだ幼く、純情だった頃の話。
ギルガント王国第二王女、ロザリー・アリエスタ・ギルガントの物語を。