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白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
六章 帝国の眠り
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(第一週)ep6 若き貴族と見捨てられた地区



 イルディエとジハード本人のサイン書をジハードに受け渡した後、ゼノスはまたある目的の場所へと歩いて行く。




 商業区を離れ、下り坂の中央道を下っていく。商業区から一転して人の流れが少なくなり、露店の数もそれほど多くない。巷では『大規模な住宅区』と呼ばれており、商業区のように活気的な雰囲気はない。



 だがランドリオ帝国首都、ハルディロイの人口約三割がここに集中しているらしい。妙に密集住宅が広がっており、何だか狭苦しさを感じる場所だ。



「……ふう」



 ゼノスは静かな通りで足を止め、おもむろにポケットから紙を取り出す。



 そこには目的の場所への案内が記されている。実はさきほど、ジハードから貰ったものでもある。



 たまたま偶然だったらしいが、ジハードは休みに入る前、ホフマンから予定を聞き出していたらしい。



 ホフマンは地図の示す先にいるらしく、丁度今の時間帯にいるんじゃないかとジハードは言っていた。



 詳しい経緯は知らないが、ジハード曰く、その情報に間違いはないという。



『まあ俺もどういった経緯で向かうかは分からねえがな。……けどあいつ、何だか寂しそうな顔してたぜ』



 と、ジハードはこう述べていた。



「……」



 何だか引っ掛かるものを覚えつつ、ゼノスはまた歩き始める。



 静かな通りを超えていくと、途端に周囲の景色が変容する。小奇麗だった舗装路は所々剥がれ、両脇の家屋には人の住む気配がない。




 ――それどころか、ここには一人も人間がいなかった。




 快晴の空にはそぐわない陰鬱とした雰囲気。空気も重く、風によって家が軋む音が妙に目立つ。



 だが異様なのはそれだけではない。



 ……至る所に、墓標が立っているのだ。



 墓標と言っても、通常の石造りのものではない。流木のように朽ちた板切れを十字にし、ただ地面に突き刺さっているだけである。



 これが意味するところとは――?



 残念ながら、ゼノスには理解できなかった。



 ここがハルディロイの中で唯一の貧困街だというのは分かっていたが、ここまで人がいなかっただろうか?……否、きっと自分がいなかった二年間の間で何かが起こったのだろう。



 ゼノスは生唾を飲みながら、更に奥へと進む。



 すると、ようやく開けた場所へと辿り着いた。



 家屋の残骸がひしめき合い、その瓦礫の上に築かれた……墓標の山へと。



「何だこれは……」



 顔をしかめながら、ゼノスは素直な気持ちを口にする。



 目を覆いたくなるほど凄惨な光景が、そこにあったのだ。




「――見ての通り、墓の山でございますよ。聖騎士殿」




 背後から聞き慣れた声を聞き、ゼノスは後ろを振り向く。



 そこには案の定ホフマンが佇んでいたが、いつもの上質なコートではない、簡素な白シャツに身を包んでいた。両手には色とりどりの花束を抱え、ゼノスに向けていつもの笑みを見せてくる。



 しかしその笑顔は、どことなく儚い。



「墓の山って、ここに死体が埋まっているのか?」



「ええ、とどのつまりそういうことです。ですがご安心を。遺体は全て遺灰にしてありますから」



 そう言って、ホフマンはゆったりとした足取りで進んでいく。



 墓の山を登り、その頂点に位置する十字架の前までやって来て、彼は持っていた花束を置く。



 後を付いて来たゼノスは、若干躊躇しつつも尋ねる。



「……知り合いか?」



「……知り合いも何も、私の妻の墓です」



 それを聞いて、ゼノスは瞠目した。



 ああそうだ。ホフマンの年齢からすれば、既に妻がいてもおかしくない。



 だが何故こんな所に……?



 その疑問に答えるかの如く、ホフマンが独り言のように語る。



「聖騎士殿。実はこのホフマン、元々はこの貧困地区の出身だったのですよ。今でこそ貴族の地位にいますが……昔はとても貧しかった。日々のパンを得るのも難しくて、夢も希望もない生活でした」



 ホフマンは快晴の空を見仰ぎ、懐かしむように呟く。



 一方のゼノスは、その事実に対し驚くことはなかった。



 ホフマンが平民出だというのは周知の事実だし、この貧困街が生活困窮者の溜まり場だということも知っている。よくこんな場所で育ち、今の地位を獲得したなと思うが……まあそこは才能の問題だろう。



「――だからこそ、私はいつも求めていた。いつかこのランドリオの六大将軍となり、政治的・経済的な面からこの地区を救っていこうと。そうして私は貴族御用達のカジノへと赴き、一生懸命自分の存在を誇示してきたのです」



 そして彼はとある大貴族の目にとまり、その才能を買われて貴族の位を手に入れた。平民出という理由で当初は批判を浴びていたが、ホフマンはその連中全てをあっという間に黙らせてきた。



「私は大貴族となり、今度は皇帝リカルドの目にとまった。六大将軍の地位を手に入れ、この手で政治をも操れる存在になった。ようやくあの街を救うことが出来る。――あれはまさに、そう思った矢先でしたね」



 飄々とした態度とは違う、怒りを抑えるかのように拳を握り締める。



「……聖騎士殿が不在の間、あの街の住民はリカルドの重税に大きく反対し、挙句の果てには商業区で大規模デモを行いました。流石に経済にも影響が出て、遂にリカルドは――あの街を駆逐する作戦に出たのです」



 こうして打ち出されたのが、『民族統一紛争』である。



 響きの良い作戦名とは裏腹に、その内容は酷いものだ。



 元々貧困街の大半は、ランドリオで稼ごうと海外からやって来た労働移民者たちである。肌の違いや言語の違いも目立ち、かくいうホフマンも外国出身である。



 多民族国家は多くの弊害を生み、対立の原因にも繋がる。彼等を国外へと追放する必要があり、強制退去させるのが道理である。当時の駆逐作戦を指揮した貴族は、こう述べたのだ。



 ……が、それは便宜上の方法。



 実際あの街で行われたのは――虐殺だ。



 貴族派のランドリオ騎士たちはその内容を受け入れ、六大将軍に報告せず、皇帝直属の命令で虐殺を行ったのである。



「……死体は酷いものでしたよ。何の恨みがあったのか、貴族派の騎士共はあらゆる残虐な方法で殺したそうです」



「大体想像できるな。今でこそ貴族派の騎士は大人しいが、奴等の思想は常軌を逸している」



 同じランドリオ国民であっても、貧富の違いという理由だけでいとも容易く殺すことが出来る。騎士道の風上にも置けない、最低な連中である。



 当時のホフマンが虐殺を知ったのは、事後だったらしい。虐殺が繰り広げられたその翌日、彼はその目で凄惨な現場を見たという。



 そしてその死体の山の中に――昨日からいなかった妻を発見した。



「私の妻もこの貧困地区の出身でした。どこかから情報をいち早く知り、貧困地区を救おうと向かったのでしょう。……ですが、結果がこれですよ。妻は貧困地区の住民と同じく、残虐な方法で殺されてしまいました」



「……」



 それがホフマンの物語。



 このランドリオで起きた事件の、哀れな被害者である。



「……今も恨んでいるか?この街を救わなかった皇帝と貴族を」



「ふふ、とんでもない。街を救えなかったのは私の責任ですし、特に今のアリーチェ様とは全く関係のない話です。リカルドが死に、貴族の連中が大人しくなっただけでも、私達の無念は晴れたようなものです」



 ――なので、ホフマンはこれからも尽くして行こうと思う。



 悲劇がこれ以上繰り返されぬよう、最高の仲間達と共に……。



「だからご安心を。ここで起きた事件は既に終わっています。今の私は、復讐に囚われてはおりません。――死んだ妻と友人が悲しまないように、ね」



 ホフマンが少しだけ悲しそうに、だけどそれを隠そうと必死に笑みを作る。



 未だ払拭できていないのだろう。それは当然の話だ。大切だった者が、特に自分の愛する妻が死んだのなら、尚更心に響いているだろう。



 だけど悲しんでいるだけでは駄目だ。



 前に進む、とことん進む。



 今の彼からは、そういったヤケクソにも似た行動をとっているようにも見える。



「……そうか」



 ゼノスは軽く笑みを返し、そう答える。――いや、そう答えるしかなかった。



 自分は今までホフマンを見くびっていたようだ。彼はいつも飄々としていたが、その裏には暗い過去が潜んでいた。



 ゼノス達と同じく、彼もまた苦しみを味わってきた者。



 ……これ以上、彼の過去には触れない方がいいだろう。




「――そういえば聖騎士殿、貴方は何故こんな所に?それともこの私に何か用で?」




 この話は終わりと言うばかりに、ホフマンは急に話を変えてくる。



 ゼノスとしても有り難い配慮であった。



「ああ、ちょっと書いて欲しいものがあってな。ここで大丈夫か?」



「ええ構いませんとも。あちらに打ち棄てられた物ですが、小さなテーブルがあります。そこで書きましょう」



 そう言って、二人はそう遠くない場所にあるテーブルへと向かい、ホフマンにサインを書いて貰った。



 これでサインは五つ……残るはユスティアラだけか。



 ここまで順調に六大将軍を発見してきたが、彼女の行方だけが全く分かっていない。果たして今日中に見つかるか……。



 段々と気が重くなるのを感じるが、ゼノスは深呼吸することで気を紛らわせる。



「……よしオッケーだな。わざわざすまない、ホフマン」



「いえいえとんでもない!これも他ならぬ聖騎士殿の頼み!お安いごようでございますよ」



 彼は大仰に会釈する。それがとんでもなくキザったらしいが……まあ今回だけは何も言わないでおこう。



 ゼノスは片手だけ上げ、別れを告げようとする。



 ――が。




「あ、それと聖騎士殿。貴方の部下、ゲルマニアについてなのですが」




「……ゲルマニア?」



 突然彼女の話題を触れられ、一瞬心臓が跳ね上がる。



 いやそもそも、ホフマンはゲルマニアのことも知っていたのか。



 そんなゼノスの戸惑いを気にも咎めず、ホフマンはまた真剣な表情で行ってくる。




「――すぐに仲直りした方が宜しいですよ?私のように、既に手遅れとなる前に」




「え」



 身構えるゼノスを見て、ホフマンは悪戯っぽくはにかむ。



「おっと失礼。少々小耳に挟んだものでして。……今は安全ですが、それがずっととは限らない。……この状態が長続きして、いずれどっちかが死んでしまった時、恐らくどっちかが悲しみに包まれることでしょう。そうなる前に……わだかまりは無くした方がいい」



 あとはお判りでしょう?そう言わんとばかりに、こちらをジッと見つめてくる。

 ……確かに彼の言う通りだ。



 この状況は、お互いにとって良いものではない。ちゃんと仲直りし、彼女の気持ちを理解してあげなければならない。



 朴念仁のゼノスでも、それぐらいは考えられる。



「……ああ、もちろん」



 叶うならば、今日中にでも。





 ゼノスはゲルマニアと話し合おうと、堅く心に誓った。







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