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白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
一章 最強騎士の帰還
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ep22 誓いは果たされた(改稿版)



 リリス一行が全滅を余儀なくされる少し前、ゼノスとゲルマニアは無事牢獄を脱出した。




 地下にはまだシールカードはおらず、変わらない静寂を放っている。しっかりと騎士団が防衛しているのか、それとも既に……と、ゲルマニアは最悪の想像をしていた。



 だがその予想を断ち切るかのように、ゼノスが呑気に呟く。



「ふう、まだ来てないようだな。騎士達はしっかりとやってるようだ」



「ど、どうして分かるのです?」



「どうしてって言われてもなあ……。気の流れって言うか、シールカードがここに来たんなら、ここの気はもっと乱れているはずなんだよ。まあ気っていうのは観念的な意味合いだから、説明するのも難しいんだが」



 要するに、言葉で説明するには難しい感覚をゼノスは感じているのである。



 本人がよく分かっていないのだから、ゲルマニアが理解出来るわけがない。けどそれが本当だということは、何となく彼女にも分かる。



 ということは、未だ始祖は奪還されていないというわけだ。



「では……これから始祖の間へと向かうのですね?」



「いや、全く逆だ。俺達はこれから――円卓の間へと向かう」



「それって……」



 ゲルマニアはふと、牢屋で聞いた話を思い出す。



 マルスがこの城に罠を仕掛けた場所、それは円卓の間である。始祖の傍で迎え撃つのも悪くないが、それよりも先に罠を排除する必要がある。



 大袈裟かもしれないが、ゼノスにとってはゆゆしき事態である。



「罠の効果が何だか分からないが、どうにも嫌な予感がする。ここから感じ取れる限り、今城内ではランドリオ騎士側が不利だ。…………六大将軍が二人もいるはずなのに」



「――ッ!!」



 そうだ、とゲルマニアは目を白黒させながら思う。



 『戦場の鬼』、『不死の女王』。この二人の武勇伝は数多く存在し、伊達や酔狂で語られたものではない、実話を元にしたものが殆どである。



 どれも過去の伝説を覆すものばかりで、今回の敵であるシールカードよりも遥かに強い敵と対峙してきた。それが本当である以上、ここまで苦戦を強いられることはないはずだ。



 それなのに、ハルディロイ城は占拠される寸前である。



 きっと、アルバートとイルディエはその罠に嵌ったのだ。なら今度は、ゼノスがその罠を解きに行くしかないのだ。



「……というわけだ。付いて来てくれるか?」



「勿論です。……ですがその前に」



「分かってる、武器だろ?」



 そう言いながら、ゼノスはふとある部屋の前へと立ち止まる。



 牢獄への入り口とは異なり、大層な装飾が施された扉。そして幾数もの施錠がなされている所を見ると、ゲルマニアはようやく理解する。



 ここは、王家と騎士団の宝が安置されている『宝物庫』だと。



「ま、まさか……宝物庫の武器を使うつもりですか!?それは絶対に――」



「今は緊急事態だ。それに、落ちている武器程度で奴等に適うわけないだろ。ここはもっと良質な武器……六大将軍が簒奪してきたものを使うぞ」



 ゼノスは不敵に微笑みながら、宝物庫の施錠を解いていく。当然のことながら、これも彼の手刀によって実現していく。



 真面目なゲルマニアは頭を悩ませるが、今回ばかりは仕方ないと思い、溜息を吐きながら扉が開くのを待つ。



 やがて扉が開かれると、そこには多くの物が丁重に置かれていた。それは全て国の財産であり、そして歴史が遺してきた産物でもある。



 どれも高価な代物であり、部屋の一角には多くの武器や防具も置かれている。全て粗末な物ではなく、あらゆる伝説上の存在から奪い取った宝だ。



 ――ゼノス達は、その武器達に用がある。



「……わあ、凄い」



 ゲルマニアは思わず声を漏らす。



 それもそのはず、こんな光景は普通の騎士でも見かけられない。管理するのは主に財務官であり、これを眺められる人物は限られているからだ。



「さてと、それじゃさっさと武器を探そう。俺はもう目処が立っているけど……ゲルマニアは何を使うんだ?」



「え、私ですか?……そうですねえ」



 我へと返ったゲルマニアは、きょろきょろと周りを見渡す。



 大体の武器は壁に立て掛けられており、そこにはちらほらとゲルマニアも使えるものがある。『悪魔殺しディバイン』、『古代の聖剣ラージフィル』、『亡霊王の魔剣セント・エリス』。どれも値の付けられない一級品であり、正直使うのも恐れ多い。



 だがそうも言ってられない。



 意を決し、彼女は古代の聖剣ラージフィルの元へと歩み、その剣を掴む。



「……それではこれにしましょう」



「これって……ラージフィルじゃないか。ゲルマニアと同じぐらいの大きさの大剣だけど、ちゃんと使えるのか?」



 確かに彼女はシールカードだが、その身体は華奢であり、とても大剣を扱える気がしない。



 一方の彼女は膨れっ面となり、「では見ていて下さい」とだけ言う。そして大剣の剣先を地面に着かせ、肩の力を抜く。



 ――ふいに、ゲルマニアは大剣を振り抜く。



 一寸のブレもなく、体勢が崩れる事もなく……。



 ゼノスは予想外の光景に、目を見開く。



「――どうです?これならば大丈夫でしょう、ゼノス殿」



「あ、ああ。……それもシールカードの力というやつか」



「そんな所です。主がいないとはいえ、シールカード自身の力が消えることはありませんよ。――これで、皇女殿下の側近になれたようなものです」



 ゲルマニアは複雑な表情を浮かべながら答える。



 その心中は何となく理解出来る。おそらく彼女は、その力を本来の自分の力だとは思えないのだろう。更にシールカードは忌み嫌われ、その力を表立って公表することは難しい。後ろめたい気持ちがあるからこそ、この力を有していいものかと悩んでいるに違いない。



 もちろん、今のゼノスには慰めることは出来ない。



 彼女がその力を積極的に利用している以上、とやかく言う必要はないだろう。そう思ったゼノスは、今度は自分の剣を探すことに専念する。



 ――神剣リベルタスを。



 それはかつて愛用していた剣であり、この国から逃亡する前に、ゼノスが密かにこの宝物庫へと安置したものである。



 あの時はもう使うまいと決めていたのだが……今は意固地になっている場合ではない。



「あ、あれ?」



 宝物庫を歩き回っていたゼノスは、奇妙なことに気付く。



 幾ら探しても、リベルタスが見つからないのだ。安置したはずの場所は愚か、あらゆる武器が置かれている場所にも存在しない。



 ――誰かが持って行ったのか。いやしかし、あの剣は人を選ぶ。資格のない者が持てば拒絶反応を起こし、剣は元あった場所へと帰還してしまう。



 それとも資格を持った者が持ち去ったのだろうか。それは殆ど考えにくいが、可能性はなきにしもあらずだ。



「……仕方ない。今は別の剣にするか」



 名残惜しい所もあるが、ない以上はあれこれと考えないようにしよう。



 ゼノスは付近にあった剣(形状は世間一般のブロードソードと似ているが、その切れ味は名剣を凌ぐものだろう)を取り、ゲルマニアの元へと近付く。



「あ、ゼノス殿。もう使う剣を決めたのですか?」



「何とかな。……リンドヴルム・ヘキサって言うのか。聞いたことない剣だけど、使い勝手が良さそうだからこれにしたんだ」



 柄に彫られた剣の名称を見て、ゼノスはそう言う。



 とにもかくにも、彼にとって使えればそれでいい。簡単に折れなければ、自分の力を発揮することが出来る。



「さあ急ぐか。――どうやら敵も待ちきれないようだし」



「……そのようですね」



 二人は察したように頷き合い、すぐさま宝物庫の扉へと張り付く。そして耳をそばだて、外の様子に注意を払う。



 扉の先から、ぞろぞろと足音が聞こえてきた。…………およそ十人以上はいるだろう。



 この気配は間違いない、シールカードのものだ。きっと奴等は、始祖を目当てに地下までやって来たのかもしれない。いやきっとそうだ。



 そうはさせてたまるか。ゼノスはさっそくリンドヴルム・ヘキサの鞘から剣を引き抜き、扉を背に剣を構える。



「ゼ、ゼノス殿……どうする気ですか?」



「決まってる――奴等を倒すんだよ!」



 高々と宣言しながら、ゼノスは宝物庫の扉を荒々しく斬りつけ……木端微塵に破壊していく。



 瓦礫は扉の前を闊歩していたシールカードへと直撃し、下敷きになった連中を踏み越えるようにしてゼノスが躍り出る。



「あ、と、扉が……どう弁償すれば…………」



 ゲルマニアは顔面を蒼白にしつつも、ゼノスの後を追うように回廊へと出てくる。まあ確かにやりすぎた面もあるが、その件に関しては後で財務官と折り合いをつけよう。



『き、貴様ら!』


『何者……ぐぎゃあッ!!』



 驚く暇も与えず、ゼノスは踏み込むと同時に敵の一人を薙ぎ払う。



「ゲルマニア!始祖側の連中は俺が片付ける。お前は反対側の連中を相手してくれ!!」 



「はい!」



 彼の指示に従い、ゲルマニアはゼノスと背中合わせになりながら敵と対峙する。自分が請け負った敵の数は大体五人から六人程度。そしてゼノスはその倍以上を相手にすることになる。



 果たして大丈夫だろうか。



 不安は多々あるが、そう長くは悩ませてくれない。盗賊のシールカードは一斉に殺気立ち、彼女へと襲い掛かってくる。



 右から一人、左からももう一人。そしてその間を一人の盗賊が直進してくる。計三人のシールカードが迫って来るが……彼女に動揺の色は見えない。



「――素晴らしい踏み込みですが、馬鹿正直すぎますね!」



 ゲルマニアは大剣ラージフィルを振りかぶり、横一直線に振り抜いて見せる。



 いとも容易く、力自慢を名乗る超人でさえも扱いが難しいその剣を、ゲルマニアは完全に使いこなしている。一気に三人ものシールカードに斬撃を浴びせ、今度はゲルマニアが攻勢に出る。



 奴等は奇怪な行動で相手を翻弄してくるが、この狭い回廊の中ではその選択肢も限られてくる。奴等の土俵は暗闇でかつ広い空間であり、ここはそれとは正反対である。



 ここはそう――圧倒的破壊力を持つ騎士、ゲルマニアの土俵だ。



「せいっ!!」



 甲高い声と共に、大剣は軽やかに舞う。それは重力を半ば無視した動きであり、残りのうち一人ははその剣舞の餌食となっていく。剣では処理できない間合いにいる最後の敵には容赦のない蹴りをお見舞いし、これもまた中々の強さである。



 肥えた豚のような鳴き声を放ち、最後の敵は地面へと崩れ落ちる。



「はあ、はあ…………これでもう」



 彼女は剣を地面へと突き刺し、呼吸を整えようとするが――



『おい、すぐに援護に向かうぞ!!第八小部隊、第九小部隊はこっちに来い!』



 息つく暇も与えられず、無慈悲にも新たな増援が一階に通ずる階段から下りてくる。今度は先程の倍以上……いや三倍はいるかもしれない。



 まずい。そう思ったゲルマニアは、すぐさまゼノスへと振り向く。



 ――が、自分の背後にあるのは凄惨な死体の山だけであった。



「あ、あれ……?ゼノス…………ど……の」



 ゼノスの行方を探そうと、また正面を振り向いた瞬間だった。



 わずか一秒にも満たない速さで、何かに斬られたかのように……ぞろぞろやってきた敵部隊は血の花を咲かせる。赤い大量の鮮血が宙を舞い、全ての敵が殲滅されたのだ。



 ――ゲルマニアは一瞬、頭が真っ白になった。



 何故、どうして?どうやって彼等は殺された?一体誰によって?どういった手法で?



 何もかもが謎だった。……そこまでは。



「――他にはいないようだな。これで全部片付いたか」



「え?」



 ゲルマニアは驚き、また後ろを振り向く。



 すぐ後ろにはあっけからんとゼノスが佇んでおり、彼はさも何事もなかったように状況を分析する。ゲルマニアの驚愕にも気付いていないようだ。



 ……全部片付けたということは、まさか全部ゼノス殿が?



 いや、そうとしか言いようがない。だってこの付近にはゼノスとゲルマニアの二人しかいないし、気配を探ってもそれ以外の味方はいないはずだ。消去法的に考えて、ゼノス以外に有り得ない。



 だとしたら何て実力だろう。肉眼では追えない速度、相手をねじ伏せるその制圧力、そしてそんな偉業を成し遂げたにも関わらず、当然のように振る舞うその態度。英雄の類でなければ、およそ達成できないことばかりであろう。



 ――そう、英雄でなければ。



「あの、ゼノス殿……」



「悪いが、今は会話している暇はない。このまま円卓の間まで駆け走るぞ!」



「は、はい!」



 ゲルマニアはとある疑問を打ち明けようと思ったが、確かにそこまでの余裕はない。歯痒い気持ちを押し殺しつつ、彼女は素直に従う。



 こうして二人は地下から脱出し、円卓の間を目指して城の上層部を目指す。



 その間にも沢山のシールカードが襲い掛かって来たが……ゲルマニアの出る幕はなかった。ゼノスが疾走しながら、蚊を追い払うように斬り裂いていったからである。無駄など一切なく、彼は首元だけを狙っていく。



 まさに獅子奮迅。彼はかつての英雄――白銀の聖騎士のように、たった一人で怒涛の剣撃を繰り出していく。



 それから十分もしないうちに、ゲルマニア達は皇族エリアにある別棟へと辿り着く。しかし敵は一向に減る気配もなく、外橋を渡った先にある別棟の前にも敵が布陣を敷いている。



 恐らく今までで一番多い。数は数十人以上……いやもしかしたら、百人以上はいるかもしれない。



 開け放たれた扉の先にある大聖堂にも、敵がわんさかと蔓延っている。ゲルマニアはしまったとばかりに後退り、打開策を模索する。



「くっ……どうしますゼノス殿。これは流石に強行突破では」



「いや、大丈夫だろう。これしきの程度なら」



 またもやとんでもない事を言うゼノスに、ゲルマニアは素っ頓狂な声を上げる。



「な、何言ってるんです!?確かに貴方の実力は凄いですが、幾ら何でもこの人数相手では!!」



「平気だって。――俺にとってこの状況は、もはや脅威ですらない」



 今の彼女には分からないだろうが、ゼノスは白銀の聖騎士として多くの困難を乗り越えてきた。



 だから豪語出来る。こいつら相手に、敗北は有り得ないと。



 ゼノスが剣を構えると同時に、敵は一斉に群がってくる。地響きさえ聞こえそうなその勢いに、ゲルマニアは思わず目を閉じる。



「へえ、わざわざそっちから来てくれるのか!そいつは有り難い……なあッ!!」



 そう言いながら、ゼノスは剣先を天へと掲げる。その間にも敵は強襲してくるが、彼はその様子を見てほくそ笑む。――馬鹿な連中だと。



 シールカードと謳いながら、所詮はこの程度かと。本物の強者ならばこの感覚に気付き、何らかの回避行動をとる筈なのに。ゼノスが戦ってきた真の化け物共は、少なくともそうしてきた。



 こうなった以上、敵はもうお終い。――敗北の二文字だけが浮かべ上がる。



 だが彼等は名誉の死を遂げる。



 だってこれから、彼等は真の奥義に呑まれるのだから。



 模造では得難い究極の剣技、どこまでも正義を追い求めるその極意。



 ――聖騎士流剣技を。



『―――――――ッ』



 彼等がゼノスを串刺しにせんとする寸前、世界は光に包まれる。



 眩くも美しい世界、慈愛の光は生きとし生ける者を抱擁する。――それが安穏を与えるのか、はたまた声にもならない激痛を与えるのかは敵次第。



 だが恐らく、敵は後者の苦しみを得ているに違いない。



 これは聖騎士流剣技『天啓』。正義に仇なす者に裁きを下す、奥義なのだから。



『あ、があああああああッッ!!』


『助けて……助けッ!!』



 膨大な光の爆発に飲み込まれ、盗賊のシールカード達は苦痛の叫びを残す。光の斬撃によって急所を斬り裂かれていく。



 度重なる重低音の響き。聖なるかなを謳う大聖堂に響き渡る、人々の慟哭。



 光りはやがて一点へと縮小していき、まるで無かったかのように掻き消える。後に残った光景は、見るも無残な死体の山々であった。



「……嘘」



 目を見開きながら、ゲルマニアは現実を直視する。



 彼の実力には何度も驚かされている。……だがこの技は、今まで以上の驚愕を起こさせる。



 一言で言い表すならば――無茶苦茶だ。



 これが人類の力?いや有り得ない。もはや人間が踏み込んでいい領域を超えている。……こんな技は、神や悪魔にしか許されないはずだ。もしくはシールカードをも超越し、伝説として名を残す英雄しか。



 ……英雄?



 ゲルマニアは悠然と佇むゼノスを見つめながら、一つの答えに辿り着こうとしていた。しかしまだ、確信には至っていない。



 一方のゼノスは剣を鞘に収め、ある方向を凝視する。



 大聖堂の二階にある、円卓の間へと通ずる扉。彼はそこから漂う波動を感じ、ゲルマニアとはまた違った確信を抱いている。



 ――いる。あの奥に、事の元凶が待ち構えていると。



「さて、決着をつけようか」







 ゼノスはここにはいない誰かにそう告げ、円卓の間へと向かう。








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