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白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
六章 帝国の眠り
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(第一週)ep8 剣豪の休日




 ゼノスは困り果てていた。それが何なのかは、もはや語るまでもないだろう。




 貧困街での用事を終えた頃には、既に黄金色の空が浮かんでいる。じきに日も暮れ、町は昼とはまた違った様相を表すだろう。



 往来の激しい商業区に戻ったゼノスは、呆けた様子でそう考えていた。



「……はあ、どうするかな」



 道に転がっている石ころを蹴りながら、今対面している問題に頭を悩ませていた。



 今まで順調にサインを貰ったはいいが、最後の六大将軍――ユスティアラの所在が掴めないままだ。本当ならば昼過ぎまでには終わらせたかったが……。



「こりゃ宿舎に帰って待つしかないか?」



 しかし、ユスティアラが今日宿舎に帰る保証はどこにもない。



 もしかしたらどこか遠出している可能性もあるし、今日どころか数日は帰ってこない可能性もある。



 せめて僅かな情報さえあれば……と、そう思った矢先だった。




 目前の人混みの中に、沢山の書物を担いでいる少女がいた。




 彼女は上手くバランスを保ちながら、山のように積まれている書物を両手で運んでいる。



 後ろ髪は短く刈られ、この群衆の中ではゼノス以上に異質な装いをしていた。――濃緑の軍服姿である。



 あんな恰好をする連中は、ランドリオ帝国において一部しかいない。



「ユスティアラ部隊の奴か……。しかもあいつ、どこかで見たよな」



 確か――キャリー・レミナと言ったか。



 魔王ルードアリアの件で牢獄都市アルギナスに行った時、常にユスティアラの傍に侍っていた女性騎士。とても特徴的だったので、ゼノスは今でも覚えている。



 あいつの後を付いて行けば、もしかしたらユスティアラの元へたどり着けるかもしれない。少々ストーカー紛いの行為ではあるが、この際背に腹は代えられない。




 意を決したゼノスは、何気ない態度で付いて行く事にした。




 別に隠れてまで尾行することはなかったか、と思いながらも、ゼノスは彼女を視界に捉えながら、商業区内にある細かな路地裏へと入る。



 大通りとは違い、ここら辺は珍しい店が目立つ。およそこの国にはない独特の商品が置かれており、各国の伝統文化を重んじたサービスを提供する店等々、滅多に見られない光景が広がっている。



 キャリーはその中を、慣れない様子でキョロキョロとしながら歩く。



 ――すると、彼女は一件の宿屋の前で足を止める。



 その宿屋は他の店よりも幾分か大きく作られており、古びた木造建築である。しかしランドリオ地域では絶対にお目に掛かれない造りであり、屋根には瓦が敷き詰められている。……これは向こうで言う、『数寄屋造り』というやつか。



 異世界の東洋世界によく見られるその建物の中に、彼女は消えて行った。



 勿論、ゼノスも後に続く。



 暖簾のかかった正面玄関をくぐると、紫色の着物を付けた仲居が丁重に出迎えてくれる。



「ようこそいらっしゃいました、お客様。お泊りでしょうか?」



「あ、いやその」



 しまった、どう言ったものか。



 既にキャリーの姿はなく、ゼノスはどう説得したものかと悩む。



 しかしゼノスが説明するよりも先に、仲居はハッとしたようにゼノスの顔を注視する。




「……もしや、聖騎士様でしょうか?」




「ああ、一応。――ここにユスティアラが滞在していないだろうか?」



 自然な流れで尋ねると、仲居は営業スマイルで答える。



「ユスティアラ……ああ、『天城 恋歌』様ですね。もし御用でしたら、ご案内致しましょうか?」



「頼む」



 そう言うと、仲居は「こちらになります」と丁寧に案内役を買って出てくれた。



 ……そう言えば、ユスティアラの本名は天城 恋歌だったな。



 ユスティアラという名は騎士団に入った当初に貰った名であり、彼女の本名は東の国独特のものである。異世界では『日本人』が好んで付けていた名であるが……何か関係性があるのだろうか。



 まあいい。



 そんな事を考えている内に、仲居に案内されたのは、二階にあるとある部屋の前である。



 仲居はその場に正座し、襖の先へと語り掛ける。



「天城様、お客様がお見えです」



『――通してくれ』



 中からユスティアラの声が聞こえる。



 仲居はその声に応じ、正座した状態で襖をゆっくりと開ける。



 襖の先には、異世界で嫌というほど見た和式の部屋が広がっていた。全ての床が畳というもので覆われており、所々に和を重んじる調度品が置かれている。生け花や掛け軸、更にテーブルの上には湯呑や急須などが置かれている。まさに和風だ。



 窓には障子が張られており、その前に――ユスティアラはゆったりとした着物姿で鎮座していた。



 その手には巻物が握られており、彼女は読書に耽っていたようである。



「え、ええ!?な、何で聖騎士様がッ!!」



 と、ユスティアラの傍で座っていたキャリーが、開口一番にそう叫ぶ。



 まあ、急に来たら驚くだろうな。



「ああ悪い、実はお前を付けていたもので……申し訳ない」



「そ、それはいいですけど……って、何してんですか!」



 ごめんごめんと謝りながらも、ゼノスはユスティアラの方に目を向ける。



 彼女は書物の文字から目を離し、いつもの鋭い瞳をゼノスに向けてくる。



「話があるのだろう?そこでは話しづらい、向かいに座るがいい」



「そうさせてもらおうか」



 ゼノスはそう言って、ユスティアラと相対する位置にある座椅子に座り、勝手に湯呑にお茶を入れる。普通の者がやれば彼女達に怒られるかもしれないが、相手が聖騎士であるのならば結構なようである。



「そういえば、あんたがゆっくりしている所は初めて見たな」



「……そうだったか?」



「ああ。何で、てっきり今日も仕事をしていたのかと思ってな」



「ふむ、本当ならばそのはずだった。だがそこにいるキャリーに休めと言われてな……部下の強化訓練は、帝国の眠り後にする事にした」



 珍しくも、彼女は疲労のこもった表情で答える。その様子を見て、キャリーが休めと言った理由が分かった気がする。



 まあ無理もない。先日は遠いパステノンにまで赴き、激務をこなしてきたのだ。その直後に訓練を行えるとしたら、そいつはもう本物の化け物だろう。



「んで、その休息場所をここにしたわけか」



「然り。ここの女将は我が祖国の出身でな。部屋や料理も全て馴染みが深い。キャリーが偶然にも見つけたらしいが……本当、懐かしい限りだ」



 ユスティアラは微かに笑った。



 彼女の故郷は、確かここから遥か東の島国だと聞いた覚えがある。ここから船で一ヶ月は要するであろう場所だ。



 そんな距離だからこそ、滅多に帰れないのは明白である。普段は自分の感情を表に出さないユスティアラだが、やはり故郷が恋しかったのかもしれない。



「――して、要件とは何だ」



「それなんだが」



 湯気の立つ緑茶を一啜りした後、ゼノスは率直に事情を説明する。



 サインについて一通り話すと、彼女は快諾してくれた。



「何だ、そんな事か。貴様も相変わらず苦労人だな」



 無愛想な表情のままテーブルに置かれた硯を手に取り、水を入れて墨を擦り始める。



 ……そして液状化した墨に筆先を入れ、墨がついた状態の筆でサイン書に記す。



 その様子をぼんやりと見ていると、ずっとこちらを凝視していたキャリーが声をかけてくる。




「……ゼノス様も、お元気がないですね」




「え、そうか?」



 確かにそこら中を歩き回って疲れているが、それが顔に出ていたのだろうか。



「――キャリーの言う通り、私にもそう見える」



 サインを書き終えたユスティアラは、筆を置きながら静かに言い放つ。



 彼女は改めて窓辺に寄り掛かり、その切れ長な瞳をぶつけてくる。常人ならば、それだけで委縮してしまうだろう。



 まるで全てを見透かすようにジッと見つめながら、彼女は言葉を続ける。




「よもや、まだ気にしているのか。あの面妖な女が放った一言を」




「……」



 面妖な女とは、恐らくジスカの事だろう。



 ユスティアラはあの場に居合わせていた為、ゼノスに突き付けられた言葉を全て知っている。




『――聖騎士ゼノス、貴方はあまりにも歴代に頼りすぎている。だからこそ弱い。聖騎士流剣術は万能じゃない事を、よく知っておくことね』




 精一杯の哀れみを込めて、ジスカはそう断言した。



 それは事実である。ゼノスが最強たらしめる所以は、まさに歴代聖騎士の軌跡を辿ったからこそ培われたものでもある。



 常に聖騎士という宿命を背負い、彼等の背中を追い続けてきた。だからこそジスカは、そんな自分を弱いと評したのだろう。



 白銀の聖騎士は最強を謳ったが、それでも尚、始祖という存在は生まれてしまった。一万年以上も禍根を残してしまった。そんな過ちを犯した歴代聖騎士達を越えられないようでは、到底ジスカ達には勝てない。



 ……そしてアルバートが言ったように、これからはジスカと同等の強さを誇る敵も現れるはずだ。



 そんな時、自分は果たして勝てるのか?



 ゼノスはゲルマニアの件だけでなく、その点についても不安を感じている。



 ユスティアラはその様子を鋭く察知したのか。



「……私も同じ気持ちだよ、聖騎士。己が信じる天千羅流刀術、その免許皆伝者ではあるが、未だ『更なる向こう』へと辿り着いていない」



 ユスティアラは拳に力を込め、悔しそうに、しかし淡々と呟く。



「『更なる向こう』を築けば、私はもっと強くなれる。歴代の誰よりも強く、歴代が勝てなかった相手にも勝利できる。――だからこそ私は、自分なりの天千羅刀術を見出そうとしている」



 その夢がいつ実現されるかは分からない。



 それでも彼女は、今でも模索し続けている。ゼノスと同じように、長い歴史を塗り替えようとしている。



 しかし、ゼノスはある疑問を抱く。



 自分は聖騎士の宿命を終わらせ、始祖を倒す為に強くなりたい。




 ならユスティアラは――何の為に強くなりたいのか?




 こうして身近にいながらも、ゼノスは彼女の最強でありたい理由を全く理解することが出来ない。



「――ふっ、まあ今は深く気にせぬことだ。いずれ強者と出くわせば、何らかの糸口が見えてくるだろう」



 ふいに緊張感を解き、ユスティアラはまた巻物の方に目をくれる。



「さあ、これで用は済んだろう?私は一週間ほど、ここに滞在している。また何かあれば、ここを尋ねて来るがいい」



「あ、ああ」



 真意の読めないユスティアラに疑問を覚えつつも、ゼノスは退出した。



 ――とにもかくにも、これでサインは全部揃った。



 後はこれをフィールドに渡せば良し、と。




 ゼノスはサイン書を紐で束ね、ハルディロイ城へと歩み始めた。








 ……勿論、ゲルマニアが必死にゼノスを探し回っている事は全く分かっていないのであった。










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