ep17 牢屋にて(改稿版)
地下から上がり、地上へ出たかと思えばまた地下へと降りる。
騎士たちによって強制的に連れて行かれ、ゼノスは広大な地下牢屋へと送られることになった。
中央には大きな空洞が裂かれ、取り囲むように牢屋が幾多にも存在する。螺旋階段を降りる時、そこには手すりも何もないので肝が冷えるようだ。
途中、囚人たちのいる牢屋もちらほらと窺える。
牢屋はおよそ五、六人ほどを収容できるよう作られており、冷たい石造りの床と壁で構成されている。そこにありとあらゆる人間が閉じ込められている。
盗みを働いたであろう小汚い浮浪人、何の罪もなく捕まった町人、不貞の罪に問われた貴婦人などなど、色々な階級の人間が存在する。……中には、拷問を受けたであろうほぼ裸の男女もいる。
そういった者達は、執拗にゼノスへと助けを求めてくる。格子の隙間から手を出し、何でもしますから、お願いですからと――。
「うるせえぞ囚人共!罪人の分際でよくそんな戯言を吐けるな!それ以上騒ぐなら、皇帝陛下に直訴して処刑してやってもいいんだぞ!?」
ゼノスを連れている騎士がそう叫ぶと、囚人は途端に大人しくなる。
なるほど、やはりそういうことか。こういった拷問も、あのリカルドが積極的に推進しているのだろう。
「――おら、お前もとっとと歩け。こっちは暇じゃねえんだからよ」
「……あーはいはい」
怠そうに返事をしながら、ゼノスはまた螺旋階段を下りて行く。
ちなみにこの騎士、他の騎士とは違い緑色のマントを身に着けている。これは貴族側が採用したランドリオ騎士であり、いわゆる非正規のランドリオ騎士である。正規はもちろんランドリオ騎士団が採用した騎士のことを言うが、両者の仕事は殆ど変らない。
ただ貴族派の騎士は傍若無人な者が多く、しばしば問題を起こす連中だ。
この粗野な態度も、まさに貴族派の騎士らしい。
しばらく歩くと、ようやく自分の入る牢屋の前へとやって来た。
連れて来た騎士はにやけながら、牢屋のカギを開ける。
「さあ入りな。一人先客がいるから、せいぜい仲良くするんだな」
ゼノスを収容し、また鍵を閉めた騎士は嫌みたらしく言い残し、その場を去っていく。
もう一人の先客ねえ。
ゼノスは興味なさげにそう思いつつ、入口付近の床へと腰を下ろす。床は固く、そして居心地が悪い。更に照明が牢屋外の蝋燭だけということもあり、自然と不安感を呼び起こさせる。
けど、流石にそれだけで不安を得ることはない。
今は不安というよりも……驚きに満ちている。
「……おいおい、何であんたがいるんだよ」
「――貴方は」
暗い牢屋の奥に、その騎士姿の少女は座っていた。
少女とはもちろん――ゲルマニアだ。もう二度と会う事はないと思っていたが、まさかまた出会う事になるとは。
彼女は両膝を抱き、途方に暮れている。こちらを見つめる瞳も虚ろで、まるで数か月も監禁されているかのようだ。とても昨日のゲルマニアとは思えない。
……ゲルマニアは何かを言おうとするが、また口を紡いでしまう。
恐らくここに来た理由を聞きたかったのだろう。それはこちらも同じだが、まずはこちらから言うことにしよう。
「ちょっと立ち入り禁止の所に入っちゃってな。どうにも皇帝陛下の怒りを買ったらしくて、こうして牢屋行きだよ。……ゲルマニアはどうしてここに?」
「……私は独断行動を咎められ、牢屋に入れられたのです。ほら、貴方と一緒にシールカードを追った時の……」
「ああ、一週間前のか」
「はい。ですが当然のことだと思います。単独での行動は無謀だと分かっていましたし、軽率だと言われるのも仕方ないことですから」
沈みがちなまま、ゲルマニアははっきりとそう述べる。
騎士団側から言わせれば、確かにその行動は軽率だっただろう。シールカードとの戦いは危険を伴うし、最悪の場合は住民をも巻き込む。
彼等の立場からすれば至極当然な処罰であり、頑なに非難することはできない。
――だが、ゼノスは全てが間違っているとは思えない。
「……まあでも、そこまで落ち込むことはないんじゃないか?規範を守るのも大事だが、俺達は主君と国民を守る為に騎士をやってるんだ。あそこで俺達が止めなければ、あいつらは暴走していたかもしれない。違うか?」
「……ええ、まあ」
ゲルマニアは絞り出すように答える。
「なら気にすることはない、それを貫いて見せろ。騎士は正義を実行してこそ価値を宿す。ただ主君に媚びへつらうのではなく、刃を振るってその戦果を捧げるんだ。――少なくとも、俺達はそうしてきた」
現実味を帯びたその言葉に、ゲルマニアは呆気にとられた。彼から伝わる言葉の重みを理解し、しばし脳内に反芻させていた。
それは騎士団の規範には存在しない。
だが、何となく真理を得ているように感じる。
こうした言葉は、数々の修羅場を潜り抜けた騎士にしか語れない。ゲルマニアはそう確信し、同時にある思いが込みあがってくる。
見た目とは裏腹に、歴戦の騎士の風格を漂わせるこの青年に向けて――。
「…………貴方はもしや」
いやそんなはずはない。彼がここにいるはずがない。
――けど、どうしても想像してしまう。
もしやゼノスこそが……。
「――なんて、白銀の聖騎士ならそう言いそうだよなあ」
「……え?」
急に声のトーンを変えられ、ゲルマニアはつい間抜けな声を出してしまった。
そんなゲルマニアに苦笑し、ゼノスはおもむろに床へと寝転がる。
「悪いな、ちょっと奴の真似をしてみたんだ。……俺はこれから一寝入りするんで、ゲルマニアも今のうちに寝とくんだな」
ゼノスは意味深めいた言葉を言い残すが、言われたゲルマニアは意にも介さない。
「む、むぐぐ…………ゼ、ゼノス殿!!こら寝ないでください!ちゃんと反省しなさいーーーーい!!」
喧しいゲルマニアは放っておいて、ゼノスは目を閉じる。どうやら憧れの騎士の真似をされて怒っているらしいが……よもやその騎士がゼノスだとは思うまい。
どこか悪戯っぽく笑み、ゼノスは段々と意識の底へと沈んでいく。
――そして微かな頭痛を感じた。
……こんな時は大抵、嫌な夢しか見れない。
特に、あの夢をだ。