ep20 推参せし剣豪
全身をマントで覆う女性――ユスティアラは気配を殺し、冷気の蔓延る城内の外回廊を突き進む。
手には何の武器も所持していない。鬼神の如き戦いを好む彼女らしくなく、敵に見つからないよう忍び足を心掛けている。
……ふと、ユスティアラは右耳を手でふさぐ。
しばし念じるように意識を集中させると、やがて何者かの声が聞こえてきた。
『……おお。その声はユスティアラ殿ですね?』
声の主は、遥か遠くにいるホフマンのものであった。
どうやら無事に繋がったようだ。この力をミスティカから説明された時は半信半疑だったが……まあいい。
「ああ私だ。貴様の言う通り、まず『一つ目の目的』を遂行した」
『嗚呼、それはお疲れ様でした。そして私が至らぬばかりに……申し訳ありませんでした』
ホフマンにしては珍しく、落ち着いた様子で謝罪してくる。
「ふん、今回は仕方あるまい。――それに我々は六大将軍だ。この程度の苦難、六大将軍個々人が越えなければ話にならぬ」
ユスティアラもあくまで冷静に、冷酷なまでの言葉を放つ。
さて、彼女がパステノンに来た理由は二つある。
まず一つは、戦いに気後れしているであろうゼノスとアルバート。彼等を無理やりにでも戦いに参加させることである。
ここ数日、ホフマンはありとあらゆる方面から対策を講じようとしたが……どう足掻いても、外部からの介入は不可能だと判断した。
未知数のシールカードに大規模の騎士部隊を当てた所で、こちらが勝つという見込みは極端に低い。パステノン王国内の有力人物にも支援を要請したが、彼等も始原旅団と事を構えたくはないようだ。
……となると、この一件はホフマン率いるランドリオ帝国の力は期待できない。
頼れるのは、六大将軍であるゼノスとアルバートだけであった。
ホフマンからその手段は問わないと言われ、機会をずっと探り……そして先程、ようやくその機会が巡って来た。
国王たるロダンに捕まれば、もはや制約に怯えながら行動する必要はない。問題は力の解除についてだが、ユスティアラの報告があり次第、速やかに彼等の制限を解除することが出来るようである。……しかしその点について少々問題があるだが。
それと関係するのが二つ目――『もう一つの制約の破壊』だ。
始祖アスフィが新たに発見した事実だが、制約は力を感知する以外に、その力を吸収する制約も存在するらしい。
仮にアスフィが封印を解除したとしても、結果としてその制約に力を吸収されてしまうのがオチだ。そんな最悪の事態を打破する為に派遣されたのが、他でもないユスティアラだ。
彼女自身もアスフィの制約を受けたが、ゼノスやアルバートとは違い、その力を吸収されない程度に抑えたというのが実際である。
しかし本来の力とは程遠いが、それでも今のユスティアラは常人を遥かに逸脱している。結果として強い者を知らせる制約には引っ掛かり、入国した途端に制約が発動した。ここ数日は始原旅団との追いかけっこが続いている状況だ。
――だが、それも今日でお終いである。
実は数日前、アルバートがジーハイルという元部下から入手したある情報をホフマン経由で聞いている。
なんと制約を発動させている核が城内にあると分かり、ユスティアラは今からそれを破壊しに行くわけである。
本当ならもっと早い段階で破壊したかったが、今の実力で始原旅団を相手にするのは相当厳しい。国王兼首長でもあるロダンはさておき、その側近である部下は神獣討伐の偉業を成している。だから迂闊に行動することが出来なかった。
『それでユスティアラ殿、貴殿は今どこにおられるのですか?』
ホフマンが素朴な疑問をしてくる。
ユスティアラは涼しい表情のまま答える。
「城内一階の外回廊を走っている。……そろそろ突き当りに入るが、このまま左の階段に登ればよいのか?」
『ええ、ええ勿論ですとも。そこを上がれば核が置かれている階層に入ります。……がしかし、気を付けて下さい』
「――ッ」
ホフマンの言葉が終わると同時、ユスティアラは二階へ繋がる階段を登りきっていた。
そこで待ち受けているのは――ひしめく嫌な予感。
何の変哲もない、武骨な城内廊下には……ありとあらゆる殺気が満ち溢れている。
『気付きましたかな?』
「……これは察するに、不法侵入者を排除する罠といった所か」
『そのようですな。かのパステノン城は、元々敵部族の猛攻を防ぐ為に創設された要塞。恐らく、アルバート殿が配置したものでしょう』
それを聞いて、ユスティアラは場違いな笑みを零す。
「ふっ……そいつは面白い」
『あーユスティアラ殿、何ですその上等的な態度は。い、一応この私と慎重に考えながらですね…………』
ホフマンの制止も空しく、ユスティアラは突発的に走り出す。
慎重?そんなものは要らない。
罠が来るのであれば、それ以上の力を以てして排除するのみ。アルギナス牢獄の支配者である彼女にとって、恐れの感情は絶対に許されない。
「――ッ。来たか」
さっそく、第一の罠が発動された。
両脇の壁面から無数の穴が発生し、その奥には鈍く光る鉄の矢が顔を覗かせている。
間髪入れず、矢が一斉に放たれた。
『ユ、ユスティアラ殿!?何が起こっているのです!?』
「案ずるな。この程度の罠、天千羅の極意を使うまでもない」
ユスティアラは放たれる矢に目もくれない。
ただ疾駆しながら、全ての矢の軌道を読み解く。それを理解した上で、彼女は舞うように悉く回避し、時には矢を素手で振り払ってみせる。
一切服を破らず、マントにさえ矢を触れさせない。そんな人智を超えた回避行動を取りつつ、次に発動された罠へと振り向く。
――前方の曲がり角から、無数の毒蝙蝠が羽ばたいてくる。
あれは……遥か南部大陸の洞窟に生息する蝙蝠だ。体毛に強い毒性があり、あの蝙蝠に触れるだけで、普通の人間ならばすぐに死に至るだろう。
亜熱帯に生息する蝙蝠をどう飼育していたかは分からないが、今のユスティアラにとっては単なる敵に過ぎない。
彼女は即座に邪魔なマントを剥ぎ捨て、ごく一般的な旅装束姿を露見させる。分厚い長スカートを翻し、太ももに装備した数本ものナイフを取り出す。
蝙蝠の分散する位置、それぞれの飛び向かう方向、そして蝙蝠たちの弱点を瞬時に見極め――ナイフをあらゆる方向に投擲する。
ユスティアラはまるで何事もなかったかのように蝙蝠の横を走り過ぎ、甲高い断末魔が背後から聞こえる。ばたばたと音を立てて落ちていく擬音は、恐らく蝙蝠の死骸が床に落下したものだろう。
――他愛も無い。
如何にアルバートが仕掛けた罠と言えど、所詮は常人を虐殺する玩具でしかない。
……ラインの場合は、もっと上手く回避するだろうが。
「…………ちっ、何故こんな時に奴のことが思い浮かぶのだ」
自分らしからぬ思いに、思わず顔をしかめるユスティアラ。
しかも驚いたことに、自分はラインのことだけでなく、ここ数日はよく昔の出来事を思い出す。
昼夜問わず、あの懐かしくも忌わしい記憶が甦る。
「……何かが起ころうとしているのか?」
『ユスティアラ殿?』
ふいにホフマンの声が聞こえ、ユスティアラの意識が現実に返る。
「すまぬ、問題はない。このまま他の罠を潜り抜け、その核とやらを速やかに破壊しよう。――当然、聖騎士達の戦いが始まる前に」
『ええお願いしますよ。それでは私は、パステノン王国に隣接する各国代表との緊急会議に挑んできます。どうかご武運を、国の英雄よ』
「承知」
ただ一言そう答え、ユスティアラは荒れ狂う罠を突き抜けて行く。
※1=今のところはこの調子で投稿していく所存です!
※2=12月31日午前七時、12月31日午後二時にて予約投稿済みです。




