ep12 意外な再会
ゼノスは裏路地へと入り込み、そこでミスティカと連絡を取る事にした。
しかし、それは真っ当な手段ではない。異世界のように携帯電話を使うでもなく、ましてや直接待ち合わせするわけでもない。
簡単に言うならば、シールカードの力でコンタクトを取るわけだ。
誰も通らない路地のベンチに、ゼノスとゲルマニアが共に座っている。傍から見れば恋人同士……とでも受け取られるだろう。特に怪しい行動ではないはずだ。
なので問題なく、ゼノスはミスティカと話し合う事が出来る。
「……ゼノス。ふと思ったのですが」
「どうした?」
隣に座っているゲルマニアは辺りを見渡し、誰もいない事を確認してから語り掛けてくる。
そして小声のまま、続きを述べる。
「ミスティカさんとはその……シールカードの力で話すんですよね?」
「ああ」
「でしたら、その力を敵が探知する可能性ってないのでしょうか?私はそれが不安で……」
探知、か。
シールカードの構造や能力がどうなっているかは知らない。どの場合において探知されるかなど、恐らく把握出来ないだろう。
だがはっきりしている事がある。
ゼノスはそれを告げた。
「探知される可能性はないと思う。これはアスフィの受け売りだが、シールカードの力は違う波長を出しているらしい。波長が合えば探知も可能らしいが、そういった現象は有り得ないんだとさ」
シールカードはそれぞれ独特の波長を出し、決して波長が合うという現象は起きない。もし合うとしたら、全く同じシールカードが存在するという結論になるらしい。
「そ、そうだったんですか。始祖の言う事は正直信用できませんが……今はやむを得ないですね」
そう、今は仕方ないことだ。
ゼノスはミスティカに言われた通り、自分の右耳を覆うように手を被せる。
瞳を閉じ、周囲の雑音が聞こえなくなるまで精神を集中させる。微かな耳鳴りが響く中、ゼノスはミスティカの応答を待っていた。
――すると、徐々に女性の声が聞こえてくる。
次第に声は大きくなり、聞き取りやすい状態となった。
『……もし?聞こえますでしょうか?私の声が届きましたら、どうか心の声で返答して下さい』
声の主、今はランドリオ本国にいるであろうミスティカがそう告げてくる。
心の声とはつまり、聖騎士流法技の心音派生と同じ要領でやればいいのだろう。声に出せず、心中で呟くよう心掛けた。
『ミスティカか。ちょっと報告したい事があるんだが、今大丈夫か?』
『う~ん。今は……五分程度なら大丈夫かと』
ミスティカは落ち着かない様子で答える。
何か重大な用事でも抱えているのだろうか?忙しない態度に疑問符を浮かべるが、あえて言わない事にした。こんな怪しい行為は、出来るだけ早く終わらせたいと思っていたからだ。
『分かった、なるべく早めに済ませよう』
『助かりますわ。……それで用件とは?』
『ああ、シールカードに関しては何も進歩がないんだが……一つ気になる事があったんだ』
先程ラインから聞いた話をそのまま伝えるゼノス。
すると、ミスティカは間を空けてから答えた。
『ふむふむ、そんな出来事があったのですね』
『俺が実際に見たわけじゃないが、ラインの言う事だ。相当怪しい人間だったに違いない。駄目元で聞きたいが……そいつが何者かどうか分からないか?』
彼女は難しそうに唸り、『ちょっと待って下さい』とだけ伝え、しばし無言を貫いた。
きっとギャンブラーの力を発揮しているのだろう。占い師のシールカードを所持するミスティカは、その気になれば特定の人間を占う事が出来る。
その人物の性別、姿かたち、そして相手の心情まで読み取れる……と、以前アスフィが自慢げに答えていたのだ。もしそれが本当ならば、流石ギャンブラーと言った所だろうか。
ゲルマニアに見守られる中、ゼノスはただジッとミスティカの応答を待っていた。
たまに通りすがる人間に注意を向けながら、やがて二分ほどが経過した。
ようやくミスティカの声が響いてくる。
『お待たせ致しましたわ。僅かながらの特徴なので苦労しましたが……それらしき人物を特定しました』
『本当か!?聞かせてくれ!』
『勿論でございます。性別は女性のようで……パステノン王国の住民ではないようです』
パステノン王国の住民ではない。という事は、パステノン兵士が捜していたのは外部の人間か。
ゼノスが試行錯誤するのも束の間、ミスティカは続けて言う。
『肝心の善悪に関してですが、この方に関しては大丈夫でしょう。彼女自身の心情を透視しましたが、貴方達を害する気はないようです。――いえ、それは有り得ないと断言致しましょう』
『どうしてそう言いきれる?そいつの正体が分かったのか?』
『…………さあ、私からは何とも。しかし害はない――ゼノス殿はそれが聞きたかったと見受けられましたが?』
『ああ、確かにそうだが』
重要な部分をうやむやにされたが、最低限の事は話してくれた。
ミスティカは忠実に依頼を消化してくれたが……どうにも納得がいかない。情報を隠しているような態度に、ゼノスは不信感を露わにした。
『ゼノス殿、不満に思う気持ちは分かります。ですがこれは…………』
と、ミスティカの言葉が不自然に止まる。
『……どうした?』
素朴な疑問を投げかけるが、ミスティカは答えない。
しかしすぐさま、焦燥感に駆られながら言ってくる。
『申し訳ございません、そろそろお時間のようです。私にはやらなければならない事がございますので』
「お、おい!」
ゼノスは思わず叫んだが、結果は空しなかった。
既にミスティカは交信を絶ち、その用事とやらに取り掛かるようだ。幾ら読んでも応じず、これ以上の会話は無理だと思う。
舌打ちしたい気分を押し殺しつつ、眉間に皺を寄せながら、覆い被せていた手を離す。
「ど、どうでした?」
会話の一部始終を知らないゲルマニアは、不安そうに尋ねてくる。
深刻な事態と勘違いしたのか、彼女はゼノスの表情からそれを読み取ろうとしていた。
取り乱した事に後悔を覚え、ゼノスはいつもの調子で答える。
「どうやら害はないらしい。他にも何か知っているようだが……今は気にしない方がいいかもな」
それを聞いて、ゲルマニアはホッと息をつく。
「良かった……。という事は、私達に危害は及ばないんですね」
「だといいがな」
疑り深いと思われるかもしれないが、ゼノスは最悪な事態をも想定している。例えばアスフィが裏切り、ゼノス達を追い込もうと刺客を派遣したのかとか。曖昧な態度を取られると、ついついそう判断してしまう。
今のゼノスは脆弱で、普通の人間と変わらない存在だ。
力は愚か……心までもが弱くなっている。だからこそ、頼るべき存在にまで疑いをかけてしまう。
――こうする事でしか、自分の身を守れないのだ。
「……とにかく、この件についてはこれで終いにしよう。そろそろ場所取りをしないと」
ゼノスは気持ちを切り替え、路地裏から出ようとベンチから立ち上がり、歩み始める。
余所見をしていた彼が正面を振り向いたと同時――強い衝撃が襲い掛かってくる。
「――きゃっ」
「うおっ」
ゼノスは何とか踏み止まるが、衝突してきた何者かは尻餅をついた。持っていた籠をも落とし、赤いリンゴが何個も散乱する。
「す、すまない。今拾うから」
ゼノスとゲルマニアは慌ててリンゴを拾う。
「う、ううん気にしないで!こっちも余所見してた………………から」
ぶつかった少女も血相をかきながら言うが、途中から歯切れが悪くなる。
ナプキンを被り、胸の開いたエプロンドレスを着ている少女は――茶色の瞳を見開く。終いには口元を手で抑え始めた。
彼女はまじまじと、ゼノスを見上げていた。
「あ……へ?なん……なんで??」
「……あれ、貴方は確か」
ゲルマニアはこの少女に心当たりがあるらしい。
一方のゼノスも、彼女には思い当たる節があった。
「――カルナ!何してるんだいあんた、大事な商品を落として…………ん?」
今度は中年の太った女性がやって来て、地面に座るカルナとやらに呼び掛けてくる。だが彼女もゼノス達の存在に気付き、しばし唖然としていた。
……そうだ思い出した。
彼女達とは、つい先日会ったばかりじゃないか。
「サ、サザリア!?それとこちらの女性は……」
ゲルマニアもまたサザリアだと分かり、驚きの言葉を発する。
「ああ、あたしの店で働いているカルナだよ。聖騎士ファンクラブの会員……と言った方が分かりやすいかねえ」
サザリアは苦笑しながら答える。
――そう、彼女達とは面識があるのだ。
ヴァルディカ事件の前日、イルディエ達と飲みに行った時……彼女達はそこの酒場で働いていたのだ。サザリアは酒場の店主で、カルナは確か……ゼノスを見て失神した少女だ。
……二人はランドリオ城下町にいたはず。何故ここにいるのか?
「あ、あのサザリア……お店の方は?」
ゲルマニアが言いづらそうに問いかけてくる。まあこんな場所で鉢合わせれば、そんな疑問も当然浮かんでくるだろう。
サザリアはカルナを立たせ、溜息をつきながら答える。
「いや何、私はパステノン王国出身でね。夫もここにいるんで、ごくまれに帰省してるだけさ。店は若い子達に任せてあるわよ」
「そ、そうだったんですか。何だか大変ですね」
「ふふ、もう慣れたから平気よ。……それで今は、姉の付き合いで商売の手伝いをしてるってわけさ。姉の孫娘であるカルナと一緒にね」
そう言って、顔面を紅潮させるカルナの頭をポンポンと叩く。
「まああたし達はこういう理由だけど……ゲルマニア達は何でここにいるんだい?…………まさか、聖騎士殿と駆け落ちを」
「ち、違います違います!」
ゲルマニアは必死に否定した。カルナ以上に顔を真っ赤に染めながら。
そう勘違いされて嬉しい反面、今は重要な任務中だ。変に誤解されては後々困るので、ゲルマニアは感情とは裏腹の態度を貫く。
サザリアは盛大に笑い、「冗談だよ」と付け足してくる。
「あたしだって馬鹿じゃないさ。察するに、騎士としての用事を果たしに来たんだろ?」
「ええ……実は」
ゲルマニアは事情を説明する前に、ちらりとゼノスの顔を伺う。
ゼノスはそれに気付き、こくりと頷いた。サザリアとは面識が少ないが、信頼に足る存在だと確信している。何か協力してくれるかもと期待を込め、ゼノスは話してみろと逆に促した。
彼女もそれに応じ、粗方の事情を話した。……勿論、この国とランドリオ帝国の対立を含めてだ。
第二次死守戦争の予兆、パステノン王国とシールカードの結託、それを阻止すべく六大将軍自らが敵国内部へと侵入、そしてシールカードの殲滅を試みている……といった具合に、順序立てて説明した。
全てを聞き終えたサザリアとカルナは、信じれらないといった様子で絶句していた。
「……そいつはまた、大変な任務だね」
「はい、状況は極めて絶望的です。何せ力も封印され、シールカードに対抗する手段さえ持ち合わせていないのですから」
サザリアはそれを聞いて、同情の眼差しを向けてくる。カルナも同じで、心配そうな表情でゼノスを見つめている。
「なるほど……。それで今のあんた達は、シールカードの情報を集めるべく行商人に扮しているわけかい?」
「そうなりますね。ですが情報を集めるというよりは、攻める機会を窺っているとも言えます」
現実問題、情報を集めただけでは状況を打破出来ないだろう。
行商人として活動している最中に、せめて奴等とコンタクトを取れる瞬間があれば……。
途中、ゲルマニアはハッとなる。
現状を簡潔的に話せば良いのに、自分は要らぬ事まで口走ってしまった。これでは協力を煽るどころか、サザリア達を怖がらせるだけだ。
「す、すいません余計な事まで……」
「いや、状況は分かったよ。流石に込み入った手助けは出来ないけど、行商人への補助は可能さ。――あんたらは今、出店先に困ってるんだろ?」
「――ッ。紹介してくれるんですか?」
「構わないよ。……ただし条件がある」
サザリアはにっこりと微笑みながら、カルナの背中を軽く押した。
彼女は、「は、はひ?」と情けない声を出し、気付けばゼノスの正面へと佇んでいた。
ゼノスとカルナが向き合う中、サザリアは臆することなく告げた。
「――不躾ながら聖騎士殿、今からこの子と付き合ってくれませんかね」
言葉と同時、ゲルマニアの頭は真っ白になった。
※ロザリー・カラミティの改訂版イラストも投稿しました→http://6886.mitemin.net/i106792/




