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白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
五章 雪原の覇者
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ep12 意外な再会




 ゼノスは裏路地へと入り込み、そこでミスティカと連絡を取る事にした。




 しかし、それは真っ当な手段ではない。異世界のように携帯電話を使うでもなく、ましてや直接待ち合わせするわけでもない。



 簡単に言うならば、シールカードの力でコンタクトを取るわけだ。



 誰も通らない路地のベンチに、ゼノスとゲルマニアが共に座っている。傍から見れば恋人同士……とでも受け取られるだろう。特に怪しい行動ではないはずだ。



 なので問題なく、ゼノスはミスティカと話し合う事が出来る。



「……ゼノス。ふと思ったのですが」



「どうした?」



 隣に座っているゲルマニアは辺りを見渡し、誰もいない事を確認してから語り掛けてくる。



 そして小声のまま、続きを述べる。



「ミスティカさんとはその……シールカードの力で話すんですよね?」



「ああ」



「でしたら、その力を敵が探知する可能性ってないのでしょうか?私はそれが不安で……」



 探知、か。



 シールカードの構造や能力がどうなっているかは知らない。どの場合において探知されるかなど、恐らく把握出来ないだろう。



 だがはっきりしている事がある。



 ゼノスはそれを告げた。



「探知される可能性はないと思う。これはアスフィの受け売りだが、シールカードの力は違う波長を出しているらしい。波長が合えば探知も可能らしいが、そういった現象は有り得ないんだとさ」



 シールカードはそれぞれ独特の波長を出し、決して波長が合うという現象は起きない。もし合うとしたら、全く同じシールカードが存在するという結論になるらしい。



「そ、そうだったんですか。始祖の言う事は正直信用できませんが……今はやむを得ないですね」



 そう、今は仕方ないことだ。



 ゼノスはミスティカに言われた通り、自分の右耳を覆うように手を被せる。



 瞳を閉じ、周囲の雑音が聞こえなくなるまで精神を集中させる。微かな耳鳴りが響く中、ゼノスはミスティカの応答を待っていた。




 ――すると、徐々に女性の声が聞こえてくる。




 次第に声は大きくなり、聞き取りやすい状態となった。




『……もし?聞こえますでしょうか?私の声が届きましたら、どうか心の声で返答して下さい』




 声の主、今はランドリオ本国にいるであろうミスティカがそう告げてくる。



 心の声とはつまり、聖騎士流法技の心音派生と同じ要領でやればいいのだろう。声に出せず、心中で呟くよう心掛けた。



『ミスティカか。ちょっと報告したい事があるんだが、今大丈夫か?』



『う~ん。今は……五分程度なら大丈夫かと』



 ミスティカは落ち着かない様子で答える。



 何か重大な用事でも抱えているのだろうか?忙しない態度に疑問符を浮かべるが、あえて言わない事にした。こんな怪しい行為は、出来るだけ早く終わらせたいと思っていたからだ。



『分かった、なるべく早めに済ませよう』



『助かりますわ。……それで用件とは?』



『ああ、シールカードに関しては何も進歩がないんだが……一つ気になる事があったんだ』



 先程ラインから聞いた話をそのまま伝えるゼノス。



 すると、ミスティカは間を空けてから答えた。



『ふむふむ、そんな出来事があったのですね』



『俺が実際に見たわけじゃないが、ラインの言う事だ。相当怪しい人間だったに違いない。駄目元で聞きたいが……そいつが何者かどうか分からないか?』



 彼女は難しそうに唸り、『ちょっと待って下さい』とだけ伝え、しばし無言を貫いた。



 きっとギャンブラーの力を発揮しているのだろう。占い師のシールカードを所持するミスティカは、その気になれば特定の人間を占う事が出来る。



 その人物の性別、姿かたち、そして相手の心情まで読み取れる……と、以前アスフィが自慢げに答えていたのだ。もしそれが本当ならば、流石ギャンブラーと言った所だろうか。



 ゲルマニアに見守られる中、ゼノスはただジッとミスティカの応答を待っていた。



 たまに通りすがる人間に注意を向けながら、やがて二分ほどが経過した。



 ようやくミスティカの声が響いてくる。



『お待たせ致しましたわ。僅かながらの特徴なので苦労しましたが……それらしき人物を特定しました』



『本当か!?聞かせてくれ!』




『勿論でございます。性別は女性のようで……パステノン王国の住民ではないようです』




 パステノン王国の住民ではない。という事は、パステノン兵士が捜していたのは外部の人間か。



 ゼノスが試行錯誤するのも束の間、ミスティカは続けて言う。



『肝心の善悪に関してですが、この方に関しては大丈夫でしょう。彼女自身の心情を透視しましたが、貴方達を害する気はないようです。――いえ、それは有り得ないと断言致しましょう』



『どうしてそう言いきれる?そいつの正体が分かったのか?』



『…………さあ、私からは何とも。しかし害はない――ゼノス殿はそれが聞きたかったと見受けられましたが?』



『ああ、確かにそうだが』



 重要な部分をうやむやにされたが、最低限の事は話してくれた。



 ミスティカは忠実に依頼を消化してくれたが……どうにも納得がいかない。情報を隠しているような態度に、ゼノスは不信感を露わにした。



『ゼノス殿、不満に思う気持ちは分かります。ですがこれは…………』




 と、ミスティカの言葉が不自然に止まる。




『……どうした?』



 素朴な疑問を投げかけるが、ミスティカは答えない。



 しかしすぐさま、焦燥感に駆られながら言ってくる。



『申し訳ございません、そろそろお時間のようです。私にはやらなければならない事がございますので』



「お、おい!」



 ゼノスは思わず叫んだが、結果は空しなかった。



 既にミスティカは交信を絶ち、その用事とやらに取り掛かるようだ。幾ら読んでも応じず、これ以上の会話は無理だと思う。



 舌打ちしたい気分を押し殺しつつ、眉間に皺を寄せながら、覆い被せていた手を離す。



「ど、どうでした?」



 会話の一部始終を知らないゲルマニアは、不安そうに尋ねてくる。



 深刻な事態と勘違いしたのか、彼女はゼノスの表情からそれを読み取ろうとしていた。



 取り乱した事に後悔を覚え、ゼノスはいつもの調子で答える。



「どうやら害はないらしい。他にも何か知っているようだが……今は気にしない方がいいかもな」



 それを聞いて、ゲルマニアはホッと息をつく。



「良かった……。という事は、私達に危害は及ばないんですね」



「だといいがな」



 疑り深いと思われるかもしれないが、ゼノスは最悪な事態をも想定している。例えばアスフィが裏切り、ゼノス達を追い込もうと刺客を派遣したのかとか。曖昧な態度を取られると、ついついそう判断してしまう。



 今のゼノスは脆弱で、普通の人間と変わらない存在だ。



 力は愚か……心までもが弱くなっている。だからこそ、頼るべき存在にまで疑いをかけてしまう。




 ――こうする事でしか、自分の身を守れないのだ。




「……とにかく、この件についてはこれで終いにしよう。そろそろ場所取りをしないと」



 ゼノスは気持ちを切り替え、路地裏から出ようとベンチから立ち上がり、歩み始める。




 余所見をしていた彼が正面を振り向いたと同時――強い衝撃が襲い掛かってくる。




「――きゃっ」



「うおっ」



 ゼノスは何とか踏み止まるが、衝突してきた何者かは尻餅をついた。持っていた籠をも落とし、赤いリンゴが何個も散乱する。



「す、すまない。今拾うから」



 ゼノスとゲルマニアは慌ててリンゴを拾う。



「う、ううん気にしないで!こっちも余所見してた………………から」



 ぶつかった少女も血相をかきながら言うが、途中から歯切れが悪くなる。



 ナプキンを被り、胸の開いたエプロンドレスを着ている少女は――茶色の瞳を見開く。終いには口元を手で抑え始めた。



 彼女はまじまじと、ゼノスを見上げていた。



「あ……へ?なん……なんで??」



「……あれ、貴方は確か」



 ゲルマニアはこの少女に心当たりがあるらしい。



 一方のゼノスも、彼女には思い当たる節があった。





「――カルナ!何してるんだいあんた、大事な商品を落として…………ん?」





 今度は中年の太った女性がやって来て、地面に座るカルナとやらに呼び掛けてくる。だが彼女もゼノス達の存在に気付き、しばし唖然としていた。



 ……そうだ思い出した。



 彼女達とは、つい先日会ったばかりじゃないか。



「サ、サザリア!?それとこちらの女性は……」



 ゲルマニアもまたサザリアだと分かり、驚きの言葉を発する。



「ああ、あたしの店で働いているカルナだよ。聖騎士ファンクラブの会員……と言った方が分かりやすいかねえ」



 サザリアは苦笑しながら答える。



 ――そう、彼女達とは面識があるのだ。



 ヴァルディカ事件の前日、イルディエ達と飲みに行った時……彼女達はそこの酒場で働いていたのだ。サザリアは酒場の店主で、カルナは確か……ゼノスを見て失神した少女だ。



 ……二人はランドリオ城下町にいたはず。何故ここにいるのか?



「あ、あのサザリア……お店の方は?」



 ゲルマニアが言いづらそうに問いかけてくる。まあこんな場所で鉢合わせれば、そんな疑問も当然浮かんでくるだろう。



 サザリアはカルナを立たせ、溜息をつきながら答える。



「いや何、私はパステノン王国出身でね。夫もここにいるんで、ごくまれに帰省してるだけさ。店は若い子達に任せてあるわよ」



「そ、そうだったんですか。何だか大変ですね」



「ふふ、もう慣れたから平気よ。……それで今は、姉の付き合いで商売の手伝いをしてるってわけさ。姉の孫娘であるカルナと一緒にね」



 そう言って、顔面を紅潮させるカルナの頭をポンポンと叩く。



「まああたし達はこういう理由だけど……ゲルマニア達は何でここにいるんだい?…………まさか、聖騎士殿と駆け落ちを」



「ち、違います違います!」



 ゲルマニアは必死に否定した。カルナ以上に顔を真っ赤に染めながら。



 そう勘違いされて嬉しい反面、今は重要な任務中だ。変に誤解されては後々困るので、ゲルマニアは感情とは裏腹の態度を貫く。



 サザリアは盛大に笑い、「冗談だよ」と付け足してくる。



「あたしだって馬鹿じゃないさ。察するに、騎士としての用事を果たしに来たんだろ?」



「ええ……実は」



 ゲルマニアは事情を説明する前に、ちらりとゼノスの顔を伺う。



 ゼノスはそれに気付き、こくりと頷いた。サザリアとは面識が少ないが、信頼に足る存在だと確信している。何か協力してくれるかもと期待を込め、ゼノスは話してみろと逆に促した。



 彼女もそれに応じ、粗方の事情を話した。……勿論、この国とランドリオ帝国の対立を含めてだ。



 第二次死守戦争の予兆、パステノン王国とシールカードの結託、それを阻止すべく六大将軍自らが敵国内部へと侵入、そしてシールカードの殲滅を試みている……といった具合に、順序立てて説明した。



 全てを聞き終えたサザリアとカルナは、信じれらないといった様子で絶句していた。



「……そいつはまた、大変な任務だね」



「はい、状況は極めて絶望的です。何せ力も封印され、シールカードに対抗する手段さえ持ち合わせていないのですから」



 サザリアはそれを聞いて、同情の眼差しを向けてくる。カルナも同じで、心配そうな表情でゼノスを見つめている。



「なるほど……。それで今のあんた達は、シールカードの情報を集めるべく行商人に扮しているわけかい?」



「そうなりますね。ですが情報を集めるというよりは、攻める機会を窺っているとも言えます」



 現実問題、情報を集めただけでは状況を打破出来ないだろう。



 行商人として活動している最中に、せめて奴等とコンタクトを取れる瞬間があれば……。




 途中、ゲルマニアはハッとなる。




 現状を簡潔的に話せば良いのに、自分は要らぬ事まで口走ってしまった。これでは協力を煽るどころか、サザリア達を怖がらせるだけだ。



「す、すいません余計な事まで……」



「いや、状況は分かったよ。流石に込み入った手助けは出来ないけど、行商人への補助は可能さ。――あんたらは今、出店先に困ってるんだろ?」



「――ッ。紹介してくれるんですか?」



「構わないよ。……ただし条件がある」



 サザリアはにっこりと微笑みながら、カルナの背中を軽く押した。



 彼女は、「は、はひ?」と情けない声を出し、気付けばゼノスの正面へと佇んでいた。



 ゼノスとカルナが向き合う中、サザリアは臆することなく告げた。






「――不躾ながら聖騎士殿、今からこの子と付き合ってくれませんかね」







 言葉と同時、ゲルマニアの頭は真っ白になった。









※ロザリー・カラミティの改訂版イラストも投稿しました→http://6886.mitemin.net/i106792/

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