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白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
一章 最強騎士の帰還
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ep13 手厳しくも優しい友人(改稿版)




 ゼノス・ディルガーナの朝は遅い。商人達が朝市を開き、ランドリオ騎士団が城下町の巡回を始める頃――つまり、午前十時あたりに起床するのが普通である。昔なら有り得ない事であったが、環境がゼノスを堕落させたようだ。



 カーテンも締めきりで、部屋には日差しさえも入らないはずだが――眠るゼノスの両目に、明るい日光が当たる。



「……ん」



 ゼノスは光から逃れようと、掛布団を頭まで被ろうと引く。



 ――が、掛布団は何かに引っ掛かったかのように動かない。



「…………」



 幾ら引っ張っても、掛布団はびくともしない。それどころか自分の身体の上に何かが乗っているような違和感を感じ、ゼノスの意識は段々明確になってくる。



 ただならぬ気配を感じたのは、その時だった。



「ん、んん!?」



 ゼノスは思わず目を見開き、上半身だけを起こす。




 視界に映ったのは――ゼノスの……その、大事な部分に馬乗りの状態で跨るロザリーがいて、今から剣を振り下ろそうとしていたようだ。



 色々な意味で危ないシーンを見せつけられ、ゼノスは呆気にとられる。




「おいロザリー……剣を使って何をする気だ?」



「――ゼノス起きないから、目覚まし代わりにと思って」



「――ッ」



 ただならぬ殺気が放たれ、同時に剣が放たれる。剣先が向かう先は――ゼノスの眉間。この勢いだと、まともに受ければ脳を貫きかねないッ!



「うおっ!」



 機転を利かせ、ゼノスは空いた両手で白羽取りをする事で剣を受け止めた。



「……どう、目が覚めた?」



 ロザリーは眉一つ動かさず、小首を傾げながら問う。とてもさっきまで殺しにかかってきた人間とは思えない……。



「お、お前。俺を殺す気かっ!しかも既に起きてたし!」



 余りにも急な展開に混乱しつつ、率直な疑問を投げかける。



 ロザリーはさも当然の如く答えた。



「……ゼノスはいつも二度寝とか三度寝もする。だから……保険として一応、ね?」



「ね?じゃない!お前の起こし方は余程の達人じゃなきゃ永眠になるぞ!?って、分かった、分かったから力を緩めろ!起きるから!」



「……本当?ならやめる」



 ロザリーは納得したように頷き、持っていた剣を鞘に納める。



 しかしその場から退こうとはしない。



 ふと気づいたように、彼女はしばし自分の座っている位置を確認。――そして、その顔は徐々に紅潮していく。嗚呼、ようやく自分が跨っていた位置を理解したようだ。



 ――ゼノスの股間に跨っているという事実を。



「……こ、これは…その」



 ロザリーは顔を更に赤らめ、頬に両手を添えながら言う。



「分かった。分かったから……」



 ゼノスとて男、それもロザリーとは同い年である。同年代の女性にこんなことをされては……これ以上の理性は保てない。



 ロザリーは沈黙したまま頷き、どうにかその場から退いてくれた。




「はあ……」





 こうしてゼノスは、午前六時に起床する羽目になった。

















「全く、朝からハードだな」



 ゼノスはシルヴェリア騎士団宿舎の食堂にて、目の下にクマを浮かべながらパンをかじっていた。対面に座るライン、隣に座るロザリーも朝食を摂っている。



 ――午前六時半。既にロザリーとライン以外の騎士団員は出掛けたらしく、食堂には三人以外誰も居ない。まあサナギに睨まれながら朝食を摂る必要がなくなった以上、ゼノスとしては嬉しい限りだが……素直に喜べないのも事実。



 何故なら、今日はランドリオ騎士団主催による模擬試合が行われる日であり、ゼノスはそれに出場しなければならないからだ。


 

 凄く面倒だし、心なしか身体も怠く感じる。このまま欠席しますと言いたい所だが……許されるはずがない。サナギに絶対半殺しにされるだろうし……。



 二年間の騎士団生活の中で、今日が一番最悪な日である。



「……うん、ちゃんと目が覚めてる。よしよし」



 苦悩するゼノスを他所に、隣に座るロザリーが誇らしげに呟いてくる。まあ、いつもの無表情なままだが。



 ゼノスは不味いスープ(ロザリー特製)を啜りながら答える。



「嬉しそうで何よりだ。それに、俺があの方法で目が覚めなかった日があったか?」



「なかった。……私って目覚ましの達人なんだね」



 目覚ましの達人って何だよ。と、ゼノスは内心で答える。



 ロザリーの猟奇的な起こし方は、実は過去何回も繰り返されているのである。見目麗しく、可憐な外見なのに……裏では恐ろしいことばかりしているのである。



「あはは、いやあロザリーは良くやってくれてるよ。流石、一時間に一回はゼノスの事を気にしてるだけあって――ぐえっ!」



 ラインは軽口を叩いた直後、ロザリーの投げ飛ばしたスプーンが顔面を直撃した。ガンッ、という嫌な音がしたので、相当な力が込められていたのだろう。



 ロザリーは静かに居住まいを正し、無機質な表情をゼノスに向けてくる。



「……ゼノス」



「何だよ、ロザリー?言っとくけど、今日の朝飯はあげないからな。こんな飯でも英気を養う分には」



「そうじゃない…………ゼノスの表情が険しい。何か思いつめてるの?」



 相も変わらない無表情、しかしゼノスを心配している様子が丸わかりである。ゼノスとしてはいつも通りにしていたつもりだったが、如何せん彼女には見破られていたようだった。



 ――盗賊のシールカードを操るギャンブラーの存在、その脅威がランドリオに襲来しているという現実こそ、ゼノスに異様な不快感を募らせる。



 断ち切ったはずのランドリオへの服従、自ら見限ったはずの主への忠誠。



 吹っ切れたと思っていたのだが、未だ払拭しきれていないのか?勝手にいなくなっておきながら、後悔があるというのか?そんな複雑な思いが胸中を交差していく。



 これも……半端者ゆえの宿命か。



「……昨日の晩、何かあったようだね。ゼノス」



 ラインは水を飲み干した後、真剣な目つきで問いかけてくる。



 いつもなら笑って語り掛けてくるラインだが、この調子はとても珍しい。いや、懐かしいと言ってもいいだろうか。



 こういう時のラインに冗談を言っても仕方ない。ゼノスはスープに浮かぶジャガイモをスプーンで転がしながら、何気なく答える。



「まあな。最悪、ここランドリオ帝国の滅亡に関わることだよ」



「……そんな大事なの?それってまさか、始祖と関係する事なのかい?」



 ゼノスは無言のまま頷き、昨晩あった出来事を手短に説明した。



「……成程、そんな事があったんだね。盗賊のシールカードが実在していた上に、彼等は始祖を解放しようと行動に出ているわけか」




 これまた珍しく、今度は焦りを露わにするライン。




 ――同じ『元六大将軍』とはいえ、穏やかでない気持ちになるのも同情する。




 ライン・アラモード。シルヴェリア放浪騎士団の騎士にして、元六大将軍の男。




 彼もまた二年前の死守戦争に参加し、ゼノスと共に始祖と死闘を繰り広げた者だ。とはいえ、ラインの場合は皇帝に派遣された訳でなく、ゼノスを助ける為に途中参戦してくれたわけであり、ラインに関する死守戦争での貢献は世に知られる事は無かった。いや有り得なかった。



 彼の元の異名は――『知られざる者』。敵は愚か、ゼノスと特定の六大将軍以外にはその存在さえも知られなかった男であり、影の仕事を生業としていた。恐らく知られざる者という六大将軍は皆理解しているだろうが、ラインという六大将軍を知る者は中々いないだろう。



 ラインがゼノスに付いてきた理由はまた長くなるが、ラインという男はそういう奴なのである。自分を曝け出さない、表現しようとしないのだ。



 ゼノスでさえも、彼の全貌は計り知れない。



 ラインはそんなゼノスの思考に気付きもせず、本題に対して疑問を突き付けてくる。



「この事は団長に言ったのかい?」



「言うわけないだろ。俺はもう白銀の聖騎士でもなければ、シルヴェリア騎士団に絶対の忠誠を誓う立場でもないんだ。……正直、面倒事はもう御免なんだよ」



「……ゼノス」



 ふいに零れてしまったゼノスの本音。



 これは信頼できる親友二人に打ち明ける、彼の弱さであった。



 最強と呼ばれ、多くの人々の尊敬と畏怖を集めた白銀の聖騎士。多くの戦場を駆け抜け、多くの強敵を打ち倒し、多くの出会いと別れを重ねてきた。



 だがその果てに待っていたのは――人々を意味のない戦争に巻き込み、沢山の命を奪ったという悲劇である。



 ゼノスは誓ったはずのものを裏切った。それが弱かった心に追い打ちをかけ、今もなお引き摺っている。



 ――何が白銀の聖騎士だ。何が偉大なる英雄だ。



 彼は二年もの間、ずっと弱さを恥じ続けている。



 ……しばらく静寂の時が流れる。ゼノス達以外は皆とうに城へと向かっているため、ざわめき声さえも聞こえはしない。市場の喧騒が遠くから聞こえるだけで、それ以外の音は何もない。




 だがふいに口を開いたのは、意外にもロザリーであった。



 彼女はスプーンを握るゼノスの手に、自分の手を重ねてくる。



「……私はそれでいいと思う。干渉もしないし、反論もしない。ただ私は、貴方に付いて行くだけ。これまでもそうだったし、これからもそう。もしこの大事を伝えなかった罰則として、騎士団を追い出されたら…………私も騎士団を抜ける。ただ、それだけ……」



 ロザリーはたどたどしく言い放った後、また無言になる。ただ真摯な瞳だけは逸らさず、ジッとゼノスを覗きこんでくる。



 ……いつも思うが、これはわざとだろうか。



 浮世離れした端正な容姿。国一番の美女と呼ばれてもおかしくない彼女が、こうして男を誘うような仕草をとってくる。これが無自覚なのだから、余計にタチが悪いものだ。



 傍から見ればそれは、仲睦まじい男女の馴れ初めにも感じられる。



 その第三者であるラインは少々戸惑うが、何とかいつもの調子で口を挟む。



「あ~……まあつまりロザリーはね、ゼノスは無理してこの依頼に関わるな、って言ってるんじゃないかな?」



 ラインの補足に、黙って首肯するロザリー。どうやらそうらしい。



「僕も同感だよ。こう言うのも悪いけど――ゼノスは精一杯頑張って来たよ。その結果、それに見合った信頼は得られなかったんだ。わざわざこの国の為に尽くすのは……もう必要ないと思う」



 ラインは既にゼノスの……いや、白銀の聖騎士に対する世間の評価を知っている。報われない事実を把握している故、ラインが言えることはそれだけである。



 彼もまたランドリオ帝国の出身ではなく、遥か東方の島国出身だ。別にこの国に関しては思い入れもないし、ゼノスのいない帝国なんている意味もない。ラインもロザリーと同じく、彼に付き合うだけである。



 ラインがそこまでゼノスに執着する理由は……まあまた別の話である。



「……そう、だよな。俺は十分に尽くしてきた。平和な世が築かれるなら……もう休んでもいいよな」



 ゼノスは幾多の経験を積んできた。喜ばしい出来事もあれば、絶望に満ちた出来事も体験し、人並み以上の苦しみを味わってきた。



 憧れの師、競い合った友、恋焦がれた少女、同じ誇りを持った同志達、忌むべき多くの敵達――その全てが過去の存在と成り果てている。



 泣いて、笑って、怒って、そしてまた泣いて――



 気付いた時には、彼は限界を超えていた。心も体も……既にボロボロだ。ラインとロザリーはそれを把握しているからこそ、更に心配そうに見つめてくる。



 そんな心配性な友人二人に対し、ゼノスは思わず苦笑する。全く、いつもはずうずうしい奴等なのに、こんな時に限って優しくなるのはずるいものだ。



 嬉しい。ああ嬉しいよ。



 だけど――



「俺を心配してくれるのは確かに有り難い。……でも、お前らもそろそろはっきりさせないといけないんじゃないのか?」



 ゼノスが唐突に言い放ったそれは、二人の図星を突くのに充分であった。



「ラインに関してはよく分からんが……ロザリー、お前はそろそろ自分の道を進んでもいいだろ?俺に付いて行くだけじゃなく、もっと他の」



「――ゼノス。それは不可能」



 ロザリーはゼノスの説得を遮り、そう断言する。



「……私は既に存在しない筈の人間。幼い頃から未来が見えなかった私にとって……今の生きる目的は貴方の下にある。――これ以上、話す事はない」



 有無を言わせない、はっきりとした口調。まるでそれが使命かのように呟くロザリーは、どこか必死であった。



 これ以上の説得は逆効果だよ、とラインに目で促され、ひとまずゼノスは引き下がる。確かに、今話すべき話題ではなかったとゼノスも承知している。「分かったよ」と降参の態度を取り、元の話題に戻る事にした。



「まあとにかく、余計な心配をかかせて悪かった。こんな依頼はとっとと終わらせて、早いとこ別の大陸に行くとしよう」



「ああそうだね。早く他の大陸にある酒場でゼノスに奢って貰わないと」



「……同意」



「お、お前ら……少しは遠慮ってものを考えて欲しいんだが」



 暗い雰囲気から一転、ゼノス達はまだ見ぬ今後の話に花を咲かせる事にした。






 未だ拭えきれない不快感を、胸に抱きながら。 








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