ep26 帝国の眠りへ
第三回円卓会議は、ゼノス達一行が帰還したその日に行われた。
天井のシャンデリアに照らされながら、六大将軍と皇帝アリーチェは先日の報告を確認し合う。
「……なるほど。大体の概要は分かりました」
アリーチェは纏まった資料をテーブルに置き、静かに告げる。
「ですがまだ不明な点がありますね。シールカードとの共謀によりロダン国王の失脚、及びセラハ王女殿下への厳重処罰は分かりました。ではその後の国家維持対策はどうなったのでしょう?あと両者の行方も聞いておきたいです。……元国王の貴方ならば、その件に関わったはずですが」
そう言って、彼女はアルバートを見据える。
アルバートはしばし沈黙した後、席から立ち上がる。
「――その点に関しては、儂の口から言おうと思っておった。あまり公言できぬ話ゆえ、どうか口頭による報告の許可を願いたい」
「私は許可します。他の六大将軍は?」
アリーチェの問いに、一同は軽く頷くだけで終わる。
「有り難い」
皆の許可を得たところで、アルバートは質問に答えることにした。
まずはパステノン王国の現状についてだ。
慣習法によるロダンとセラハの処罰が決定し、現在のパステノン王国には国王がいない。当面はジーハイルが代理の王として君臨し、時間をかけて次期国王の選定に取り掛かる予定である。
だが代理とはいえ、ジーハイルに科せられる責任はとてつもなく重い。
内政の改革は勿論のこと、それ以上に外交にも力を入れなければならない。近隣諸国に駐屯する始原旅団の撤退、他国干渉における賠償金の問題、及び他国王族の処刑という国際問題への対応策。
更にゼノス達の帰還途中、近隣諸国は互いに同盟を組み、パステノン王国に対する報復戦争を仕掛けようとしていたらしい。それは至極当然のことで、始原旅団撤退から一週間後、その時にはパステノン領土に侵入する……つもりだったらしい。
何故今にもなって諸国連合による武力介入がないかというと、そこにはホフマンの活躍が影響している。
「幸いな事に、ホフマンの力によって諸国連合の戦争発起はどうにか食い止めてくれたようじゃ」
アルバートはホフマンに深くお辞儀し、感謝の意を示す。
「いえいえ、私は何もしておりませんよ。……まああえて言うならば、諸国の代表者に国内の鎮静化を要求しただけです。元々諸国連合とはいえ、その発起人は戦争で利益を得ようとする一部貴族と、それに踊らされた被害者の庶民たちのようですからね。国の総意ではないので、抑え込むのもすごく簡単でした」
とホフマンは言い連ねるものの、その発言力に全員が驚いた。
一体彼は、いくつものパイプを作っているのか。一国の貴族とはいえ、果たしてここまでの権限があるのだろうか?……遅まきながら、ホフマンの実力に感嘆を覚える。ユスティアラだけは複雑な表情を浮かべているが。
……というわけで、最悪な事態は何とか免れたわけである。
次に話すべきことは……ああそうだ。
ロダンとセラハのその後。
前者は戦犯として刑罰を受け、現在はアルゲッツェ王城の牢獄に囚われている。死刑になる可能性は低いらしいが、それでも十年以上の禁固刑は間違いないだろう。
――それで良い。
あの馬鹿息子の頭を冷やすには丁度良い期間だ。
先の戦いで何かを感じ取ってくれれば、まだ真っ当な道に戻れる。アルバートは僅かばかりの希望を胸に、そう思うしかなかった。
では、後者のセラハはどうなったのか?
……アルバート達が国を出る直前、彼女は自分からこう言ってきた。
『――おじいちゃん。あたし、この国にある修道院に行くよ。……そこで修道女になって、苦しむ人達の手助けができればと思うんだ』
彼女はあの時、何の迷いもなくそう告げた。
修道院は教会の崇める神を崇拝し、その神のために祈りをささげ、日々の労働を送る聖なる場所。一方で恵まれない人々のための慈善活動も行っており、恐らく今のセラハが望む人生を歩むことが出来るだろう。
……しかし、そうなるとアルバートとは一緒に生活することは出来ない。
それでも良いのかと尋ねると、彼女は寂しそうに微笑んだ。
『うん。そろそろ親離れ……いや、おじいちゃん離れをしないとね。ここから先は、誰かに甘えちゃいけないから。…………それにおじいちゃんには、まだ六大将軍としてやることが残っているんでしょ?』
そう言われ、アルバートは何も言い返せなかった。
また寂しい思いをさせるんじゃないか。彼は幾度となく心配したが、その度に心配しすぎだと、ゼノス達に言われてしまった。
……まだ複雑な思いではあるが。
セラハが自分自身で決めたことならば、仕方ない。
「ああそれとじゃ。奴等との戦闘が終わった後のことなんじゃが、戦場にセラハが持っていたと思われるシールカードが落ちていた。一応それは回収して、今は始祖アスフィに預けておる。……それでいいのかの?」
彼は思い出したように告げる。
「正しい判断だと思います。実際、騎士マルスや魔王が遺したシールカードも彼女に預けていますから」
「……危険ではあるが、儂等にとっては複雑怪奇な代物じゃしな。まあ仕方ない判断だ」
ランドリオ帝国側は、あまりシールカードの事を詳しく知らない。いや、詳しく追究できないのだ。
マルスや魔王のシールカードを回収した後の話だが、帝国はあらゆる分野の研究者を募らせ、そのカードの研究に臨んでいた。しかし有益な結果は全くと言っていいほど出ず、研究は打ち止めとなった。
結局シールカードはアスフィに託してしまったが、彼の言う通り、それしか方法がなかったのだ。
皆もそれに関しては同意見である。
一応の説明を終えると、アリーチェはあくまで冷静に言い放つ。
「……なるほど、委細承知しました。ではアルバートはこれからも、この国の六大将軍として働いてくれるんですね?」
「うむ、そのつもりじゃ。あの国への未練が消えた今――儂はこの命が尽きるまで、アリーチェ皇帝陛下に忠誠を尽くすつもりじゃて」
「ふふ、有難うございます」
彼女はようやく笑みを零し、いつもの雰囲気に戻る。
他の六大将軍も楽にし、張り詰めた空気も嘘のように晴れていった。
「ではこれにて終了を……と言いたい所ですが、実はまだ報告しなければならないことがあるんです」
「報告?」
ゼノスが不思議そうに尋ねると、彼女は「はい」と答え、その詳細を述べた。
「二つあります。まず一つ目は、このランドリオ騎士団に少々癖のある人間が入団しました。人数は二人なのですが……その方達を、聖騎士部隊に送りたいのです」
入団。その言葉に、一同全員が首を傾げる。
単なる新入りが入団した程度で、皇帝陛下自らがそれを報告することはまずない。癖のある人間と言っているが、多分余程のものなのだろう。
「聖騎士部隊って……私のところにですか?もし新米騎士であるのならば、まずは騎士道を叩き込むユスティアラ部隊に送った方が」
「……いえ。それが騎士道精神を良く理解した、名のある人物だと聞いております。私でも承知している有名人ですので、聖騎士部隊でも問題ないと思います」
「……は、仰せのままに」
ゼノスは頭を垂れ、素直に承知する。
有名人。それが誰かは分からないが、とりあえず断固反対するまでもないだろう。
アリーチェはこほんと可愛らしく咳き込み、最後の報告をする。
「それと皆さんには縁がなかったと思われますが、ランドリオ帝国は明後日から、『帝国の眠り』の期間に入ります」
「あら、もうそんな時期かあ」
今まで黙っていたイルディエがしみじみと呟く。
――帝国の眠り。
それは異世界でいう、『ゴールデンウィーク』の三倍はある長い休暇期間のことである。
この休暇期間が出来た理由ははっきりと分かっていないが、何でもこの時期に帝国が建国されたとか。ランドリオ帝国の誕生を祝う理由も込めて、遥か昔からこの休みは存在するらしい。
もちろん帝国民全員が休むというわけではないが、その期間に働いた者には代休をとる権利が与えられる。そんな誰もが待ち望む、長い長い骨休みの期間なのである。
けど、六大将軍にはそんな祝日も許されない。
神獣発生や他国の侵入に休みはなく、六大将軍とランドリオ騎士団は常に仕事をする羽目になる。
そんな事実はアリーチェでも知っているはずだが……。
必然と、彼等六大将軍はジト目でアリーチェを見やる。
「あ、あの~……もしかして、怒ってますか?」
「「「「「「いえ別に。仕事が山積みなのを承知の上で、あえてそんな羨ましい連休があることを知らせるなんて、皇帝陛下はなんて思いやりのない人だ……などとは思っていません」」」」」」
……凄い、六人全員が同じ言葉を放った。
アリーチェは焦りながら言う。
「ま、待って下さい!今回は違うんです。今年の連休は、一応六大将軍の皆さんも取れることになっていますから!」
『えッ!?』
一同は困惑した。
だって、連休の合間にも様々な災厄がランドリオ帝国を襲ってくる。その危険を、一体誰が振り払うと言うのだろうか?
しかし、その疑問はすぐに解消された。
「実はアスフィさんから申し出てくれたんです。皆さんが始原旅団とシールカードの脅威を防いでくれたので、その褒美に自分がこの期間、ランドリオ帝国を守ってくれるって」
「……あいつが」
六大将軍は始祖の申し出と聞き、一気に黙り込む。
様々な思いが交差し、果たしてそれでいいのかと考える。
確かにシールカードの侵攻を阻止したことは、結果として始祖奪還を封じたことにも繋がる。アスフィにとっては感謝すべき事実であろうし、実際に彼女は多大なる恩を感じている。
だが信じていいのか。簡単にその事実を。
――けど。
そんな思いの交差は、ある男の一言で打ち消される。
「……嗚呼、嗚呼!何という僥倖!労働の神は、そして我が麗しの姫は、この私めに安らかな癒しを与えてくださったのですね!有難う、有難う!このホフマン、今日は自慢のワインを飲ませて頂きたく……」
「へえ、何だか美味しそうな話ね。――まさかホフマン、このイルディエを放って一人で飲む……なんて野暮な話はないわよねえ?」
「ひっ!?」
「ふん、確かにそうじゃな。ホフマンといえばワイン愛好家でも知られておるし……良いワインが沢山飲めそうだ」
「ひっ、ひいッ!あ、あげませんよ!あれは私が数年かけて集めた極上の……って、何ですその手!わ、私を……私をどうする気でッ!?」
まるで何の悩みもなかったかの如く、ホフマン、イルディエ、アルバートが子供のようにはしゃぐ。
「ほう、久々の休暇か。本当なら部下の強化訓練を行いたい所だが、ここは溜まった書物を読むとするか」
「あー、俺もたまには家族サービスしねえとなあ。ドライブだったら……う~ん、『群馬』か『茨城』。いや、ここはあえて『長野』にするか。『野沢温泉スキー場』で『スキー』をして、その後は温かい『温泉』で極上の一時を……くう~鱗に染みそうだぜ」
ユスティアラとジハードはプライベートをどう過ごすか考えており、心なしか表情も綻んでいる。
皆は既に、連休の過ごし方を考えていた。
何と無防備な、とは言えない。
少なくとも六大将軍達はアスフィの功績を知っているし、信頼に足る存在であると認識している。そんな代えがたい仲間に対し、一々疑い深くなるほど……ゼノス達は落ちぶれていない。
そこまで悟ったからこそ、ゼノス達はあえて考えないことにした。
「良かったですねアリーチェ様。みんな納得してくれたようで。まあ私も、アスフィが守ってくれるなら安心できますよ」
ゼノスが正直に打ち明けると、アリーチェはにこやかに微笑む。
「そう言ってくれると嬉しいです。…………それでその、ゼノス。もし宜しければ、連休中は私と…………」
「私と?」
「~~ッ。い、いえ……何でもありません」
アリーチェは何故か顔を赤らめ、最後まで言おうとしない。
一体何なのだろうか?
重要な出来事に関わる場合は聞いておくべきだと思ったが、どうやらそうでもないらしい。私情であるのならば、別に後で聞いても大丈夫だろう。
一人でそう結論付けたゼノスは、ふと自分について悩み耽る。
「――にしても連休かあ」
ゼノスは椅子の背もたれに身を委ね、両手を後頭部に当てながら思案する。
円柱の間から吹き込む暖かいそよ風。つい眠気を誘われるような感覚に溺れながら、彼は深い溜息をつく。
「……はあ」
騒がしい部屋の中で、ゼノスは複雑な心境に追いやられていた。
その原因は容易に想像がつく。
ゲルマニアとの関係悪化はもちろん――
――二週間前に再会した、ドルガについてである。
六章へ続く……




