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白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
五章 雪原の覇者
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ep13 スラム街での小さな事件




 幸いな事に、ゼノスはサザリアの協力を得る結果となった。




 出店先も即座に見つけた上に、立地場所も悪くはない。人通りは多くないが、住宅街付近の通りを選んでくれたのだ。ここならば、今晩の酒の肴を買ってくれる客がいるに違いない。



 流石はサザリアだ。酒場の時もそうだったが、彼女の行動力と判断能力には目を見張る所がある。こうして無事に店を開き、これから商売を始められるのだから。



 さあ二人で頑張るぞ。




 ――と思ったが、それは叶わぬ願いであった。




 店番はゲルマニアに任せ、ゼノスはカルナに連れられて違う場所へと向かっていた。勿論サボりではない。サザリアに頼まれたからだ。



 出店先について聞かされた後、彼女はこう付け足してきた。





『商売に関してはご安心を。あたしもゲルマニアのお手伝いをしますから。……だから聖騎士殿には、また別の仕事をしてほしいのです』



『仕事……?』



『ええ、唐突で申し訳ございません。詳しい話は道中でカルナにさせますよ』





 と、確かにサザリアはこう言っていた。



 だがかれこれ十分以上歩き続けているが、前を行くカルナは一向に話してくれない。それどころか、目線さえ合わせてくれないのだ。



 何か嫌われる事でもしたのか。罪悪感を覚えつつ、ゼノスは恐る恐る尋ねてみる。



「なあカルナ……」



「ひゃ、ひゃい!?」



 彼女はウサギの様にぴょんと跳ね上がり、そして無残にも尻から着地する。固いレンガ道のせいか、カルナは涙目を浮かべながら尻を擦る。



 ……ああそうだった。嫌われている所か、むしろ自分は好かれているんだった。



 彼女は聖騎士ファンクラブに所属し、無我夢中のまま聖騎士を追っかけているらしい。そんな追っ駆けの対象と歩いていれば、多少の緊張はあるだろう。



 ただ単に敵を倒し、功績を上げる。



 それだけで持て囃されるなんて、世の中は何と不思議な事か。



 ゼノスはふとそう思いながら、カルナに手を差し伸べる。



「大丈夫か?言っとくけど、今は聖騎士の力を発揮できないんだ。単なるゼノス・ディルガーナとして接してくれよ」



「え、でも私にとって…………聖騎士様は聖騎士様で」



「……まあ強制はしないがな。出来るなら会話だけはさせてくれ、要点だけでもいいから」



「あう。は、ひゅい」



 ひゅいって……中々出る言葉じゃないぞ。



 ゼノスは何とも言えない雰囲気に晒されながらも、どうにか言い返す。



「分かった、それも辿り着いてから聞くとするよ」



「あ、有難うございます。もうすぐ到着しますので、すす、すぐに話せると思います!」



 カルナはゼノスの手を借り、そそくさと立ち上がる。触られた手を見てにんまりと微笑み、小躍りしながら先へと進む。



 活気に満ちていた大通りを離れ、閑静な住宅街を突き進む。こうして街中をじっくり眺めると、北国の町はレンガ造りで溢れている。これも寒さを和らげる為だろうが、飽きてくる光景だ。



 しかし簡素な街並みの反面、自然と心が安らぐ雰囲気もある。



 ……ある異様な空気を除いてだが。



 住宅街を抜け、仄暗いトンネルを抜ける途中。目の前から漂う陰鬱な空気に、ゼノスは思わず苦渋の色を示す。



 雰囲気だけじゃない。腐った生ごみのような匂いと、甲高い悲鳴のような声がトンネルに木霊する。カルナは若干悲しそうな表情をするが、立ち止まろうとはしなかった。



 トンネルを抜ければ、そこは雪国だった――なんていう異世界小説の幻想とは裏腹に、このトンネルの先は酷い有様であった。




 牧歌的な町は消え失せ、ゼノスは荒れ果てた町風景を目にする。




 割れた窓ガラス、脆くなった家々。冷たい道の上には御座が敷かれ、ボロボロの服を着た浮浪人達が寝転んでいた。ある者は片足がなかったり、ある者は片目がなかったりと……何とも凄惨な光景だった。



「こう言っちゃ悪いが、とても人の住む場所とは思えないな」



「は、はは。た、確かにそうですね」



 突然の変貌に面食らいつつ、ゼノスは当然の疑問をぶつける。



 スラム街なのは確かなようだが、単に貧困層が密集しているとは思えない。怪我をしている彼等を見れば、それは一目瞭然である。



「ですが、これがパステノン王国の現状なのです。表向きは明るいけど……それは真実を覆い隠した姿です」



 悔しそうに唇を噛み締め、カルナは詳細を述べる。



 話によると、近年のパステノンは隣国への侵略戦争を推し進めていたらしい。侵略しては植民地化させ、王族などの支配者を処刑してきたようだ。



 しかし、大きな被害を受けたのは隣国だけではない。



 侵略戦争に従軍したパステノン王国の兵士、一般市民もまた癒えない傷を付けられたのだ。



 ――度重なる戦争。数え切れない従軍命令。



 今のパステノンは疲弊している。ロダンの無茶苦茶な行動に、従軍した者達は心と体を壊してしまった。



 次第に兵士としての能力を失い、打ち棄てられた先が……このスラム地区のようだ。外国には悟られないよう、こうして隅に追いやられたというわけだ。



 成程、ようやく納得した。



 通りに横たわる連中は、かつて国の為に従軍した兵士か。今では痩せ衰え、生気の無い瞳を浮かべているが……。



 同情はするだけ無駄だ。



 ゼノスは一瞥だけし、すぐさまカルナへと振り向く。



「んで、目的の場所はこの先か?」



「そ、そそそうです!こちらです!」



 ぎこちないカルナに連れられ、ゼノスは更に奥へと進む。



 しばらくは浮浪者がたむろする通りを進んだが、やがて開けた場所へと出る。小規模だが、小さな屋台が軒を連ねている。



 みすぼらしい恰好をした市民が買い物をし、薄汚れた子供達が元気に遊んでいる。表通りほどではないが、ここも十分に活気づいている。浮浪者らしき人物は……ここにはいないようだ。



 恐らくだが、さっきの連中は物乞い目的で集まっていたのだろう。スラム街入口にいれば、知らずに通る商人か旅行客がいるかもしれない。執拗に頼み込めば、今日の夕飯代にありつける……と、考えているのだろう。



 もしゼノスが一人で通れば、今頃カモにされていたかもしれない。



 そんなどうでもいい想像をしながら、ゼノス達は細い道へと入る。散乱したゴミを避けつつ、カルナはとある一軒家の前で立ち止まる。



 そこら辺の家と全く変わらない造り。だがその家からは、明るい子供達の騒ぎ声が聞こえてくる。



「む……あの子達ったらまた」



 カルナは腰に手を当て、呆れた様子で呟く。



「すいません聖騎士様。少々、お見苦しい所を見せます」



「ん?あ、ああ」



 ゼノスに深々と頭を下げた後、カルナは目を吊り上げながら家のドアへと歩を進める。



 持っていた鍵で開錠し、威勢よくドアを開けた。




「――こらあっ!大声で騒いじゃ駄目でしょ!隣の人に迷惑かけないの!」




 カルナは先程とは打って変わり、強気な態度で言い放つ。



 家の中には数人の子供達がいた。十歳程度の少年少女で、今まで鬼ごっこをしていたようだ。怒られた子供たちはその場で固まっていた。



 しかし一人の少年が不満を露わにし、ジト目で答える。



「だってえ、外に遊びに行けないんだもん~」



少年の言葉に賛同した子達が、「そうだそうだ~」とか「これぐらいいいでしょ~お姉ちゃん」と愚痴を零す。



カルナは額に手を当て、嘆息しながら答える。



「駄目よ、もう少し辛抱なさい。おじいちゃんももうすぐ帰って来るだろうし。……それに、今日はとても素敵な方を呼んだのよ」



 そう言って、カルナは微笑みながら横へと逸れる。ゼノスの全身が子供達から見えるようにしたのだ。



 子供達はジッとゼノスを見つめる。咄嗟に言葉も出ないまま、ただゼノスは注目の的となっていた。



「カルナ姉ちゃん、その人は誰……?」



「……」



 ゼノスは奇異に満ちた視線を浴び、おもわず苦笑する。



 そしてカルナへと顔を近づけ、小声で尋ねる。



「どういう事だカルナ……。これって一体」



「す、すいません聖騎士様。実は――この子達のお守りを頼みたいんです」



 お守り……とな。



 また変わった条件を突き付けられたものだ。



カルナによると、この子達はサザリアの夫が経営する孤児院の子供達らしい。この家自体が孤児院として機能し、ここでカルナやサザリアも暮らしている。



 孤児院というよりは、とある大家族の方が相応しいかもしれない。



「この時間はマダム・サザリアの旦那さんがいて、いつも彼がこの子達のお守りをしてるんですけど……」



 ああなるほど、大体予想できた。



 彼女が言い終わるよりも早く、ゼノスが見出した予想を言う。



「けど今は留守中で、スラム街は危険だから子供達だけじゃ外に出せられない。それで俺が代役を務めるというわけか?」



 カルナはこくりと頷く。どうやらその通りのようだ。



「子守り自体は構わないけど、そういった経験はまるでないぞ?」



「あ、そこら辺は大丈夫です。何せあの子達も……聖騎士の大ファンなもので。ご自身の冒険譚を聞かせるだけでいいんですよ」



 カルナは軽くウィンクする。凄い自信満々だが、果たして大丈夫なのだろうか。



 両腰に手を置き、鼻をふふんと鳴らしながら告げる。



「皆、この方は悪い人じゃないよ。――だって、誰もが憧れるランドリオ帝国の六大将軍、白銀の聖騎士ゼノス・ディルガーナなんだから!」



 尊大な態度でそう豪語し、満足げに口を吊り上げる。




 しかし、子供達の反応は何とも微妙なものだった。




 とある少女は大きく溜息を吐き、至極当然の答えをする。



「カルナ姉……幾らなんでも子供扱いしすぎ。あの聖騎士様がウチみたいな貧乏一家の所に来るわけないじゃん」



「え……あ、あ~……それは」



 言葉を濁し、目を泳がせるカルナ。



 まあこれは子供達の言う通りだろう。もしゼノスが子供達の立場だったら、真っ先に否定していたに違いない。



 聖騎士の鎧も身に付けず、象徴たるリベルタスの剣もない。単なる一般人と化したゼノスとしては、何も言い訳が出来ない。



 それでも尚カルナは反論しようとするが、ゼノスがそれを止めた。



「止めとけ、今の状態じゃどうしようもないって」



「そ、それはそうですけど……。何か、何か悔しいんですよお」



 カルナは恨めしそうに子供達を見やる。




 ――ふと、その目つきが急変した。




 徐々に疑惑の瞳へと移り変わり、彼女は思わず首を傾げた。



「……そういえばジョナとルルリエの姿が見えないわね。二階にいるの?」



『う……』



 途端、子供達は後ろめたい様子で呻きを漏らす。



 ジョナとルルリエとは、他の子供達のことだろうか。もしそうだとしたら、ここは中々の大家族のようだ。



 一方の子供達は視線を落とし、無言を貫いていた。



 カルナは次第に嫌な予感を覚え、少々棘のある言葉を放つ。





「もしかして……この家にいないの?」





「……」



 子供達はそれでも答えない。言って怒られるのが嫌なのか、または隠し通すよう言われているのかは分からない。



 だが、その無言こそが答えなのだろう。



 居ないと悟ったカルナは、冷や汗をたらしながら叫ぶ。



「教えなさい!あの子達は……どこにいるの!?」



「………………スラム街の、奥の方に行くって。あそこならバレずに鬼ごっこが出来るって……その、言ってたよ」



「――――ッ」




 瞬間、カルナの脳裏に最悪の結末が過る。




 ゼノスもそれを察した上で、カルナに耳打ちをする。



「やばい場所なのか?」



「は、はい。スラム街の奥には、傭兵崩れのならず者が住み付いてるんです。近づくなって言いつけてはいたんですが……」



 カルナは自分の不甲斐なさに罪悪感を覚える。もし目を離してなければと思うだけで、更なる後悔が彼女を襲ってくる。



「……落ち込む暇はないぞカルナ。急いで子供達を探しに行こう」



「さ、探しにって……でも今の状態じゃ」



 カルナは今のゼノスの状態を把握している。



 恐らくこのまま向かえば、彼はならず者によって殺されるかもしれない。元とはいえ、彼等は傭兵として王国に仕えた身だ。中途半端なまま突っ込めば、それが現実になる可能性は高い。



 無理に決まっている。



 おじいちゃんを待つしかない……と言おうとしたが。




 彼はカルナの手を掴み、冷静にこう述べてきた。




「――大丈夫だ。万が一ならず者に遭遇したとしても、そいつ等如きに遅れはとらない」



「……せ、聖騎士様」



「それに、これもお守りになるだろ。ちゃんと務めは果たすさ」



 冗談は止して下さい、と切実に言おうとしたが、カルナはそれを表現する事が出来なかった。



 例え無謀な話だとしても、どこかで期待しているのだ。



 幾多もの伝説を築き上げたゼノスならば、必ずやり遂げてくれると。



「……分かりました。私も御供します」



 期待と高揚感が入り交じり、カルナは口を挟めなかった。



「よし、道案内を頼む。子供達は大人しく家にいろよ!」



「え………………う、うん」



 勢いに任せた言葉に動揺を覚える子供達だが、素直にそれを聞き入れた。



 カルナは驚きを隠せない。いつも他人は愚か、彼等は身内の言う事さえまともに聞かない。



 こうして従順となったのは、恐らく初めてじゃないだろうか。



「何してんだカルナ、時は一刻を争うぞ!」



「は、ははい!」



 ゼノスに促され、カルナは彼と共に家を飛び出した。



 無力に等しい二人は、元傭兵のならず者が出没するというスラム街奥部へと向かう。






 剣も鎧も、鍛え上げられた身体能力も持たぬまま――。





 

 


※アルバート改訂版のイラストをUPしました→http://6886.mitemin.net/i108069/

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