ep14 模擬試合(改稿版)
※2015年5月2日に改稿
朝食を食べ終え、一同はハルディロイ城騎士団の棟へとやって来た。
煌びやかな主城とは違い、騎士団の活動拠点たるここはお世辞にも美しいとは言えない。外壁はゴツゴツとした鈍色のレンガに包まれ、周囲には彩る装飾や花壇さえ見かけない。ただ特徴的なのは、物々しい甲冑姿の騎士達が徘徊しているだけであろう。
変わらない光景だ。ゼノスはここで多くの時間を築き、そして多くの出会いと別れを繰り返してきた。
それだけではない。彼は数え切れないほどの英雄譚を残し、ここでは憧れの存在として君臨していた。あの時の栄光を考えると、ゼノスは感慨深く――
――は、ならなかった。
「ふわああああ……あふっ」
ゼノスは堪えきれない欠伸と共に、眠気眼のまま騎士棟を見上げる。瞳から零れ出る涙は感動から来るものではなく、恐らく欠伸後の自然発生したそれだろう。
どちらにせよ、全く懐かしがっていないのは確かである。
時刻は午前七時半前。ライン達と会話してた時は大丈夫だったが、いざ到着した途端に眠気が襲い掛かってきたのだ。長年の不規則な生活のせいで、早起きに適さない体質になっていたらしい。
ゼノスもう一度欠伸し、怠惰な声を漏らす。
「……眠いし、重いし、面倒だ」
到着早々の文句に、同じく付いてきたラインとロザリーは呆れる。
「……本当ならこれが日課。ゼノスは、毎日だらけすぎ」
「ロザリーの言う通りだね。全く、日頃のだらけ具合が仇となったんだよ」
ゼノスはなるべく聞こえないように、手で耳を抑えていた。二人の駄目出しが身に染みてしまうからだ。
「はあ、それでちゃんと戦えるのかい?試合途中で寝たりしちゃ駄目だよ?」
「んなヘマはしないって。六大将軍の連中と戦うならともかく、相手は単なる騎士団員だろ?本当なら剣さえ使う必要もない」
ランドリオ騎士団は確かに優秀である。武を重んじるだけあって、入団試験は他国よりも圧倒的に難しい。生死を分ける試験に合格し、尚且つ明確な成績を残し続けない限り、ここランドリオ騎士団内での出世は有り得ない。
ゼノス達がこれから対峙する相手は、恐らく騎士団の中でも上位に位置する存在。そういった奴等は、侵略戦争や魔獣討伐を幾度となく勝利に導いた猛者であるのは間違いない。
しかしだからといって、彼等と六大将軍を比べるのも有り得ないのだ。
侵略戦争?それは所詮人間との戦いだろう?六大将軍は人間以上の存在――神や悪魔、その他人間とは程遠い高位存在との戦いに挑んでいる。
魔獣?奴等は六大将軍にとって、そこら辺の犬や猫と何ら変わり映えしない。彼等にとっての危険な魔物は――神獣である。
もはや六大将軍とランドリオ騎士団は、考えにも違いが生じている。その時点で、ゼノスが連中に負ける理由などどこにも見つからないわけである。
「そんなのは分かってるさ。けどそれじゃ示しがつかない…………よ……」
ふいに、ラインの苦言が止まる。
目的の試合会場に着いた途端、ゼノスとロザリーも苦渋の顔を見せる。
ゼノスは嫌々ながら、周りを見渡す。
模擬試合を目的とした楕円形の闘技区画が中央に設置され、その周りを囲むように現在、早朝ながら大勢の人々で賑わっていた。
連中の恰好を見る限り、大半がランドリオ騎士団か物好きの貴族一同だろう。その中に見慣れた者がちらほら見える。約二年ぶりにお目通りする人々だが、ゼノスは気にもならない。むしろ辟易とした様子でこめかみを抑えていた。
「……なにこれ?」
ロザリーもまたうんざりとしたように尋ねる。
「よくあることだ。騎士の方は義務で参加してる奴もいれば、興味本位で観戦しているんだろうが……貴族の方は違う。こうやって、憎い騎士の揚げ足を取るネタを探しに来てるんだよ」
「……趣味が悪い」
仰る通りで、とゼノスは心中で答えた。
けど貴族の揚げ足取りなんて、騎士国家であるランドリオ帝国の前では無力にも等しい。せいぜい鬱憤晴らし程度のものだろう。この場で貴族共を気にする騎士なんて、多分誰もいないに違いない。
三人は観客席を横から見下ろしながら迂回し、両騎士団の控室代わりとなるテントへと向かう。
既にテント内には両騎士団が勢ぞろいしており、ニルヴァーナやリリスは相手騎士団の代表と和やかに談笑している。
相手はここからでは見えない。……が、どこかで見知った者かもしれない。
何となく気になりながらも、テントの中へ入ると――
ゼノスは意表を突かれてしまった。
「――ッ」
まさかいるとは思わなかった。
テント内では、試合を行う両団の三名ずつが整列し、対面しているのだが――相手側にはプラス何名かが付いていた。
彼等はゼノスが知っている所か、ランドリオ帝国では知らぬ者はいない有名人である。
「中々骨のある団員ね、ニルヴァーナ団長。これはランドリオ騎士団にとって、経験深いものになるでしょう」
「お褒めに預かり、感謝するイルディエ殿。かの『不死の女王』の言葉、深く心に刻みました。」
まず一人、六大将軍であるイルディエだ。ニルヴァーナに感想を述べながら、ちらりと入ってきたゼノス達を見やる。
そしてその顔が驚愕に包まれたが…………あえて気にしない事にしよう。
更にもう一人、ゼノスを難しい顔で見てくる者がいた。
「……そうじゃな、確かに」
返事も適当にこちらを凝視してくるのは、重厚な鎧を着ている白髪の老人――実はこの男も、六大将軍だったりする。
名前はアルバート・ヴィッテルシュタイン、将軍としては最も経歴が長い人物でもある。六大将軍になる前は北の国の武装遊牧民族の首長をしていたこともあり、極めて好戦的である。彼もまたゼノスに目を向けるが、こちらは毅然としている。
とにもかくにも、これでもうゼノスの存在が分かってしまった。
最初から見つからないよう行動できる自信はなかったが、こうもあっさり見つかるとは……。
ゼノスはげっそりとしながらも、あとの二人へと視線を移す。
「初めましてですね、ニルヴァーナ様。昨日はお会いできず、申し訳ございません。ランドリオ帝国第一皇女、アリーチェ・フォン・ランドリオです」
「こちらこそ、皇女殿下にお会い出来て光栄です。騎士団同士の模擬試合、ぜひとも堪能下さい」
……二人の会話を、ゼノスは達観的に見据えていた。
――アリーチェ様。
二年前まで仕えていた主であり、ゼノスが最も敬愛する方。……嗚呼、相も変わらず美しい。
ゼノスは二人の戦友と主君を前に、思考が揺らいでいた。
再会は確かに嬉しい。彼等と過ごした日々は少なくなく、最も苦楽を共にしてきた仲である。……だが今のゼノスにとって、最も会いたくない人達でもあった。
何も告げずにランドリオを離れた思い出が、否が応でもよみがえる。
「……はあ」
もはや考えるだけ無駄だ。
朝方のライン達との会話を思い出し、なんとか胸の苦しさを和らげようとする。
そう、過去は過ぎ去ったのだ。今更思い悩んだ所で、取り返しはつかないし、考えても徒労に終わるだけだと思う。
……まあ、六大将軍の二人は絶対に後で話しかけてくると思うが、要は当たり障りのない会話で済めばいいだけのこと。何か頼まれたとしても、それをきっぱりと断ればいい。簡単な話である。
悶々と頭の中を整理しているうちに、どうやら向こうも話が纏まったらしい。形式的な挨拶も済み、アリーチェと六大将軍はニルヴァーナから離れる。
「では、私達はそろそろ観客側に移らせていただきます。良い試合を期待しておりますよ」
そう言い残し、アリーチェはイルディエとアルバートを連れて去って行く。
同時に、相手の一人の騎士団員がゼノスへと近づいてくる。リリス、ニルヴァーナにも団員が近づく。どうやら、両者の対戦相手が言葉を交わす順番が来たらしい。
ゼノスの相手は、長身ながらに優男の容貌をした茶髪の男。
こちらに笑みを浮かべ、そっと握手を求めてきた。
「どうも、貴方の対戦相手となるマルスと申します。階級としては、王女近衛部隊隊員です。どうぞ宜しくお願いします」
「……ああ、宜しく。俺はゼノス、弱いなりに頑張ってみせるよ」
ゼノスは一切表情を緩ませることなく、相手の握手に応じる。
「おやおや冗談を仰る。シルヴェリア騎士団員は、個々人全員が強いと聞き及んでいますよ?でしたらあなたもお強いはずで」
「――なあマルスとやら、そろそろこんな三文芝居はやめにしないか?」
飄々とした口調で喋ってくるマルスに対し、ゼノスはぴしゃりと言い放つ。誰の耳にも届かないよう小さく、しかし覇気のこもった一声を。
マルスは一瞬だけ目を見開き、やがて口端を曲げる。
「……せっかちな人ですね。少しはランドリオ騎士団員、マルスを演じさせてくださいよ」
彼は肩をすくめながら言う。傍目から見れば、マルスが冗談を言っているようにしか見えない。
「――何の真似だ。言っとくがお前、俺がここで化けの皮を剥がせば終わるぞ。それを承知の上で、ここにいるんだよな?」
「おや、貴方はそういった面倒事には関わらないと思っていましたが……?」
「なに、ちょっとつつけばすぐに終わるさ。この模擬試合でな」
戦えばすぐに判明するだろう。恐らく、六大将軍であるイルディエやアルバートも。
闘気に混じる邪気は、紛れも無く特異な力を持つ者の証拠だと。常人には分からずとも、戦いに精通する者ならばすぐに読み取れる。
マルスはしばし怨嗟の念を向けてくる。
――どうやら、正解のようだな
後は戦いの中で分かって来るだろう。
奴の本性が。
マルスは気を取り直し、元の優男の表情に戻る。
「ではゼノス殿、さっそく始めましょうか。どうやら僕とゼノス殿が最初のようなので。……それに王女様や将軍が見てる手前、早く始めないと……ね?」
「その点に関してはお前の言う通りだな。――さて、と」
ゼノスは周りを確認する。
既にニルヴァーナとリリスは観客席に移り、静かに俺達の試合を待っている。他の観客も、そして最前に立つ六代将軍とアリーチェも無言を貫いていた。
二人は観客席の合間に設置された階段へと向かい、何も言葉を交わさないまま闘技場へと降りていく。突出した四方形の舞台へと登り、互いが対峙する形をとる。
深呼吸し、ゼノスは外套代わりのマントを脱ぎ棄てる。
とても薄っぺらい、安物だとすぐ分かるプレートアーマーを普段の服の上に身に着け、皮製のブーツと手袋を装着していた。どうやらこれが見習いの正装らしい。
そして腰に吊るしていた安物の剣を抜き、直立の姿勢となった。剣に関してはかなりいまいちだが、この戦いでは丁度いい。これで勝てる自信は大いにある。
対するマルスも同じく剣を構え、下段の態勢となる。防御に特化したその姿勢は、まさにランドリオ騎士団が使う構えそのもの。全方位からの攻撃に反応できる隙のない構えだと、ゼノスはしみじみと思った。
さあ、両者の戦闘準備は整った。
ゼノスは構えという構えを見せず、マルスは下段の構えで。
「……それで宜しいのですか、ゼノス殿」
「ああ問題ない。それよりもさっさと始めよう」
そう、それが開始の合図だった。模擬試合に号令など存在しない。
「――ちえいっ!」
先手を繰り出したのはマルスだ。勢いのある掛け声と共に、滑り込むようにゼノスの間合いへと踏み込んでくる。下段の構えをとっていたにも関わらず、先攻をきる。
……まんまと挑発に乗ったか。
普通人からすれば余程の速さなのか、周囲からは感嘆の声音が零れる。
だが一方のゼノスはというと……
――遅すぎる。これだと刃ごと破壊して切り込めるぞ……。いやでも、それだと実力がバレちゃうしな……。
と、余裕な面持ちであった。
結果として、ゼノスはこれを見送る事にし、何となく構えた剣でマルスの剣と交差させ、鍔迫りという形で相対した。
――ここで聖騎士流剣術を見せたら、間違いなくイルディエかアルバートが勘付くだろうなあ。
……てか、もう気付いてるか。
彼等とはもう長い付き合いである為に、ゼノスは来なければ良かったと心の底から思う。
ゼノスは絶妙なリズムでマルスの剣撃を見事に受けていく。彼の剣筋は洗練されているが、如何せん単調すぎる。そこに力強さがあれば別であるが、マルスは力で屈服させる程の筋肉を有していない。だから必然的に瞬発的な剣捌きが要求される。
単純に彼を評するならば――凡人だ。
だが油断は出来ない。相手があの晩に出くわしたシールカードの持ち主――ギャンブラーならば余計にだ。
「くっ……やりますねっ!」
マルスは必死の形相でゼノスに切り込んでいく。優勢と見られがちだが、この場合はゼノスに遊ばれていると言った方が正しい。
それもそのはず、ゼノスには傷一つ付いていない。全ての剣撃はゼノスによって受け流され、良い所は突いているのだが、ほんの僅かな差で避けられている…………それが周囲から見た現況ではなかろうか。
切磋琢磨する両者。今のゼノスはマルス同様――凡人を演出している。
「脇が甘いな。隙を作る原因になるぞ、それ」
なんて、ゼノスは簡単にアドバイスしながら獅子奮迅の激闘を繰り広げる。
「ふ……はは、余裕ですね!本気でないおつもりですか?」
「それはお前の想像に任せる。――何にせよ、もう飽きたな」
ゼノスはようやく攻勢に移る事にした。
聖騎士流剣術は目立つゆえに使用しない。基本剣術で――倒す!
マルスの猛攻を剣で跳ね返し、後手の反撃を開始する。
「はあっ!」
あたかも必死な形相を作り、同時に剣を横薙ぎする。マルスはその剣撃をしゃがむ事で回避し、ゼノスの膝を斬り込みに掛かる。
しかしマルスの一撃は脆くも崩れ去る。ゼノスは後方へバック転する事で致命傷を逃れ、そのアクロバットな動きに観衆は驚きの声を漏らす。
マルスは追随しつつ攻勢を劣らせない。素早い振りはゼノスを防戦一方の状態に陥れている――ように観衆は見て取っている。
だが現実は反対である。ゼノスは必殺の一撃を狙うために、あえてマルスの疲労を誘っているのである。こうも激しく斬りかかれば、いずれ相手は大きな隙を作る。
そして――機は訪れた。
マルスが片足をよろけさせた瞬間、ゼノスは目にも止まらぬ速度で急迫する。マルスの短い悲鳴を掻き消すように剣を振るう。
そのゼノスの攻撃がとてつもなく重い。何とか抑え込むが、徐々に剣を持つ手が痺れ始め、同時にマルスは、自分が劣勢に立っているのだと思い知らされる。
両者の刃が交わり、容赦ない鍔迫り合いがまた巻き起こる。
「ぐっ」
マルスは既に限界に近付いている。手も、足も、集中力も限界に達しているせいか、身体を踏ん張ることもままならない。
「……なあマルス、お前自分で分かってるだろうか」
ゼノスは有利にも関わらず、一切の余裕を見せない。寒気さえ覚えるほどの視線を浴びせ、徐々に相手を追い詰めていく。
――そこに、怠け者ゼノスは存在しなかった。
「な、なんでしょうかね」
それでも尚、誤魔化し続けるマルスに――ゼノスははっきりと言い放つ。
「――道化の皮が剥がれているぞ、貴様。自分で気付いてるかは知らないが……段々とドス黒い気配が露出していってる」
逃しはしない、許しはしない。本能的なゼノスの正義が露わになり、目の前に存在する悪を睨み付ける。
しかし、ゼノスとて鬼ではない。ここで容赦なくマルスを断罪する方法もあるが、一応ゲルマニアの事もある。少々甘いかもしれないが――
「けどまあ、ゲルマニアはお前の事を凄く心配している。……悪い事は言わないから、今すぐ厄介事から退け。それがお前のためにもなるんだぞ」
ゼノスは説得する。このマルスのために。
だが、当のマルスは素直に応じようとはしない。反省する気がないどころか、静かな怒気を露わにしていた。肩を震わせ、獲物を射止める狩人のようにゼノスを見据える。
「…………貴方に何が分かる。いや、分かってもらうものか!あの苦しみは……私だけの!」
「……マルス」
どうやら深い事情があるようだ。
それが何かは分からない。しかし、マルスが愚行を止めないという事実だけは分かった。
既に言うべき事は言い尽くした。問い詰め、さらに警告したのだから十分であろう。――あとは、この試合を終わらせるだけだ。
「ふっ!」
ゼノスは均衡する競り合いを抜ける為に、そして目の前のマルスを宙へと舞い上げる為に――巨人にも劣らない力でマルスを斬り上げる。
案の上、マルスは剣閃を剣によって防御したが、彼自体を地上から切り離すことが出来た。彼は今、空中で無防備の状態になっている。
「――ッ、何て馬鹿力っ!」
人間一人を軽々と投げ飛ばす、これが簡単なようで至難の業である。強靭な肩は勿論、投げ飛ばす際のタイミングを間違えれば自分にも被害が及ぶ。
だがゼノスにとって、そんな心配は杞憂に過ぎない。彼の身体はやわに出来ていないし、これしきで壊れてしまうならば――とっくのとうに死んでいる。
ゼノスは宙高く舞い上がるマルスを見据え、自らもまた大きく跳躍する。マルスへと急接近し、彼の胸倉を掴む。しかしマルスはその手を無理やり剥がす。
空中で何度か剣を交わし、両者は突き飛ばされるように地上へと落下する。
何とか体勢を崩さないまま着地し、ゼノスとマルスは最後の一太刀を浴びせんと突っ込む。
――そして、甲高い最後の音色が響き渡る。
結果は当然――マルスの勝利である。彼が放った一撃は、容赦なくゼノスのオンボロ剣を宙に打ち放ったのである。……まあこれも全部、ゼノスがわざと手放しただけなのだが。
僅かな静けさの後に訪れたのは、割れんばかりの歓声であった。貴族連中は面白くなさそうに拍手するだけで、騎士達は自分のことのように席を立ち、マルスに対する歓喜の悲鳴を上げる。
「や、止めっ!この試合、ランドリオ騎士団の勝利!」
審判の号令により、ゼノス達の試合は粛々と幕を閉じる。
マルスは腑に落ちないとばかりに睨んでくるが、こちらとしてはどうでもいい試合。勝っても負けても嬉しくないし、悲しくもない。
――後で誰も居ない場所で、マルスを殺せればいい。ゼノスは少なくともそう思っていた。
「……はは、どこまでも目立ちたくないと来ましたか。最悪、この場で殺されると思っていたのですがね」
「皇女殿下の前でそんなことするわけない。……まあどちらにせよ、後で殺してやる。覚悟しろ」
ゼノスはなるべく殺気を抑えながら告げる。
「そうですか。――けど、そう上手くいきますでしょうか?」
「なに?」
「そのままの意味ですよ。……詳しいことは、貴方に教えるつもりはありませんが」
そう言って、マルスは闘技場を後にする。彼は沢山の騎士に祝福されながら、皇女アリーチェの前へと赴く。何かしたらのお言葉を賜っているのだろう。
一方のゼノスは、マルスの言葉が頭を離れなかった。
まるでもう遅いと言わんばかりに、余裕綽々の言葉を放っていたが……一体どういうことだ?
ゼノスはその場で思案していた。――が、それはとある一言で終了した。
「こらああッ!!ゼノス!早く観客席に来い!!」
と、サナギからそんな罵声がかかってきたからである。
よく見れば次の相手同士がゼノスの退場を待っているようであり、観客もまた同じのようである。早く失せろ敗者、とでも言いたげな視線ばかりである。
「はあ……」
まあいい、ひとまず一段落はついた。シルヴェリア騎士団の皆は試合に集中しているようで、ゼノスに語り掛ける者は一人もいない。
かといって観戦するのも面倒だし、試合後の感想を熱心に言い聞かせる性分でもない。後は時を待つのみなので、この場でゼノスが果たすべき使命は何もない。
なので場外に出て、颯爽と人気の無い場所で寛ぎに行く事にした。
ゼノスは皇女と六大将軍の傍にある階段へと向かい、その先にある昔利用していた休憩所へと行こうとする。――が、
「あ、ゼノス様お待ちください!」
突如、階段の登り途中でアリーチェに呼び止められる。周囲がぎょっとするのも気にせず、彼女は早足でゼノスの元へと近付く。
「あ、あの、先の試合は見事でした。惜しくも負けてはしまいましたが、ゼノス様の戦いはとても素晴らしかったです」
「……恐縮です。これからはもっと強くなるよう、精進していきたいと思います」
ゼノスは若干目を反らしながら答える。
何だってまた自分に……。他の連中なら普通に話せる自信はあるが、アリーチェが相手だと、急に罪悪感というものが膨れ上がってくる。
一刻も早く立ち去ろうとお辞儀をし、踵を返そうとするが……アリーチェの驚いた表情に、すぐさま立ち去ることが出来なかった。
ほんの数秒間見つめ合った後、アリーチェから思いもよらぬ言葉がやってくる。
「……失礼ながら、もしかして貴方と私は…………その、どこかでお会いした事とかは?」
「――――ッ!い、いえ、それは決してありません!ええありませんとも!」
我ながら素っ頓狂な声が出たと思いながらも、必死に否定するゼノス。
それを聞いたアリーチェは残念そうに俯き、やがて小さく頭を下げる。
「そ、そうですか。……変な事を聞いて申し訳ありませんでした」
「だ、大丈夫……です」
ぎこちない会話にそれで終わり、両者は離れていく。
とてつもない悲しさを秘めたまま、ゼノスも休憩所へと向かう。
さて、これでようやく落ち着ける……と思ったが、そうもいかないようだ。
……ゼノスは分かっていた。その後ろから、二人の六大将軍が付いてきて、ゼノスに会おうとしている事が。




