ep8 闇と狂者の語らい
その場に立ち尽くすセラハは、自嘲の笑みを浮かべる。
実の父親と再会した事で、何かが変わると思った。もしかしたら……あのロダンが改心し、自分を本当の娘として扱ってくれると期待していた。
だがそれは思い上がりだった。
彼には愛情が存在しない。どんなに愛を願ったとしても、父であるロダンが振り向いてくれる事はない。
……人を沢山殺した。
それはもう残酷なまでに。ロダンが望めば、セラハはどんなに鬼畜な所業でもこなしてきた。
全ては父親に愛される為に。
突如いなくなった祖父への悲しみを埋めるように、彼女は死ぬまで従い続けた。
――その結果がこれだ。
狂気が足りないからという理由で、また愛されなかったのだ。
「はあ、あの調子じゃ困るのよね。……そうは思わない?」
と、背後から声を掛けられる。
声を放った人物は、つい今まで玉座の横にいたジスカだった。彼女は黒い霧となってセラハの背後に回り、悟られずに彼女の背へと寄りかかっていた。
度肝を抜かれたセラハは、焦った様子で距離を取る。
「き、気付かなかった……」
「当たり前よ、私を誰だと思っているのかしら?」
「……知りたくもないね。ロクな人間じゃないって事は、大体分かるけど」
セラハは勘が鋭い。
なので、ジスカという少女の本質を大方見抜いている。
――彼女は正真正銘の悪だ。
自分やロダンなんてまだまだ生温い。終始平静を取り繕う彼女だが、その中身では激しい悪意と狂気、そして尋常ならざる憎悪が渦巻いている。
邪神さえも超越するその気迫は、常人では持ち得ないだろう。
「うふふ、まあ合ってるわね。……更に付け足すならば、私は人間には分類されないわよ」
「……それは一体どういう」
「残念だけど、これ以上は言えないわ。とにかく貴方は、自分がすべき事をするように…ね?」
「……」
有無を言わせない態度に、セラハは押し黙る。
ここで更に追求すれば、ジスカは容赦なくセラハを殺す気だろう。彼女にとってセラハは、ただ忠実に動く駒に過ぎないからだ。
セラハもそれを理解している。
潔く諦め、仕方なく話題を変える事にした。
「自分のするべき事って……。一応はっきりしとくけど、あたしはあんたの命令に従ってこの城に駐在してるんだ。あんたの命令がなければ……今頃ランドリオへ攻め入っている所さ」
好戦的な発言に、ジスカは深く溜息をつく。
「それは叶わぬ話ね。やるべき事と言ったら、自分の持つシールカードの研究や、国境付近の偵察でしょうに。もしランドリオへと攻めていたら、今頃返り討ちにあっているわよ」
「……そんなに強いのかねえ。ランドリオの騎士達は」
細心の注意を払えと言われても、当のセラハは腑に落ちない。
ランドリオ騎士団が武を極めたという話は有名だ。セラハが死ぬ前も、彼等は六大将軍を筆頭に活躍してきた。
だがセラハは、過去に六大将軍の一人を殺めている。
長く激しい戦いだったが、軍配はセラハの方に上がったのだ。シールカードいう恐ろしい力がある今、彼等に後れを取る心配はないはずだ。
――が、それでも尚ジスカは念を押した。
「ええ強いわよ。……特に今回の六大将軍は、この私が震え上がるほどの実力者が集っている」
「……あんたが?」
信じられない。
あのジスカが畏怖するなんて……今の六大将軍を、どんな連中が務めているのだろうか。
ジスカは彼女の疑問に答えるかの如く、まるで嬉しそうに説明する。
「――天千羅流の免許皆伝者。不死鳥の化身。ランドリオの経済や外交を一人で支える貴族。約千年を生きる竜帝に……正義を司る白銀の聖騎士。あとの一人は分かっているわね?」
「…………」
単純明快に言われ、それだけでも十分理解する事が出来た。
畏怖するに相応しい人物達だ。かく言うセラハも、その異名を聞いてから震えが止まらない。
もし彼等が対抗してきた場合、呆気なく敗北するのはこちら側だろう。如何に強大なシールカードと言えど、彼等を前に制約なしで戦えば……きっと恐ろしい結末が待っている。
判断を見誤る程、セラハは狂い落ちてはいない。
手に持つナタを担ぎ直し、おどけたように両手を小さく上げる。
「成程、よく分かったよ。確かにこちらから攻めれば、絶対の勝利は約束されないね」
「そういう事。……って、まだ何か不安でも?」
眉間に皺を寄せ、明らかに不満そうな表情をするセラハに問いかける。
彼女は「勿論」と言い出し、その不満を言葉にしてぶつける。
「ならどうやって攻めるのさ?このままじゃ停滞する一方だし、布陣を敷いた意味がなくなる」
「……意味ならあるわよ。とは言っても、貴方が予想する相手以外に差し向ける予定だけどね」
「……国境に待機している軍以外に?」
「ええ、まあね」
ジスカは軽快に歩を進め、玉座の奥部にあるテラスへと向かう。途中で立ち止まって手招きをしてきたので、仕方なくその後を追う。
テラスに出ると、雄大な景色が二人を待っていた。背筋が凍る程の寒風が雪草原を過り、地面の粉雪を掻き乱す。轟々という歪な風音を聞きながら、セラハはここに呼び出した理由を問う。
「何をする気?」
純粋にそう問われ、ジスカは呆気にとられる。
「あら、まだ分からないのかしら?……城下に密集する町をご覧なさい。じっくりと目を凝らして」
「……」
嫌々ながらも、セラハは城下町を見下ろす。
一見すると何の変哲もない街だ。仄かな町の灯だけが彩り、それ以外に特筆な点は見られない。
だがジスカは、目を凝らして見据えろと命令してきた。
そこに何があるかは分からないが、多少の興味はある。じっくりと観察した先に、一体何があるのかを。
意識を集中させ、視線は街を射捉える。
…………すると。
「――――ッッ」
嫌な汗が身体中から吹き出し、思わずその場から飛び退く。
町から発せられる波動に、セラハは恐れ戦いたのだ。
「はあ、はあ…………。な、何さ今のは」
「――当然、私達のもう一方の敵よ」
「て、敵?」
飄々とした態度で言われ、セラハは愕然とする。
冗談じゃない、何が敵だ。奴等は極限にまで力を抑えているが、根本的な波動は抑制出来ていない。
……シールカードの力を得た今ならば、その力を認識する事が出来る。
奴等は絶対的な力を有している。数々の修羅場を乗り越え、幾多もの経験を積み重ねてきた猛者達が、すぐそこまで来ているのだ。
何故?どうして?
いや、そんなのは分かっているはずだ。
奴等から発せられる敵意は、間違いなくこの城へと向けられている。故に暴挙へと躍り出るセラハ達を食い止めんとしているのだろう。
……その人物達に心当たりがある。
「――もしかして六大将軍?」
その問いに対する返事は返ってこなかった。
単にジスカは微笑み返すだけで、明確な答えを示さない。
「ふふ、いずれ分かるわよ。だって彼等は、私達に会いたいが為にここまでやって来たのだから」
何故だか知らないが、ジスカは歓喜に満ちていた。
彼女の宿敵だというのに、まるで年頃の少女のようにはしゃいでいる。まるで乞い願った想いが届いたように喜ぶ。
とても理解不能だ。
素性も真の目的も知れぬジスカだが、更なる疑問が飛来してくる。……シールカードによる世界の支配などと謳っているが、根底にあるものは全く違うはずだ。
セラハなら分かる。
――もっと邪で、私欲に満ちた願望を遂げようとしているのだと。
「……まだ短い付き合いだけど、これだけは言える。私はあんたの事を信用できないし、むしろ敵意さえ覚える」
「そう思ってくれても構わないわ。どうせ敵意を示したって、この私の前では無にも等しい。……そして私は、執着する者以外には一切興味を示さないから。こちら側から命を取る行為はしないわよ」
それは安心しろという意味なのか。またはセラハに興味を示すような行動を取れば、いずれ殺すという警告なのだろうか。
いずれにせよ、真意は定かではない。
「随分と話し込んじゃったわね。……ま、必要な時はちゃんと命令を下すわ。それまでは待機という事で」
ジスカは素っ気ない調子で言い放ち、また玉座の間へと戻ろうとする。
が、セラハはそれを許さない。
風を切る彼女の肩に手を置き、ぐっと力を込める。
「待ちなよジスカ」
「……今度は何の用かしら?」
苛立ちを露骨に表し、切れ長の瞳を向けてくるジスカ。
だがここで物怖じするセラハではない。彼女の瞳をしっかりと見据えた上で、彼女に対する一つの疑問を問う。
「――これだけでも聞かせてくれないかねえ?一体あんたが、何に対して固執しているのかをさ」
「……」
ジスカはそう問われ、しばし沈黙を貫く。
やがて口から零れ出たのは――微かな含み笑い。
見下すようにセラハを睥睨し、肩に置かれた手を振り払う。
「……確かにいい機会ね。いいわよ、ちょっとだけ教えてあげる」
全てを魅了する甘い誘惑を込めつつ、聞く者全てを虜にするような声音を風に乗せる。
不気味な戦慄がセラハの全身を撫で、驚く程冷たいジスカの手が頬へと引き寄せられる。
ジスカは愛おしい恋人を慰めるように、セラハの頬を擦る。そうしながら顔を徐々に接近させ、遂には吐息の音色が聞こえるまで近づく。
美しい顔同士が相対する中で。
ジスカはほんの僅かな本音を暴露する。
「私は始祖アスフィを求めてるの。彼女は私にとって、必要であり『片割れ』でもあるから」
「……え」
――片割れ?
その言葉の意味が分からぬまま、尚もジスカは続ける。彼女の頬から手を離し、背を向け、玉座の間へと戻りながら。
「――私は白銀の聖騎士を憎む。『彼』以外の誰かがなるなんて、他の誰もが認めたとしても……私だけは許せないから」
最後の言葉だけ、外見相応の感情を秘めたそれだった。
冷酷かつ美しい態度を崩さないジスカは、その時だけ偽りの殻を打ち破った。本来の彼女たる部分を曝け出し、未だ未熟である側面をセラハに見せつけた。傍から見ればそれは、およそ十代後半の少女が魅せる自然体であった。
感情のまま言葉を紡ぎ、本意に従って口を動かす。
今のジスカから、その一連の動作が見受けられたのだ。
「……では良き夢を。私達の戦いに、栄光の勝利があらん事を」
ジスカはそれ以降、余計な事を発さない。
また取り繕った態度を露わにし、邪悪なオーラを身体全体に纏わせる。
コツコツと甲高いヒールの音を鳴らし、漆黒の闇へと溶け込む。
「……」
セラハはその小さな背中を見届け、ある確信を抱く。
それは単純明快。
――彼女にも、何か思う所があるという事だ。
※みてみんにておまけイラストを投稿。興味がありましたら御覧下さい→http://6886.mitemin.net/i100613/※学園キングダムも更新→http://ncode.syosetu.com/n2670by/




