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白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
五章 雪原の覇者
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ep18 激動する状況




 ゼノスは酷い目覚めに遭い、浮かない気分のまま商売しに出かける事となった。




 ――あれからゲルマニアの怒りはどうにか収まったが、彼女からゼノスに語り掛けてくる事はない。



 朝食時も目を合わせようとせず、話し掛けても無機質な相槌ちだけが返ってくるのみ……取りつく島もない状態だ。



 しかし、彼女はそこまで露骨に避けているわけではなかった。



 最初こそ笑顔で答えようとするが、途中で昨夜のことを思い出し、急に居心地悪そうに距離を置く始末だ。



 ……もしかしたら、ゲルマニアは申し訳ない気分になっているのかもしれない。あくまでの予想の話だが。



 何にせよ、今日の行商はメンバーを変える必要がある。



 結局、ゲルマニアはロザリーと一緒に働き、ゼノスはラインと共に商売をする事になった。




「……はあ」




 ゼノスは深い溜息をつき、重い足取りで朝市の混雑道を潜り抜けていく。時折ぶつかっては謝り、またボーッとした様子で歩き始める。



 この調子に、流石のラインも苦笑するしかない。



 ラインはゼノスの後ろを歩いていたが、その背中から漂う哀愁に嫌気が差し、横に並んで顔色を窺う。



「……ねえゼノス。もしかして……ゲルマニアと何かあったのかい?」



「…………ああ。俺が何をしたかは分からないままだが」



 ゼノスはクマのついた瞳を向け、ありのままの事情を語る。詳しく話せと言った覚えはないが、これもまた機嫌直しになるかもしれない。淡々と、しかし時々感情的になって話す事情とやらに耳を傾けてみる。



 それを歩きながら聞き終えたラインは、信じられないといった顔で言い放つ。



「君ねえ、そこまで言われて理由も分からないのかい?」



 驚き呆れた末の答えに、ゼノスは自然と苛立ちを覚える。



「ぐっ。ならお前には分かるってのか?」



「勿論さ。僕はゼノスと違って、女心というのを多少は理解しているつもりだよ」



 ラインは自慢げに微笑み、ぶつぶつと自分の恋愛語りをし始める。当然の事だが、ゼノスは聞く耳もたない。



 それよりもだ。




 女心……だったか?




 妙な単語に首を傾げ、くどい話を遮るように口を挟む。



「……その女心が関係しているのか?違うと思うが」



「――違くはないさ」



 自分の恋愛語りを中断し、ラインはおもむろにゼノスの肩に手を置いてくる。



 彼はジト目でゼノスを見据える。



「ゼノス、女性が恋をすればどうなるのかは……分かるかな?」



「はい?」



 予想外の問いに目をぱちくりさせる。



 何を突然……と思いつつ、勢いに押されて答える。



「そりゃまあ、分かるよ。恋をすればその相手に尽くしたくなり、相手の為に行動しようってなる……よな?」



 所詮は本や他人の経験から得た情報だが、多分そうだと思う。



 ゼノスだって馬鹿ではない。幾多もの戦場を駆け巡っていれば、嫌というほど様々な状況に出くわす。



 その中に、恋をした女性も数多く存在した。



 彼女達は愛する夫、友人、そして叶わぬ恋人の為に苦痛を負い、その末に死んだ者までいる。



 とても懐かしい思い出であり、全てが残酷且つ美しい。



 恋は盲目というのは、正にあれらを言うのだろうか。



「うんうん、正解。――男の僕が言うのも何だけど、女性というのは一度恋をすれば、その人に対して全力を尽くそうとする。……勿論、心配もする」



「……」



 最後の皮肉めいた一言のせいか、脳内に光が差したような錯覚に襲われる。



 不快な霧が退いたかの如く、ゼノスの疑問も徐々に解消されていく。何重にも結ばれた紐を一つ、また一つと解けるように……。



 ゼノスはふと歩みを止め、眩しい朝日に照らされた空を見仰ぐ。



 ゼノスが何故そのような行動を取ったのか、それはあえて問いただすまい。ラインもまた立ち止まり、彼なりの答えを待つ。



 雑踏の中心に佇むゼノスは、目を細めながら、枯れた声音で呟く。



 最初は極僅かな音色だったが、やがてそれはラインの耳にも届く程の大きさでやって来る。




「……有り得ない」




 と、自重めいた言葉を紡ぐ。



 しばし人々の靴音とざわめき声だけが周囲を支配する。そんな彼等はゼノス達に目も暮れず、急ぎ足で通り過ぎていく。



 ――何故そんな言葉が出たのか。



 実を言うと、言い放ったゼノス本人でさえ理由は曖昧だ。咄嗟に出た言葉がこれだっただけで、深い意味は存在しない。



 ただ……有り得ないのだ。



 もし仮に、ゲルマニアが自分を好きだったとしても。



 果たしてそれは本心から来るものなのか?英雄という側面のゼノスを見て、彼女は恋い焦がれたのだろうか?



 ……もしそうだとしたら、いずれ彼女は失望する。



 これまでも、そしてこれからも自分は英雄らしからぬ過ちと迷いを続けていくだろう。優柔不断な英雄だといつか理解すれば、所詮はその程度の人間だったと知るだろう。



 現に彼女は、既に知っているのかもしれない。



 だからゼノスは、有り得ないと告げたのだ。



「……ふうん。ま、大体君の考えている事は予想出来るね」



 ラインは全てに納得したかのように頷く。



 眼鏡を人差し指で押し上げた彼は、疲れた口調で述べる。



「あくまで僕の考えだけどさ、ゲルマニアは知った上で好きになっているんじゃないかな?」



「――ッ」



「だってそうだろ?彼女は他の誰よりも、ゼノスの深い部分まで介入している。

ゼノスの弱さを知った彼女は…………君自身に恋してしまったんじゃないかな」



「……そ、そんなのおかしいだろ。何で弱いと分かってて……ッ」



 ゼノスは内心焦りながら本心をぶつける。



 しかしそれでも尚、ラインはありのままの現実を突き付ける。




「――弱いと分かったから、だろ?自分達と変わらない人間が、世の為人の為に尽くし、そして身近な人間を守る為に戦っているから。……まあ、それが今の彼女にとって嬉しい事なのかは分からないけどね」




 大袈裟に肩を落としてみせるライン。嘘や隠しているわけでもなく、その辺りの事情はラインも知らないようだ。



 ただ彼が分かる事は、ゲルマニアがゼノスに対して好意を抱いていること。本当のゼノスを分かった上で、彼に対して心底心配しているということ。



 そこまで説明されれば、察しの悪いゼノスでさえ悟る。





「…………ゲルマニアは、俺に恋をしている……のか」





 思いがけない事実を言い渡され、ゼノスは困惑した様子で佇む。



 いや、その気持ちは非常に嬉しい。心からの理解者に愛されるなど、今迄の人生で一度も無かったからだ。



 世間一般の聖騎士ではなく、ゼノス・ディルガーナに対して想いを寄せてくれる。それだけは素直に受け取りたい。




 ……しかし、その後はどうすればいい?




 今のゼノスは気持ちの整理がついていない。この暖かい想いを無下にすることは到底出来ないし、騎士として、面と向かって答えなければいけないはずだ。



 騎士として……いや違う。ゼノスという一人の男としてそうせざるを得ない。



 自分もゲルマニアが好きだと……。



 それか、その想いは受け取れないと……。



 ゼノスはどちらか一方を選ばなければならない。



「はは……あのゼノスが混乱してる」



 ラインは茶化すように言ってくる。



 人の気も知らないで、と恨めしそうにラインを睨むゼノス。が、彼は気にもしないまま、ゼノスの肩に手を置いてくる。



 彼なりの励ましか、と思ったが、それは大きな勘違いであった。



 ゲルマニアの事で頭が一杯なのにもかかわらず、ラインは更に余計な言葉を付け足してくる。



「でもねゼノス、これしきで思い詰めてちゃあいけないよ。――案外、ゲルマニアと同じ境遇の人は多いかもよ?」



「は、はあッ!?」



 余りにも衝撃的な発言に、人目もはばからず大きな声を出す。



 周囲が不思議そうに顔を向けてくる中、ラインはさも楽しそうにゼノスの肩を優しく叩く。しかし叩かれたゼノスはそれにさえ気付かず、自分の髪をくしゃくしゃにしながら悩みに没頭する。



 ……ゲルマニアと同じ境遇の人達。



 僅かではあるが、その人物達には心当たりが――




 と、ゼノスが深く考え込もうとした時だった。




 背中から強い衝撃が加わり、転びはしないが一瞬だけ身体がよろける。何とかその貧弱な踵をブレーキ代わりにし、前のめりに落ちる可能性を避けた。



「ってて……何なんだ一体」



「――ゼノス、後ろを見て」



 突如、ラインが真剣な目つきで言う。



 態度を急変させたラインを訝しみつつ、ゼノスは言う通りに振り向く。



 するとゼノスの視界には、既に人々がごった返していた。男女問わず押し合いへし合いながら大通りに立ち止り、ゼノス達のいる場所をも飲み込んでいく。気が付くと、四方八方が人々で混雑していた。



 だが驚くべき事はそれだけではない。



 人々の表情には恐怖と不安が滲み出ており、口々にその思いが零れ出ていた。





「お、おい早く行け!」



「押すな畜生!」



「助けてッ……早くしないと…私達までもが!」





 荒んだ怒号が交差し、人々は一様に不安を爆発させている。



 彼等は城門前の広場から遠ざかるように、ゼノスとラインの視線とは逆方向に走り出している。



「……何事だこりゃ」



 ゼノスが不思議そうに問うと、ラインが少し遅れて答える。



「さあ。でもどうやら……城門前の広場で何かが起こっているようだよ」



「そのようだな」



 互いは視線だけを合わせ、やがてこくりと頷き合う。



 悩む余地はない。ゼノスとラインは背負っていた商売道具をその場に捨て、混雑を無理やり掻き分けながら突き進んで行く。



 猪突猛進の勢いで体当たりしてくる人々。何度も何度も倒れそうになるが、意地と根性だけで踏み止まり、そして堅実に進む。



 ラインも同様だ。



 彼もまた人々に押しつぶされそうになりながらも、あくまで平静を保ちながら強引に押し退けている。



「はあ~、こりゃきついッ!息は上がるし、身体中は痛いしで……普通の身体ってこんなにも不便だったんだね……」



「はっ、今更かよライン!でももう少しの辛抱だぞ!」



 ゼノスはそう言うと、ありったけの力を込めて疾駆する。



 彼の言う通り、もうまもなくして雪崩の様な混雑は引けてきた。人々もまばらになり、走るのも容易になった。



 ――けれど、また違った脅威が襲い掛かる。



 城門前広場に近づくにつれ、本能から来る嫌な予感が肥大していく。周囲から微かな血生臭い悪臭がたちこめ、不快な絶叫音が辺り一帯を木霊していく。およそ朝市の中心地である広場から発せられるモノとは到底言い難い。



 そう、広場で何かが起きているのだ。



 ゼノス達は上り坂に差し掛かると、スピードを緩めることなく走り、その先に待ち受ける幅広い長階段を二段抜かしで駆け上って行く。



 やがて頂上付近へと近付き、階段の先へと辿り着くと――




 ――そこには凄惨な光景が待ち受けていた。




「……ッ」



 ゼノスは思わず眉根をひそめ、周囲の状況を把握する。



 噴水を中心に円形状に展開されていた屋台郡は脆くも崩れ落ち、残骸となって打ち棄てられている。果実や装飾品などが地面に散らばり、もはや商売できる状態では無い。



 あと死体も幾つか転がっている。



 大量の血の池に沈む死体は……どうやら一般市民ではないようだ。小汚いボロ布の服に、血の匂いと共に漂う臭い汗と腐敗したゴミの匂い。これらから擦るに……死んでいる人間はホームレスか何かだろう。




 スラム街からやって来た、今のパステノン王国に不満を抱く者達。




 そんな連中が……何故ここに?



 恐らくだが、この先に待つ何十人もの野次馬の向こう側に、その答えが待っているのかもしれない。



 まだ痛む全身に鞭を打ち、ゼノスとラインは呼吸を整えながら歩み寄って行く。



 すると、ゼノスはある人物達に気付いた。



 様々な思いを巡らす野次馬達の最後列に、古びた麻布のマントを目深く被ったアルバート、そして白と茶色を基調とした村娘衣装のゲルマニア、ロザリーが佇んでいた。



 成程、どうやら彼等の方が一歩早く辿り着いていたらしい。



 ゼノスとラインは慎重に近づき、極力押し殺しながら語り掛ける。



「――三人共、様子は分かるか?」



「ん、おお。やっと来おったか」



 アルバートもまた自分の立場をわきまえつつ、小さな声音で答える。ここに元パステノン王国の国王がいると知れば、それはもう色々な面で不都合だ。細心の注意を払うに越したことはない。



 

『ぐっ……ぐあああああああッッ!』




 不意に目前から断末魔が聞こえてくる。



 低い男の声であり、腹底から絞り出すような絶叫音であった。野次馬の中にいる年若い女性達は甲高い悲鳴を上げる。またある女性は気を失い、倒れてしまう始末である。



 思わずゲルマニアやロザリーも体を痙攣させ、アルバートやラインも苦虫を潰したような表情を垣間見せる。……気のせいか、ゲルマニアに至っては次第に青ざめた気色を露わにしている。



 心配になったゼノスは、ゲルマニアを気遣おうと肩に手を置こうとするが――それは無駄だった。



 ゼノスと視線が合った途端、彼女はゼノスから一歩離れてしまった。顔さえ合わせようとせず、全く取り合おうとはしなかった。



 だがゼノスは反論する気になれない。



 ラインとの会話でゲルマニアの本心を知った以上、幾ら弁解しても意味がないと悟ったからだ。




 今は時間を置き、それから解決させればいい。




 ゲルマニアの想いに対する答えも――その時考えればいい。




 自分の中でそれなりの整理がつき、ゼノスもまた彼女に気を配ることを止めた。……アルバートに顔を向ける最中、ゲルマニアが憂いに満ちた瞳を向けた気がしたが……あえて気にしないでおこう。



 目先の事実に意識を集中させ、ゼノスは真剣な表情で言う。



「――公開処刑か?」



 今聞こえた断末魔と、宙を鮮やかに舞う血飛沫を見てそう判断するゼノス。



「……いや、ちょっと違うわい。ここなら事の成り行きを傍観することが出来る。百聞は一見に如かずじゃよ」



 アルバートは自分のいた場所から若干横に移動し、今いた場所に来るよう促してくる。言われた通りに従い、ゼノスは僅かに開かれた群衆の隙間前へと誘導される。



 目前にはゼノスよりも高い身長の者がおらず、背伸びをせずともよく見える場所だった。ゼノスの後ろに張り付くようにラインやゲルマニア、ロザリーも近付いてくる。



 ――彼等が見たものは、確かに処刑とは言い難かった。



 しかしそれに酷似した状況なのは一目瞭然だ。円を成す群衆の中心にいるのは、数人もの死体と残り数人のホームレス姿の生存者……そして彼等に対峙するのは、粗雑なローブの上に毛皮のガウンを纏う国王とその兵士達。



 一目見た感想は正にそれだ。



 ホームレスのような出で立ちの者達に疑問符を浮かべると、それに応えるかのようにアルバートが口を挟んでくる。



「小僧。あの薄汚れた連中こそ、儂等が捜していた元部下達じゃ」



「……そうだとは思った。しかしその……」



 ゼノスは動揺を隠そうとせず、震える声に沿って視線を変える。その珍しい態度に、ゲルマニア達も息を呑んだ。



 彼が驚愕しているのは、元部下の前に悠然と直立する連中である。



 アルバートの実子であるロダン国王、そしてその両脇に控える女性二人に――ゼノスは唖然としていた。




 ――昨日出会った黒衣の女性。



 ――生き返ったと言われた少女、セラハ。




 前者については、何となくだが予想はついていた。しかし後者のセラハについては、例え知っていたとしてもやはり驚くしかない。



 幼少時に感じたあの狂気、可憐な姿とは裏腹の巨大なナタ。鬼や悪魔でさえ身の毛もよだつその姿は、十年以上経った今でも覚えている。修羅の如き非情さは、今思い出しただけでも震えが止まらない。



 過去の走馬灯が脳裏を行き交い、ゼノスは唇を噛み締める。激しい憎悪と復讐心が甦る。



 だが横に立つアルバートに釘を刺され、ゼノスはどうにかその気持ちを押し殺す。……内心でアルバートに感謝し、ゼノスは事の成り行きをジッと静観する。



 耳を澄まし、周囲の雑音を振り払い、あの場所で繰り広げられている滑稽なショーに集中する。



 ……すると、一兵士の淡々とした宣告が聞こえてくる。




「――我が同志たち、お前達にまた問う。もし斬り捨てられた者達のようになりたくなくば、我等が王ロダンの召集に応じろ。その手で、その足で隣国との戦争に加われ。……これは命令である」




 兵士は手に持つ羊皮紙を頭上に掲げる。



 流石に文字までは見えないが、書き連ねている内容は予想がつく。恐らく、王国が作成した徴兵命令書か何かだろう。



 非情極まりない宣告に対し、元部下達の一人が声を荒げる。



 だがその対象は兵士や国王ロダンにではなく、亡霊のように静かに佇む黒衣の女性――ジスカへと向けられていた。



「てめえ……ッ!約束が……約束が違うじゃねえか!」



 喉が張り裂けんばかりの怒声を上げるが、対照的にジスカはどこまでも冷静沈着であった。



 腕を組み直し、自らの紅色の唇に指を置くジスカ。



 人とは思えない歪んだ微笑みを浮かべ、地面を這う薄汚れた者達を見下す。



「うふふ、気まぐれな性格でごめんなさいね。本当は約束を守ってあげようとは思っていたのだけれど……こちらの方が面白そうだなと」



「――――ッ」



 あまりにも傍若無人な言いように、声を荒げた男は絶句する。



 それは他の者達も同様だ。過去何度か起きた戦争の光景が甦り、幾重もの映像となって脳裏に投射される。



 自らの過ち、拭い去れない遺恨、掻き消す事のできない傷痕。



 荒んだ思い出が返り咲き――彼等は人目をはばからず発狂し出す。



「はっ、往生際の悪い連中だ」



 そんな異様な場面に眉一つ動かさず、ロダンが吐き捨てるように言う。



「幾ら喚いた所でなあ、この状況が変わるわけないだろう?……所詮てめえらは、親父の世代から存在する戦争の玩具なんだよ」



「ふざけるなあアぁッッ!てめえの親父は……アルバート様は決してそうは思わなかった。俺達のことを家族のように扱い、共に生き行く戦友として認めてくれていた!……我儘なあんたとは違うッ!」




 瞬間、周囲の空気が凍てつく。




 それはゼノス達にも分かるほど冷たく、息の詰まる時間であった。



 張り詰めた空気を作ったのは――ロダンだ。彼は三白眼の瞳で元部下達を睥睨する。首の骨を鳴らしながら、腰に差していた銀装飾付きの剣を抜く。額に筋を浮かべながら、重い足取りで近寄る。



「…………ちっ、面倒だ」



 躾けても言う事をきかない犬なんて、ロダンにとっては手に余る存在。口上を並べた所で、舌を出して喜ぶとは到底思えない。



 そんな悪い犬には……灸をすえてやらねば。




 痛みや苦悩よりも辛い――死という名の仕置きを行ってやる。




「……ゼノス、まずいよあれ」



 ロザリーが抑揚のない声音で注意を促す。



 分かっている。だがそう言われた所で、今のゼノス達に抗う術は皆無だ。



 勇気と無謀は全く意味が違う。例えゼノス達があの場に躍り出た所で、奴等の一方的な殺戮に巻き込まれるだけである。



 恐怖に身を悶えさせる部下達は、残念ながら死ぬしかない。ゼノス達は嘆き悲しみながら、その場を後にするしかない。ロダンの鬼畜じみた高笑いを、耳奥に鳴り響かせながら……。



 ……。



 ゼノスだけでなく、皆も同じ心境だったようだ。



 煮え切らない怒りをぐっと押え込み、人々の悲鳴や怒号を背に立ち去ろうとする。この血に塗れた広場をあまり見ないようにしようと、彼等は決して地面を見ようとはしなかった。



 振り向き際に直視しないよう、ゆっくりと。






「――どこに行こうというんだ、貴様等は?」






「……え」



 声にもならない驚きを放ち、一同はその場にて硬直する。



 憮然とした様子で、ゼノス達の目前に全身をマントで包んだ女性がいたからだ。彼女はマントから出る細い手を腰に当て、鋭い瞳を一行にぶつけてくる。一切の気配を放たず、ただ亡霊の如く佇んでいる。



 何者だ彼女は……と思い立った矢先、ゼノスはふとラインの言葉を思い出した。




 ……もしや彼女こそが、パステノン兵に追われていた人物ではないのかと。




「全く、こちらの身にもなってほしいものだ。――故に願う。お前達がその負担を減らしてくれることを」



「は……?」



 もはや言葉を紡ぐ暇もない。



 刹那、ゼノスとアルバートの視界が反転する。



 二度瞬きした時には、既にゼノスとアルバートは空中へと放り投げられていた。唖然とするゲルマニア達を見下ろし、人々の注目がこちらへと注がれている事に気付く。



 ……嗚呼、してやられた。



 儚い彼等はようやく理解した。今自分達は、あのマントを被った女性に胸ぐらを掴まれ、容易に放り投げられたのだと。



 ゼノス達の意志に反し、軽やかに飛ぶ自分の身体に重圧が加わる。曇天の空を見仰ぎながら――直下へと落ちる。







 そして二人は、予想だにもしなかった状況へと陥る。




 







※ロザリーのイラストを投稿しました→http://6886.mitemin.net/i127351/

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