(第一週)ep4 華麗なる余興
ひとまずゼノス達は席へと案内され、飲み物を頼む事にした。
ゼノスは渋い苦みの効いたサバ茶を、そしてラヤは砂糖入りのミルクを頼む。どちらも冷たいため、乾いた喉に確かな清涼感をもたらしてくれた。
「ぷっはーッ!今日は暑いから美味く感じるよ~!」
「そりゃ確かに。まだ冬の終わり頃なんだが、今日は夏並みだな……」
この世界には『百葉箱』なんていう代物がないので気温は計れないが、体感温度から察するに……二十八から三十度あたりか。
公園は木々に覆われているため暑さが幾分か和らいでいるが、町の方は強い日差しに照らされ、南国にも似た空気を漂わせている。
道行く人々も上着を脱いでいたし、かくいうゼノスもジャケットの裾を巻いている状態だ。ラヤは……まあいつも通り、大きく胸の空いた上着を羽織り(デニム製に似ている)、下は淑女とは程遠いハイレグ式のパンツであるが。
そんなわけで、今日は特段に暑い。
二人は額に汗を浮かべながら、コンテストまで静かに待とうとしたが――
「……そういえば」
「ん?」
図らずも、ラヤが話しかけてくる。
特に重要そうな話ではないのか、軽い調子で続けてくる。
「何で六大将軍たちはゼノス将軍を起こそうとしたんだろ?それも全員で」
「あ~……そういえばそうだったな」
別に何も考えていたわけではなかったが、ラヤにそう言われると気になるところだ。
何か危険な事態が起きたのか?――いや、それはないだろう。
アルバートやイルディエの態度から察するに、まずランドリオの危機に関することではない。
もっと他のことに違いないが……何だろうか?
「お!分かった!」
飲み干したミルクの瓶を置きながら、ラヤが叫ぶ。
「きっと皆で遊ぼうと思ったんだよ!」
「はい?」
遊ぶって、仮にもランドリオ帝国の準トップたちなんだが。
それに分かっていると思うが、一人一人の年齢がバラバラだ。ゼノスとイルディエは一個違いであるが、ユスティアラは23歳、ホフマンは27歳、アルバートなんて60歳以上の爺さんだ。
ジハードに至っては軽く千歳以上を超えているが……まあそこは深く追求しないでおこう。
とにもかくにも、それぞれ遊びの趣向というものが違うはずだ。
「……それはまずないな」
「えーどうしてだよ?だって将軍たち、いつも一緒にいるじゃん?普通の将軍同士は地位争いとか結構いがみ合いが多いはずだし。でも将軍たちにはそういうのないわけだし?」
「それで遊ぶ仲というわけか?ないない。それに遊んでばっかいたら、誰が神獣や敵対勢力からランドリオを守ってるんだ?」
「あ、そっか……って、敵対勢力に対してはあたし達も頑張ってるんだけど」
結構いい線いってたと思うんだけどなあ、とぼやきつつ、まだ納得がいっていないように思案し始める。
悩んでも仕方ないように思うが、これで静かになるのは幸いだ。
ゼノスは椅子の背もたれに身を預け、軽く仮眠を取ろうとするが――またまたそうもいかなかった。
「――あ!本当だ、本当に来てる!ゼノス様~!」
のんびりと寛ごうとしたその時、後ろから声を掛けられる。
声に聞き覚えがあったので、大体誰かは分かっていた。
その少女――カルナはゼノス達の席に到着すると、可愛らしいウェイトレス用のドレスをなびかせ、頭を下げてくる。
「その、先日はお世話になりました!ジョナとルルリエを助けただけでなく、私の故郷を救ってくれて……ッ!」
「あ~後者に関してはアルバートに言ってくれ。俺は今回ほとんど何もしてないしな。……にしてもカルナ、もうランドリオに戻って大丈夫なのか?」
聞く所によると、ジーハイルは国王代理として政務に尽力を注いでいる最中だ。サザリアは流石に孤児院の子供達が心配らしく、ジーハイルが落ち着くまでパステノンに滞在しているらしいが……カルナもいた方がいいのではないのだろうか?
ゼノスの心配を察したのか、カルナは曖昧に笑みを浮かべる。
「まあ、私もサザリアの手伝いをすると言ったのですがね……。『こっちの心配をするぐらいなら、店の心配をしておくれ』って言われちゃったんです。だから不安ではありますが、こうして戻って来たというわけで」
「そうか……。何か心配事があったら言ってくれ。俺とイルディエだったら大抵のことなら手伝えると思うし」
そう言うと、カルナは感極まった様子で頷く。
「は、はい!有難うございます!」
ぺこぺこと何度も頭を下げた後、彼女は頬を赤らめながらカウンター裏へと立ち去っていく。
それとカルナが去る前に言い残していたが、アリーチェは客に出す料理を作り終えてからこちらに来るらしい。……ウェイトレスだけではなく、料理人としても働いているのか。
――そして三分ぐらいが経った後。
ラヤと適当に会話をしていると、情熱的なアコースティックギターの音色が響き渡る。
そろそろ始まるのか、舞台となる切り株の上に一人の踊り手が参上する。
――イルディエだ。
彼女は湖上を舞う妖精のように一回転し、一寸もずれることなく、完璧な姿勢でお辞儀をする。
途端、観客席から爆発的に歓声が上がる。
彼女――イルディエは六大将軍。それと同時に、世界的に有名なダンサーの一人でもある。踊りが好きな彼等にとって、イルディエのダンスは信仰の対象でもあるのだろう。
激しい歓声は止む事を知らない。
だが、イルディエはそれを簡単に止める。
彼女が右手を上げ、左足を前に出す事によって――一斉に鳴り止む。
そう、踊りが始まろうとしているのだ。
彼女から沸き起こる情動が観客たちにも伝わってくる。今、彼女と彼等は一つになろうとしている。
一瞬の静寂――――そして、始まり。
コンガのような打楽器が軽快なリズムを作り、マラカスのようなものが一定の音を生み出す。そしてギターが主旋律を奏で、異世界でいう情熱的な『ラテン音楽』を演奏する。
――早い。しかしイルディエは、苦戦することなく華麗に舞う。
心躍るリズム、それに乗って踊り狂う。
時にはゆっくりと、そして時には激しく。
アステナの民は踊るために生き、踊るために死んでいく。
言わば踊りこそが生き甲斐であり、そこに理由など存在しない。
だからこそ――彼女は活き活きとしている。
アステナの民であった時も、奴隷だった時も、そして今も――それは変わらない。
「……素晴らしい踊りですね」
と、ゼノスが踊りに見入っていた時。
いつの間にか隣の席に座っていたアリーチェが、微かな微笑みを浮かべながら言ってきた。
「あ……申し訳ありません。ついイルディエのダンスに夢中になってて」
「いいのですよ、それは私も同じですから」
そう言って、アリーチェは眩しそうにイルディエを見据える。
「――彼女の過去がそうさせているのでしょうか。まるで怒りも、悲しみも、喜びも、その全ての感情を込めて踊っているような……そんな気がします」
「……」
まるで彼女の過去を知っているのか如く、アリーチェは達観とした言葉を言い放つ。
ああ、そうだ。
彼女はヴァルディカ離宮で、六大将軍全ての過去を垣間見てきた。
知っているのは当然、だからこそアリーチェは、全てを悟っているかのように話す。
やはりそこには、皇女だった頃の面影は存在しない。
あらゆるものを慈しむ皇帝陛下が、ゼノスの隣に座っていた。
「……あの、アリーチェ様」
「ゼノス、話は後にしましょう。今はこの最高の一時を、私に味わせて下さいな」
「ッ!はッ……承知しました」
そう言い返されては言葉もない。
彼女の命に従い、この余興を最後まで堪能することにした。
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