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白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
六章 帝国の眠り
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(第一週)ep5 アリーチェとの会話



 イルディエによる余興も終わり、舞踏コンテストは幾許か穏やかさを取り戻した。




 彼女の踊りがあまりにも凄まじかったのか、その後のダンサーは何となく味気ない。確かに見ていて面白いが、際立つものがないのだ。



 静かな曲調とともに、やがてダンサーの踊りもゆったりとしたものに変わる。



 頃合いと見たのか、アリーチェはようやく舞台から目を離す。ゼノスもそれに倣い、彼女の顔を窺う。



 ああちなみに、ラヤは既にここにはいない。



 先程フィールドが訪れ、他の仕事があるから来てくれと頼んできたからだ。書類の件が残っているとラヤは反抗したが、ゼノスが代わりに受け持つと言うと、彼女は渋々ハルディロイ城へ帰投したわけだ。



 結局ゼノスは六大将軍全員に会わなければならないが、彼等とは色々と話したいことがある。その点に関しては不満も何もない。



 というわけで、今はゼノスとアリーチェの二人だけなのである。




「――そういえば」




 最初に口火を切ったのはアリーチェだ。



 一つにまとめ上げた髪を揺らし、顔を若干横に傾けながら告げる。その表情は満面の笑みに包まれていた。



「こうやってお二人で話すのは久し振りですね」



「そう言われるとそうですね。ヴァルディカ離宮の一件以降、私もアリーチェ様も忙しかったですし」



 円卓会議や幾つかの場面で会話はしてきたが、それも全部事務的なものだ。私情を挟んだ会話は、確かにヴァルディカ以降はなかった。



 が、意図的に話しかけようとしなかった面もある。



 それは何故か?



 歯切れの悪いゼノスを見て、アリーチェは苦笑しながら問いかける。



「……まだ気にかけているのですか?エリーザによって自我を失い、私の敵になっていたことを」



「……ええ」



 ゼノスは俯きながら答える。



「あれは仕方ないですよ。――亡霊のギャンブラー、エリーザ。あそこまで恐ろしい存在とは誰も想像できませんでしたから」



「しかし!奴に操られていたのは紛れもない事実!……これでは騎士として失格です」



「……ゼノス」



 アリーチェは更に言葉を紡ごうとしたが、やがてそれを諦める。



 だが何を思ったのか、アリーチェはゼノスへと身を寄せて来て、身体と身体が触れ合う位置にまでやってくる。



 フローラルな香水の匂いが鼻孔をくすぐり、彼女の細く柔らかそうな手がゼノスの手の上へと置かれる。




 傍から見れば――まるで求愛し合っているカップルのようだ。




「恥じる必要はありません、ゼノス。貴方はあれから、何度も何度も私を救ってくれたじゃないですか。今更気を負う必要はありませんよ」



「あ、有難うございます。ですが、その」



 ゼノスは顔を真っ赤にさせ、周囲の様子を窺う。



 おかしい。さっきまで活気に満ちていたのに、急に周りが静かになっている。

よく見れば皆の視線がこちらに集まっており、ゼノス達の行方を見届けている。



 そして、聞きたくなかったさざわめき声も。





「ねえ、あれって……」「ああ、聖騎士様とアリーチェ様だよ」「何で二人きりで」「鈍いわねえ、察しなさいよ」「まさか、あの二人が?」「み、見て!うぅ……何だかこっちが恥ずかしくなってきちゃった」「キスするか?するのか?」「だとしたら、皇帝の婿さまが決まったな」





 なんていう声が、あちらこちらから聞こえてくる。



 終いにはカルナたちがハンカチを噛み締めながらこちらを睨みつけ、待機場にいるイルディエもジト目でこちらを見つめてくる。



 まずい。



 ゼノスは急いでアリーチェの手を引き剥がす。



「ゼノス?どうしたのですか?」 



 アリーチェは本当に分からないのか、首を傾げながら問う。



 ……全部説明するのは面倒だ。ゼノスはその問いに答えようとはせず、はぐらかすように言葉を紡ぐ。多分、今自分の顔は真っ赤に染まっているのだろう。



「と、とにかく!お許し頂き感謝します。皇帝陛下が直々に許して下さる以上、私もこれ以上は悩まないようにします」



「ふふ、良かったです。――それでは、ようやく本題のほうに入れますね」



「本題?」



 彼女は「はい」とだけ答え、スカートのポケットから規則正しく折りたたまれた紙を取り出す。



 それを開いた状態で、ゼノスに差し出した。



「……調印書?」



「はい、これは先日パステノン王国側に送り出し、返って来たもののレプリカです。最初は拒まれるかと心配しましたが……ジーハイルという新しい君主は穏健派のようですね。快く調印してくれました」



 ――なるほど、和平条約の締結ということか。



 こう言ってはなんだが、昔からランドリオ帝国とパステノン王国は不仲の関係にあった。お互い大国という事もあり、過去数度に渡って覇権争いがあったほどである。



 だがそれは過去の話。



 今回の件において、徐々にではあるが解消していくであろう。



 ゼノスは居住まいを正し、羊皮紙に書かれた文章を一読する。



 『和平条約』というタイトルから始まり、その下には幾つかの和平条件が事細かに書かれている。政治的・経済的・宗教的・あらゆる側面に関する改善方針のようだが……。



 淡々と読み進め…………そこで、とある文面に視線を落とす。



 

『和平条約第十四条――パステノン王国は周辺植民地国の支配を解くものとし、あらゆる面において干渉することを禁ずる』




 ――植民地の解放。



 ゼノスは食い入るように、その一文を凝視する。



「……ゼノス、その第十四条はあらゆる植民地の解放に繋がります。当然のことながら、貴方の故郷――グラナーデ王国も。これからは自由に行くことができます」



「……そう、ですか」



 何故だろうか。不思議と嬉しいという思いが湧かない。



 短い期間ではあったが、グラナーデ王国は紛れもないゼノスの故郷である。ゼノスの根底はあそこから生まれ、培われてきたのだ。



 ……そして、初めて大切なものが出来た場所でもある。



 ドルガ、コレット、そしてガイア。その他にも多くの人々が、ゼノスを大切に育ててくれた。



 ――なのに何故。



 どうして心の底から喜べないのだろうか。



「あの、ゼノス?」



 ふと、アリーチェが心配そうに呟いてくる。



 半ば呆然としていた自覚もあり、ゼノスはすぐさま謝る。



「ああすいません。……そうですね、暇が出来たらグラナーデ王国に行ってみますよ」



「ええ、その方が宜しいかと」



 アリーチェは理解したのか、様々な思いに駆られながらも答える。



 ……暇が出来たら、か。



 果たしてそんな余裕が生まれるのだろうか。今は確かに暇ではあるが、グラナーデ城のある島に行くには、ここからだと約一ヶ月は要する。当然ながらこの長期休暇だけでは向かうだけで終わってしまう。



 ――それに。





 嫌が応でも行く機会がある、そんな気がするのだ。





 ふいに周りを見渡すと、観客の数が多くなっているようだ。酒場スペースも混雑し、この様子だと出口まで行けないほどの量になるだろう。



 他の六大将軍にも会わなければいけない故、そろそろ公園から出た方が良さそうだ。



 ――だが



「まいったな、イルディエのサインも貰わなきゃいけないのに」



 控え場所に待機するイルディエを見る限り、彼女はこの後も踊らきゃいけないようだ。観客が増えたのもそのせいかと思ったが、それに関しては不明である。



 ゼノスがこめかみを抑えていると、アリーチェがおずおずと手を上げてくる。



「……あの、もし宜しければ私が後でサインを頂きましょうか?」



「ああいえ、流石にアリーチェ様に頼むわけにはいきませんよ。それに、これから酒場も忙しくなるんじゃないですか?」



「う……そうでしたね」



 彼女はハッとしたように目を見開き、やがて項垂れる様にテーブルへと突っ伏す。よほど酒場の仕事が大変なのだろう。



 では一体どうしたものか。



 断ったのはいいが、今の所誰も仕事を頼めそうな者はいない。



 …………。



 いや。



 いた。



 しかしあまりにも予想外な光景に、ゼノスは唖然とする結果になったが。





「あ!ドラゴンちゃんだ!お~い、こっちにビール頂戴~!」

『おうよ!ちょっと待ってな!』

「ミニ竜こっちにもワイン頼むよ~」

『まあ待て待て、もうちょいしたら行くかんな!』





 と、客の注文を聞いているのは……一匹の黒いドラゴンだ。



 黒光りした鱗に、鋭利な牙。ここまで言えば凶悪な存在だと思われるが、実際は全然違う。サイズは小型のペットと同じぐらいで、背中にある小さな羽をパタパタとさせながら飛び回っている。



 だがそんな野生じみた身体とは裏腹に、腹と背を隠すように緑と赤いラインの入った腰巻を装着している。これはサザリアの酒場のシンボルにもなっている旗と似ている。



 ――つまり。




 このドラゴンは、店の従業員として働いているわけだ。




「……」



「……あー…………えっと、そういえば彼がいましたね」



 隣に座るアリーチェは苦笑し、ゼノスにやんわりと伝える。



「彼――ジハードが急に働きたいと言い出したもので、ね?」



「そ、そうですか……」



 もはや何も言う事はない。



 どうせ働きたいというのも、この世界で商売になる方法も必死に探すためだろう。あの竜帝は昔からそうだし、今更ゼノスが驚愕する必要もない。



 頼るべき相手も見つかったため、ゼノスはようやく腰を上げる。



「それではアリーチェ様、俺はこれにて失礼します。どうかくれぐれも、無茶はなさらぬよう」



「勿論分かっています…………あ、そうだ」



「ん?」



 立ち去ろうとするゼノスだったが、何かを思い出したかのように言うアリーチェへと必然的に振り向く。



 彼女もまた立ち上がり、おもむろにゼノスの手を握ってくる。



 そしてその表情は……どこか恥ずかしそうであった。



「その……もし宜しければ、二週間後の予定を空けてもらえないでしょうか?少々突然ではありますが、連れて行きたい所があるのです」



「え……ええ、別に構いませんよ。どうせ寝てるだけ……いや、何も予定はないですし」



 何気なくそう答えると、アリーチェは華が咲いたかのように笑顔を浮かべる。



「そうですか!ではゼノス、その時を楽しみにしていて下さいね!」



 アリーチェはただ一言、そう言い残して厨房へと走り去っていく。



 ――二週間後。







 ゼノスは公園を離れるまで、その連れて行きたい場所について終始考え込んでいた。









※凄く遅れてしまいましたね……。とにもかくにも、最新話を投稿いたしました。

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