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白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
五章 雪原の覇者
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ep14 強力な助っ人




 ゼノス達は住人の情報を頼りに、ジョナとルルリエを捜索していた。




 小さな子供二人の行方など知るはずが……と思っていたが、ここら辺で彼等を知らない者はいないようだ。



 カルナが事情と行方を尋ねると、それを知る住民達はすぐさま答えてくれた。スラム街の住民と言えど、心までは腐食していないらしい。他人を気遣う彼等に対し、失礼ながらゼノスは感心してしまった。



 心優しい住民の協力により、思いのほか早く二人の居場所を突き止めることが出来た。



 ゼノスは衰えた足を懸命に動かし、息を切らしながら……その目的の場所へと辿り着く。



「こ……ここか」



「そのよう……ですね」



 遠い道のりを走ったせいか、視界までもがぼやけている。



 しかし四の五の言っている暇はない。迫り来る危機を改めて自覚し、鋭い瞳を頭上に向ける。




 ――荒廃したスラム街の中心にそびえる、古ぼけた塔。




 築千年以上の時が経っているだろうか。身体を反らさなければ頂上が見えず、どの建物よりも遥かに高い。土で塗り固められた外壁は崩れる素振りをも出さず、今もなお町を見下ろしている。



 一体どんな理由で作られたかは知らない。きっと特別な理由で建てられたと思うが……それはあくまで憶測だ。



 今はそれ以上に考えるべきことがある。



 住民の話によると、子供達はスラム街の市場で遊んでいたらしい。子供だけで居たのが災いを呼び起こし、最悪の事態を発生させた。



 何と子供達は、継ぎはぎの鎧を身に着けた大人に連れ去られたのだ。その光景を垣間見た目撃者も多く、それもすぐに特定できた要因でもある。



 ……継ぎはぎの鎧を着た大人。



 カルナはそれを聞いた途端、青ざめながら呟いた。



『――よ、よりによってならず者に捕まるなんて』



 ならず者とは、このスラム街に巣食う傭兵崩れの連中だ。



 全くもって分かりやすい。王国に見放され、役立たず呼ばわりされた結果……彼等は当時の鎧を着ることで、過去に執着しているのだろう。



 しかも今や……彼等は金目的で子どもを攫う畜生ときた。



 怒りを覚える反面、ゼノスは彼等に同情を覚えた。



 忠誠を尽くした主君に貶められる。そんな事をもしされたら、自分はどうなっているのだろうかと……そう思わずにはいられない。



「せ、聖騎士様?どうなされたの?」



「……いや何でもない。余計なことを考えてただけだ」



 カルナに心配され、ゼノスはしまったと思う。



 細かいことを一々思い悩むのは、我ながら良くない癖だ。これ以上カルナを不安にさせては駄目だろうに。



 ゼノスは頬を軽く叩き、自分に気合いを入れる。



 今は危険と隣り合わせだ。現実を直視し、そして考えねば。



「……さて。どうにかならず者のアジトである塔に来たわけだが、こりゃ簡単に侵入できる場所はないな」



 物陰に隠れながら、二人は塔周辺を確認する。



 塔は円形状で、外壁のあちこちに小さな窓とテラスが付けられている。不規則に備え付けられており、二階三階にあたる部分には一切窓らしき穴が存在しない。



 常人が侵入できる部分と言えば、正面入り口にある扉ぐらいだ。



 しかしそこには、ならず者らしき男二人が配備されている。一人は剣を携え、もう一人は槍を抱えている。



 最悪だ。



 これでは侵入は愚か、入る前から戦う羽目になってしまう。ならず者と馬鹿にしていたが、最低限の連携は取れている。



 腐っても、元傭兵だけはある。



「……」



 ゼノスは自分の右手を見つめ、手を開いたり閉じたりしてみる。



 荒っぽい真似は御免だったが、こうなっては仕方ない。出来る限りの抵抗が可能かどうか、試してみるか。



 力の感触を確かめつつ、ゼノスは試しに近くの壁を殴ってみる。勿論右手で、しかも全身全霊を込めて。




 カルナの驚愕をよそに、拳を勢いよく壁に叩き付ける。




「ぐ……おッ!」



 刹那、激しい痛みが拳全体を駆け巡る。



 さっと拳を引っ込め、涙目になりながら拳を擦る。



「い、一体どうしたんです?」



「いや何……ちょっと自分の力を確かめてみたんだ。本気で殴って、拳が無事なら多少の戦闘は出来たんだけど……」



 結果は見ての通り、この様だ。



 拳を鍛えた者は、例え人の顎を殴っても怪我はしない。強靭に作られた聖騎士の拳に関しては、世界一硬いヒルデアリアの光魔石さえ砕く。



 僅かに力が残っていれば……と思ったが、そう簡単に上手くはいかないようだ。




 これでは素人の拳だ。




 この無様な姿を六大将軍、そしてゲルマニア達が見たらどう思うだろうか。きっと唖然とし、我が目を疑うだろう。



 それほどまでに、これは異常事態であった。



「む、無理しない方がいいかと。ならず者たちは身代金が目的だと思うので……す、すぐに殺す気はないかと思います」



「そうだろうな。……悔しいけど、突入できる機会を待とう」



 奴等の目的は子供の殺害ではなく、その命に代わる金だ。



 傭兵という職を失った者は、そう簡単に職を見つける事が出来ない。理由は様々だが、主な理由としては彼等の経歴にある。



 戦場で生まれ、戦う事だけが唯一の生き甲斐……そんな人間が大半を占めている。教養もなければ、戦い以外の道を知らないのだ。



 この稼業には多くのリスクがある。騎士と違って、怪我や不祥事によって解雇されれば、もう傭兵稼業では食っていけない。



 他の道がなければ、路頭に迷う浮浪者となるだろう。



 それか……盗人になるかだ。



 彼等ならず者のように、他人から金を奪う哀れな存在に。



 長々と言い連ねたが、つまり彼等は金の為に行動している。今すぐに危険は及ばないだろうと思いつつ、好機を待って慎重に動いた方が得策だろう。





「――いや。その必要はないじゃろ」





「ッッ!誰だ!」



 ふいに後ろから声を掛けられ、ゼノスはすぐさま振り向く。



 そこには、何とも偶然に近い人物たちがいた。




 ――声を掛けてきた人物は、紛れもないアルバートであった。




 彼は苦笑し、申し訳なさそうに頭を掻く。



「おおそうか。今は気配も見分けられないんじゃったな、すまんすまん」



「……勘弁してくれ。てっきりならず者に見つかったかと思ったぞ」



「悪かったわい。……ん?ジーハイル、何を固まっているんじゃ?こやつが先日話していたゼノスじゃよ」



 アルバートは隣に立つ白髪の老人、ジーハイルに尋ねる。



 屈強な肉体に、バーテンダーらしきベストと蝶ネクタイを身に着けている。詳しい関係はよく分からないが、アルバートの知り合いだろうか。



 彼は小刻みに震えながら、ゼノス……もとい、カルナを凝視する。



 一方のカルナも、驚いた様子でジーハイルを見つめていた。



「カ、カルナよ!何故ここにいるんだ!?」



「おじさんこそ……ど、どうして?」



 二人は疑問に疑問を重ね、予想外の出会いに困惑しているようだ。



 上手く状況を飲み込めないゼノスは、そっとカルナに聞く。



「知り合いなのか?」



「し、知り合いも何も、ジーハイルさんはサザリアの旦那さんですから」



 カルナは落ち着きを取り戻そうと、深呼吸をした後にそう答える。



 そして、アルバートが更に付け足してくる。



「同時に、こやつは元始原旅団の副首長でもある。今は隠居中のようじゃが……昔はよく儂を支えてくれたもんじゃて」



 その言葉に、カルナが大きく反応する。



 瞳を大きくし、信じられないといった顔でアルバートを見やる。小刻みに肩が震え、乾いた笑い声を響かせる。



 この面食らった表情は、ゼノスが聖騎士だと分かった時の顔と同じだ。




「ま、まま、まひゃか貴方様は…………アルバート、様、でしゅか?」




 カルナは混乱した状態で尋ねる。



 呂律が回っていない辺り、かなり緊張していると見える。



「ん、そうじゃ。今は訳あって帰国してるんじゃが……って、大丈夫かの?」



 アルバートの心配も空しく、カルナは泡を吹きながら卒倒した。



 聖騎士発覚の瞬間もそうだったが、彼女はどうやら有名な人物に遭うと気絶するようだ。アルバートはこの国の建国者であり、英雄でもある。



 この国出身ならば、気絶するには十分な要素とも言えるか。



 ……まあ彼女はそっとしておこう。



「にしても、何であんたがここにいるんだ?昔の知り合いから情報を入手してくるって聞いてたが」



 カルナの事はひとまず置いといて、ゼノスは疑問を問う。



 知り合いとは恐らく、隣に立つジーハイルの事だろう。



 アルバートは顎鬚を撫でながら答える。



「うむ、まあさっきまで順調にやってたんじゃがのう……。少々、あの塔にいる連中に用事が出来たんじゃよ。なあジーハイル?」



「まあな。……それにしても、カルナとゼノス君は何故ここにいるんだ?今の君達にとっては非常に危険な場所だぞ?」



 さも当然の疑問を放つジーハイル。



 彼がサザリアの旦那で、子供達を拾った本人だというのなら、ゼノスは今の状況を打ち明けるべきだろう。



 悩む必要はない。ゼノスはカルナに代わり、ジョナとルルリエが攫われた事を話す。




「……全く、言う事を聞かない子達だ」




 ジーハイルは平坦な口調で呟くが、若干の焦りが見られる。



 自分の子供達の命がかかっているんだ。極々自然の反応ともいえる。



「つまり、君達は俺の子供達を助けに来たんだな?」



「ああ。今の状態じゃ、無謀とも言えるがな」



「そうだろうなあ。……だが、もう心配する必要はないぞ少年」



 愛嬌のある笑みを浮かべ、力強くアルバートの肩を叩く。



「すまんなアルバート。悪いがもう一つ用事が出来た」



「気にはせんわい、どうせ儂は何も出来んからのう。それよりもほら、早く武器を取ってきたらどうじゃ?」



「くく、無論だ」



 首の骨を鳴らし、軽く準備体操をするジーハイル。



 その行動に、アルバートは目を見開く。



「おいおい、直接出張る気かの?」



「出張る?あんな雑魚に?冗談も大概にしときなアルバート。準備運動してるからって、勝手にそう思われちゃ堪らん」



 ジーハイルは不敵な笑みを絶やさず、目先の門番二人を見やる。



 別に驚くべき発言ではない。ゼノスから見ても、ジーハイルの実力は常識を逸脱している。始原旅団の副首長を務めていただけあって、若ければ六大将軍の座にもつけただろう。



 この男ならば、直接手を下す必要もないと確信した。



「よおし行くかねえ。ゼノス君は悪いが、ウチの眠り姫を担いでくれないかね?ここに置いとくのは危険だろうしな」



「ああ分かった」



 ゼノスはすぐに頷き、気絶するカルナを背中で担ぐ。



 それを見届けたジーハイルは気さくに微笑み、やがてすぐに真剣な表情へと変える。



 てっきり猛々しく突入するかと思ったが、彼は真逆の行動に走る。



 物陰から出ると同時、ジーハイルはゆっくりと、重みのある足取りで門番達の元へと近付く。その後ろにゼノスが、アルバートが悠々とした調子で付いて行く。



 ようやく三人の登場に気付き、ならず者の門番達もまたこちらへと歩み始める。




「お~お~、何だてめえら?」



「ここが何処だか分かっているのか?用がないならさっさと……」




 途中、門番の言葉が止まる。



 態度は一変し、彼等は瞬時に凍り付いた。



 このパステノン王国で戦士を務めていたのならば、目前の老人をよく知っているだろう。現に正体を知った門番は、逆らえない波動と凄まじい威圧感に飲まれていた。



「う、嘘だろ……」



「有り得ねえ、有り得ねえだろッ!」



 戦場の鬼……そして戦殺しのジーハイル。



 彼等は直接、その戦いぶりを拝見した事がある。いや戦いというよりも……一方的な虐殺を、と言えばいいだろうか。



 鬼神の如く武器を振るうと、その風圧だけで何十人もの人間が粉々に引き裂かれた。わらわらと寄ってくる敵共は、その威光の餌食となった。誰もが震え上がり、戦意を喪失させたものだ。




 ――この化け物共は危険すぎる。




 なぜ此処にとか、どうして戦意を剥き出しにしているとかは……あえて考えない事にした。いや考える暇もないのだ。



 一歩、また一歩と近付く度に、門番達の心臓が跳ね上がる。



 殺される――そう直感したが。



 立ち尽くす門番達の目前までやって来たジーハイルは、よく通った声音で尋ねる。



 まるで知らない人に道を聞くかの如く、やんわりと。



「あ~悪いが君達、俺にその武器を譲ってくれないかな?……黙って差し出してくれれば、面倒がなくて楽なんだがね」



「…………へ?」



 門番達は冷や汗をたらしながら、無言を貫く。どうしていいか分からず、しどろもどろとしているのだ。



 だが徐々に分かりつつあるだろう。この場を支配する王者が、一体誰であるかを。




 この化け物――ジーハイルに戦意はない。




 彼は目前の敵を、自分の敵として認識していない。あくまで通りかかった人間であり、それ以外の何者でもない。



 その時点で、勝負はついている。



 敵と認識されない以上、彼等がいくら刃向った所で……ジーハイルに傷一つ付けられやしない。



 従うしかないのだ。



 そうすれば、何もされずに済む。



「……ど、どう……ぞ」



 二人の門番は目を合わそうとせず、持っていた武器だけを差し出す。使い古された長槍に、錆び付いた鞘に納められた剣をだ。



 ジーハイルは手渡された武器を吟味し、納得したように頷く。



「おおいいね、見た目はボロいが素材は悪くない。ありがとよ若いの」



 それ以降、ジーハイルの視界には一切門番が入らなかった。



 戦意喪失した門番を横切り、ジーハイル率いる一行は塔の扉へと立ちはだかる。



「……で、これからどうするんじゃ?儂と小僧は戦力外じゃから、お前のやり方に従うぞい」



 アルバートが言うと、彼は呆れたように肩をすくめる。



「おいおい、長年の付き合いなんだから察しろよな。――俺のやり方っていや、当然これだろ!」




 叫ぶやいなや、ジーハイルはおもいっきり扉を蹴飛ばす。




 盛大に開け放たれたと同時、彼は剣と槍を構える。



「行くぞお二人さん!このまま突っ切るとしよう!」



 豪快にそう宣言し、敵のアジトへと突入するジーハイル。



 昔と変わらない戦友の豪胆っぷりに苦笑しつつ、アルバート達もまた塔へと侵入する。




 ――しかし。




 三人は敵の襲撃を覚悟していたが、そんな気持ちは一気に消失した。



「……誰もいない、だと?」



 呆気にとられたのも束の間、ジーハイルはすぐに状況を確認する。



 塔の一階は広い造りで、木製の椅子やテーブルが乱雑に並べられている。飲み干した酒瓶が無造作に転がり、部屋全体に酒の匂いが充満している。




 ……妙だ。




 つい先程までいた形跡があるのに、姿形はおろか、塔の中から人間の気配が感じられない。



 出払っているのか?



 ……いや、それはまずないだろう。



 ジーハイルは塔の上から発せられる異様な空気に気付き、思わず眉根をひそめる。



「どうしたんじゃジーハイル。塔の上に何かおるのか?」



「……のようだ。それも尋常じゃない、元傭兵が放つとは思えない邪悪な気配を放ってる」



「何じゃと……ッ!」



 アルバートとゼノスは驚愕を隠さなかった。




 一体、どんな奴が潜んでいるのか?




 ジョナとルルリエに対する心配が膨らみ、嫌な予感だけが募るばかりであった。











 


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