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白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
一章 最強騎士の帰還
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ep23 万事休す(改稿版)




 緊張と微かな悪寒を覚えながら、ゼノス達は円卓の間へと辿り着く。




 円卓の間は皇帝陛下と六大将軍たちが議論を交わす場であり、神聖な境地として知られている。古代様式の柱が議論場を囲み、その間からは雄大な空が眺める。柱の内側には溝があり、そこには清らかな水が流れていた。



 ――だが、今は面影さえも見られない。



 柱は天井ごと破壊され、無残な残骸となって辺りに散らばっている。闇夜の空は炎の灯りによって紅蓮色に照らされており、この世の終わりを告げるような恐怖感を与えてくる。水は枯れ、陰鬱な空気が辺りを支配していた。



 原因は……もはや考えるまでもない。



 荒れ果てた状況を見終えたゼノスは、改めて元凶の姿を射捉える。



 ――皇帝陛下の椅子に座す、盗賊のギャンブラーを。



「よお、随分ふてぶてしいな。そこは一応、この国のトップの席なんだけどな」



「ええ知ってますとも。知った上で、ここに座っているのですよ」



 相手の声を聞き、隣にいるゲルマニアは悲しそうな表情を浮かべる。



「……信じたくはなかった。けどこの声は、聞き間違えるはずがありません」



 彼女は剣先をギャンブラーへと向け、堂々と言い放つ。



「盗賊のギャンブラー……いえ、マルスッ!そのフードを取りなさい!!」



「ええいいでしょう。確かにこの恰好では、礼儀に反するでしょうからね」



 今更ながら礼儀云々を言い、彼は頭を覆っていたフードを外す。



 もはや驚くことではない。そこからマルス本人の素顔が現れる。ゼノスとゲルマニアはより一層緊張感を強め、マルスを睨みつける。



「――ようこそ、お二人方。あの陣を切り抜けるなんて、普通の人間じゃ到底こなせませんよ」



「御託はいい。それよりもアリーチェ様や皇帝陛下、六大将軍二人は何処にいる?」



 相手を圧迫するようなゼノスの物言いに、マルスはわざとらしく両手を小さく上げる。



「おっと、そんなに捲し立てないで下さいよ。ちゃんと順を追って説明致しますから」



 マルスはにこやかに笑むが、目だけは笑っていない。表面上はやんわりと繕っているが、その内に秘めるどす黒い邪念は、ゼノスとゲルマニアでもはっきりと分かる。



 警戒を緩めることなく、ゼノス達はマルスの言葉に耳を傾ける。



「まあと言っても、彼等の現状は同じなのでまとめて言いましょうか。……今の所は殺してはおらず、私しか知らない場所に幽閉しております。これでご安心頂けましたかな?」



「――そうですか。ではマルス、それでは次の質問に入ります」



 間髪入れず、今度はゲルマニアが問いかける。



「何故貴方は、騎士団を裏切ってまでこのような愚行を起こしたのです?……貴方は言っていたじゃありませんか。この国を守る為に、正義を尽くすと」



 何時如何なる時も、彼は口癖のようにそう呟いていた。



 ゲルマニアだけでなく、多くの騎士団員はその言葉に感動し、そして鼓舞されていたのだ。彼こそが真の騎士だと誰もが確信していた。



 それだけに、この現状は信じられなかった。



「……何を仰いますか。今も昔も、私はその信念を貫いておりますよ?」



 マルスは足を組み直し、言葉を続ける。



「ゲルマニア殿、そもそもこの国にとっての正義は何でしょうか?――皇帝陛下を守ること?それとも民を守ること?……私は後者だと思いますがね」



「……」



「国は民がいてこそ機能し、現に彼等はその使命を全うしています。……けど今の皇帝はどうですか?しかとその役目を果たし、民の為に貢献していますか?」



「……それは」



 そうだ、とは断言出来なかった。



 事実、皇帝陛下はその権利を悪用し、多くの横暴へと踏み切っている。あらゆる方面から不評を買ってきたし、それは今も変わらないだろう。



「――そう、彼は良いことなど何もしていない。むしろ我々を虐げ、自分だけの世界を創ろうとしている!これはおかしいことだ!……だから私は、反旗を翻したのです!!」



 マルスは玉座から立ち上がり、悪意に満ちた笑みを浮かべる。



「その結果がこれ……というわけです。王城を破壊し尽くし、我が母に等しい始祖を救い出す。あとは皇帝とその家族を処刑し、私は始祖を利用して絶対の権力を得る!……ふふ、これこそが革命。民が頂点に立つ歴史的瞬間なのですよ!!」



「マルス……」



 ゲルマニアは何も告げることが出来ないまま、ただ茫然と彼を見据える。



 馬鹿げた発想……いや、彼の言い分も分からないでもない。



 ――だが。



 ゼノスは彼の勢いに気圧されず、淡々と言い返す。



「はっ、とんだ革命家だな。民を救いたいと言っておいて、やっていることは真逆だぞ。――それにマルス、始祖の解放だけは止めておけ。あれはお前が思っている程、危険極まりない存在だからな」



「それがどうしたというのです?この私に出来ないことがあるとでも!?――否、私は利用できますよ!例え始祖のシールカードであってもね!!」



「……やっぱり話し合いじゃ解決できないか」



 ゼノスは剣を構え、戦闘態勢に移る。



「なあゲルマニア、もう気は済んだよな。――こいつは更生する余地なしだよ」



「……分かっています」



 ゲルマニアも観念したのか、自らもまた構えを取る。



 それは彼に対する決別の証であり、戦いの予兆でもある。



「ふふ、ふふふ……愚かですね。もはやこの勝負は決まったも同然なのに」



「愚かは貴様だ!!マルスッ!!」



 ゼノスは剣に自分の気を溜め込み、その剣波動をマルスに向けて放つ。



 甲高い激音を奏でながら、波動は円卓を斬り裂き、そしてマルスをも一刀両断にしようとする。しかしそれを見越していたマルスは、素早く上空へと舞い上がる。



 彼は懐から数本のナイフを取り出し、それをゼノスに向けて投擲してくる。



 ナイフ程度で殺せると思うな。ゼノスはそう叫ぼうとしたが、ナイフは思いもよらぬ軌道を辿る。破裂したかのように散開し、高速で辺りを飛び交う。



 ――これも盗賊のギャンブラーが使役する力か!



 ゼノスは即座に防御を構えへと移り、こちらに飛来してくるナイフを剣で斬り伏せていく。途中ゲルマニアにも襲い掛かって来るが、彼女は彼女で防ぎきっているようだ。



「くっ……!」



「どうしました?よもやあなたほどの方が、この程度で参ったのでしょうか?」



「甘く見て貰っちゃ困るな。――行くぞ」



 これしきの困難で、諦めるわけにはいかない。ナイフの乱舞を切り抜け、ゼノスは足元に転がっていた瓦礫を思いきり蹴飛ばす。



 もちろん標的はマルスだ。常人ならば足の骨が折れるはずだが、彼はそこまでヤワではない。難なくマルスに向けて放ち、派手な壊音と共に命中する。



 マルスは露骨に舌打ちする。大したダメージはないが、僅かな隙は生まれた。



 そこを逃さず、更なる追い討ちに出るゼノス。リンドヴルム・ヘキサを手に宙へと舞い上がり、体勢を崩したマルスへ向けて幾多もの剣撃を放つ。



 目にも止まらない速さだ。もはや刀身さえも見えず、神速を超えたスピードでマルスを圧倒していく。



 ――はずだった。



「……ッ!」



 ゼノスは戦慄する。



 何とマルスは、剣撃の全てを籠手で防御したのだ。彼自体にはかすり傷さえも見受けられず、それどころか余裕の笑みを浮かべている。



 詰めが甘かったのか?いや、ゼノスの攻撃は全て洗練されており、力の衰えを感じさせない見事な連撃であったはずだ。なのに何故、マルスはその脅威を跳ね除けたのか。



 ……答えはすぐに分かった。



「う、ぐっ……」



 ゼノスは身体の異変を感じ、苦しそうに胸を抑えながら地へと降り立つ。



 立つ力さえもなく、片膝をつきながら息を荒げていた。



「はあっ、はあっ……!な、何だこれはッ」



「ゼ、ゼノス殿もですか?私も……息が苦しい、です」



 世界が反転したかのように眩暈が起こり、金具で殴られたような激しい頭痛に襲われる。暑いか寒いかも分からず、視界は酷くぼんやりとしている。



 自分の身に一体何が起こったのか。何故このような状況に陥ったのか。歴戦の戦士たるゼノスでさえ、この不可解な現象に困惑を隠せなかった。



 ――マルスはその様子を見て、不遜な態度でうっすらと嗤う。



「ふふ、どうでしょうか。これが私の仕掛けた罠……というやつですよ」



「これ……が?」



「ええそうです。――制約と呼ばれ、ドローマの枷とも呼ばれています。始祖に仇なす者を制す劫罰の象徴、無知傲慢なる者を律する神の裁き。この制約は、定められた領域へと踏み入った者に病魔を与え、苦しませるという願いを込めて作られております」



「病魔、だと……ッ」



 ゼノスは無理に起きようとするものの、抗いようのない気怠さには敵わなかった。……なるほど、これも病状の一種というやつか。



 既にゼノスとゲルマニアの体内には、制約というもので生成された病原体が潜んでいるのだろう。でなければ、ここまで身動きが取れないはずがない。



 きっとアルバートやイルディエも、この制約にかかったのだろう。



 ――何て恐ろしい罠だ。



「さあてお二人共、これでもまだやりますかな?言っときますが、これ以上下手に動けば命に関わりますよ?即死性はありませんが、この病原菌は異様な熱の昂ぶりに反応して毒素を出しますからね。それは身体全体を蝕み、終いには脳をも犯す」



 脳に毒が達すれば、あとは死を待つばかりだ。如何なる英雄でも、重い病気に打ち勝つ術はない。それはゼノスも例外ではない。



 ならこのまま、何も出来ないまま死ぬのか?



 覚悟を決めたのに、また立ち上がろうと奮起したのに。



 今回も、守れないで終わるのか……?



 …………嫌だ。



 ここで倒れたくないと、ゼノスの矜持が叫ぶ。



 そうだ、まだ終われない。まだ倒れ伏す時ではない!



 ゼノスは歯を喰い縛り、よろよろとしながらも立ち上がる。途中また倒れそうになるが、既に気を失ったゲルマニアを見て、何とか自分を奮い立たせた。



 マルスはその様子を見て、哀れみにも似た悲愴の表情を見せる。



「……無策のまま突っ込んだ結果がこれですか。少々がっかりしましたよ」



「はあ、はあッ…………そうかよ、それは残念だった――なぁッ!!」



 彼は全身全霊を以て、マルスに向かって突撃していく。



 だが一方のマルスは臆せず、失望した様子のまま手を前へと出す。



「さようなら、過去の英雄よ。――そして死ね」



 もはやゼノスに勝機はない。



 それでも尚、彼は刃向っていく。少しでも国の役に立つ為に、失った自分を取り戻す為に。――彼は無我夢中のまま、死地へと赴く。



 もしこの瞬間を見た者がいるならば、誰もがこう思うだろう。



 かつての英雄が死に絶え、新たな支配者が誕生したと。



 ……けど運命は、そうはさせなかった。



「――なっ」



 ゼノスとマルスを遮るように、光芒を放った白の球体が舞い降りる。



 やがて球体は眩い光を放射し、瞬間的に辺り一体を光の世界へと彩る。ゼノスとマルスが視界を奪われ、思わず後ろへと後退する。



 段々と目が見えるようになると――



 ――光の球体は、かつての仇敵へと姿を変えていた。



「……始祖」



『――ごめんね、ゼノス。もう大丈夫だから』



 始祖は薄く微笑みながらそう言い放つ。









 それを見たゼノスは言い知れぬ安堵を覚え、その場で気を失った。












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