ep24 和解と異変
ロダンとの勝負に決着がつき、ひとまずアルバートはゼノス達と合流することにした。
ゼノス、ユスティアラ、そしてゲルマニア一行が雪原へと辿り着くと、そこには膝をつくロダン。アルバートのマントを掴みながら所在なく佇むセラハがいた。……ゼノスは彼女を見た瞬間、堪えようのない殺意を覚えるが、今は一生懸命抑える事にした。
最初に口火を切ったのはアルバートであった。
「小僧、お前も無事のようじゃな」
「ああ何とか。……そっちこそ、何らかの形で終わらせたようだな」
「そうじゃな……」
ゼノスの底知れない威圧感に、さしものアルバートも曖昧な返事をするしかなかった。
その異様な様子に皆が気付き始める。
「……ゼノス?何かあったの?」
ロザリーがおそるおそると尋ねる。
ゼノスはハッとし、意識をセラハからロザリー達の方へと移す。
「……まあ、この女には色々と恨みがあるもんでな」
恨み。
まさかゼノスの口からそんな発言が出るとは思わず、アルバートとゲルマニア以外の人間が目を見開く。アルバートは同情の瞳を向け、ゲルマニアは心配そうに見守る。
そうか、一部の人間以外は知らなかったのか。
ゼノスがまだ幼かった頃、この女はゼノスの大切な人々を殺した。その現場には居合わせなかったが、アルバートからその事実を聞かされて以来……ゼノスはセラハを憎しみの対象として見ていた。
だがその事実と同時、セラハはアルバートの手によって殺したとも伝えられた。だから死んだ人間に対して憎悪を煮やすのは止そう。そう思いながら今まで過ごしてきたが。
生き返ったと知った以上、取るべき行動は一つ。
リベルタスを出現させ、剣先をセラハへと向ける。
「……何をする気じゃ」
「さあな、それはアルバートの言葉次第で決める。あんたがどう言い訳するかによって……な」
途端、ゼノスは抑えていた殺気を爆発させる。
周囲の雪が吹き飛び、彼の周囲に佇む者達は軽い眩暈を覚える。ロダンに至っては小さな悲鳴を上げ、足を震わせながら怯えている。
「……ゼノス」
ふと、ゲルマニアが小さく呟く。
彼女は出来るならば、ゼノスの行動をすぐにでも止めたいと思っていた。しかし今の関係では、それすらもままならない。言い出す勇気が見つからず、その思いを持て余していた。
ゼノスはそんな儚い気持ちにも気付かないまま、更に続ける。
「答えろアルバート。事と次第によっては……そいつを斬り捨てる」
怨嗟の念が宿った、苦痛の声音。
余計な一言は彼の感情を逆なでにし、容赦なく殺しにかかるだろう。ここで真摯な態度を貫かなければ、最悪ゼノス対アルバートという結果に陥ってしまう。
――勿論、アルバートは正直に答えるつもりだ。
言うなれば、彼の人生を狂わせたのはこの自分――アルバート・ヴィッテルシュタインだ。自分がセラハの傍にいれば、彼女が狂うことはなかった。息子であるロダンの横暴も食い止めることが出来た。
全ての根源は、セラハが年端もいかない頃。
王国の統治に嫌気が差し、まるで逃げるようにランドリオ帝国六大将軍になったことが最大の原因だ。
全てはそう、自分の責任である。
「おじいちゃん……」
「お前は気にしなくていい。後の事はおじいちゃんに任せなさい」
アルバートはそう言ってセラハを引き離し、おもむろにゼノスに対して土下座をしてきた。
冷たい地面に頭を擦りつける様を見て、ゼノスは絶句した。
「――セラハを許せとは言わん。じゃがセラハをこういう風に仕立て上げたのは、紛れもない儂自身じゃ。この子は根っからの悪党じゃない……儂が傍にいてやれば、この子は生きたまま罪を償うことが出来る」
「……だから見逃せと?」
「そうじゃ。確かに殺そうと思えば簡単に殺せる。けどお前の兄姉弟子を殺した懺悔をすることは――未来永劫、出来なくなる。それではお前の心が晴れることはないじゃろ?」
「……」
「頼む。勝手な要望なのは分かっておるが――それでもッ!」
しわがれた声をより一層強く放つ。
罪を償うチャンスをくれと、アルバートは初めて乞い願った。
確かに勝手な願いだ。
勝手すぎて、ゼノスは呆れ果てるしかない。
「そうか」
満足のいく返答ではないが、これ以上不毛な会話をするつもりもない。
だから斬り捨てる――こともしない。
ゼノスにとっては殺したいほど憎い存在だが、殺したからといって自分の気分が晴れるわけでもない。……それに復讐目的で殺す行為は、ガイア達も喜んでくれないだろう。
彼は自らの放った殺気を抑え、おもむろにセラハへと近付く。ここで彼女にもその覚悟があるかを問い正そうとしたが、その必要はなさそうだ。
目を見れば分かる。
狂人の瞳とは違う、固い意思のこもった瞳だ。
意思とは言うまでもない。今まで犯してきた罪を洗うべく、その生涯を使うという意思である。
「……私は」
セラハが何かを言い出そうとするが、ゼノスは手でそれを制す。
「言葉は不要だし、大体言いたい事も分かる。――謝る代わりに、今後の行動でその反省を示せ」
「……ふ、そう言われちゃ…………返す言葉もないね」
薄く微笑み、ゼノスの言う通り、口を閉ざす事にした。
「さて、これで大方の問題は済んだようだが」
済んだとは断言せず、ゼノスだけでなくその場にいた人間が地平線上へと厳しい視線を送る。
――何かが来る。
多勢で押し寄せ、その全てが末恐ろしい何かが。
アルバートは逡巡しながらも、今まで起きた出来事を話す。
シールカードが天へと昇ったという事実に関しては、誰もが驚きを隠せなかった。
「そんな事が……」
ゼノス達は何が起きたのか理解出来ず、やがて一つの行動に出る。
自分の片耳を手で押さえ、ゼノスはある人物を呼んだ。
「――おいミスティカ。聞こえるか?」
『…………』
駄目だ、聞こえない。
何度も彼女の名前を呼ぶが、やはり反応はない。異世界でいう電波が届かないのか、それともだんまりを決め込んでいるのか。今のゼノスには理解が及ばない。
だがまもなく、ゼノス達はシールカードが持ち主の手を離れた意味を知る。
――地平線上から轟く多くの者達の怒号。
――彼等は光を纏い、暴走する。
あの光は紛れもない、光の源と同じ色だ。
それを纏った集団というと、ゼノスは経験上、一つの存在しか思い浮かばない。
「……もしかして、境界線付近にいたシールカード達か?」
「どうやらそのようじゃな」
あくまで冷静に答えつつ、アルバートは戦斧を持ち直す。
「――ここは儂に任せろ。ゲルマニア達は無論、ゼノスも手出しはせんでくれ」
「一人で大丈夫なのか?」
「おっと、言い間違えたな。……正確には、『儂等』に任せてくれじゃ」
「え?」
彼は不敵な笑みを見せ、ゼノス達の後方を指差す。
促されるまま振り向くと――
いつの間にか、武器を持った老人集団が揃っていた。
しかし普通の老人とは違う、人間の域を逸脱した覇気を放っている。それもそのはず、彼等の中にはあのジーハイルも含まれている。
つまり彼等は――元始原旅団の連中だろう。
「ふん、流石は儂の元相棒……予想していたのかの?」
そう言われたジーハイルは、かつての戦友に言い返す。
「当たり前だろ。だからこうして、倉庫から自分達の武器を持ち出して来たんだからな」
意気揚々の答えに乗じ、他の元団員たちは揃って武具を掲げる。
「住民は全て若い連中に任せてきた。町の防衛に関しては心配ないから……存分に暴れるとしようか」
「……言われるまでもない」
長く忘れていた高揚感が甦る。
孤独を貫く六大将軍では、とても味わえない感覚だ。
その光景をきょとんとした態度で見守っていたロダンとセラハに対し、アルバートは嬉しそうに言い放つ。
「――良い機会だからよく見るといい。儂等が始原旅団として、何の為に戦ってきたのかを」
アルバートはかつての仲間を引き連れ、戦場となる舞台へ赴く。
※次回の投稿は少し空きますが、もうラストが近いので早めに投稿したいと思います。あえて日付と時間は明記しませんので、どうぞ宜しくお願いします。




