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白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
五章 雪原の覇者
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ep15 黒き乙女


 塔の構造自体はそう複雑ではない。




 各階ごとに大広間が一部屋ずつあり、それぞれが同じ形を成している。円を描いたようなシンプルな形だ。



 そして部屋を囲むように螺旋階段が備え付けられ、塔の最上階にまで続いている。これを使って塔を登るわけだ。螺旋階段を使う以外の方法は存在しないし、存在する必要もない。




 ……さて、この塔の説明はここまでにしよう。




 ゼノス達が用心しながら登る一方、塔の最上階となる大広間に二人の人間が佇んでいた。



 何も無いこざっぱりとした空間で、一人のならず者と……一人の女性が密談を行っている。両者は極限にまで気配を押し殺し、誰にも悟られないようにしているようだ。



「……よお、約束通りガキ共は拉致ったぜ。あんたが言うように、市場で無邪気に遊んでやがったよ」



 ならず者がつまらなさそうに述べると、女性もまた退屈した様子で答える。



「あらそう、ご苦労様。順調に彼等も近付いてるようだし、最低限のノルマは達成したようね」



 女性は、「じゃあね。もう行っていいわよ」とだけ追言し、ならず者に下がるよう言い渡す。




 しかし、ならず者の男は動かなかった。




 次第にその肩を震わせ、やがて泣きそうな顔をしながら叫ぶ。



「て、てめえ……本当にあのロダンの参謀なんだよな?ほ、本当に……俺達が遠征軍に参加できねえよう言い繕ってくれんだろうな!?」



「しつこいわねえ、ちゃんと言ってあげるわよ。それよりも貴方、早くお仲間の元に行ってくれないかしら?……あ、子供達を連れて来てからね」



「ぐっ……」



 男は猜疑心を抱いていた。



 ならず者である自分達が子供を攫ったのは、身代金目当てとか奴隷商売目的とかでは決してない。




 ――この女に依頼されたからだ。




 彼女は忽然と姿を現しては、自分は国王ロダンの参謀であると名乗り、その証明たる紋章を示してきた。元王国兵であった彼等は、それが本物であると確信したのだ。



 最初は危険な香りがし、素直にその依頼を断った。



 ……が、ある交換条件を出されたことで、ならず者達は不承不承に承諾する羽目になった。



 その条件とは、次の遠征には参加しなくて良いというものだ。



 遠征は王国直属の兵士だけでなく、王国に住まう住民さえも出兵要請が出される。性別は関係なく、若さ、健康を考慮した上で判断され、そこに住民たちの意思は存在しない。



 遠征に参加すれば、それ相応の報酬と名誉が得られる。と同時に、生きるか死ぬかの戦いに身を投じるわけだ。



 ……誰もが嫌に決まっている。



 ならず者達もまた出兵要請を出され、今まさに徴兵されようとしている。過去に遠征経験の彼等にしてみれば……地獄への誘いに等しい。



 だからこそ、彼女の交換条件に縋るしかなかったのだ。



「……分かった。約束を守るなら……何だってやる」



「うふふ、当然よ」



 女性は悪魔めいた微笑を浮かべ、立ち去る男を静かに見送る。



 黒きドレスに身を包み、漆黒の髪を持つ美しい女性。少女とも受け取れるが、妖艶な雰囲気から察するに、女性と呼んだ方が相応しいだろう。



 女性――いや、ジスカは心より待ち望む。



 すぐに来るであろう彼等、特に白銀の聖騎士に会えるかと思うと……心の高鳴りが止まらなかった。
















 ジーハイルを先頭に、ゼノス達は慎重に慎重を重ねながら塔を登って行く。



 警戒を怠ることなく進んでいるが、それでも敵は愚か、敵の気配さえ存在しない。何とも奇妙なものだ。



 言い得ぬ恐怖心が沸々と込み上がり、ホッと息をつく暇さえ与えてくれない。一歩、また一歩と階段を上がるごとに……それは増大していく。



 これは直感だ。力を無くした人間でも持ち合わせる、生物の本能からくる拒否反応だ。



 ……塔の上には、畏怖するに値する何かがいるのだ。



 それぞれは無言のまま、淡々と塔を登って行く。次第に外の光を入れていた窓もなくなり、仄明るい蝋燭の灯だけが頼りとなる。もし壁に立て掛けられた蝋燭がなければ、全てが闇に包まれるだろう。



 陰気な雰囲気が漂う中、彼等は敵と出会うことなく、長かった階段を登り終える。



 階段の後に見えるのは、何もない広間だ。



 先程まで見てきた広間とは違い、ここには家具さえも置かれていない。更に上へと続く階段も見当たらない辺り、ここが最上階だということは疑いようがないだろう。



 ただ他と変わっている点と言えば、部屋を明るく照らす豪奢なシャンデリアだけだろう。土色の壁に似合わない組み合わせだ。



 …………だが、それだけではない。



 自分達以外の人間がいる事を確認し、より一層緊張が高まる。




 大広間の中央に控える女性と、その脇に寝転がる二人の少年少女。




 彼等を目視した途端――ゼノス達はすかさず彼女の前へと躍り出た。ジーハイルは剣を構え、槍の矛先を女性に向ける。




 ――漆黒のドレスに、長くて黒い髪。




 ゼノスとアルバートは極々普通の人間として捉えているが……ジーハイルだけは違った。



 剣を持つ手を震えさせ、肝を冷やしながら、ジーハイルは上擦った声で語り掛ける。




「――おかしいな。俺はここのならず者と子供達に用があったんだが……妙な奴がいるもんだね」




「あら、妙な奴とは私のことかしら?レディーに対して失礼ではなくて?」



 女性は切れ長な瞳を更に細め、紅蓮の唇を緩ませながら答える。



 彼女曰く、自分には敵意などないと主張する。両手をひらひらと振り始め、無害であると示してくる。



 見た所、彼女自身がならず者とはとても思えない。高貴な身なりに、服には染み一つさえ付いていない。子供達にも手荒な真似はしておらず、二人はぐっすりと眠りに落ちている。



 このまま子供達を引渡せば、事は穏便に運ぶだろう。お互いが傷付け合いさえしなければだが。



 ……しかし、そうはいかないとジーハイルは思う。



 彼だけは気付いているからだ。



 底知れない彼女の邪気に、ありとあらゆる経験を覆す程の……悪意に。



「――気に入らんな、存在自体が。悪いがここで滅びてくれないか?」



 有無は言わせない。その暇さえ与えない。



 ジーハイルは構えを崩し、精一杯の力を込めて槍を投擲する。



 風を斬り裂きながら、槍は一直線に彼女の心臓へと向かう。動体視力さえ極端に低下したゼノスとアルバートから見れば、もはや槍の姿さえ見えない程の勢いだ。



 ゼノス達の意思など構わず、ジーハイルは彼女を殺しにかかった。



「ふ~ん。随分と思いきったわね」



 彼女は動じる事もなく、飛来する槍に対抗しようと手を伸ばす。



「――ッ。素手で受け止める気か!?」



「いえ、そんなまどろっこしい事はしないわ」



 一瞬、彼女が何を言っているのか理解出来なかった。



 自慢ではないが、自分の投擲した槍は絶対に止められない。過去の英傑たちは受け止めようと挑戦したが、それを果たせた者はいなかった。



 恐怖や高揚感……投擲物を前に敵が抱いていたのは、正しくそんな感情だったはずだ。



 だが彼女は違う。



 恐れでも武者震いでもなく、淡々としているのだ。




 他愛も無いと言わんばかりに――無敗の一撃を見下してくる。




 そしてその自信は、いとも容易く貫かれる。



 槍の穂先が手の平に触れると同時――槍全体が粉々に砕かれた。砂のように散り散りとなり、原型さえ留めていない。



 隙間風と共に去り行き、今ここに最強の歴史が途絶えた。



「……馬鹿な」



 平然とこなした彼女の力に驚愕するジーハイル。



 女性は腕を下ろし、自分の髪を払いながらこちらへと近付いてくる。



「くっ!」



 ジーハイルは残る剣を両手で掴み、迎撃に移ろうとする。



 いつまでも絶望はしていられない。年老いたこの体でどこまで対抗できるかは分からないが――せめて相討ちになってでも。



 と、本気でそう考えていたのだが。




「止せジーハイル。今の儂が言うのもなんじゃが、お前が敵う相手とは思えん。もう少し冷静になれ」




 ふいにアルバートが彼の肩に手を置き、それを制止する。



「だ、だがッ!」



 興奮が収まり切らぬまま、止めてくれるなと激しく訴えてくる。



 その瞳は生気に満ち溢れており、とても老齢の男のそれとは思えない。猛き部族の血が湧き上がっているのか、彼はあくまで女性との死闘を望んでいる。



 それが世の為人の為か、それとも自分の為なのか。



 どちらにせよ、この戦いは行うべきではない。



「心配せんでも、そこの娘は何もせんじゃろ。例え後先が不安だとしても……今は我慢する時じゃて。のう?」



「…………」



 アルバートは懇願するように言い、あくまで冷静を以て彼と接した。



「……はあ。分かった」



 願いが届いたのか、ジーハイルは無言で剣を収める。



 確かにアルバートの言う通りだ。ここで焦って倒そうとすれば、自分はこの女性に殺されていただろう。それは戦う以前から、自ずと分かっていた事だ。



 更に子供達がいる故、何も死に急ぐ必要はない。将来の事を考えれば、冷静な対話こそが正しい。



「すまなかった。俺も少し焦り過ぎたようだ」



「気にせんでもいい、お前の判断は敬意に値するからの。……まあ何じゃ、ここは儂等に任せろ」



「……頼む。ゼノス君、カルナは俺が引き受けよう」



 ゼノスは有難うとだけ呟き、背中で眠るカルナをジーハイルに引き渡した。



 彼はカルナを預かり、大人しく後ろに下がる。彼等二人がゆっくり対話できるよう、見守る事にしたのだ。



 ここにいる誰もが、力では解決できないと悟った。故に周囲を漂う剣呑とした空気は消え失せ、平常の空間へと戻る。



 これでようやく、会話できる環境となった。



「……」



「……」



 ゼノスとアルバートの両者と対峙する位置に立ち、女性は彼等の言葉を待ち続けている。



 女性がどんな覇気を放っているか分からないが、むしろそれは好都合だろう。何の気兼ねもなく、変な感情を込めずに会話することが出来る。



 場が落ち着いた所で、アルバートは何気なく切り出した。



「……さて、連れが申し訳ないことをしたのう。失礼じゃが、まずは名前を尋ねても良いかの?」



 アルバートは顔を緩ませ、気さくに尋ねる。



「名前?ああ名前ねえ。あまり言いたくはないけれど……どうせ早いか遅いかの話だものね」



 女性は一人で呻いては一人で納得し、最後には喜んで答える。




「私の名前はジスカ。それだけ覚えてくれればいいわ」




 ……ジスカ?



 ふと、ゼノスは不思議な感覚に襲われた。



 記憶を掻き乱されるような錯覚に陥り、ゼノスの脳は極限にまで揺れ動く。ジスカという名前だけに意識が集中し、小声でその名前を呟いていた。



 どこかで聞いたような……何故か懐かしい響きだった。 



「ふふっ」



「――」



 ジスカと名乗る女性は、ゼノスと視線が合う。



 すると彼女は更に笑みを深め、ゼノスに愛想を向けてくる。だがゼノスは、それを好意的に受け取る事が出来なかった。



 見た目とは裏腹の感情を抱いているようで、素直に信用出来ないのだ。



「……して、ジスカは何故こんな場所にいるんじゃ?分かってはいると思うが、ここは今やならず者の溜まり場。お前さんのような生娘が来ていい場所ではないと思うんじゃが」



「ごめんなさい、別に大した用事はないの。今すぐに用事を済ませるから、そうしたらちゃんと帰るわ。それで許してくれるかしら?」



「……分かった。早めに済ませてくれると助かるぞい」



 ジスカは「は~い」と若干伸びた声で答え、ゆったりとした足取りでゼノスの目前にまでやって来る。



 まじまじとゼノスを観察した後、ジスカは何と――





 ――ゼノスを固く抱擁し、色目を使うように足を絡めてきた。





「――――ッッ!」



 周囲は愚か、ゼノスもまた突然の行動に意表を突かれる。



 ジスカは見せつけるようにゼノスの肩、背中、腰などを執拗に触ってくる。更に暖かい吐息をゼノスの首筋に吹きかけ、彼をとことん誘惑する。



 ゼノスは行動の理由を尋ねようとしたが、彼女はそれを見越した上で軽くウィンクをしてくる。……別に変な意味はない、とでも言いたいのだろうか。



 やがて彼女は、とろんとした目つきでゼノスを見上げる。




 ……とても綺麗で、透き通った瞳だった。




 ジーハイルは邪悪だと唱えるが、ゼノスはそうは思えなかった。



 もっと複雑で、正義とも悪とも言えない何かが、このジスカの中に混在していると思う。これはあくまで仮定の話であり……実際は違うのかもしれないが。



 ジスカは段々と顔を近づけていき、遂にはゼノスの耳元に自分の口を侍らせる。



 紅蓮の艶めかしい唇は、甘い果実の吐息を出しながら開く。




「――ねえ、さっきからつれないじゃないの。何で私がいるのに、貴方は気付いてくれないのかしら?」




「……何の事だ」



 正直な話、ジスカの言うことが全く理解出来ない。



 気付かないとはどういう意味か?自分はジスカとは初対面のはずだし、今日以外に出会った日はない。



 そう無いはずだ。



「ふう、どうやら気を感じ取る力もないようね。せっかくの再会だと言うのに…………まあ仕方ないわね」



 そう言って、ジスカはようやく足を解放してくれた。



 だがその代わり、彼女は自分の右人差し指をゼノスの眉間に添え、次に親指を立たせる。まるで『ピストル』のような形だ。



 何をする気だ――とは言い出す事が出来なかった。



 逆らい難い威圧に呑まれ、ただただそれに従うしかなかったのだ。



「でも……貴方が全部忘れてるってのは、少々不公平よね?貴方が全部覚えていればもっと楽しくなるのにね。…………全く、『彼女達』は昔からロクな事をしないわ」



「彼女…達?」



「何でもないわ。記憶のない貴方に言った所で、全然面白くもないから」



 しばらく眉間に指を当てた後、ジスカはあっさりと指を引いた。



 別に何をされたという感覚はない。彼女の大胆な行動に度肝を抜かれただけで、物理的、精神的なダメージは皆無だ。



 ただ指を当てただけ……だと思う。



「貴様、俺に何をしたんだ?」



 言い知れぬ危機感が芽生え、ゼノスは語調を強めながら問う。



 全身を解放された事で、束縛するような緊張感は解けた。なので当然の疑問を彼女に言い放ったのだ。



「単なるおまじないよ。時が過ぎれば過ぎるほど効く最高のね。――効けばじきに分かるわよ、この行動の意味が」



「――え?」



 これ以上、彼女は真相を仄めかさなかった。



 完全にゼノスから距離を離したジスカは、優雅に頭を下げてくる。



「では御機嫌よう、私の用事は終わったわ。後は子供達を連れて行くなり好きにするといいわよ」



「ま、待て!君はいいとしても、俺達はここのならず者達にも用事があるんだぞ!」



 ジーハイルがおもむろに叫ぶと、ジスカは口元を手で覆い、くすくすと静かに笑い始める。



「ああ、彼等ね。……どうやら用事がおありのようだけど、それはきっと徒労に終わるわ」



「どうしてそう言いきれる!?」



 神妙な面持ちでジーハイルは問うが、彼女は首を傾げながら悩む。



「う~ん、どうしてって言われてもねえ。話せば長くなるかもしれないし…………って、もうタイムリミットか」



 途中、ジスカが溜息をつきながらそう述べる。



 ゼノス達が何気なく瞬きをした後――彼女の背後に『そいつ』は現れた。



 一瞬の出来事だった。

 



 ゼノス達の視界に、『闇』が姿を見せる。



 

「……い、いつの間に」



 刹那の如く参上したそいつ――漆黒の甲冑に覆われ、背中に巨大な大剣を携える騎士は、悠然とした態度で佇んでいた。



 まるで、最初からその場にいたかのように。



 奴は魔王ルードアリアの覚醒前に類似しているが、甲冑のデザインは勿論、その性質までもが全く異なる。



 ……力のないゼノスでも、それだけは把握出来た。





『おいジスカ、何を道草食ってんだ。ロダンの野郎が癇癪を起こしてるぞ』





 漆黒の騎士が低く変質した声を響かせると、ジスカは不機嫌そうに眉根をひそめる。



「全く、相変わらず短気な男ね。辛抱と言う言葉を知らないのかしら?」



『俺に聞くんじゃねえよ。……ともかく移動するぜ』



「はいはい、じゃあ宜しく頼むわよ――黒銅の暗黒騎士様?」



 そう言って、ジスカは騎士に縋り付く。



「――ッ。ま、待て――…………」



 ゼノスはすかさず止めようとしたが、それは儚い願いであった。



 漆黒の騎士――否、黒銅の暗黒騎士と呼ばれたその騎士は、また瞬きの後にジスカと共に消失した。



 辺りの空気は一変し、緊張の糸が解け始める。



「……くそ。やっぱり逃げたか」



 端から逃げられるとは分かっていたが、どうしても屈辱だけは出てしまう。不甲斐なさが蓄積し、自分に対する怒りもまた募る。



 他方、それをずっと間近で感じ続けていたジーハイルは、思わず片膝をつき、息を大きく吐いた。



「はあ、何だってんだ一体。こっちはならず者達と子供達に用があって来たのに、全く訳が分からん。……それにロダンの坊やがなんたらと言ってたが、奴等なんて見た事もないぞ」



 彼はそう文句を垂れながら、大人しく眠るジョナとルルリエの元へと向かう。



「……むう」 



 一方のアルバートは、自分の顎鬚を撫でながら考えに耽っていた。



 ジスカと名乗る女性の正体、黒銅の暗黒騎士と呼ばれていた騎士。そして奴等は、恐らくロダンと何らかの関係を持っているだろう。



 そうなると、答えは一つしか考えれなかった。



「のう、小僧はどう思う?」



「……奴等のことか?」



「そうじゃ。まあその様子だと、儂と同じ考えに至っとるようじゃな」



 断定には至っていないが、ゼノスはこくりと頷く。



 しかし、ゼノスが思う事はそれだけではなかった。むしろそれはおまけであり、本当に悩んでいるのは他にある。



 無論、ゼノスが奴等と対面した時のことだ。



 ジスカに対しては若干の恐怖と嫌悪感を抱き、その名前は幾度となく聞いたように感じ、何故か耳に馴染んでいた。



 そして、あの暗黒騎士とやらに対しては――





 ――見覚えがあるのだ。





 両者は初対面のはずなのに、そうだとは言い切れない。



 この不思議な感覚に、今のゼノスは苦悩させられているのだ。



「……まあよい。とにかく、儂等も早々にここを去るかの。子供達を救出し、ならず者がいないと分かった以上、この塔にはもう用はない」



「ああそうだな。カルナと子供達を送ったら、ゲルマニア達に今あった出来事を話そう」



 ゼノスの提案に、アルバートは腕を組みながら頷いた。



 複雑な感情はさておき、先程出会ったジスカと暗黒騎士は色々と怪しい匂いを放っている。



 ランドリオ帝国にとって、とても大きな脅威になるかもしれないと。

 






 それもまた、直感から来るものであった。







 

 


※黒銅の暗黒騎士のイラストです→http://6886.mitemin.net/i103890/

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