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白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
五章 雪原の覇者
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ep22 光と闇の邂逅



 しばらくの後、ゼノスは元の場所へと戻る。




 アルゲッツェ王城の玉座の間。石造りの玉座に座るジスカと相対する位置に、ゼノスは両膝を地面についた状態でいる。目立った束縛はされておらず、身体は自由の身だ。



 しかしゼノスは、苦渋の表情でジスカを見据えている。



 有り得ないといった感情を秘め、声を絞り出すようにして言い放つ。



「……確かジスカと言ったな」



 第一声にジスカは首を傾げつつ、素直に答える。



「勿論、この程度で嘘などつかないわ。……でもそれより先に、もっと疑問を持つべき点は多いんじゃなくて?例えばここに連れて来られた理由とか」



「……それ以上に聞きたいことがある」



「ふうん?一体何かしらね」



 彼女はにやつき、足を組み直す。



 そうした余裕の態度に苛立ちを覚えるが、ゼノスは平静を取り繕いながら、淡々と告げる。



 呼び起こされた記憶と、徐々に取り戻されていく力を頼りに――



「――とても、とてもふざけた話だが。初めて会ったにも関わらず……俺はあんたの容姿に見覚えがある」



 多少変わっているが、ゼノスは確信を抱いている。



 髪の色は違うけど、発せられる雰囲気が物語る。ぶつ切りにされていた記憶が修復されたことで……彼女の正体が分かってしまった。



 とてもひどい事実を。





「……何故お前が、二代目聖騎士と同じ容貌をしている」





「あら意外。ようやく思い出したかと思えば、そんな事まで忘れていたとはね」



「答えろ!どうして貴様が二代目の、カスタリエの姿をしている!」



 ゼノスの怒号を聞き受け、ジスカは口端を曲げる。



「何故かしらねえ。でも貴方がもう一つの真実に辿り着いたのならば、大方の予想はつくんじゃなくて?」



 そう言って、ジスカは見せつける様に右手をかざす。



 すると手の平の上に――ある一枚のカードが現れた。



 カードは淡いオーラに包まれ、宙に浮いた状態でゆっくりと回っている。他のシールカードとは逸脱した、禍々しい波動を帯びている。



 ――おそらくそれは、始祖たる力を形成する核。



 シールカードの根本を司るものだろう。



 だが、ゼノスは驚かない。



 むしろ納得がいったという表情をし、疑惑が確信へと繋がった瞬間でもあった。



 ――今なら分かる。この邪悪で歪な覇気の胎動が。



 どくんっ、とゼノスの心臓を跳ね上がらせるこれは……二年前にも嫌と言うほど味わったからだ。



 アスフィとは違う。だが似て非なる存在。





 彼女が始祖の片割れと呼ぶ存在。二年前、ゼノスが死守戦争で戦った始祖の人格――それがジスカであろう。





 信じたくないが、最悪の再会と言ってもいい。



 あの二度と経験したくない戦いを思い起こし、ゼノスは必然と生唾を飲み込む。



「……アスフィから聞いたことがある。自分は始祖の片割れだと。お前がもう片割れ……だよな?」



 ジスカは口元に笑みを浮かべる。



「その通り、ええ大正解。――久しぶりねえ、ゼノス・ディルガーナ。あの死守戦争で自暴自棄になったと聞いたけど、案外元気そうね」



「余計なことはいい。山ほどある疑問に答えてもらうぞ」



「疑問、ねえ。……嫌だと答えたら?」



 軽い挑発には乗らず、無言のまま拳を握り締める。



 右足を一歩引き、左手の拳を顎辺りへと持っていく。



 ――徒手空拳の戦闘スタイル。徐々に力が戻りつつあるのは確かだが、本来の状態だとはとても言いきれない。



 一般兵以上達人以下。どちらにせよ、未だ常人レベルの域にいる。その状態ではリベルタスを使役する事は出来ない。



 剣も鎧もなく、信じられるのは己の肉体のみ。



 ジスカとの話がすぐさま出来ない場合、ゼノスはこの拳で絶望的状況を乗り越えなければならない。



「気が早いのね。まだ答えないとは断言してないわよ?」



「最初から答える気なんてないだろ」



「そうとも限らないわ。……昔のことは話したくないけど、この私の今の目的なら教えてあげる」



「……」



 大体予想付くことだが、ゼノスは耳を傾ける。




「――この手でアスフィの持つ力を吸収し、完全なる始祖の力を得る。封印から目覚めたばかりの二年前ならともかく、今なら真の始祖として君臨できるはずだからねえ……ふ、ふふ」




「その力は何の為に使うんだ?」



「……もちろん、この世界を破壊するために」



 全く予想通りの回答だった。



 下らない茶番であり、よもや話し合えるような状況ではない。



 全ての謎も、結局はゼノス自身の手で掴まなければいけないというわけか。



「――なら、無理やりにでも吐かせてやるよ!」



 ゼノスはありったけの力を足に込め、地面を蹴る。



 空想の自分は瞬時に間合いを詰めているが――



 (くっ!)



 現実の自分は遅い。限りなく遅かった。いつも見える光速の世界とは程遠い、周囲の者や状況がはっきりと見える世界だ。



 内心で舌打ちをしながらも、走る速度を落とすつもりはない。



 恍惚とした表情を続けるジスカへと向かい、左拳を更に強く握る。左肩ごと後ろへと反り、バネのように左拳を放つ。



 目標はジスカの顔面。




 ――しかし寸での所で、渾身の打撃が弾かれる。




「!」



 ジスカ自身は何もしていない。




 ゼノスは突如介入してきた人物――黒銅の暗黒騎士へと振り向く。




「貴様……あの時の!」



『……』



 彼は瞬く間に現れ、その武骨な籠手でゼノスの拳を受け止める。ゼノスが焦った様子で言い放つが、騎士は何も言い返そうとしない。



 ただ淡々とゼノスの手首を反対の籠手で握り締め、玉座とは真反対の方向へと投げ飛ばす。



 ゼノスは空中で体勢を何とか整え、負傷することなく地へと着陸する。



『すまねえな。俺が辿り着いた時には、もう例の侵入者に破壊されていたぜ』



「気にすることないわ。所詮、ロダン国王陛下への口実として作ったものだから。あれがなかったらランドリオ帝国を揺する事も出来なかったけど……もう必要ないしね」



 ゼノスの事など眼中になく、ジスカは午後のお茶会のような会話をする。



 あれこれ確認を取り合った所で、ようやく暗黒騎士の方がゼノスを注視してくる。



『……こいつは例の。もうこの男に用は無かったんじゃねえのか?』



 暗黒騎士が腰に手を当てながら問う。一挙一動の仕草だけで鎧の重厚な音が鳴り、それだけ鉄壁に包まれた防具だという事を分からせる。



 リベルタスの渾身の一撃でも……砕けるかどうかは分からない。



「ふふ、そうね。この目で質と脅威の度合いを計らせてもらったけど、この子はまだまだ『弱い』。――けど白銀の聖騎士を名乗る以上、早い内に摘んだ方が後の為にもなる……そうよね?」



 ジスカはゼノスに言い聞かせるように、嫌らしい微笑みと共にそう告げてくる。



 ――弱い、か。



 奴にとって、今代の聖騎士は弱小に位置すると決め付けた。全ての極意を習得し、聖騎士としての心得を弁えたゼノスに対して。



 けど彼女はそれを踏まえた上で、尚も今の聖騎士は弱いと言い切る。



 もっと根底の……騎士としてでなく、一介の戦士として足りないものを、まるで言い当てているかの如く。



 図星を突かれたようで、あまりいい気持ちがしない。



 自然と身体は硬直し、冷や汗が滝のように噴出してくる。視界が一瞬ブレるが、頭を振ることで何とか誤魔化す。



 ――惑わされるな。今は戦うことだけを考えろ。



 ゼノスは自分を励まし、狙いをジスカから暗黒騎士に切り替える。



 ジスカはあくまで傍観を決め込むらしく、一方の暗黒騎士からは凄まじい程の殺気を感じる。この周囲を圧倒させ、人間の領域にいる者を卒倒させる覇気から察するに……現六大将軍に匹敵する力を有しているかもしれない。



 暗黒騎士は背に担いでいる大剣を抜き、その肩に刃を乗せる。





『てことは、この場で殺せって意味だな』





「そういうこと。言いたい事はもう言えたし、興味は既に失せたわ。――あの人以外の聖騎士なんて、目障りなだけよ」




 最後の言葉は酷く冷淡で、ゼノスを見下す発言だ。



 それを皮切りに――暗黒騎士の姿が霧のように消散する。




 刹那の消失。




 そして……気付けば奴の刃は、ゼノスの首を狩る寸前である。



 咄嗟の判断で上半身を大きく反らす。海老反りのような姿勢で大剣の一振りを見事かわしてみせる。



 大剣は大きく振るえば、それだけ次の斬撃へ移行する時間も掛かる。



 ゼノスはそう思い、すぐさま大剣の腹を蹴り上げようとする。――だがッ!



 暗黒騎士はくぐもった笑い声を漏らす。



『どうせ隙ありとでも思ってんだろ?……悪いが甘えよッ!』



 漆黒の籠手から歪な音を出すと同時、手元でぐらついていた大剣の揺れがぴたりと止まる。



 何と、暗黒騎士は一秒経過した辺りで体勢を持ち直した。



 通常の両手振りでも、大剣を振った後は五秒ぐらいの隙が出来る。あのゲルマニアでさえ一撃後の立ち直りは早くないし、人間の領域を超えた者でもそれなりの時間を費やす。



 この騎士は大剣の欠点を、いとも容易く克服しているのだ。



「う……嘘だろ!」



 彼の大剣は即座にゼノスへと襲い掛かる。



 振り下ろしからの振り上げ、後ろに後退したゼノスを追うように追随する俊敏な突き刺し。横にそれたタイミングを瞬時に見捉え繰り出される激しい回転斬り。



 豪胆な連撃が降り注いでくる。



『小回りの利いた大剣捌きは、最近になってようやく思い出してきた。俺はこの技で……俺は恩師にも認められる騎士になれた』



「なんの…ことだ!」



 ゼノスは段々とこなれた様子で避けながら言う。



 無心に振り回すだけでは無駄だと悟り、暗黒騎士は凄まじい猛攻を一旦打ち切る。その際にゼノスの腹を蹴り、自分と距離を離した。



「ぐっ、う」



『……さあ、俺にもよく分からねえ。お前と会ってから妙に胸騒ぎがしちまってな。もしかしたらそのせいかもしれねえ』



「胸騒ぎ……」



 不思議な事に、ゼノスも同じ気分だった。



 こうなるのは大抵、自分が絶対絶命の危機に陥るか、そうでなくても何かしらの嫌な目に遭いそうな時に表れてくる。



 しかし、この気持ちは嫌ではなかった。



 見分けの付かない複雑な気分であって、当の本人であるゼノスも分からず、とても気持ち悪いとしか言いようがない。



『まあ今はどうでもいい。お前を殺さなきゃいけねえし……な!』



 威勢の良い声と共に、大剣を正面に突き出す。



 鍔と隣接する刃からドス黒い瘴気が込みあがり、吹きすさぶ豪風のような音色を伴う。やがて瘴気の風は刃全体を漆黒に染め上げていく。



 禍々しいオーラは部屋全体を震動させ、幾千もの苦難を乗り越えたゼノスをも当惑させる。



触れるだけで全身を消滅させるだろう力が、今あの大剣に集中しているのだ。もしそんな力を秘めた大剣を振り下ろせば――一体、何千もの大群を撃破できるだろうか。



 ……駄目だ。




 まるで打つ手がない。




「暗黒騎士……ッ!まさかここまでの力があるとはな!」



『褒め言葉として受け取ってやるよ。そういうお前こそ、よく俺の斬撃をかわせたじゃねえか』



「……」



 別に今の会話におかしい所はない。



 戦闘中なのにという疑問も出るが、問題はそこじゃない。




 ――何故か、ゼノスは褒められて嬉しくなってしまったのだ。




 敵であるにも関わらず、凄まじい殺気を向けられているにも関わらず、ゼノスは今の一言が嬉しくて仕方なかった。



 奴とは一度も会っていない……はずなのだが。



『へっ、死ぬ前の人間に聞くのも失礼だが、一応名前だけでも聞いておこうじゃねえか』



「……ジスカから聞いていないのか?」



『ああ、なるべく殺す人間の名前は聞かないようにしてる。じゃなきゃやってられねえし……な』



 ほんの瞬間、彼は悲愴に満ちた声を零す。



 兜から発せられる故、そこから感情というものを知ることは出来ない。しかしゼノスは、何となくそう感じたのだ。



 死ぬつもりはないが、名前を聞かれたら素直に答えるのが礼儀。例え相手が憎かろうが、騎士道精神に反する真似だけはしたくない。



 ゼノスは一区間置き、はっきりとした言葉で伝える。




「――白銀の聖騎士、ゼノス・ディルガーナ。ランドリオ帝国の六大将軍を務める者だ」




『……………………は?』




 明らかな動揺を見せる暗黒騎士。



 意気揚々としていた大剣の動きは止まり、刃の部分だけが地面へと垂れていく。その衝撃で瘴気も消え去っていく。



足元はぐらつき、どうにか踏み止まることで倒れるのを防いでいる。しかし一歩間違えれば、そのまま地面へと倒れ込んでいただろう。



 自分の名前に反応するということは、ゼノスも知る人物なのだろうか。



『……マジ、かよ。聞いてねえぞ……ジスカッ!』



 暗黒騎士は突如、その大きな籠手でジスカの胸倉をつかむ。



 一方の彼女は一様に笑みを深めていた。



『確かにてめえの命令に従うとは言ったけど、ゼノスとだけは戦わねえって約束したはずだ!』



「ええ約束したわね。けど残念ながら、白銀の聖騎士に関しては約束外なのよねえ。ふ、ふふ」



『くっ!てめえ、それを知っていたら俺は』



「知っていたら……何?今更ごねていても遅いわね。私の気が変わらないうちに、早くケリを付けた方がいいわよ?」



 押し問答はジスカの方に軍配が上がり、暗黒騎士は悔しそうに呻く。



 どうやら主従関係とまではいかないようだが、暗黒騎士との間で何らかの約束が結ばれているようだ。細かな内容は分からないが、あまり良いものでないらしい。



 そして驚くことに、ゼノスを知る人物でもあるらしい。



 では一体誰だ?



 過去の記憶を探っても、それらしい人物は見つからない。



 ならただの一方的な逆恨み?いや、それだったらもっと黒みを帯びた妬みや怨念を押し出すはず。彼から発せられるのは、それらとは真逆の感情である。



 暗黒騎士は観念したようにジスカへと頭を垂れ、もう一度ゼノスに剣先を向けてくる。



 迷いの生じた意思のまま――。



「話は済んだか?俺を倒すなら早めにした方がいい。少しずつではあるが、元の力を戻しつつあるからな」



 飛躍的とまではいかないが、ゼノスの力は既にリベルタスを呼べる段階にまで戻っている。これもユスティアラのおかげ……なのだろうか?



 ゼノスは軽く「よし」とだけ呟き、さっそくリベルタスを呼ぶ。



 煌めく刃を構え、改めてゼノスも騎士として対峙する。



『……はは』



 一方の暗黒騎士は、何故か嬉しそうに笑う。




 見た目とは正反対の、慈愛に満ちたものだった。




『全く……立派になりやがって。今の俺じゃ何も見えないけど、逞しく成長したという事実だけは分かる』



「……」



 ゼノスは何も答えない。



 いや、あまりにも唐突すぎて答えることが出来ない。



 暗黒騎士は尚も続ける。



『でも良かった。師匠は……ガイアはお前を選んだんだな。他の奴だったら嫌だなとは思っていたが…………ゼノスなら悪くない』



「…………まさか」



 嘘だ。



 そんな馬鹿な。嘘に決まっている。



 何で――どうしてッ!?



 ゼノスはある確信に至り、困惑を隠せないでいた。



 どうしてお前がガイアを知っている。



 何故ガイアを師匠と呼んでいる。



 ――何故お前は、優しい声音でゼノスと呼ぶ。



「ッ。そうだ、これは嘘に違いない!だって彼は、あの二人は十年以上前に死んだんだ!いるはずがないッ!」



『俺もそう思いてえが、そうはいかないらしい。よりにもよって、あの小さかったゼノスの敵になるとはな』



「……」



 嗚呼、間違いない。



 信じたくないが、これは現実だ。



 幼い頃、ゼノスに多くの事を教えてくれ、沢山遊んでくれた兄のような存在。



 覚えている――いや忘れるわけがない。



 ゼノスは震える声で、幼き日に呼び続けた名を口にした。







「……ドルガ、兄ちゃん」








『その呼ばれ方も懐かしいぜ。――立派な騎士になってくれたようで、何よりだ』



 暗黒騎士――ドルガは大剣を床に突き刺し、漆黒の兜に手を当てる。



 兜を自らの手で剥ぎ取り、当時とあまり変わらない容姿を曝け出す。無造作に切られた短い金髪、武骨な男に見合う骨格。以前と違う所と言えば、整えられていない無精ひげが生えたぐらいだろう。



 それ以外は何も変わっていない。



 故に、ゼノスは驚くしかなかった。



『……なあゼノス。実は俺だけじゃなくて、ガイアとコレットも一緒にいるんだ』



「えっ!?」



『だが今は完全じゃない。ガイアはほとんどベッドで寝たきりだし、コレットも歩くだけでやっとの状態だ』



 ドルガはあえて居る場所を伝えず、二人の状況だけ言う。



 ゼノスもそれに関しては追及しない。どんな事情があるかは分からないが、ジスカの前では下手なことは言えないだろう。



『かく言う俺も、この不思議な鎧があるとはいえ盲目の身だ。だからゼノス……お前に』



「――兄さん、それ以上は言わないでくれ。あんたの言いたい事は分かるから」



『……ゼノス』



 ようやく、ゼノスにまともな思考が戻って来た。



 彼はドルガの言葉を遮り、鋭い瞳をジスカにぶつける。



「ジスカ、これもシールカードの力か?今更その力にどうこう言うつもりはないが……死者を蘇らせるとはどういう了見だ」



 無論、ドルガ達は十年以上前に死んだはずだ。



 どこかで生き延び、たまたま偶然ジスカと巡り合い、そして意気投合して仲間になった……などというシチュエーションは有り得ない。となると、ジスカが死者を復活させたとしか考えられない。



 古来から蘇生術の実現は試みられたが、大概は人外の化け物になるか、知能を持たないグールになるかのどちらかだった。



 それを見事可能にした力は恐るべきものだが、ゼノスは科学的見地からその理論を詳しく説明するよう要求する気はない。



 ――彼等を蘇らせた理由は何か。



 ゼノスはそれだけ知りたかった。



 ジスカは顎に指を当て、う~んと唸りながら答える。



「私に言われても困るわね。実際に復活させたのはエリーザだし、私も押し付けられて困ったものよ。……でもまあ、結果的には貴方を苦しめる種にはなったようだけどね」



「エリーザ……あの亡霊を操っていたギャンブラーか」



 そこでふと、ゼノスは奴との最後の会話を思い出す。



 死ぬ寸前、確か彼女はこう宣告してきた。





『ふふ、うふふ…………。嗚呼、楽しみですわ……。今この時から、貴方達の運命が私の手によって狂ったかと思うと…………胸が高鳴る気分』





 と、自らのカードを掲げながら。



 その時は何をしでかしたのか分からなかったが、今のジスカの一言でようやく繋がった。



「なるほどな。次の悪夢というのはつまり、俺の大事な人達を蘇らせ、敵側につかせることか」



 そうする事でゼノスの動揺を生み、その隙をついて命を狩る。



 死ぬ寸前に恐ろしい計画を企てたものだ。



「そうなるでしょうね。――さあ暗黒騎士、話はもういいでしょう?さっさと彼と戦いなさいな」



『ちっ……!』



 ドルガは舌打ちをしつつ、大剣を再度構え直す。



『ゼノス!俺の意思を察してるなら、この俺を殺せ!暗黒騎士として戦場に出る前に……ッ!』



「――ッ」



 ゼノスはそう言われ、剣を両手で掴もうとする。



 しかし手が震え、思うように構えることが出来ない。



 気付けば全身が小刻みに震え始め、噛み締めていた唇から血が滴り落ちる。



 ……出来ない。



 ドルガを殺せだと?何故自分が?



 兄の様な存在を、この手でなんて……ッ。



『ゼノスッ!今はランドリオ帝国の騎士だろ!何の為に騎士やってんだ!』



「……分かってる!でも……ッ」



 頭では分かっていても、いざ行動に起こす事が出来ない。口から滴る血を服の袖で拭いつつ、とても愚かな葛藤が脳内を渦巻く。



 どうする。



 どうすればいい。



 どうやってこの震えを解消し、斬り込めばいい。



 今までに感じた事のない、敵に同情する気持ち。



 騎士の癖に、勇敢にも立ち向かえない。



 遂にドルガは苦しそうな表情で「くそっ!馬鹿野郎が!」とだけ吐き捨て、まるで自らの意思と反するかのように猛突してくる。



 ――が、その接近は失敗に終わった。



 ふいに天井から旅装束姿の女性が降り立ち、持っている刀で軽々と大剣を抑え、ついでにドルガをも封じ込めた。





「珍しいな聖騎士。お前が敵を前に躊躇するとは」





「――ッ!ユスティアラか!」



 突然の参戦に、ゼノスは少なからず救われた気分だ。



 彼女は天千羅刀術を発動しようとするが、畏怖を感じたドルガは真っ先に離脱。大きく後退してジスカの隣にまで退避する。



 ユスティアラは刃を立てて左足を前に出し、八相の構えをとる。



「ふむ。如何に本来の力があったとしても、この状況では中々きついか」



 漆黒の双眸は暗黒騎士を、その次にはジスカを射捉える。



 彼女もまたジスカの異様な気配に気づき、白く艶めかしい首筋に冷や汗を流す。その反応は当然であり、むしろ呼吸が乱れないだけ素晴らしいものだ。



 ゼノスとユスティアラは慎重に慎重を重ね、相手の出方を見計らう。



 ……が、予想外の言葉が放たれる。




「――潮時ね」




 ジスカはつまらなそうに溜息をはき、スッと玉座から立ち上がる。



『どうした。ジスカからすれば、まだやるべき事を果たしてねえと思うが』



「その通り、けど事情が変わったわ。――もうそろそろ向こうのカタが付く。流石に六大将軍三人を相手にはしたくないからね」



『……なるほど』



 ドルガは何となくホッと安心した表情で頷き、大剣を肩に担ぐ。



 ジスカはその手を空に触れることで、何もない場所に漆黒の渦を出現させる。



 まずはドルガが渦へと足を踏み入れ、一度ゼノスを見つめた後、その身体ごと渦の中に飲み込まれていく。



 次にジスカが片手を入れるが、ふいにぴたりと止まる。



「ああそうそう。別に忠告するわけではないけれど、それは由緒ある白銀の聖騎士様に言ってあげたいことがあるわ」



「……何だ」



 彼女は不気味に微笑み、見下した様子で答える。




「――聖騎士ゼノス、貴方はあまりにも歴代に頼りすぎている。だからこそ弱い。聖騎士流剣術は万能じゃない事を、よく知っておくことね」




「ッ!!」



 言いたいことだけ告げ、ジスカもまた渦へと消えていく。



 勿論、追う気はない。そのまま渦が消えるまで見つめ、完全に消失した所で、両者はようやく警戒心を解く。



「……面妖な。もしやあれが、シールカードを束ねる長か?」



「ああ……。油断は禁物だろう」



 ゼノスが力なく返答する。



 するとユスティアラは、まじまじとこちらを見つめてくる。



「何だよ?」



「いや、特に用はない。だが先程の言葉にやられたのかと心配している」



「……」



 先程の言葉とは、ジスカが最後に言い放ったものだろう。



 ――ゼノスは歴代聖騎士の編み出した剣術に頼りすぎている。



 それは奴の出任せでなく、紛れもない事実。



 他の誰よりも、ゼノス自身が痛感している。



「まあいい。確か奴は向こうのカタが付くと言っていたな?恐らくそれはアルバートとロダンの決着だ」



「のようだな。そこのバルコニーから様子を見てみるぞ」



 ゼノス達は玉座の後ろにあるバルコニーから外に出て、遥か先の雪原へと目を見張る。



 案の定そこにはアルバートとロダン、セラハの三人が佇んでおり、二人は超人的な視力を用いて状況を判断する。







 ――どうやら、勝負はあったようだ。








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