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白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
五章 雪原の覇者
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ep11 謎の介入者



 商売という生業に休みはない。




 日々の衣食住を養うには、それだけの商品を売らなければならない。品物の価値によって違うかもしれないが、基本休日というものは存在しないのだ。



 そんな重労働をこなす者達は、今日もパステノン城下町の市場に集っている。午前七時から出店を開く者もいれば、午前四時の者もいる。市場の競争に打ち勝とうと、あらゆる戦略を実施しているのだ。



 ……現在は午前十時前後。



 既に殆どの出店で市場を埋め尽くす中、ただ茫然と佇む者達がいた。




 ――目の下にクマを浮かべるゼノス、ゲルマニアであった。




「……おいおいどうするんだ。もう店を出す場所もないぞ」



「うぅ……。まさか皆が寝坊するとは」



 ゲルマニアは昨夜の出来事を思い出し、重い溜息を吐く。



 説教までは事静かに行っていたのだが、ロザリーとの口論ではついつい大声を出してしまい、ラインまでをも起こしてしまったのだ。



 結局、皆が寝過ごしてしまったという話だ。今頃はロザリー達も場所取りに苦戦しているだろう。



「と、とにかく市場中を回って見ましょうか。もしかしたら空いているスペースもあるかもしれませんしッ!」



 ゲルマニアは急かすように告げ、早足で人混みの中を突っ切ろうとする。



「待て、そんな急ぐ必要は――――ぐえッ!」



 ゼノスも追い駆けようとしたが、そこで思わぬ事態が起きた。



 通常なら有り得ない現象だ。




 何とゼノスは、地面に躓いて転んでしまったのだ。




「あっ、大丈夫ですかゼノス!」



 それに気付いたゲルマニアは急いでゼノスの元へと駆け寄る。



 ゼノスは鼻を抑えながら、更に自分が鼻血を出している事を知った。思わず苦笑し、改めて自覚した。



「……これも始祖の力ってやつか。転ぶならまだしも、まさかその衝撃だけで血を出すとはな」



「血って……。と、とにかく止血しましょう」



 そう言って、ゲルマニアは止血を施してくる。



 これは聖騎士だけに限られた話じゃないが、真の強者というものは滅多に怪我をしない。



 例え大岩に直撃しても打撲しない。ただ転ぶだけなら尚更であり、彼等の身体には見えない防御壁が纏っているのだ。およそ覇気やオーラといった類であり、つまり気合いで怪我を防ぐわけだ。



 今のゼノスには、その気合いというものが発動出来ない。



 本当に情けない聖騎士だ。自分自身でそう思ってしまうほどに。



「よしっと……これで血は止まりましたよ」



「すまない……って、ただ布きれを鼻に入れただけかよ!」



 別に見栄えは気にしないゼノスであったが、流石に鼻に布を突っ込んだまま歩くのも気が引ける。



 相変わらず雑な治療法だ……。



「我慢して下さい、そうしなきゃ血が垂れてしまいますからね」



「ぐっ。わ、分かった……我慢する。じゃあさっさと場所取りをしよう。ここで突っ立ってても邪魔なだけだろうし」



「そうですね」



 空いている場所があるかは疑問だが、とりあえず行動あるのみだ。



 市場は主に広場、大通り、商業区を中心に開かれている。時間帯は特に関係ないが、朝市と夕市が一番のかき入れ時だろう。市民は朝市で一日の食事を買い込み、夕市では酒やその肴を買い求める客が多いからだ。



 ゼノス達は保存食、特に干し肉や魚の燻製を売る。これらは酒の肴として重宝されており、恐らく夕市に出せば沢山買ってくれるだろう。



 朝市から店を出す必要はないのだが……そこはゲルマニアが許してくれなかった。



『――心身を労して仕事に励む。朝から晩まで働けば、それだけ美味しいご飯が食べられますからね』



 とか言って、朝市も絶対に出るよう強制させられた。



 ゼノスとしては非常に面倒くさい。どうして商売なんかの為に貴重な睡眠時間を取られなければならないのか?一日十二時間睡眠が基本だというのに……。



 ああだこうだ言った所で、ゲルマニアが思い直してくれる事はないだろう。



 非常にかったるいが、ゼノス達は場所を捜索する事にした。



 まずは中央広場を一通り見て回るが……案の定、目ぼしい場所はなかった。中央広場の朝市は競争率が激しく、日が昇る前から店を構える商人が多いに違いない。ここはまず有り得ないだろう。



 次に大通りへ向かったが……こちらも出店で溢れ返っている。



 半ば諦めムードのまま道を歩いていると、ゼノス達はある出店に視線が止まる。




 ――何と、ラインとロザリーの店であった。




 とても広いとは言えないが、ちゃんと商売できるスペースが確保されていた。店先にはカリウッド民族から直接仕入れてきた果実を並べている。こちらはゼノス達とは違い、朝市に向いている商品ばかりだ。



 と、そこでラインと視線が合う。



 ゼノス達に気付いたのか、ラインがのほほんとした口調で声を掛けてきた。



「あれ、ゼノス達じゃないか。こんな所で何してるんだい?」



「いや……ちょっとした事情でな」



「事情?……ああなるほどね」



 ラインはひとりでに納得し、こっちへ来いと手を振ってくる。



 ゼノスとゲルマニアが店先に立つと、ラインが同情の眼差しを向けながらうんうんと頷いてくる。




「要するに、昨日の件に決着をつけるわけだね?」




「…………なぜそうなるんだ」



 途端に嫌な気配を感じ、冷や汗を垂らしながらゲルマニアを見る。



 案の上、ゲルマニアから強い殺気を感じた。



 その殺気を向けられたロザリーも、品物の補給をしながら同じ殺気を放つ。どちらも相手を射殺さんばかりに、猛々しく威圧していた。



 昨日の件で激しく口論し、今は膠着状態に陥っているのだ。



 ラインもまた異様な空気を感じ、店先に出てゼノスに耳打ちをしてくる。



『き、昨日の件じゃなかったの?』



『当たり前だ!ここに来たのは偶然で、出店先を探してたんだよ!』



『……火に油を注いじゃったのか、僕は』



 通りを行き交う人々もこちらを凝視する中、二人の対立は更に深まっていた。



 やがてロザリーが薄く笑い、ゲルマニアを小馬鹿にしたような態度を取る。



 かちんと来たゲルマニアは、思わず語気を荒げながら言い放つ。



「――ロザリーさん、もう一度忠告します。もう二度とあのような行動は慎んで下さい」



「……何で貴方の言うことを聞かなきゃいけないの?それに私は、ちゃんとゼノスの妻として演じているし……文句を言われる筋合いはない」



「節度を弁えろと言っているのです。例え夫婦だからって、して良いことと悪いことがあります。これ以上ゼノスを困らせないで!」



「……困らせないように工夫してる。それにゲルマニア、逆に貴方はゼノスに対してよそよそしい面がある。態度を変えるべきは……貴方のほうでは?」



「――ッ。な、何ですって……」



 やばい、非常にやばすぎる。



 お互いを貶し合った末に、とうとう喧嘩沙汰にまで発展しそうだ。そんな事になれば、両者の関係が一段と悪化してしまう。



 それだけではない。任務でも不利になり、行商人としての立場も失ってしまう可能性がある。



 何とかしなければ。



「あ、あの~二人共」



 ゼノスが試行錯誤している途中、ラインがおもむろに割り込んできた。



 勇気ある行動にゼノスが感動する一方、ゲルマニアとロザリーは不機嫌そうな顔を向けてくる。ラインが「ひっ!」と情けない声を出すが、何とかその場に踏み止まる。



 生唾を飲み、ラインは引き攣った笑みのまま告げる。



「えっと……ゼノスがね、その話は食事時にしようってさ。昼にゲルマニア、夜にロザリーって感じで。だから……ね。これ以上ゼノスを困らせるのはよそうよ」



「「うぐっ」」



 ゼノスを困らせるな、という言葉に反応する両者。



 剣呑な雰囲気も徐々に収まり、ばつが悪そうに縮こまっている。心中で『ラインすまない』と呟きながら、ゼノスは二人に語り掛けた。



「というわけだ。昨夜の件については、後でゆっくり話し合おう。ここで変に目立つわけにはいかないだろ?」



「れ、冷静に考えれば……そうですね」



「……ごめん、ゼノス」



 二人は深々と頭を下げてくる。



「気にする必要はない。それよりも早く、場所取りに専念するとしよう」



「はい、分かりました!」



 ゼノスとゲルマニアは二人に別れを告げ、その場を去ろうとする。



「あ、ちょっと待ってゼノス」



 ふと、ラインが呼び止めてくる。



 柔和だった表情は緊張の面持ちへと一変し、彼の心情が露わとなっている。何事かと思いながら、ゼノスは冷静に尋ねた。



「どうした?」



「いや、さっき妙な光景を見てさ。思い出したから伝えようと思うんだけど……いいかな?」



「ああ勿論だ。行商人をしているのも、そういった諜報活動をする為だからな」



 断る理由はどこにもない。



 ゼノスは近くにあった木箱の上に座り、聴く態勢をとる。



「で、その妙な光景とは?」



「うん……まあ怪しいとは断言できないんだけど、ちょっと前までパステノン兵士が徘徊してたんだ。それも慌てた様子でね」



「――ッ。それってまさか、俺達のことを」



「いや、それは有り得ないと思う。兵士たちの言葉を盗み聞きしてたんだけど、どうやら人を探してたみたいだ」



 ラインが言うには、パステノン兵士はある急用を持って町へ繰り出してきたらしい。



 これは事前に調べた情報だが、王国直属の兵士が城下町に姿を見せるのは稀だ。基本的に城下町の警備は自警団が担い、兵士は主に城内警護部隊、国境部隊、そして遠征部隊として派遣されるわけだ。



 だから街中で目撃する事は有り得ないのだが……一体何故なのか。



 兵士達は口々にこう漏らしていたらしい。




『王国に仇なす者が侵入している。隈なく探せ……相手は強大な力を持ち合わせているぞ!』




 と、恐れ戦きながら言い放った。



 この時点で、ゼノス達が捕まる事はないだろう。始祖の影響で力は失せ、今は平凡な人間だ。



 そうなると……第三者が追われているのだろう。



「……僕からは以上だよ。流石に誰が追われているかは知らないね」



「そうか。シールカードに直結するかは分からないが、こちらとしても不穏分子は避けたい。……ミスティカに相談してみよう。透視でそいつの正体が分かるかもしれない」



「相談って……出来そうなのかい?」



「多分な。彼女の力を使って会話が出来ると思う。実際、困った事があったら自分を呼べと言ってたんだ」



「そうだったのか……。分かった、この件については任せるよ」



「ああ、任された」



 目的が生まれた以上、ここで時間を費やすわけにはいかない。



 この状況を一刻も早くミスティカに報告すべく、ゼノス達は人気のない裏路地へと向かう。





 


 ――背後に妙な視線を感じながら。






 


 


※追記:ゼノス改訂版をUPしました→http://6886.mitemin.net/i105046/

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