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白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
五章 雪原の覇者
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ep8 闇と狂者の語らい




 その場に立ち尽くすセラハは、自嘲の笑みを浮かべる。




 実の父親と再会した事で、何かが変わると思った。もしかしたら……あのロダンが改心し、自分を本当の娘として扱ってくれると期待していた。



 だがそれは思い上がりだった。



 彼には愛情が存在しない。どんなに愛を願ったとしても、父であるロダンが振り向いてくれる事はない。



 ……人を沢山殺した。



 それはもう残酷なまでに。ロダンが望めば、セラハはどんなに鬼畜な所業でもこなしてきた。



 全ては父親に愛される為に。



 突如いなくなった祖父への悲しみを埋めるように、彼女は死ぬまで従い続けた。




 ――その結果がこれだ。




 狂気が足りないからという理由で、また愛されなかったのだ。



「はあ、あの調子じゃ困るのよね。……そうは思わない?」



 と、背後から声を掛けられる。



 声を放った人物は、つい今まで玉座の横にいたジスカだった。彼女は黒い霧となってセラハの背後に回り、悟られずに彼女の背へと寄りかかっていた。



 度肝を抜かれたセラハは、焦った様子で距離を取る。



「き、気付かなかった……」



「当たり前よ、私を誰だと思っているのかしら?」



「……知りたくもないね。ロクな人間じゃないって事は、大体分かるけど」



 セラハは勘が鋭い。



 なので、ジスカという少女の本質を大方見抜いている。



 ――彼女は正真正銘の悪だ。



 自分やロダンなんてまだまだ生温い。終始平静を取り繕う彼女だが、その中身では激しい悪意と狂気、そして尋常ならざる憎悪が渦巻いている。



 邪神さえも超越するその気迫は、常人では持ち得ないだろう。



「うふふ、まあ合ってるわね。……更に付け足すならば、私は人間には分類されないわよ」



「……それは一体どういう」



「残念だけど、これ以上は言えないわ。とにかく貴方は、自分がすべき事をするように…ね?」



「……」



 有無を言わせない態度に、セラハは押し黙る。



 ここで更に追求すれば、ジスカは容赦なくセラハを殺す気だろう。彼女にとってセラハは、ただ忠実に動く駒に過ぎないからだ。



 セラハもそれを理解している。



 潔く諦め、仕方なく話題を変える事にした。



「自分のするべき事って……。一応はっきりしとくけど、あたしはあんたの命令に従ってこの城に駐在してるんだ。あんたの命令がなければ……今頃ランドリオへ攻め入っている所さ」



 好戦的な発言に、ジスカは深く溜息をつく。



「それは叶わぬ話ね。やるべき事と言ったら、自分の持つシールカードの研究や、国境付近の偵察でしょうに。もしランドリオへと攻めていたら、今頃返り討ちにあっているわよ」



「……そんなに強いのかねえ。ランドリオの騎士達は」



 細心の注意を払えと言われても、当のセラハは腑に落ちない。



 ランドリオ騎士団が武を極めたという話は有名だ。セラハが死ぬ前も、彼等は六大将軍を筆頭に活躍してきた。



 だがセラハは、過去に六大将軍の一人を殺めている。



 長く激しい戦いだったが、軍配はセラハの方に上がったのだ。シールカードいう恐ろしい力がある今、彼等に後れを取る心配はないはずだ。



 ――が、それでも尚ジスカは念を押した。




「ええ強いわよ。……特に今回の六大将軍は、この私が震え上がるほどの実力者が集っている」




「……あんたが?」



 信じられない。



 あのジスカが畏怖するなんて……今の六大将軍を、どんな連中が務めているのだろうか。



 ジスカは彼女の疑問に答えるかの如く、まるで嬉しそうに説明する。



「――天千羅流の免許皆伝者。不死鳥の化身。ランドリオの経済や外交を一人で支える貴族。約千年を生きる竜帝に……正義を司る白銀の聖騎士。あとの一人は分かっているわね?」



「…………」



 単純明快に言われ、それだけでも十分理解する事が出来た。



 畏怖するに相応しい人物達だ。かく言うセラハも、その異名を聞いてから震えが止まらない。



 もし彼等が対抗してきた場合、呆気なく敗北するのはこちら側だろう。如何に強大なシールカードと言えど、彼等を前に制約なしで戦えば……きっと恐ろしい結末が待っている。



 判断を見誤る程、セラハは狂い落ちてはいない。



 手に持つナタを担ぎ直し、おどけたように両手を小さく上げる。



「成程、よく分かったよ。確かにこちらから攻めれば、絶対の勝利は約束されないね」



「そういう事。……って、まだ何か不安でも?」



 眉間に皺を寄せ、明らかに不満そうな表情をするセラハに問いかける。



 彼女は「勿論」と言い出し、その不満を言葉にしてぶつける。



「ならどうやって攻めるのさ?このままじゃ停滞する一方だし、布陣を敷いた意味がなくなる」



「……意味ならあるわよ。とは言っても、貴方が予想する相手以外に差し向ける予定だけどね」



「……国境に待機している軍以外に?」



「ええ、まあね」



 ジスカは軽快に歩を進め、玉座の奥部にあるテラスへと向かう。途中で立ち止まって手招きをしてきたので、仕方なくその後を追う。



 テラスに出ると、雄大な景色が二人を待っていた。背筋が凍る程の寒風が雪草原を過り、地面の粉雪を掻き乱す。轟々という歪な風音を聞きながら、セラハはここに呼び出した理由を問う。



「何をする気?」



 純粋にそう問われ、ジスカは呆気にとられる。



「あら、まだ分からないのかしら?……城下に密集する町をご覧なさい。じっくりと目を凝らして」



「……」



 嫌々ながらも、セラハは城下町を見下ろす。



 一見すると何の変哲もない街だ。仄かな町の灯だけが彩り、それ以外に特筆な点は見られない。



 だがジスカは、目を凝らして見据えろと命令してきた。



 そこに何があるかは分からないが、多少の興味はある。じっくりと観察した先に、一体何があるのかを。



 意識を集中させ、視線は街を射捉える。



 …………すると。




「――――ッッ」




 嫌な汗が身体中から吹き出し、思わずその場から飛び退く。



 町から発せられる波動に、セラハは恐れ戦いたのだ。



「はあ、はあ…………。な、何さ今のは」



「――当然、私達のもう一方の敵よ」



「て、敵?」



 飄々とした態度で言われ、セラハは愕然とする。



 冗談じゃない、何が敵だ。奴等は極限にまで力を抑えているが、根本的な波動は抑制出来ていない。



 ……シールカードの力を得た今ならば、その力を認識する事が出来る。



 奴等は絶対的な力を有している。数々の修羅場を乗り越え、幾多もの経験を積み重ねてきた猛者達が、すぐそこまで来ているのだ。



 何故?どうして?



 いや、そんなのは分かっているはずだ。



 奴等から発せられる敵意は、間違いなくこの城へと向けられている。故に暴挙へと躍り出るセラハ達を食い止めんとしているのだろう。



 ……その人物達に心当たりがある。



「――もしかして六大将軍?」



 その問いに対する返事は返ってこなかった。



 単にジスカは微笑み返すだけで、明確な答えを示さない。



「ふふ、いずれ分かるわよ。だって彼等は、私達に会いたいが為にここまでやって来たのだから」



 何故だか知らないが、ジスカは歓喜に満ちていた。



 彼女の宿敵だというのに、まるで年頃の少女のようにはしゃいでいる。まるで乞い願った想いが届いたように喜ぶ。



 とても理解不能だ。



 素性も真の目的も知れぬジスカだが、更なる疑問が飛来してくる。……シールカードによる世界の支配などと謳っているが、根底にあるものは全く違うはずだ。



 セラハなら分かる。




 ――もっと邪で、私欲に満ちた願望を遂げようとしているのだと。




「……まだ短い付き合いだけど、これだけは言える。私はあんたの事を信用できないし、むしろ敵意さえ覚える」



「そう思ってくれても構わないわ。どうせ敵意を示したって、この私の前では無にも等しい。……そして私は、執着する者以外には一切興味を示さないから。こちら側から命を取る行為はしないわよ」



 それは安心しろという意味なのか。またはセラハに興味を示すような行動を取れば、いずれ殺すという警告なのだろうか。



 いずれにせよ、真意は定かではない。



「随分と話し込んじゃったわね。……ま、必要な時はちゃんと命令を下すわ。それまでは待機という事で」



 ジスカは素っ気ない調子で言い放ち、また玉座の間へと戻ろうとする。



 が、セラハはそれを許さない。



 風を切る彼女の肩に手を置き、ぐっと力を込める。



「待ちなよジスカ」



「……今度は何の用かしら?」



 苛立ちを露骨に表し、切れ長の瞳を向けてくるジスカ。



 だがここで物怖じするセラハではない。彼女の瞳をしっかりと見据えた上で、彼女に対する一つの疑問を問う。



「――これだけでも聞かせてくれないかねえ?一体あんたが、何に対して固執しているのかをさ」



「……」



 ジスカはそう問われ、しばし沈黙を貫く。



 やがて口から零れ出たのは――微かな含み笑い。



 見下すようにセラハを睥睨し、肩に置かれた手を振り払う。



「……確かにいい機会ね。いいわよ、ちょっとだけ教えてあげる」



 全てを魅了する甘い誘惑を込めつつ、聞く者全てを虜にするような声音を風に乗せる。



 不気味な戦慄がセラハの全身を撫で、驚く程冷たいジスカの手が頬へと引き寄せられる。



 ジスカは愛おしい恋人を慰めるように、セラハの頬を擦る。そうしながら顔を徐々に接近させ、遂には吐息の音色が聞こえるまで近づく。



 美しい顔同士が相対する中で。



 ジスカはほんの僅かな本音を暴露する。





「私は始祖アスフィを求めてるの。彼女は私にとって、必要であり『片割れ』でもあるから」





「……え」



 ――片割れ?



 その言葉の意味が分からぬまま、尚もジスカは続ける。彼女の頬から手を離し、背を向け、玉座の間へと戻りながら。




「――私は白銀の聖騎士を憎む。『彼』以外の誰かがなるなんて、他の誰もが認めたとしても……私だけは許せないから」




 最後の言葉だけ、外見相応の感情を秘めたそれだった。



 冷酷かつ美しい態度を崩さないジスカは、その時だけ偽りの殻を打ち破った。本来の彼女たる部分を曝け出し、未だ未熟である側面をセラハに見せつけた。傍から見ればそれは、およそ十代後半の少女が魅せる自然体であった。



 感情のまま言葉を紡ぎ、本意に従って口を動かす。



 今のジスカから、その一連の動作が見受けられたのだ。



「……では良き夢を。私達の戦いに、栄光の勝利があらん事を」



 ジスカはそれ以降、余計な事を発さない。



 また取り繕った態度を露わにし、邪悪なオーラを身体全体に纏わせる。



 コツコツと甲高いヒールの音を鳴らし、漆黒の闇へと溶け込む。



「……」



 セラハはその小さな背中を見届け、ある確信を抱く。



 それは単純明快。






 ――彼女にも、何か思う所があるという事だ。






 


※みてみんにておまけイラストを投稿。興味がありましたら御覧下さい→http://6886.mitemin.net/i100613/※学園キングダムも更新→http://ncode.syosetu.com/n2670by/

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