ep25 エトラス村(改稿版)
ロウゼン山脈には一つの村がある。
ハルディロイ城下町の北口門から出て街道を通り、海側に面した道を通りながら山道入口へと向かう。そして道なりに進んでいき、中腹から更に上を目指すと見える村、それが『エトラス』という村だ。
エトラス村は遥か昔、エタニティ鉱山よりも『ヒルデアリアの光魔石』が発掘された事で有名な鉱山の村であったらしいが、それはもう数百年どころか、二千年以上前の話だ。
現在の鉱山は既に閉鎖され、村はかつての栄華を失っている。だが死に絶えた村というわけでもなく、村は城下町に出荷する暖炉の薪を作ったり、同じく城下町で売るために狩猟を活発的に行っている。
それとエトラスは、北部地域と首都ハルディロイを繋ぐ中継点として役目を果たし、船を使わない商人や旅人は必ずエトラス村に訪れる。村人は彼等のために宿を提供し、獲った獲物を売買していたりする。……まあ最近では海上貿易が発展し始め、その役割も徐々に消失しているのだが。
村の構造はとても単純であり、比較的なだらかな緩傾地帯に木造家屋がまばらに立ち並んでいる。大体の家屋は平屋であり、装飾や色付けなどは一切行われていない。更に所々では豚や鶏、そして乳牛などの家畜を飼育してあったり、こじんまりとした畑を耕し、色とりどりの野菜を栽培している。それ以外にめぼしいものは見つからない。
――そんなのどかな村で、ある珍事が起きていた。
それが果たして良いか悪いかはさておき、村ではその話題で持ちきりだ。
現在も耳を澄ませると、あらゆる方面から聞こえてくる。
「やあねえ、まさかあのハルディロイ城が陥落しちしまうなんて」
「皇族はもちろん、あの六大将軍の二人も賊に捕まったそうよ。……全く、シールカードって奴等は危険極まりないねえ」
村の中央にある井戸付近で、中年の主婦たちがこそこそと話し合っている。
その話題は当然――二日前に起きた『ランドリオ首都陥落』についてである。
「その通りよ。あーやだやだ、あんな連中が他にいると思うと気味が悪いよ」
「しっ!……奥様、忘れてますわよ。今は村長の家に」
「ああ、そうだったわ。にしても、村長は何を考えているのかしらね。――いくら自分の孫娘とはいえ、シールカードを匿うなんて」
「きっと自分の身内のことしか考えてないのよ。村長らしくないったらありゃしない」
井戸に集う主婦達は笑う。
シールカードという存在に対して嫌悪感を露わにし、尚も非難の言葉は続く。
一方、大きな荷台を引き摺る男達の会話も聞こえてくる。
「ああ、どうすんだこの状況。これじゃ商売も出来やしねえよ……」
「んだな。……もしも聖騎士様がいらっしゃったら、こんな惨事にもならなかっただろうにな」
男の一方は深く溜息を吐き、過去の英雄に思いを馳せる。
「いない人の話をすんな。それに聞いた話だと、あいつは戦場から逃げたって話じゃねえか。そんな奴に期待するわけねえど」
「あん!?おめえ今なんつった!あん人はそんなお方じゃあねえ!!」
「ああ分かった、分かったよ。……けどおめえ、何でいきなり聖騎士の話を出したんだ?」
なだめつつ、男は不思議そうに尋ねる。
「……二日前の『アレ』のせいだ。若え奴等が繰り返し『聖騎士様だ、聖騎士様だ』言うんだからよお」
「……あのシールカードの娘っ子と一緒に倒れてた坊主だか?有り得ねえ、あんなひょこっと出てくるか?」
「さあなあ。まだ眠ってる今じゃ何も質問出来ねえし、そもそも村長が許すわけねえ」
「当たり前だ。村長は孫娘守るために、俺達を近づけない気だけんの。…………いやいや、それよりも商売の話だ。はっきりしねえ噂話をしても仕方ねえし、今はオラ達の生活が懸かってるんだ」
男達の話題は、やがて自分達の生活の話へと切り替わる。ハルディロイ全体が危険な状態にある以上、決して自分達の生活に支障が及ばないわけではないからだ。
彼等だけでなく、多くの村民が同じような話題を繰り広げていた。冗談めいた会話もあれば、真面目に談議する者達もいる。今の状況を考えれば、仕方のないことだ。
――偶然聞いたゲルマニアは、そう納得するしかなかった。
時を同じくして、ゼノスはようやく目を覚ました。
丁度いい涼風を感じながら、ベッドから上半身を起こす。
「…………ここは、どこだ?」
朦朧とした視界を頼りに周りを見渡す。自分は木製のベッドの上にいて、そしてその向かい側には小さい机が置かれ、脇には本を収納した小さい本棚がある。右を見ると窓があり、左を見れば扉が見える。この部屋を言葉で説明するとこれくらいだろうか。他に特徴的なものは見受けられない。
――と、そこでゼノスはある事に気付く。
「……何ともない」
ゼノスは両手両足を動かし、二回ほど深呼吸をした後に呟く。
記憶が正しければ、自分の身体は病魔に侵されていたはずだ。あの苦しみがないとなると、自分は一体どれほど眠っていたのだろうか?
様々な疑問が浮かぶ。だが、とにかく起きよう。
ゼノスはそう思い立ち、「よし」と意気込んでから立ち上がる。
味気ない寝間着に裸足の状態で窓へと歩み寄り、風で揺らぐカーテンを開ける。
窓から広がる光景に、ゼノスは目を見開いた。
――目前に広がるのは、山間に構えられた小さな村。もちろんの事、ゼノスはこの場所を知っている。
「……ここはロウゼン山脈のエトラス村か。けどなんで、ハルディロイ城からここまで来てるんだ……」
疑問は更に深まる。この世界に『魔法』という便利なものは存在しないし、聖者の説く奇跡というものも実在していない。だがあの状況から自分達を救いだし、ここまで運んでくれる者などいるはずがない。そうなると自然に、ゼノスは魔法や奇跡のせいか?等と思ってしまう。
そう思案していた矢先――
ガチャ、とドアの開く音がしたので、ふいにその方向へと目を向ける。
そこには、ゲルマニアが立っていた。
「――ッ!ゼノス殿、起きたのですね!?」
彼女は嬉しさの余り、持っていた桶を落としてしまう。中にはお湯とタオルが入っていたようで、ゲルマニアは「あわわわ」と急いで乾いたタオルで床を拭き始める。
ゼノスはその様子を、呆気にとられたように見つめていた。
ちなみに今のゲルマニアは騎士装束ではなく、ごく一般の村娘が着るようなエプロンドレス姿であった。簡素な焦げ茶色のワンピースの上に、純白のフリルが付いたエプロンである。動きやすさを重視しているのか、スカートは膝丈のものだ。
騎士姿だと気付かなかったが、ゲルマニアはこう見ると中々魅力的であった。胸も豊かで、スタイルも良くて、尚且つ美人で…………いやいやいや、何を考えている。
ゼノスが要らぬ感想を思っていると、既にゲルマニアは後始末を終えていた。
「す、すいません……」
「あ、ああ。大丈夫。……それよりも、無事だったんだな」
ゲルマニアは儚げに微笑み、頷く。
「はい、おかげさまで。……その、ゼノス殿は?」
「大丈夫だ。……それよりも聞きたいことがあるんだけど」
ゼノスが言うと、彼女は急に暗い表情を浮かべる。壁に掛けられた時計に視線を合わせ、そっと溜息を吐く。
「――聞きたいことが山ほどあるのは分かります。けどそのことに関しては、後で私の祖父が答えてくれると思います」
「そ、祖父?」
「はい。ここは私の生家であり、今はエトラス村の村長である祖父が住んでいます。……驚かれましたか?」
不安そうに問われるが、ゼノスは答えることが出来なかった。
そうだ、シールカードも元は人間だ。世間では異質な存在として扱われているが、本来の彼等はもっと素朴な存在で、なりたくてなったわけじゃない。
――そしてそれは、ゲルマニアも例外ではない。
「……それよりもゼノス殿、今はその……私の疑問に答えて頂いても宜しいでしょうか?もちろん無理に、とは言いません」
彼女は遠慮がちに聞くが、言葉には強い興味心が滲み出ていた。
様々な感情が混合しているのか、ゲルマニアは無言のまま、ゼノスをジッと見つめてくる。エプロンを両手で掴み、俯きがちになっているその姿は……まるで小さな少女のようであった。
「ああ、構わない。……もう隠し事はしない」
その言葉に、ゲルマニアは驚いたように目を見開く。だがすぐに意を決し、辛そうな瞳をこちらに向けてくる。
ここまで来て隠し事をする、それは何の利益にも繋がらない。ゲルマニアと深く関わった以上、彼女には自分を知る権利がある。
ゼノスはそっと目を閉じ、ゲルマニアの言葉を――彼女の本音を耳にする。
「――ゼノス殿は、白銀の聖騎士。それは間違いない……のですか?」
ある程度予想していた疑問に対し、ゼノスは素直に答える。
「……ああ。俺は元ランドリオ帝国六大将軍が一人、白銀の聖騎士だ。かつてこの国で起きた死守戦争で、姿をくらました奴だよ」
「…………!」
改めて聞かされ、ゲルマニアは思わず口元を抑える。
「そう、ですか。聖騎士様って、もっと年を重ねた人だと思っていました」
「正体を知った奴はみんなそう言うよ。けど実際の年齢は20歳だし、ゲルマニアとそう変わらない」
「はは、そうですね……」
それっきり、ゲルマニアは口を閉ざしてしまう。
風になびくカーテンの音だけが耳を過り、静寂の時が流れる。彼女はもっと大事なことを聞きたいのに、上手くそれを言葉にすることが出来ない。
今までどんな戦いを繰り広げて来たのか。どんな出会いと出来事を経て聖騎士となったのか…………いや、今聞きたいことはそうじゃない。
――何故二年前、彼はこの国を去ったのか。
ゲルマニアはその真実を、彼自身の言葉で聞きたい。
きっと彼にとっては辛いことかもしれない。しかしそれでも、ゲルマニアは真意を知る必要がある。何故なら彼女にとって、この答えこそが運命の分かれ道になるのだから。
「……あの、ゼノス殿。何で二年前、行方をくらましたのか。教えてもらっても……いいですか?」
ゼノスは一瞬だけ顔を引きつらせる。
しかし、この場で答えないわけにはいかない。ようやく彼女が紡ぎだした誠意を、ここで踏みにじるわけにはいかない。
深く呼吸をし、少し経った後、ゼノスは答える。
「牢獄でも言った通り、俺は二年前に皆の期待を裏切った。――救うべきはずの民達を、この手で奪ってしまったんだよ」
「……話には窺っていましたが、あれを止めることは出来なかったと思います。それにゼノス殿、貴方はあの戦争で多くの人々も救ってくれました。決して咎められるべき行為では」
「それでもッ!!…………例え不慮の事故だったとしても、命を奪ったことに変わりはないんだ」
ゼノスは今でも覚えている。
一つの村が滅びるあの瞬間を。人々は逃げ惑い、恐怖と不安を撒き散らし、しきりに助けを乞いていた。ゼノスは助けようとしたが、始祖との戦いで実現出来なかった。
結果として一つの村は終わりを迎え、聖騎士は一部の民達から恨まれることになった。
そして彼はその非難を恐れ、自分の弱さが上回り……逃げ出した。
ゲルマニアに以上の出来事を話すと、彼女は何を言うこともなく、ただジッとゼノスを見据えていた。今のゼノスでは、彼女が一体何を考えているかまでは分からなかった。
――ふと、下の階から玄関の扉が開く音が聞こえた。
恐らく、ゲルマニアの祖父が帰って来たのだろう。
『おーい、ゲルマニアや。ちょっと手伝ってくれんかのー』
「あ、今行くよ!……すいませんゼノス殿、変なことをお尋ねしてしまって」
「気にするなって。それよりも帰って来たのか?」
「はい、そのようです。ゼノス殿はどうします?もう動けそうですか?」
ゼノスはそう問われ、試しにもう一度両手両足をその場で動かしてみる。身体は大丈夫なようで、これならもう完治していると言っても過言ではないだろう。
「大丈夫だ。――早く現状を聞きに行こう」
こうしているだけでも時間が惜しい。
そう言わんばかりに、焦る気持ちを抑えて急いで部屋を後にするゼノスであった。
2016年3月18日現在、改稿を進めております。




