ep2 皇帝からの依頼(改稿版)
大通りと直結する路地に入り、露店通りとなっている道をまっすぐ進む。その先にひっそりと、幾分か豪奢な造りの建物があった。
騎士団一行はその中へと入り、今は一階の会議室に集合している。ゼノスとしてはそのままベッドにダイブしたい気分だが……。
大きな欠伸をしながら、ふと団長の隣を見やる。
――そこには一人の少女騎士が佇んでいた。
第一印象は……とても堅苦しいイメージだ。もちろんシルヴェリア騎士団の人間ではないが、一体何者なんだろうか。
ニルヴァーナは全員を確認し終えると、よく通る声で宣言した。
「よし、皆そろったな。ではこれより、このランドリオでの依頼内容を確認する」
皆は真剣な表情でニルヴァーナを見つめるが、ゼノスに関してはただ茫然としているだけ。いつもの事なので、誰もゼノスを咎める者はいない。……一名、ギロリと睨みつけるサナギだけは除いてだが。
ニルヴァーナは一拍置き、続ける。
「我らはランドリオでの依頼は初めてだが、生半可な依頼ではないぞ。何せ依頼主は……代理皇帝、直々のものだからな」
かすかな歓声が響き渡る。だがゼノスだけは違った。
緩んだ表情から一転、苦虫を噛んだ様な表情を作る。
――代理皇帝か。もう嫌な予感しかしないな。
今、このランドリオには正式な皇帝がいない。……理由は知っているが、考えたくもない。そんなゼノスの心境を知る由もなく、会議は淡々と続く。
「依頼内容についてだが、それに関しては彼女から話した方が早いだろう。よろしく頼む」
「はい」
隣で静かにしていた少女が凛とした表情で返事する。ニルヴァーナの隣にいる少女だ。
見た目は凄く綺麗で、通りですれ違えば振り返るほどの美しさかもしれない。長い藍色の髪は後ろで一括りにされ、穏やかな翡翠の瞳はどこまでも透き通っている。鍛え抜かれた騎士とはとても思えない柔肌は、年頃の少女であることを物語っている。
恰好は重厚な甲冑――ではなく、あくまで急所部分にのみ装着した軽鎧を着込んでいる。後は短いスカートに黒のストッキングを履いていて、所々女の子らしい服装が目立つ。……一介の騎士だと共通の鎧なんだろうが、彼女はそれに該当しないのだろう。事実、六代将軍や配下の隊長クラスは各々自由な恰好だったはずだ。
年齢の方はおそらく、ゼノスより四、五歳年下といった感じだろう。
彼女はこほんと咳き込み、居住まいを正す。
「――皆さん初めまして。私はランドリオ帝国、皇女直属部隊所属のゲルマニアと申します。……ああ皆さんの紹介は結構ですよ、事前に調べさせて頂きました。今回の依頼の件でしばらく関わることになりますが、どうぞ宜しくお願い致します」
少女、ゲルマニアは深くお辞儀し、礼を尽くす。騎士道精神は素晴らしいが、堅苦しい雰囲気が露骨に出ている。
今のゼノスにとっては苦手な部類だ。
「――今回、シルヴェリア騎士団を雇ったのは他でもありません。強力な敵からある存在を守って頂きたいのです」
「ある存在?」
それに答えたのは、腕を組み怪訝な表情を浮かべるサナギだった。
どことなく威圧するような態度だが、ゲルマニアは特に気にした様子もない。淡々と答える。
「はい、あなた方も十分に知っていると思います。ランドリオ帝国主城、ハルディロイ城の地下に封印されたーーあの忌まわしい存在を」
その時、全員の表情が一変した。ランドリオに封印された存在と聞いて、『あれ』以外を想像する者はいないだろう。
『……代理皇帝、正気か?』
ゼノスは心の中で悪態をつく。
実際、それを一番よく知っているのはゼノスだ。
あれは二年前の戦争――『死守戦争』で姿を現した災厄。奴のせいで、世界中にシールカードという災厄の種が蒔かれた。
シールカード――その存在は多くの謎を秘めており、現在明かされている事実はとても少ない。
分かっていることはまず、それは人間や不思議な力が封印されたカードだということだ。世界には数えきれないほどのカードが存在し、カードに封印された人間は多数いる。
名のある戦士や魔術師、他にも特殊な能力を持つ人間が封印されているが、中には普通の生活を送っていた、戦う事を知らない人間もいる。
カードの数はおよそ数百枚にも上ると言われているが、その噂さえ眉唾物だ。
では、何故そのカードが災厄と呼ばれているのか?理由は簡単だ。
カードに封印された人間や能力は、『ギャンブラー』と呼ばれる存在によってその力を開花させる。何らかの方法で主従関係を結び、ギャンブラーはカードを兵器として扱うことが出来る。実際問題、カードを駆使した戦争や戦いは各地で繰り広げられている。
そんな悲劇を生んだのは……紛れもない『あれ』だ。
皆はそれを理解しているからこそ、緊張を隠せない。
「……ゲルマニアさん、まさかとは思うけど」
ラインが皆の意見を代弁すると、ゲルマニアは重々しく頷いた。
「ご察しの通りだと思います、ライン殿。この世の中にシールカードという存在を産んだ元凶、災厄をもたらした悪の権化――ランドリオ騎士団はあれを『始祖』と呼んでいます。実は最近、始祖を拉致しようと企むギャンブラーがいるようなのです」
「……そこまで把握しているのか」
「はい、ニルヴァーナ殿。そう断定出来る証拠も持っています」
ゲルマニアは平静を保ちながら、一週間前に起きた惨劇を語り始めた。
盗賊のシールカードを所持する者が現れたと知ったのは、今から一週間ほど前。ランドリオ帝国の名門貴族、ガウゼン家の当主が暗殺された事から始まったらしい。
ガウゼン家は伯爵位の貴族であり、ランドリオ皇家とも密接的な関わりがある家系だ。
そんなガウゼン家当主は、一週間前の朝方、自室で腹をナイフで突き刺され、絶命した状態で発見されたらしい。それだけでない。当主が突っ伏していた机の上に、一枚の書き置きを見つけたという。内容はこうだ。
『皇族も、奴等を慕う貴族共も、決して許しはしない。必ずや帝国に災厄の花を咲かせ、母とその因子による破滅を呼び起こす。必ずだ。――我は盗賊のシールカードを所持するギャンブラー、帝国を憎む復讐者』
と、そう書かれていたらしい。
盗賊のギャンブラーの目的は復讐、そのために母ーーつまり始祖を奪おうとしている。
わざわざこんな予告状を寄越すとは……よほど腕に自信があるのか、それとも力を過信した馬鹿なのか。どちらにせよ、厄介な事には変わりない。
相手がギャンブラーである以上、ランドリオ騎士団も全力を尽くすしかない。
「……本当は、我々ランドリオ騎士団だけで解決したいところ。ですが各地のシールカードに関する事件のせいで、主力となる騎士達がいない。……当然、六大将軍もです。なので今回は、彼の有名なシルヴェリアの皆さんにもご協力頂きたいのです。――その名声に見合う結果を期待します」
そう言ってくるゲルマニアに対し、ニルヴァーナは自信満々に応える。
「勿論だ。かなりリスクの高い依頼だが、これは帝国直々の頼み……武勲を上げるに相応しい機会でもある。さっそくで悪いが、詳細を聞かせてくれないか?」
その答えを聞いて、ゲルマニアは年頃の少女らしい、柔らかな笑みを見せる。
「はい。早急な対応、感謝致します。詳細についてですが、こちらは代理……いえ、陛下御自身が話すと仰られていました」
「承知した、では早速陛下に謁見しよう。問題はないか、ゲルマニア殿?」
「陛下もすぐに対応すると話されていたので、問題はないかと。玉座までご案内しますね」
落ち着いた物腰で答えるゲルマニア。まだ年端もいかない少女のはずだが、この対応力は老練な騎士とほぼ同じだ。一体その短い人生の中で、どれほど苦労し、どれほど研鑽して身に着けたものなのか。
『……まあ、俺にとってはどうでもいいことなんだけど』
それよりも重要なのは――。
「……あーくそ、マジで眠い。会議も終わったしどこかで寝るか」
ゼノスはさっきから眠気を感じていた。
というわけで、団員の輪から外れ、二階にあるだろう自室へと行こうとする。
……当然、始祖の護衛なんてやるものか。
やるとすれば、汗水たらして帰ってくるお仲間のために、気の利いた一声をかけてやるくらいか。おかえりなさいとか、今日も頑張ってんじゃん、とか。……まあそんなことを言ったら最後、間違いなくサナギによる半殺しが確定する。いや、冗談抜きで。
怖い怖い、と背中に寒気を覚えつつ、そそくさと階段を上る。
「おっとそうだ。今回同行する護衛についてだが」
ニルヴァーナが団員全員を見て、品定めをする。他団員たちは自分が選ばれようと、静かなアピールをしていた。わざと剣の柄頭に手を置いたり、髪を整え始めたり、またある団員は無駄に筋肉を誇張し始めたり。
ゼノスはふと足を止め、それを階段の途中からふと見やる。
……あれ。何故かニルヴァーナと目が合った。
瞬間、皆もゼノスを見てくる。
……待て待て。え?
――おい、まさかとは思うが。
「……ゼノス、悪いが強制だ。謁見までは必要ないが、城までの供を頼む」
「えっ、俺ですか?……初めてですね、団長が俺に命令なんて」
その返しに、ニルヴァーナは苦笑しながら答える。
「まあ、な。本音は黙っておくが、建前上の理由は――」
「ゼノス!有難く思うんだな!本来なら今日、お前はここで解雇する予定だったんだ!それを団長とリリスが庇い、今回こそは強制で働かせると約束してきたんだからな!」
ニルヴァーナの言葉を遮り、金切り声を上げながら言い放ってくるのは――ゼノスのことが大大大嫌いなサナギである。
「けど団長!やっぱり納得いかない!なぜこんな奴に、そのような大任を任せるのですか!責任問題もあるし、あたしかリリスの方がッ!」
「いや、お前達には別件を頼みたい。……いいな、ゼノス。十分後には剣を持って、この宿舎の玄関前に集合だぞ」
「……ぐっ。団長は……お人良しにもほどが」
まだサナギは納得いかないようだが、有無を言わせない雰囲気を感じ取ったのか。これ以上追及しようとはしなかった。
正直気乗りはしないが、こう皆の前で命令されては流石に逆らえない。そこまで不良騎士を演じるつもりはないし、ここを解雇されたらいよいよ行き場がなくなる。
深く、ふかーく溜息をつき……昼寝は諦めることにした。
階段からロザリーを見下ろし、手すりからダルそうに手を伸ばす。
「ロザリ~、悪いが剣を貸してくれ~」
「……うん。というかこれ、元々はゼノスのもの」
そういってロザリーは腰に掛けていたロングソードを外し、ゼノスに向かって放り投げる。ゼノスは軽々とキャッチし、剣の重みを確かめる。
『――剣とか久しぶり過ぎるな』
剣を抜き、手入れ具合を確認する。‥‥‥よし、全く問題ない。
ゼノスは慣れた手つきで腰に帯剣する。「あれ、こいつ意外と剣に慣れている?」みたいな視線を団員達から感じるが、気にしない気にしない。
簡単な準備を終え、ゼノスは階段を下り始める。
「団長、俺なら今すぐにでも行けますよ。そこのゲルマニアさんを待たせても悪いでしょう」
「……ふっ、上々だ。では行くぞ。他の団員は宿舎で生活する準備を、サナギはリリスから別件を聞き、すぐに行動してくれ」
「……あいよ」
サナギは睨むようにこちらを見てから、渋々と頷く。一方のリリスは、意味深な表情でこちらの顔を伺うが、すぐにサナギへと向き直る。……とりあえず、これ以上サナギの小言を聞く心配はなさそうか。
ゼノスはドアの前に佇むゲルマニアに近寄り、さりげなく握手を求める。
騎士として働く以上、最低限の礼儀は弁える。ゼノスは眠そうな顔をしながら、改めて自己紹介をする。
「シルヴェリア騎士団見習い、ゼノス・ディルガーナです。僅かな時間ですが、宜しくお願いします」
「あ、はい。宜しくお願いしま……。……ッ!?」
握手をした途端、ゲルマニアは表情を一変させた。これまでの凛とした顔つきを崩し、まじまじとゼノスの手を見てくる。
そして確かめるように、ゼノスの顔を見やる。
『――何かを感じ取ったか』
剣を握る者は大抵がごつごつとしている。皮は分厚くなり、強固な手となってくる。洗練されればされるほど、その手はその人物の歴史を語り、培ってきた経験を示してくれる。
ゼノスの手は……筆舌に尽くしがたい。
これは真実か、それとも気のせいか。
多くの戦績を残し、多くの英雄譚を創り上げたような……。ゲルマニアはそんな気がしてならず、余計に混乱を覚えた。
幻想のように感じながら、ゲルマニアは真剣な瞳を向けてくる。
「……本当に、見習いなのですか?」
「そうですが。――俺の手が何か?」
「!いえ、大したことではないのですが。ゼノス殿の手が、その……いえ、やっぱり何でもないです!」
ゲルマニアは自分がおかしいと思ったのか、早々に宿舎から出ていく。
他の団員達も首を傾げていたが、すぐに興味は失せた。それぞれが散会し、各々生活準備を進めていく。
「……流石はランドリオ騎士団。いつでも逸材が出てくるな」
まさかゼノスが聖騎士だとは思っていないだろうけど、彼女は中々の慧眼だ。下手な行動を取ってしまうと……更に怪しまれるかもしれない。
面倒だけど、出来るだけ下手な行動は慎もう。この因縁の地から早く離れるためにも。
――そう思うゼノスであった。