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白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
六章 帝国の眠り
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(第一週)ep2 アルバートの休日



「……それでゼノス将軍、最初は誰の所に向かうの?」




 ラヤは隣を歩くゼノスに問う。



 両者はようやく本来の目的を果たそうと、つい先程ゼノスの部屋を出た。今は六大将軍たちが住まう階層の廊下を歩いている。



 六大将軍は基本、ハルディロイ王城とは別棟にある騎士宿舎の最上階に居を構えている。よって本城とは違い、中の構造も極めて単純で、尚且つ見栄えの悪い簡素な造りでもある。外観は最低限の体裁を繕っているが、中は町にある宿場とあまり変わらない。



 それは六大将軍の部屋も同様であり、一般騎士と違う所と言えば、若干部屋が広いだけだろうか。



 ……まあ、ゼノスとしては有り難いことである。



 他の六大将軍もそうだが、全員は元から裕福ではなかった。よって豪華絢爛に満ちた住処は居心地が悪く、今の扱いに関しては誰もが不満を抱いていない。逆に嬉しい配慮だとさえ感じる。



 こればかりは、予算をケチった前皇帝に感謝すべきか。



「……お~い将軍、聞いてたか?」



「ん?ああ悪い……。最初は誰の所に行くか、だろ?」



「そうそう。言っとくけど、他の将軍は自分の部屋にいないみたいだ」



 ラヤは非常にめんどくさそうに呟く。



 それはゼノスも同様だが、今更四の五の文句を言う気はない。



 彼は他の六大将軍の部屋の前を通過しながら答える。



「――恐らく、町だな」



「へ?町?なんで?」



「なんでって……そりゃ六大将軍も、一人の人間だからだ」



 ゼノスは不敵に微笑み、それ以降何も話さないまま階段へと向かう。




 そう、六大将軍だって一人の人間。




 休日は必ず――自分の趣味に浸る。それは彼等だって同じこと。



 二人は騎士宿舎を出て、本城の脇にある庭園を通過して城門前へと向かう。そしてアーチ状の門を潜り、眼下に広がる城下町へと足を運んだ。



 まず辿り着いたのは、王城へと直結している貴族街エリア。今のランドリオに成金趣味の貴族はいないが、昔は違う。その名残が今でも存在しており、ここら一帯は豪奢な建造物が立ち並んでいる。



 きめ細かな装飾壁、自分の権威を誇示するかのように佇む像。中には純金に包まれた屋敷も建造されている。



 ゼノス達としては、あまり気分の良くない光景である。



 貴族街を抜けると、一転して町の様相は変化する。



 今度は比較的人の通りが多いエリア――商業区だ。ここは港と繋がっており、多くの外国人と商人が行き交っている。そして勿論、高級店から出店まで揃う立派な商売区域でもあるわけだ。



 ゼノス達は、ここに用があって来たのである。



「ほ~、今日はいつになく人が多いねえ」



 商業区の中心であるメインストリートに着いた途端、ラヤが物珍しげに辺りを見渡す。



 確かに、今日はいつになく混雑している。



 慌ただしい様子はなく、通り過ぎる人々はみなどこか朗らかである。ある者は恋人と手を繋ぎながら、ある人は家族と共に、またある人は娯楽施設へと……等々、およそ仕事をしている人間はあまり見受けられない。



 異世界で言うと、週末の光景といった所だろう。



「んで将軍。他の将軍はどこにいるの?言っとくけど、ここから探し当てるのはかなり難しいんじゃ」



「いや、大体目星はついてるんだ。……そうだな。ここから一番近い場所は」



 ゼノスはぶつぶつと呟きながら歩き出す。



 ちなみに彼等は気付いていないが、今この場にいる人々はゼノス達に熱い視線を送っている。




 ――白銀の聖騎士に、その部下であるラヤ。




 大英雄と英雄と呼ばれる以上、彼等の顔を知らぬ者はいないだろう。



 そんな彼等の休日を垣間見れたのだから、浮足立った様子で観察するのも不思議ではない。



 ゼノス達はメインストリートを真っ直ぐ進み、枝分かれになっている道を右に行く。少々の上り坂である道を淡々と進んでいくと、何やら人で溢れ返っている場所へと辿り着く。



 大体どこも混んでいるが、ここだけは何だか異様である。



 男女問わず、道路脇に佇む一軒の店前にて騒ぎ合う彼等。よく見ると彼等の顔はすっかり朱色に染まっており、酒の匂いを辺りに放っている。



 率直に言うと、あまり長居したくない場所だ。ゼノスは酔っ払い共も何とかかいくぐり、彼等の中心となっている店先へと向かう。



 そして彼等の最前列にいくと、店先では甲乙つけがたい酒飲み争いが繰り広げられていた。



「おらあ十二杯目ぇ!次こいや次!」



 ガタイの良い三十代ぐらいの禿男が、隣に立つ大男に不敵な笑みを向けながら言い放つ。



 どうやら彼は隣の男と呑み比べをしているらしいが――



 その隣の男……というよりも、老人はゼノス達の知る人物であった。



「ふん、やりおるのう。パステノンの戦士でも、ここまで勢いのいい奴は中々おらん」



 老人は不満そうに鼻息を鳴らし、木製のでかい(およそ通常の二倍以上は大きい)ジョッキを無造作に口に運ぶ。



 ……嗚呼、間違いない。



 あれは正しく、アルバート・ヴィッテルシュタインである。



「くく、よお六大将軍様ぁ……ひっく。いつもは感謝している身だがぁ、俺ぁこれだけは譲れねえんですよ……。悪い事は言わねえ、もう諦めてはどうですかい?」



 相手であろう男は泥酔状態のままアルバートに問いかける。酒屋の店主から大ジョッキを奪い、口から零しながらビールを口にする。



 両者の目前にあるテーブルの上には、既に呑み終えたジョッキが置かれている。男の方には十一個のジョッキがあり、アルバートの方には九個のジョッキが放置されていた。



 どうやらこの呑み比べ、現在は男の方が有利らしい。



 男の知り合いらしき連中は声が枯れんばかりの応援を送っており、他の野次馬連中も「打倒!アルバート様!」と声高く言っている。



 ……おいおい。



 ゼノスは額に手を当て、やれやれと小さく呟いた。



「ん~、何だか接戦のようだけど……アルバート様ってあんなに控えめだったっけ?以前見た時はもっと豪快に飲んでたような」



 素朴な疑問をラヤが投げかける。



 それは至極最もな疑問であるが、わざわざ答えてやるほどでもない。ゼノスは嘆息しながらアルバートを指差す。




 ――そしてその時、彼は思わぬ行動に出た。




 周囲からどよめきが生まれる最中、アルバートは欠伸をしながら席を立ち、隣で威圧感を放っている樽へと歩み寄る。もちろんビールが入った酒樽であり、同時にアルバートの為に用意された物である。相手方の男にも専用の酒樽が設置されているが、彼は樽に手をつけようとはしない……いや、それは当然であろう。



 だがアルバートは違う。



 首を鳴らしながら、彼は満面の笑みを大衆にぶつける。




「見ておれ小童共。――今から、圧倒的な実力を見せてやるわい」




 どよめきが更に強くなり、そしてそれは驚愕の叫びへと変わる。



 何とアルバートは……酒樽を両手で持ち上げ、飲み口を自分の口へと使付ける。まだ大量にビールが入っているのか、アルバートの腕はいつも以上に盛り上がり、相当な力を加えている。



 相手方の男と大衆が唖然とする中、彼は豪快にビールを飲み干す。



 威勢よく酒樽を地面に置き、顔を真っ赤にさせながら咆哮する。



「どうじゃああああ!これで儂の勝ちじゃて!」



『う、うおおおおおおおお!』



 まるで弾けるかの如く、大衆はアルバートコールを唱える。



 相手方の男は、「う、嘘……だろ?」と言って、静かにその場で崩れ落ちた。完璧な酩酊状態である。



 一方のアルバートはまだ酔っていないのか、店の主人にもっと酒を持って来るよう告げる。……まだ飲むのか。



 流石に飲み終えるまで待てないので、ゼノスは先陣を切ってアルバートの元へと近寄る。



 ゼノスに気付くと、アルバートは気さくに呼び掛けてくる。



「おお、小僧か!どうしたお前、確か今日はダラダラと過ごしておったんじゃないか?」



「そうしたかったが、残念ながら仕事が入ってな。今日はその用事を済ませに出掛けてるんだよ」



 大きく欠伸をしながら、ゼノスは持っていた書類をアルバートの眼前に突き付ける。



 一瞬何事かと思ったアルバートであったが、やがて合点がいったように何度も頷く。



「……地方駐屯所に送る宣誓書か。要するに、ここにサインをするよう言われたわけかの?」



「まあな。正直こういうのは部下にやって欲しいものだが、どうしても直筆のサインが欲しいんだとさ……あ~ねむい」



 別に本人でなくともいい気がするが、その辺りは形式上の問題なのだろう。



 それに過去の事例にも、偽造の宣誓書を防衛要所に送り付け、他国からの侵入を援助した事件があったらしい。ここまで念入りに行うのも、もしかしたらそのせいかもしれない。



 アルバートはゼノスから紙を貰い、酒を飲みながら紙にサインをする。粗雑だがはっきりとした字で、アルバート・ヴィッテルシュタインと明記する。



 よし、これで一人目。



 隣にいるラヤも「ようやく一人目かあ~」と呟いている。まあ、億劫な気持ちは十二分に分かる。



「さて、次に行くか。悪いなアルバート、お楽しみなところ邪魔して」



「気にするでない……っと、そうじゃ小僧。丁度いい、お前に見せたいものがあったんじゃ」



 そう言って、アルバートはごそごそとズボンのポケットを漁り、やがて一枚の紙を取り出す。



 普通の紙、とは全く違う。光沢紙を用い、更にその表面をインクジェットを用いて描かれたそれは……この世界のものではない。




 ――『写真』だ。




 咄嗟にあるドラゴンの事を思い出し、ゼノスは嘆息しながら問う。



「……それ、ジハードから貰ったやつか?」



 アルバートはニヒルに微笑みながら答える。



「まあの。あの竜、中々面白い技術を持っている。よもこの場で……あの子の今を見れているんじゃから」



 どこか嬉しそうに、そして安堵しきった様子で呟くアルバート。



 その写真に写る光景は、まさに彼の願いそのものだろう。



 北方の地パステノンにある修道院の前で撮られた、複数人の修道女の集合写真。皆が一様に緊張しているように見えるのは、恐らくジハードの写真撮影に困惑しているからだろうけど……。



 それはともかくとして、彼女達の中に見知った人物が立っていた。



 微笑みを浮かべるその少女は――紛れもない、セラハである。



 修道院に入るとは聞いていたが、もう既に彼女達の一員になっていたのか。どこをどう見ても、殺人狂としての面影は消え失せている。



 これでもう、彼女が外道に堕ちることはないと思う。確信はないが……そんな気がするのだ。



「……全く、世の中には良い神もいるもんじゃな。こうしてまた、あの純粋無垢なセラハを見れたのじゃから。感謝してもしきれない」



 ふいに、アルバートの瞳から一筋の涙が零れ落ちる。



 まるで今までの苦悩が取り除かれたかのように、地面へと落ちていく。



「……すまん。今は泣いている場合ではないな」



 ゴシゴシと目元をぬぐい、元の厳つい顔つきになる。



 残っていた酒を全部飲み干し、写真をしまいながら続ける。



「これから先、恐らくもっと最悪な状況に陥るじゃろう。今までは儂等六大将軍の力で圧倒してきたが、それが通じぬ相手もきっと出てくるはず。……例えばそう、あのガイアの弟子であるドルガとかな」



「……そうだな」



 そして彼だけじゃなく、もっと多くの強敵も現れるだろう。



 神や悪魔、神獣、並みのシールカードよりも恐ろしい存在。もしかしたら、ゼノスが想像する人物も、敵として――。



「あまり深く考えるでない、小僧」



 ゼノスの意図を察したのか、真剣な表情で言い放つアルバート。




 やがてその大きな手をゼノスの頭に乗っけて、荒々しく撫で始める。




「ちょっ、おい!?もう子供じゃないぞ……!」



「はっはっはっ。儂にとってはまだまだ小僧じゃ」



 彼は断固として手を離そうとせず、高らかに笑いながら撫で続ける。



 面倒な爺さんだ。



 けど……嫌な感じはしなかった。



 ラヤが目を白黒させているのも気にせず、アルバートはゼノスに語り掛ける。



「如何なる者が待ち受けようと、我々にとっては同じ敵じゃ。儂にとっても、ゼノスにとっても、ランドリオ帝国民にとっても……そして、アリーチェ皇帝陛下にとってもじゃ」



「――」



「大切だった人間が敵に回るなど、よくある話じゃろうに。最初から疑えとは絶対に言わん。じゃが心構えだけはしっかりしておけ。何事にも動じぬ心こそ、上に立つ者にとっては必要なものじゃ」



「……ああ、そうだよな」



 分かっている、そんな当然のことは。



 だがアルバートに再度言われたことにより、ゼノスに巣食う複雑な思いが幾分か消えたような気がした。



 そうだ、気にしても仕方がない。



 今のゼノスは――ランドリオ帝国六大将軍が一人。



 守るべき者がいる、共に戦ってくれる仲間がいる。彼等の努力を無駄にしない為にも、ゼノスは臆せず導くという義務がある。



 そんな当たり前のことを、再認識したような気がする。



「まあとにかく、これ以上難しいことを言うつもりはない。何せ今日は、久しぶりの休暇じゃからな」



 そう言って、アルバートは店主に酒を持って来るよう言う。



「どうじゃ小僧たち、お前達も一杯……っと、そういえばまだ仕事じゃったかの?」



「はあ、面倒なことにな。……てかもう帰っていいか?眠くて仕方ないんだが」



 今日はかれこれ十時間以上寝ていたが、それでもゼノスにとっては寝不足である。早く部屋に戻って寝たい。それで夜に起きて、城内の騎士専用食堂で飯を食い、また朝まで眠る……それがゼノスの理想であった。



 しかしラヤが許してくれるはずもなく、彼女は頬を膨らませながらゼノスの腕に抱き着いてくる。



「ぬおっ!」



「駄目だよゼノス将軍。ほらこうして支えてあげるから、次行くよ次!」



 彼女は片腕を高らかに上げ、一生懸命鼓舞してくる。



 ラヤは気付いていないのだろうか?



 今ゼノスは、ラヤの小さいとは言えない胸を押し付けられ、内心ドギマギしていた。男勝りな少女のくせに、何故だか良い香りもしてくる。フローラルな香りがゼノスの鼻孔をくすぐり、変な気分になる始末である。



 あろうことか屈託のない、年相応の少女らしい微笑みも浮かべてくる。その絵面は、まるで恋人に対する求愛行動のようである。



 さしものアルバートも理解したようで、額に汗を垂らしながら告げる。



「……悪い事は言わん、今のうちに目を覚ましとくんじゃ。でないと変な誤解を招くぞい。特に……………………」



 ?



 言葉を続けようとした彼は、突然口を半開きにしながらゼノスの後方を凝視する。




 ぞくり。




 瞬間、ゼノスの背筋に寒気が走る。



 ラヤは気付いていない。相変わらずゼノスに胸を押し付け、「ぬふふ、やっぱり将軍の身体いいねえ」と、この状況で絶対に言ってはいけない言葉を放つ。



 それを期に背後の気配が殺気へと変貌し、ゼノスの状況分析に拍車をかける。



 嗚呼やばい。死んだかも。



 そろりそろりと、緊張のあまり上手く回らない首を後ろに向けると……。




 ――そこには、踊り子衣装を着たイルディエがいた。




 彼女はニコニコと微笑んでいるが、目だけは笑っていない。



「あらゼノス、昼間からお盛んね。…………で、この娘は誰かしら?三秒以内に答えなさい。三、二、一」



「は、話す!話すからその握り拳をしまえッ!」







 その後、ゼノスは彼女を説得するのに十五分もかかった。









※次回の投稿日程に関しては活動報告をご覧ください。

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