ep15 戦友との再会(改稿版)
模擬試合の会場から離れ、ゼノスは騎士団詰所の傍にあるベンチで一息つくことにした。
緑が多く、何よりもここは人気が少ない。昔はよく休憩に使った思い出の場所でもある。どうやら今でも変わっていないようで、朝にも関わらずひとっ子一人見当たらない。
しかし、それは好都合だ。
ゼノスはぼうっとしながら、目の前の柵の先に広がる城下町を見据える。ハルディロイ城は城下町を見下ろせる場所へと建造されており、ここはそれを実感できる位置である。
気分も安らぐし、心地良い風によって開放感にも満たされる。
このまま陽の光に当たり、まどろみながら寝たい所だが――
悲しいことに、『彼等』の対処をしなければならないようだ。
彼等――イルディエとアルバートは無言のままゼノスの眼前へと佇み、こちらを直視している。
複雑な思いを巡らせているのだろうか。その顔は曇っていて、向こうから話し掛けようとはしなかった。何の為に来たんだと言ってやりたくなるが、それでは旧知の戦友に失礼だろう。
深く嘆息し、不機嫌そうにゼノスは告げる。
「……二年ぶりだな、二人共。元気だったか?」
ゼノスが問いかけても、イルディエとアルバートは答えない。
と、そこでイルディエの瞳から涙が零れ落ちる。
ゼノスの座る前で崩れ落ち、両手で顔を覆いながら……盛大に泣き始めた。
「良かった。本当に…………本当に無事で良かった!」
「…………おいイルディエ」
ゼノスはバツが悪そうに俯く。まさかここまで号泣されるとは思わなかったからだ。
まあそれは昔ながらの付き合い故か、至極当然の反応なのだろう……と、ゼノスはそう一人で納得するしかなかった。
あの戦いから行方をくらませば、死んだと思われても仕方ない。
感情豊かな彼女は、今度は怒ったようにゼノスを見上げてくる。
「今までどこにいたの?なんで私達にさえ行方を伝えてくれなかったの?私とアルバートは、今までずっと貴方を心配してたのよ!?」
言いたい事を盛大に言い放ちながら、ゼノスをキッと睨みつける。
「……落ち着けって」
「落ち着けるわけない!」
イルディエは泣きながら叫ぶ。
今まで溜めていた想いを爆発させたかのような勢いに、ゼノスは反論する言葉が思いつかない。
このままでは埒が明かないと思い、今度は冷静に見つめるアルバートへと目を向ける。
……怒っているようには見えない。が、彼には計り知れない程の借りを作っている。罪悪感に呑まれながら、ゼノスは戦々恐々としながら尋ねる。
「……アルバート、あんたも怒ってる…よな」
「いや、怒ってはおらんわい。正直な話、お前と似たような経験もしておるしな」
散々罵倒されるかと思いきや、アルバートは溜息をつきながら述べる。
その言葉を聞いて、ゼノスは一瞬だけ放心する。『戦場の鬼』と称されるだけあって、彼はどの戦場でも鬼神のように戦果を上げている。しかし、アルバートにもそんな経験があったとは……。
「意外だな」
「当たり前じゃよ、小僧。一体何十年生きてると思う?……まあいいわい。とにもかくにも、こうして再会したんじゃ。事情くらいは聞かせてもらってもいいじゃろ?」
逃がさないぞ、と言うようにアルバートがゼノスの肩を掴んできた。
――面倒だが、ここで話さなければ更に面倒なことが起きるだろう。
後悔の念に駆られつつ、ゼノスはこれまでの経緯を余す事なく説明した。この二人は六大将軍の中でも信用に値するので、多少気兼ねなく話せた。
だが経緯とはいうが、ゼノスの送ってきた二年間は何もないと言ってもいい。
シルヴェリア騎士団に入団し、ランドリオ大陸を離れて他大陸を回っていたとしか言いようがない。
二年間も剣を持たず、何の目的もないまま騎士団と一緒に放浪してきたと言うと、二人は半ば呆然しながら反応する。
「……一度も剣を振るってないなんて」
「儂もそう思いたいところじゃ」
マイナス面で評価されてしまったゼノスだが、さほど気にはしなかった。
確かにあの頃と比べて外見どころか、内面までも変わったのは確かである。自分から否定することは出来ないし、まさにその通りだと思う。
二人の落胆に機会を得たと感じたのか、ゼノスはあくびをしながら言い放つ。
「さ、もういいだろ?今の俺に何を言ったって通用しないからな。――六大将軍に戻れって言われても、聞く耳は持たない」
あらかじめ釘を刺す事で、ゼノスはこれ以上二人に話させないようにする。
案の定、イルディエは戸惑ったようにしどろもどろとなる。
「……それは」
「第一、俺にはもう戦う意欲がない。誰が来ようと、もうあの頃みたいに戦える自信はないんだよ」
ゼノスは断固とした口調で言い切る。
だがそれは、果たして本当なのか?自分で言い切ったにも関わらず、ゼノスは心のどこかでそう自分に問いかけてきた。
なら何で、この前現われたシールカードと刃を交えた?もし本当に腑抜けたとしたら、そのような行動には出ないはずだ。
何故?どうして?――あの時の行動は、今のゼノスの主張と大きく矛盾している。
結局自分は何がしたい?どう生きていきたい?
怠惰な人生か?それとも――聖騎士として戦い続ける、あの輝かしい人生か?
思考が態度に出たのか、ゼノスは前かがみになり、暗い表情のまま俯く。
「……悩んでおるようじゃな、小僧」
それに対し、アルバートは静かに言う。
「小僧の言うそれは、儂からすれば現実逃避しているようにしか見えん。……いや、正確には悩んでいる者の言葉、と言うべきかの。どちらにせよ、それが本音ではないということは理解できる」
ゼノスは指摘されて、自重めいた笑みを浮かべる。
――そう、今のゼノスは悩んでいる。
怠け者ゼノスと、聖騎士ゼノス。一体どちらの人生を歩めば、真に納得できるのか?
アルバートの発言は、ゼノスにとって一番知りたくない事実だった。
弱い、弱すぎる。自分はここまで弱いのかと……そう感じさせてくれる言葉だからだ。
「…………そうかもな。あれ以来、剣を握ろうとすると震えが止まらない。――あの怪物の言葉が、今でも思い出される」
怪物、またの名を――始祖のカード。
ゼノスの人生の中で、あそこまで強力にして凶悪な者を見た覚えがない。
数多の奥義を、絶技を、秘術を惜しみなく発揮し尽くしても倒れることなく、ゼノスと死闘を繰り広げていた。
あれは――存在してはいけないモノだ。
どんな神獣よりも、いかなるシールカードよりも強大で、そして凶悪なる魔物だ。
ゼノスにとってあの戦場で失った物は大きい。
地位、名誉、信頼――戦える自信。自分にとって存在意義でもあった称号が、あの事件のせいで全て消え失せた。何年もかけて築き上げたものが……全て。
それ故に、ゼノスは思う。
「――もう、疲れたんだよ。俺は」
旧知の戦友にまた本音を漏らす。……紛れもない、聖騎士本人の言葉で。
その聖騎士としての人生が、とてつもなく自身を疲弊させている。英雄と謳われているが、それは守られたから言える言葉である。途端に守られなければ……彼等は一様に態度を変える。
――ランドリオの面汚し。
どこか遠くの国にいた時、ゼノスが耳にした聖騎士への評価。
正しい答えだ。自分は非難を恐れるあまり、将軍という責任から逃れるために行方をくらましたのだ。誰が見たって、将軍として最悪な行為であろう。
……だから自分は、もうこの国にいる資格さえないのだ。
「……ほら、呆れただろ?だからもうッ!ほうっておいてくれ!!」
途端に放たれる、心からの叫びが周辺に響き渡る。
しばしの沈黙。
きっと驚き呆れているのだろう。
「……ほうっておくわけないでしょ」
「うむ、儂もじゃ」
――え
一瞬、何を言ったのか理解出来ずにいた。
ふと我に返り、今度はゼノスが問いかけた。
「ど、どういうことだ?」
「どうも何も、言葉通りの意味よ。――もしかして、その程度で引くとでも思った?」
「……え?」
今までは人として認識されなかったのか、と不機嫌気味にゼノスは思った。が、ここでそれを言っても仕方ないだろう。
イルディエは気にもせず、さらに言った。
「ゼノス――それは人として当然の感情よ。そんな事で、私達は失望したりはしない。逆に、この人は強くても人間として生きているんだと思えて嬉しいわ」
「………………イルディエ、お前」
呆気に囚われ、ゼノスはしばし沈黙した。
そして沸き起こったのは――安堵の気持ち。自分を擁護する人がいると知り、本能的に発していた緊張が和らいだ気がした。
「そう、イルディエの言う通りじゃ。失敗は誰にでもある。じゃがそこで立ち直らねばいかん。……小僧にまだ戦う気持ちがあるのならばのう」
「アルバート……けど俺は」
「分かっておる、まだそこまで踏ん切りがついておらんのだろう?だったらこの際、『あやつ』に会ってみるというのはどうじゃろう?」
「――ッ」
それが誰を示すか。ゼノスは即座に理解した。
思いもよらぬ提案だが、ゼノスは少し考えた後、アルバートの意味深な提案に応じることにした。
「……分かった。どちらにせよ、奴には聞きたいことが色々ある。まだこの城の地下にいるんだよな?」
「もちろんじゃ。地下に続く扉は儂が開ける。ああそれと、イルディエはこのまま会場に戻れ。流石に二人の六大将軍がいないというのも怪しまれるじゃろう」
イルディエは「そうね」とだけ呟き、彼女だけがその場を離れる。
「ゼノス……気を付けてね」
彼女はそれだけ言い放ち、二人から遠ざかっていく。イルディエも状況を把握していたのか、心配そうな視線をゼノスに向けていた。
そんな大げさな……とは口が裂けても言えない。
これから向かう先は、まさに生きた心地がしない場所だからだ。
「さ、行くぞ小僧。――腰を抜かすなよ」
「分かってる」
アルバートから感じられる異様な緊迫感に触発され、ゼノスも神妙に頷く。
どんな状況でも冷静な表情で対応するアルバートが、ここまで恐れている。
――戦場の鬼も恐れるその場所へと、二人は歩み始めた。