ep24 決戦は一週間後に(改稿版)
全ての希望が潰えた後、ゲルマニアは意識を取り戻す。
身体はぴくりとも動かず、自分が銅像になったかのような錯覚に襲われる。動けと命じても身体は反応せず、ただ地面へと這いつくばっている。
……そうだ、現状はどうなっている?
ようやく自分の置かれた現状に気付いたゲルマニアは、視線を巡らせる。
周囲に移る光景に、彼女は目を見張った。
「ゼ、ゼノス殿…………それに貴方はッ!」
自分とゼノスを庇うように立ち、微かな光を帯びた少女。簡素な白のワンピースに身を包み、翡翠色の髪をなびかせながら……彼女は存在感を見せつける。
ここに元凶が参上したと。そう宣言するかのように。
少女――否、始祖はマルスをジッと見つめ、やがて口を開く。
「貴方がマルスだね。――慈しむ心を知りながら、それを忘れた哀しき人」
人間として生を受けながら、思いやる気持ちを芽生えさせながら、それら全てを唾棄していく。始祖にとっては理解できない行為である。
だがマルスは、その言葉によって意にも介さない。
「皮肉は通用しませんよ、我が母よ。……これは全て、己が悲願を達するためには仕方のないことなのです。尊い貴方様にならば、この気持ちを分かって下さると思ったのですが」
「全くもって分からないね。だからこそ私は、こういう行動に出ようかなって思うんだ」
そう軽い口調で述べた始祖は、ふとゲルマニアへと近付いてくる。
不意打ちにも近いその行動にゲルマニアは身構えるが、始祖から殺気というものが全くないと分かり、徐々に警戒心を解いていく。
背後にマルスという敵がいるにも関わらず、彼女はゆったりと腰を下ろし、目前のゲルマニアと同じ目線に並ぶ。そして顔をゲルマニアへと近付け、耳元で囁くように言葉を紡ぐ。
一生忘れることのない、彼女の人生を左右する言葉を。
「――彼を、白銀の聖騎士ゼノスを支えてあげて。それが出来るのは、騎士のシールカードとして再誕した君にしか出来ないから。……三日だけ稼ぐ。だからお願い…………ゲルマニア」
「……聖騎士、ゼノス……?」
ゲルマニアは驚愕する。しかしそれと同時に、数々の謎が晴れていく。
ゼノスが強すぎる理由、彼が孤独に戦い続けた理由。
その全てを分かってしまった。
彼女は急いでゼノスへと振り向く。が、既に彼の姿はなかった。一瞬の出来事で目を白黒させるが、今度は自分の全身が光り輝いていることに気付く。特に腰のポーチに収められているシールカードが熱を帯び始め、同時にゲルマニアの心臓も熱くなっていく。
突然のことに戸惑いを見せるゲルマニア。だがそんな彼女を落ち着かせようと、始祖は包み込むようにゲルマニアを抱き締める。
「大丈夫」
そう一言だけ呟くと、ゲルマニアの身体は粒子となって消えていく。
……不思議と恐怖は感じない。それどころか、妙な安心感さえ覚える。
「始祖、貴方は何で」
――私達にとっては敵のはずなのに、なぜこのような真似を?ゲルマニアはそう言うつもりであったが、全てを言い切ることは出来なかった。
穏やかな始祖の微笑みを最後に、ゼノス同様、彼女もまたその場から姿を消していく。
二人は光の粒子となり、ランドリオ大陸の上空を舞う。
騒乱に満ちたハルディロイ城を超え、不気味なほどに静かな城下町を見下ろしながら、二人の存在は北にそびえる山脈――ロウゼン山脈へと向かう。
……ゲルマニアにとって、懐かしいあの山へと。
「……ふざけた真似をしますね」
ゼノスとゲルマニアの姿が消えると同時、マルスは苛立ちを露わにする。
彼にとって二人は難敵であり、黙って見過ごせるほど容易い相手ではない。ここで始末をする必要があったにも関わらず、自分は彼等を逃してしまった。
……いや、そうせざるを得なかった。
マルスは改めて始祖の恐ろしさを知る。――もしあの場で一歩も動いていれば、自分の命はその瞬間に絶たれていただろう。額から脂汗が滲み出て、体も小刻みに震える。
そして今も尚、彼は恐怖の最中にいる。
「聞いていた話とまるで違いますねぇ……。始祖は冷酷非道であり、人間は見境なく殺し尽くす。死守戦争ではそういった印象を残されていますが」
「どうとでも思えばいいよ。……それよりもマルス、私は彼等を助けたよ?それでも私を連れて、このランドリオを支配しようなんて思える?」
始祖は試すように、大袈裟に両手を広げながら問う。
「ふむ、確かに今の貴方では利用価値がありませんね。ならこちらとて、相応の対処を致しますよ。――少々手荒ですがねッ!」
マルスは地を蹴り、全力で始祖へと急迫する。
ここは彼の領域であり、制約の力を最大限に利用すれば、流石の始祖とて無事では済まないだろう。そこで弱った始祖を捕え、無理やりでも従わせる。
自分ならやれる。例え相手があの始祖だとしても、今の自分に出来ないことはない。
――それが甘すぎる判断だと知らずに、彼は突撃していく。
「……その程度?」
「――ッ!?がっ、ぁ……!!」
突如、マルスはその場へと倒れ込む。
うつ伏せにされ、気付くと彼の両腕両足首に拘束具が施されていた。
いきなりの出来事に目を白黒させつつも、マルスは拘束具を解こうと暴れ始める。しかし拘束具はビクともしない。
その様子を見て、始祖は冷徹な一言を放つ。
「マルス、その拘束具は三日くらい貴方を拘束するよ。本当はここで息の根を止めたい所だけど……今の私じゃそこまで出来ないから」
「はっ!だから奴等に託し、それを成すまでここに私を封印しておくってことですか?馬鹿馬鹿しい!こんな所で死んでたまるか!!」
「……いずれにせよ、それを決めるのは彼等と貴方次第。じゃあねマルス」
そう淡々と言い残し、始祖もまたその場から消え去っていく。
僅かな希望を残し、邪悪を封じ込め――
――彼女は地下の花園で、この戦いの結末を見守ることにした。




