表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
五章 雪原の覇者
144/162

ep19 親子三代が揃うとき




 大衆は途端の沈黙を強いられた。




 ふいに囲いのど真ん中に落ちた先は、あろうことか浮浪者とパステノン王国側に挟まれる位置だ。最悪のタイミングでやって来たことに、人々は不安の色を隠せない。



 群衆の彼方からゲルマニア達らしき声が響いて来るが、それは不自然に途切れてしまった。恐らく余計な邪魔をさせないよう、あのマントの女性が制止させたのだろうか。



 とりあえず彼女達の無事は約束されたが、こちらは凄く最悪な状況だ。



 背後には震え戦慄く浮浪者達が立ちすくみ、正面ではいかめしい表情でゼノス達を見やるロダン達。……しかし、狂気の笑みを浮かべるあのジスカとやらだけは別だが。まるでこの場面を予期していたかの如く、滑稽な歌劇を見届けるような視線を送ってくる。



 そして大衆を見渡すと、そこにはゼノス、特にアルバートと縁のある人物達も集っている。元部下や元同志、そしてジーハイルもまた焦った表情で佇んでいる。




 ……今ここで、もしアルバートがマントを脱ぎ捨てたらどうなるのか。




 考えただけでも恐ろしい。きっと人々は英雄の帰還に喜び、ロダン王に制裁を加えてくれと懇願してくるに違いない。



 それだけは避けたい所だ。今のゼノス達に、戦う術はないのだから。 



「――何だてめえ等は。悪いが、俺は今こいつらの調教に忙しいんだ。部外者が、それもどこぞの国の奴が邪魔をしないでほしいんだがなぁ」



 言葉こそ穏やかだが、相手を屈服させるよう語気を強めて言い放つ。それだけで大衆は背筋を凍らせ、更なる嫌な予感を漂わせる。



 ……まずい、これは自分達をも殺す勢いだ。



 現にロダンは矛先をゼノス達に向け、今にも斬りかからんとしている。



 どうする、どうすればいい?



 逃げることも叶わぬ、抗うことも叶わぬ。ゼノスはただ生き延びる方法を模索しようとする。




 …………しかし、もう一方のアルバートは違った。




 その巨体をゆっくりと立たせ、首や手足を軽くほぐして見せる。周囲の状況にも慌てず、ただ鞭打った身体に異常はないかどうか確かめていた。



 ロダンは彼の悠長な行動に苛立ちを覚え、今度は嫌悪を交えて言い放つ。



「……おい、聞こえなかったのかよ。特にそこの爺……ッ!」



「親父殿、あまり怒鳴らない方がいい。何だったらあたしが……」



 眉間に皺を寄せるロダンを言葉で宥めながら、隣にいたセラハが自慢のナタを抜いてくる。



 どちらにせよ、両者は殺す気満々だ。



 あの懐かしくも憎い彼女の殺気が、まるで噴火寸前のマグマの如く膨張していく。



 そんな息子と孫娘に、アルバートは溜息を隠せなかった。



 更にあろうことか、彼はゼノスが最も恐れていた言動を口走った。





「はあ、本当に呆れるわい。お前さん達は……何も変わっとらんな」




 

 ……ふいに放たれる尊大な一言。



 例え本来の力を失っていても、将軍としての尊厳は未だ健在のようだ。



 恐れや不安を纏った空気は一瞬にして葬り去り、人々の負の感情は綺麗さっぱり洗い流される。



 ――反面、ロダン達パステノン王国側には大きな衝撃だったらしい。



 アルバートの言葉に、その場にいた全ての兵士が泡を吹き、そのまま昏倒していく。ロダンやセラハにはさして効果はない。それでも尚、アルバートの異様な覇気に驚きを禁じ得なかった。……未だ微笑みを絶やさない、ジスカを除いての話だが。



 どうやらアルバートは、今できる限りの力を言葉に乗せたようだ。力を封印された影響で少々弱い覇気となっているが……十分効果はあっただろう。



 こうなっては、ロダンやセラハは黙っていない。



 古びたマントを被るアルバートに対し、あからさまに警戒心を見せてくる。



「……小僧。悪いがもう我慢できんわい」



「おい……ッ!」



 ゼノスは苦虫を潰したように顔を歪め、アルバートが取るであろう行動を察知した。



 そして…………嗚呼やはり。





 静まり返る中、アルバートはおもむろにマントを脱ぎ捨てた。





「「――――ッッ!!?」」



 案の定、ロダンとセラハに衝撃が走った。



 ――青みがかった黒髪、鍛え抜かれた強靭な肉体、そして始原旅団の首長たる男の恰好。



 間違いない、いや見間違うはずがない。



 それは誰もが悟っていた。すっかり外見は年老いてしまったが、かつて身に着けていたその衣装で、誰も抗えないようなその王者たる覇気で……全て分かってしまったのだ。




 ……建国の祖が、再び舞い降りたのだと。





「アルバート……様。――ッ、アルバート様ぁ!」



「嗚呼……嗚呼!神よ……パステノンの大地よ!この素晴らしき日を与えて下さり、誠に感謝します!」



「良かったッ!これでもう……ロダンの支配から解放されるんだ!」





 人々は一様に喜び、アルバートを称える。



 白銀の聖騎士がランドリオの英雄であると同時、アルバートもまたこのパステノン王国の英雄。誰もがその帰還を祝い、人目をはばからず涙を流し、希望と言う感情が芽生え始める。



 ……しかし、まだ気は抜けない。



 ゼノスはロダン達へと顔を向け、その様子を窺う。



 彼は全身を戦慄かせ、くぐもった笑い声を漏らしていた。



 それは段々と大きくなり、終いには人々の歓喜をも制止し、高笑いと変貌する。




「はーはっはっはっ!よお親父殿ぉ……数十年ぶりだなあ。ランドリオの六大将軍であるあんたが……何で今更こんな所にいるのかねえ?」




 挑発も兼ねた問いに、アルバートは冷静に答える。



「分かりきった事を言いよる。お前さんがランドリオ帝国に攻め入ると聞き、六大将軍として馳せ参じただけのこと。――別に他意などないわい」



 そうは言うが、アルバートはちらりとセラハを見やる。



 彼女はすっかり少女めいた顔つきをし、今にも泣きそうな顔でアルバートをジッと見つめている。狂気を孕んだオーラはすっかり消え失せていた。



 互いの視線は合い、不自然な間が生まれる。



 だが声を掛けることはなかった。セラハは一生懸命言葉を紡ごうとするが、アルバートの無言の圧力に負け、言い出すことが出来なかった。途端に悲しい表情を作り、セラハはきつく自分の唇を噛み締める。



 ゼノスはこの複雑な思いを交差させる両者に戸惑いを覚えるが……深く推測することは叶わなかった。



 ――ロダンが二人の間に割り込む様に立ち塞がり、アルバートの首元に刃先を突き付けたからだ。



「それで?見たところ本来の力を奪われてるようだが……それでもこの俺を止めるつもりか?」



「無論じゃ。――ランドリオ帝国に対する宣戦布告、パステノン王国民に科した多くの劫罰。全てが許される行為でないわ!!」



「はっ、即答かよ!それじゃ俺とタイマンでやり合うってか?ええ?幾ら老いぼれの頭でも、それが無謀だってことくらいは分かるよなあ?」



 ロダンはわざと舌を見せ、挑発するような仕草を取る。とても一国の王とは思えない行動だ。



 しかし悔しい事に、奴の言葉は的を射ている。



 力がない今、どうロダンに対抗すべきか?あらゆる好機があったとしても、彼を駆逐することは到底有り得ない。



 ランドリオで無敗を誇るアルバートであっても、この状況で勝利の女神がほほ笑む可能性は限りなく低い。



 ……どうするつもりだアルバート。



 ゼノスは嫌な汗を背中に感じつつ、事の成り行きをしかと見守る。



 その対象であるアルバートは、喚くことなく、ただ静かに思案していた。時折自分の髭を撫でながら、まるで絶望的な状況に立たされていないかのような態度を取り続ける。



 大胆不敵――そこに一切の負はあらず。



 いつ発言するのか、どのような顔で断言するのか。



 大いなる期待と不安が全ての人間に付きまとう中……



 アルバートはおもむろに、何の変哲もない調子で言い放った。





「――ふむ、ではタイマンをしようかの。場所は王国東側の雪原にて、審判はそこにいるセラハにしてもらおうか」





「んなッ……!ば、馬鹿な」



 あっけからんと飛び出た発言に、流石のロダンも言葉を濁した。



 歓喜の叫びが周囲を行き交う一方、危険な賭けに恐怖が込みあがってくるゼノス。そしてそれは、遠目から見ているゲルマニア達やジーハイルも同様である。



 ……いくら何でも、無謀すぎる。



「アルバートッ!何もそこまで――」



「判断を誤るな小僧。ここまで来た以上、儂等に残された選択肢はこれだけだろう。……それに」



 アルバートは屈託のない笑みを絶やさぬまま、ゼノスの耳元に囁きかける。



「――儂達を放り投げた奴が、恐らく何とかしてくれるじゃろうしな」



「…………」



 あいつか。



 目深くフードを被り、無慈悲にもゼノス達を投げ入れた人物。



 ――ゼノスは奴を知っている。



 いやそれ所か、ランドリオ帝国に住まう人間ならば誰でも理解している。



 あの研ぎ澄まされたような声音は――




「……ユスティアラ」




 そう、彼女だ。



 ゼノスの答えに納得したのか、アルバートは何も言わないが頷いてくる。



 どうして彼女がこの国にやって来たのか。力の制約を受けなければならないのに、そんな危険を犯してまで単身侵入を試みる理由は何なのか。



 アルバートといいユスティアラといい……深く計算した上でとっている行動なのだろうか?正直、今のゼノスには信じられない。



 だがゼノスの意思に反し、この場の動きは淡々と進んで行く。



 ロダンは苦虫を噛んだ様な表情を見せ、どうにか自分を落ち着かせた所で、腹の底から出たような声を出す。



「そうかよ、そこまでして生き急ぐか。……極めて馬鹿らしい要望だが、まあ受けて立ってやろうじゃねえか。場所は決闘するに最もふさわしい所で、誰の介入も許さねえ場所でだ」



 何の脈絡もないまま、ロダンはふいにゼノスへと顔を向ける。



「さて、残るこいつはどうしようか。親父殿を脅すための人質にするか、それとも」



「――ああ、彼に関しては私に任せなさいな。こちらが誠心誠意、お相手して差し上げるから」



 口を挟んできたのは、他でもないジスカであった。



「……そうか、こいつがお前の固執していたゼノスか」



 ジスカは嬉しそうに微笑み返す。



「ええ、その通り。――私が最も憎い男にして、私が興味を示して止まない騎士」



 誰一人として、彼に手を出すことは許さない。



 ゼノスの相手をするのは、このジスカだけで十分。もし手を出す様な真似をするならば、この国の安全は保障しない。



 そんな容赦ない意思だけがひしひしと伝わり、ロダンは承知するしか方法がなかった。



「勝手にしろ。俺はこの面倒くせえ親子問題にとりかかる。……さあ行こうか親父殿、力による正義を示すためにな」



「……馬鹿者が」



 呆れたような、悲しそうな口調で言葉を漏らすアルバート。



 しかしロダンは返そうとせず、ただ無言のまま付いてくるよう促してくるだけであった。



 ――そしてジスカも、ゼノスに手招きをしてくる。



「くっ……」



 従うしかない。



 ゼノスは感情を表に出さず、ゆったりとした足取りで城門へと向かう彼女の後を付いて行く。







 ざわめく民衆を背に、ゼノスとアルバートはそれぞれの戦いの地へと向かった。









※次回の投稿は明日か明後日になります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ