ep19 ゼノスの歩む道(改稿版)
「……ッ」
予想通りの最悪な目覚めをしたゼノスは、何かに弾かれるようにして起き上がる。
首筋にはびっしりと汗が張り付き、服もすっかり汗で濡れている。さらに呼吸も乱れており、静謐な空間にゼノスの苦しそうな息遣いが木霊する。
……原因はもちろん、さきほどの悪夢だ。
最悪なことに、あの夢は一ヶ月に一度は見る。その度にうなされ、夜中にも関わらず声を上げて飛び起きたりもすることもあった。たまにラインやロザリーに心配され、朝まで付き添ってくれた経験もある。
あれはまさに、ゼノスの本性を映し出したものである。
白銀の聖騎士として最強を謳い、何者をも恐れない英雄として君臨する反面、ゼノスは一生懸命自分の弱い部分を隠し続けていた。自分の素性や顔を隠していたのも、まさしくそこから来るものであった。不便な生活を強いられてきたが、自分の弱さを露見するよりはマシだと思っていた。
――全く以て情けないな。
「……ゼノス殿、大丈夫ですか?」
ふと、同じ牢屋の奥から声が聞こえてくる。
声の主はもちろんゲルマニアであり、彼女は膝の上に添えられた食事に手を付けていた。食事とは言っても、ここは牢獄の中だ。固いジャガイモの入ったスープであり、それは湯気さえも立っていない。まだ隣の牢屋でスープが配膳されている所を見ると、これはたった今運ばれたものらしい。
ゼノスの傍にもスープがあるが、今は口にする気も起きない。
深く溜息を吐き、頭を掻きながら口を開く。
「ゲルマニア、俺はどのくらい寝てたんだ?」
そう言うと、ゲルマニアは少々唸りながら考え始める。先程とは打って変わり、ゲルマニアの調子は既に戻っているようだ。表情も凛としていて、言葉にも覇気が宿っている。
少し考えた後、彼女はおぼつかない感じで答える。
「えっと、四時間ぐらいは。今は時計も持っていないので、断言はできませんが」
「四時間か……。なら、まだ何とかなりそうだな」
「……?一体どうしたのですか。何かあるのですか?」
そう問われ、ゼノスはしまったという風にこめかみを抑える。
そういえばまだ知らせていない。盗賊のシールカードを束ねる諸悪の根源が、あのマルスだということを。そして彼はこの城の円卓の間に罠をしかけ、この帝国に災厄を巻き起こそうとしていることもだ。
どう伝えればいいものか。あれほど彼を信頼していた分、この事実を知ればきっと悲しむことだろう。だからといって伝えないという手段も好ましくない。
ゼノスがこうして踏み止まる一方、ゲルマニアは何かを察した。
それが何を意味するのか、気持ちの整理がついたことである程度は理解出来た。ゼノスのことはまだよく分からないが、きっと自分に対して言いづらい事実を話そうとしているのだろう。
なら、自分から切り出そう。
彼女はそう決意し、ゼノスが言わんとしていることを先に言う。
「……マルスが何かをしようとしているのですね。シールカードと手を組んで、この国を転覆させようと」
「………………ああ」
ゼノスはただ一言、簡潔に答える。
その後、彼はゲルマニアに自分の知っている真実を告げた。マルスが盗賊のギャンブラーとして君臨しており、この城に罠を仕掛けたということを。今でこそ活発的ではないが、いずれ大きな危機がやってくるであろうことも。
その為にも、ゼノスは一刻も早くその罠とやらを解除しなければならない。始祖の言う通りならば、早急に済ませなければならないのだ。
それが今の……ゼノスの意思だ。
話を聞き終えると、ゲルマニアは思いのほか冷静であった。
大体予想できていたのか、彼女に絶望の色は見受けられない。しかし相当落ち込んでいることは確かであり、あえて言う事ではないだろう。
しばらくして、ゲルマニアははっきりと言う。
「――ゼノス殿、私も手伝わせて下さい。彼は何か理由があって行動を起こしているのでしょう。その理由を知るためにも、共に戦わせてほしいのです。もちろんやむを得ない場合は……彼を成敗しますから」
「……好きにしろよ。俺に拒絶する権利はないからな」
そう言って、ゼノスはまたその場に寝転がる。脱出する機会があれば行動に移すが、今はまだその機会ではない。奴等に動きがあるか、はたまた騎士団の警備が手薄になるまで待つ必要がある。
とりあえずは休む。これは怠惰な気持ちから出たものではなく、正真正銘、戦前の小休止というやつだ。
ゼノスは何も言わないまま、静かに時を待つ。
……十分、いや二十分が経過したころだろうか。
おもむろに、ゲルマニアが尋ねてくる。
「そういえば、ゼノス殿は何をうなされていたのですか?もしかして、昔あった嫌な出来事を思い出したとか?」
「……まあそんなところだよ。内容は教えたくない」
嫌な話を振られ、ゼノスは早々に話を終わらせるような答えをする。
だが彼女も頑固であり、後ろで唸りを上げながら続ける。
「何も言わないというのは酷いです……。これでも私はランドリオの騎士です。困っている者がいれば放ってはおけません」
「……はあ。何であんたに話す必要がある?」
「今言ったでしょう、困っている者がいれば放ってはおけないからです。漠然的でも結構ですので、話してみて下さい」
「~~ッ」
段々と苛立ちが募るが、今ここで腹を立てても仕方ない。
……だが、こう言ってくれる人間は初めてだ。
ロザリーやラインは悪夢のことを知っているが、その内容を聞こうとはしなかった。
きっと、このお節介は彼女の性格から来るものなのだろう。純粋な正義感から来るそれである。
……不思議な奴だ。
苛立ちから一転、ゼノスは自然と親身な気持ちを抱き始める。彼女に対する警戒が解け、このか弱い本音を曝け出してもいいと、そう思うようになった。
しばらく間を置いた後、ついに打ち明けることにした。
「……迷ってるんだ、今の俺は」
ゲルマニアは若干首を傾げる。
「迷っている?」
「ああ。数年前、俺は皆の期待を背負って戦い、最後にはその期待を裏切ったんだ。……また皆のために戦いたい。けどまた期待を裏切って、非難を浴びるのは怖い。踏ん切りがつかないんだよ……今の俺は」
涙を堪えながら、ゼノスはそう漏らす。
これが今の気持ち。戦いたいと思う反面、期待を裏切った時の非難が怖い。
心の弱い英雄が言い放つ、初めての本音であった。
「……貴方は独りで戦ってきたのですか?」
「そうだ。孤独の世界で、ずっと、ずっと戦ってきたよ」
白銀の聖騎士は仲間いない戦場を駆け巡って来た。それは六大将軍全員に共通していることだが、特に聖騎士は特別な部隊も組織も作っていなかった。
故に、いつも孤独だったのだ。
「なら話は簡単です。――今の貴方には、同じ戦場に立てる仲間が必要です。そうすればその苦しみも、きっとなくなるでしょう」
「……仲間を?」
「はい。例え自分が過ちを犯し、人々から非難されたとしても……変わらず支えてくれる仲間です」
正直、考えたことがなかった。
その提案は新鮮で、心の奥底で何かがざわめいた。
「――もし宜しければ、私が貴方を支えてあげます。心も体も……その全てを」
…………え。
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
あまりにも突然で、ゼノスは素っ頓狂な声を上げる。
「き、急に何を言い出すんだ!?」
「……た、確かに言葉にするのは急でしたが、心では既に誓っておりました。それに……その…………嬉しかったのです」
「嬉しい?」
ゲルマニアは頬を染めながら、「はい」と言う。
「私にもよく分かりませんが、何故だか嬉しかったのです。まるで認めてくれたようで、私は貴方に頼られているんだと思って……。そ、それに!貴方には私というシールカードを持つ素質があるようにも思えるのです。もし私が貴方のものになれば…………一緒に戦えると………う、うう」
段々自分の言っている言葉が恥ずかしくなって来たのか、顔を真っ赤に紅潮させ、最後は消え入るように小さく呻く。
実際、言われたゼノスも恥ずかしくてしょうがない。
これではまるで、新手の逆ナンパというやつだ。
「あ、あの……あのこれは!これは恋愛的な意味じゃないですからね!ええ決して!ここ、これは騎士としてという意味であって、そういう意味じゃないですからね!?」
「わ、分かった分かった」
目を白黒させながら必死に否定するゲルマニア。真面目な性格だからか、こういった話には慣れていないのだろう。……ゼノスも同様だが。
とても有り難い話ではあるが、現実問題、そう上手くいくのだろうか。
ゼノス自身もそれを望んでいるし、ゲルマニアという仲間が支えてくれれば……どんな非難も受け入れることが出来るかもしれない。彼女だけでなく、ロザリーやラインも仲間だ。彼等が一緒ならば、どんな困難をも乗り越えられる。
けどゲルマニアはランドリオ騎士団の騎士である。そもそもこの一件が終わってしまえば、ゼノス達シルヴェリア騎士団はまた放浪の旅に出てしまう。金輪際、彼女とは再会しない可能性もある。
――いや、本当にそうなのか?
もしかしたら、自分と彼女はこれからも付き合っていくのではないだろうか。
……分からないけど、そんな気がしてならないのだ。
と、有らぬ幻想に耽っていたその時だった。
地上から慌ただしい叫び声が聞こえてきた。
騎士たちの怒号と断末魔が牢獄にまで轟き、微かな地響きまで生じる。牢獄にいる囚人たちもざわめき始め、地上の異常事態を察知する。
ああ……間に合わなかったか。
これはきっと、奴等シールカードとマルスの仕業だ。
「……ゼノス殿、どうします?」
ゲルマニアも同じ考えに至ったのか、神妙な面持ちで尋ねてくる。
「早々に脱出した方が良さそうですが、これでは出られそうにないですし……」
見た所、この格子はとても頑丈に作られている。牢屋だから当然ではあるが、並大抵の力ではビクともしないだろう。
ゼノスは立ち上がり、改めて格子に触れてみる。
……これならいけそうか。
「ゲルマニア下がってろ。ここは俺に任せな」
「任せるって――――ッ」
彼女が疑問を口走るより先に、甲高い悲鳴のような金属音が鳴り響く。鼓膜が破れるほど大きく、ゲルマニアは即座に耳を抑える。
音の発生源は格子からであり、生みだした張本人はゼノス・ディルガーナである。
彼は格子に向けて手刀を放ち――横に亀裂を走らせたのだ。
「なっ……!!え!?」
訳も分からないまま、格子は細切れとなって四散する。
有り得ない、普通なら考えられない結果だ。どんな達人でも、斬鉄する時は必ず得物を使用するはずである。しかもその場合においても高度な技術を要求され、ランドリオ騎士団内でも実現可能な者はごく少数だと思う。
それをこの青年は、手刀だけでこなしてみせたのだ。
「……す、凄い」
こんな技術、ゲルマニアは今まで見たこともない。
ゲルマニアは尊敬し、彼の異質さに高揚を感じていた。かつて聖騎士に抱いていた気持ちと同じ……熱い想いが込みあがってくる。
偶然なのだろう、とは決め付けられない。
「何してんだ、ゲルマニア。早く地上に出よう。幸い、見張りの兵士は牢獄にいないみたいだ」
「あ、はい!……分かりました」
ゲルマニアはそそくさと立ち上がり、パンパンと服に付着した埃を払う。
……大人しく付いて行こうと、ゲルマニアは密かに決意した。
今日この時において、何かが変わるのだろうと期待を胸に――。
ゼノス達は戦いの舞台へと赴く。
地下の花園に座る始祖は、相も変わらず微動だにしない。
瞳を閉じ、祈るように胸に手を置く。天井からの光に照らされる彼女は、とても災厄の対象とは思えない。現世に迷い込んだ天使のようであった。
彼女はぶつぶつと何かを呟いている。
「……マルス、貴方はとんでもない罠をしかけたんだね」
これは誰でもない、単なる独り言。
しかし、まるで語り掛けるように言葉を紡ぐ。
「――ゼノス駄目。今の貴方じゃ、彼には敵わないよ」
始祖は苦しそうに言う。
そして彼女は、ある行動に出ることを決意した。




