(第一週)ep1 休日返上
ランドリオ帝国は昨日を以てして『帝国の眠り』に入り、休暇を貰った人間は、長い長い安息を満喫しようとしている。
帝国の眠りとは一ヶ月にも及ぶ長期休暇のことであり、しかし帝国全土の人間が一斉に休むわけでもない。
それでも、全ての人間には相応の休暇が一ヶ月以内に与えられ、全員が有意義に過ごせるよう配慮されている。別に特別な意図はなく、昔からの慣習に則っているだけである。
――そして、ここにいるゼノス・ディルガーナもその一人だ。
六大将軍という地位にいる彼は、本来ならばこの時期にも討伐遠征に出掛けている。例年ならば休みなど考えられず、まるで馬車馬のように働かされていたのだが――。
「……まさか休みを貰えるなんてなあ。アスフィに感謝しないと」
彼は眠そうな声で呟き、今はいないアスフィに感謝の念を送っていた。
午前十時になってもベッドから出ようとせず、髪は寝癖だらけ、服装はパジャマのままという堕落な姿。……休みだというのは分かるが、仮にも彼はこの国の最大戦力とも言える六大将軍である。もっとすべき事があるはずだが……。
と言った所で、今のゼノスはてこでも動くつもりはない。
――せっかくの休み、誰にも邪魔されてなるものか。
「そうだ!いつも俺は誰かに邪魔されていたんだ!堕落すればアルバートがうるさいし、イルディエがうるさいし、アリーチェ様もうる……いや、何か仰るし!特にゲルマニアときたら――」
と、彼女の名を口に出してとき。
ゼノスは嫌なことを思い出し、俯く様に布団の中へと顔を埋める。
今から二週間も前、ゼノスはふとしたことからゲルマニアと険悪な状態に陥り、ここ最近は事務的な会話しかしていない。
その事務的な会話も少なく、つい一昨日なんかフィールドやラヤを通じて会話したほどである。
事態は思った以上に深刻だ。
「…………」
ゼノスは布団の中でぼんやりとし、ゲルマニアとの関係修復を考えながら……そのまま無意識の世界へと。
「お~っす!ゼノス将軍いるか~」
というわけにはいかなかった。
何の前触れもなく、ゼノスの部屋の扉を豪快に開け放つ誰か。粗暴だがどこか人懐っこい口調で、自分のことをゼノス将軍と呼ぶのは――
紛れもない、聖騎士部隊を実質統轄している聖騎士部隊第一大隊長、ラヤである。くすんだ茶髪を粗雑に一括りし、騎士にしては露出が高い服装を着込んでいる。それは私生活でも、そして戦場でも変わらぬ姿だ。
しかし、何の用事でここに来たのか。
ゼノスは心底嫌そうに布団から顔を出し、ジト目でラヤを見据える。
「……今日から休みだぞ、ラヤ」
「そんな事は分かってるって。あたしだってせっかくの休日を満喫したいのに、フィールドの野郎が今日やってほしい事があるって言うからさあ」
「やってほしいこと?」
ラヤはうんうんと快活に頷き、持っていた書類の束を見せつけてくる。
「これこれ。地方駐屯所の騎士隊長に送るものらしいけど、ここに六大将軍全員分のサインが欲しんだとさ」
「ああそれか。だとしたらフィールド本人が来ればいいものを。もしくはゲルマニアとか」
そう言うと、ラヤは口をへの字にして告げる。
「二人は新しい騎士雇用制度の見直しに忙しいってさ。全く、休みなのに仕事をするなんてねえ……信じられないよ!」
「ああ、とてつもなく信じられんな」
だが生真面目な二人だけあって、溜まっている仕事は早く片付けたいという思考なのだろう。
休日返上の仕事、本当にお疲れ様と言いたいところだ。
「分かった、サインするよ。ちょいと着替えるから一旦退出してくれ」
ゼノスはベッドから起き上がり、簡素なクローゼットへと歩み寄る。
クローゼットの扉を開け、いつものジャケットを取ろうとしたとき……未だにラヤが扉前に佇んでいることに気付く。
「どうしたラヤ?」
「ん?ただ待ってるだけだけど?ほら早く着替えちゃいなよ」
ラヤはじ~っとこちらを凝視しながら言う。
視線は頭から足にかけて……まるで不思議なものを見るかのように、物珍しそうに観察してくる。
「……お前、何してるんだ」
「観察だよ。実はあたし、男の人を深く観察したことってないからさ。それに同じ部隊の女に聞いたんだけど、立派な男には立派なものがついてるとも聞いたんだ。……それを確かめてみようかとね」
「はあッ!?」
思わず持っていたジャケットを落とし、すっとんきょうな声を上げるゼノス。
立派なもの?考えられるものと言えばあれしかない。
いやしかし、ここでそれをラヤに言うべきか?見たところ、ラヤは立派なものの詳細を知らないようである。恐らく立派な才能とか、立派な肉体とか、そんな戦いに関するものだと理解しているに違いない。
立派なものはあれだと言えば……一体どうなるのだろうか?
性教育として受け止められるか?それとも上司が部下に対して行ったセクハラとして扱われるのか?
何にせよ、言いづらいのは確かだ。
「いや、あのな。別に俺は立派なものとかそういうのは無い。悪いけど他を当たってくれ。な?」
「……嘘だ。立派な人間は持ってるって言ってた」
ラヤは絶対の確信を持って答える。
白銀の聖騎士はランドリオ帝国の英雄。そして六大将軍全員が尋常ならざる力を秘めている。一人一人の実力は常人を圧倒し、神や悪魔、そして神獣にも匹敵すると言われている。
その力を立派だと言うならば、それは外見では見られない。しかし当のラヤは、外見のどこかに力の源があると勘違いしているのかもしれない。
そして何を血迷ったのか、彼女はじりじりと近付いてくる。
両手の指を複雑怪奇に動かしながら。
「――じれったいねえ。かくなる上は」
「な、何をする気だ?」
「当然――立派なものを探すんだよ!」
「だからそんなのないって!」
制止も聞かず、ラヤがこちらへと迫ってくる。
ゼノスとラヤはくんずほぐれつし、よく分からない争いを始める。
結局、ラヤが大人しくなったのは数十分後であった。
投稿遅くなり申し訳ありませんでした……。とりあえず今日はこんな所で。
後に活動報告を書きますので、この章の詳細、及び今後の投稿予定に関して知りたい場合はそちらをご覧あれ!




