ep6 友の語る運命
旧友との酒飲みは楽しかった。
忘れかけていたあの頃の思い出。苦楽を共にし、戦場で杯を挙げた日々を……彼等は鮮明に覚えていた。アルバートも覚えていたので、話題が尽きる事は有り得なかった。
他にも嬉しかった事、悲しかった事、怒った事等々。それはもう数十年間の空白を埋めようとしていた。
アルバートもまた、ここ数十年間の思い出を語った。
自分がランドリオ帝国へと赴き、そこで六大将軍になった経緯。そして母国にはいなかった化け物と戦い、幾多もの英雄譚を残した逸話。酒が回った頃には、ゼノスについても述べた。
――旧友はそれを聞いて涙した。
彼等は首長時代、更には国王時代の苦しさを知っている。てっきり外国で、悠々と暮らしていたものと勘違いしていたようだ。
……だが現実は違う。
彼等が始原旅団の団員を引退した後も、アルバートは老体を動かしてきた。度重なる悲劇を受け止め、そして今に至るのだ。
『戦場の鬼』に安息の時はない。
もし安らかなる時が来たのならば、それはもう『死』だ。
半世紀以上も戦い続けた身としては、そういった未来しか存在しないだろうと思う。
……旧友は何も言わなかった。
勿論ジーハイルもだ。彼等は既に現役を引退し、安らかな場所で隠居生活を送っている身分だ。戦人に対する慰めは、同じ戦人にしか成し得ない。彼の苦痛を分かってあげられるのは、同じ六大将軍だけだろう……と、そう割り切るしかない。
嬉しい配慮である。しかし同時に、アルバートは寂しくも感じた。
かつて全てを共有した友が、こうして老いていく。戦場を駆ける体力もなければ、一般生活を満足に過ごす程の体力も有りはしない。
……時の流れは残酷である。
時間は刻々と過ぎていき、気付くと下の階は静寂と化していた。
明日も仕事がある故、若い者達は帰宅したのだろう。この酒場に残っているのはアルバート達だけだ。
その旧友達も、すっかり酔い潰れている。男達はいびきをかきながら床に寝転がり、女達はテーブルにうつ伏せとなり、寝息を立てている。
この場で起きているのは、アルバートとジーハイルだけであった。
二人は昔から酒に強い。始原旅団に在籍していた頃は、よく朝まで飲み明かしたものだ。ジーハイルは今でも健在らしく、タル二個分の酒を飲んでも全然酒気を帯びていない。
しかし若干ほろ酔い状態なのか、彼はニヤつきながらジョッキを傾ける。
喉に潤いを与え終えたジーハイルは、対面に座るアルバートを細目で見据える。
「……アルバート。お前、酒に弱くなったんじゃないか?」
彼は不思議そうに尋ねてくる。
豪快な飲みっぷりだった若い頃と比較しているのか。もしそうだとしたら、何とも理不尽な質問である。
アルバートは嘆息し、残りの酒を一気に飲み干す。
「ふん、馬鹿にするでない。最近は健康に気を使っているんじゃて」
「言うじゃないか……。なら今ここで勝負を……と言いたい所だけど、流石に俺も歳かな。もう呂律が回らない」
「……」
消え入るような声で言うジーハイルに対し、何も答えない。空のジョッキをテーブルに置き、姿勢を正す。
暖炉の中で薪が弾く音と、皆の寝息だけが支配する。人の囀りは一切聞こえず、囀る人間も二人以外は存在しない。
そんな状態が続く中――
アルバートは一言だけ告げる。
「……言いづらかったら、無理に答えなくとも良いぞ。元々はランドリオ帝国の問題……自分等の問題は、本来自分自信で解決せねばならんからの」
「……」
ジーハイルは俯き、その言葉を噛み締める。
笑顔は消え失せ、彼の表情はどことなく暗かった。暖かい空間なのに、何故か心の奥底は寒い。
様々な念がジーハイルを困惑させ、踏み止まらせる。
苦しそうに悩む親友を見て、アルバートは席を立つ。親友を苦しませるようならば、あえて聞こうとはしない。
……が、それは余計なお世話だったようだ。
「待てアルバート。……俺は大丈夫。むしろこれを話さないと……一生後悔する事になる」
「……そうか。なら聞かせてほしい」
再び席へと腰掛け、拝聴する態勢を取るアルバート。正面に居座る親友に、真っ直ぐな瞳を持って向かい合う。
今のアルバートは、六大将軍が一人。
親友ジーハイルはそう理解した上で、覚悟を決める事にした。
「……いいかアルバート。これから話す事は、全て真実だ。俺の虚言でもなければ、どこぞの噂話でもない。このパステノンの大地に誓う……絶対にだ」
「ああ、分かっとる。お前は嘘が下手だという事は、昔から心得ておる。ここは酒飲みの場……軽々しく話してみろ」
「……そうだな」
もはや迷う事はない。
どこまでも誠実な彼に、自分の知る情報を伝える。
「まずはこの国の現状から話そう。一応、今は国の御意見番もやっている身でな。ある程度の真実は知っている」
そして、彼は丹念に説明する。
――パステノン王国は部族間同士の動乱から始まり、数々の戦争の末、始原旅団と呼称する名も無き部族が建国した国だ。
建国者の名は、アルバート・ヴィッテルシュタイン。ジーハイルの親友でもある彼は、平和と戦争の根絶を願い、始原旅団を争いの抑制力として機能させる事にした。
始原旅団は最強の部族。それと同時に、彼等は誰よりも平和を願い、人々の幸せを慈しんだ。
……故に始原旅団は、正義の集団。
平和以上のものは望まなかった。平和を侵食する者以外には、決して暴力を振るわなかった。
――なのに。
現在のパステノン王国は、その理念に反している。
「俺達が現役を引退した直後だ。……お前の息子、ロダン・ヴィッテルシュタインが、ある強行策を提案した」
――それが、海外への侵略作戦。
現国王ロダンは自国では飽き足らず、十年以上前にその策を打ち出した。主な趣旨としては、近隣諸国の武力的制圧及び侵略。そして願わくば、大陸全土を支配するという帝国主義的な考えだ。
……無論、国内からも批判が殺到した。
ジーハイルや昔の仲間達も反発し、改めて国の理念を説いたが……まるで無駄だった。ロダンは聞く耳持たず、侵略作戦を実行した。
「お前も知っているんじゃないか?始原旅団を名乗る集団が、国そのものを乗っ取ったという事実を」
「……」
知っている。嫌でも分かっている。
何故なら、アルバートはこの目で見たからだ。
グラナーデ王国という小国の最期を。始原旅団に襲撃され、そこで一人の少年の人生が変わり、ある老人の人生が終わったのだから。
――そして、孫娘を殺す要因にもなったのだから。
「……残念ながら、ロダンは今も侵略活動を続けている。まあ俺の働きもあってか、独立出来た近隣諸国も幾つかあるがな」
「それがパステノン王国の現状、か。そして今、侵略の矛先がランドリオ帝国に向いているわけじゃな」
「そう捉えた方がいいだろう。ロダンは以前から、ランドリオ帝国の情報を収集していたからな。…………しかし、それも徒労に終わったらしいが」
「というと?」
嫌な予感を感じ、先を促すアルバート。
案の上、ジーハイルは驚きの言葉を呟く。
「――シールカードとの結託だよ。ロダンはシールカード勢力の力を借り、彼等を用いてランドリオへ攻め入ろうとしている」
「……やはりか!」
ジーハイルがそう断言するんだ、間違いはないだろう。
とどのつまり、パステノン王国もシールカードに関わっており、ロダンは彼等と手を結んでいるわけだ。ホフマンの情報は正しかったのだ。
最悪の場合、ロダンがギャンブラーだという可能性もあるだろう。
「おっと。お前まさか、ロダンの坊やが仕切っていると思ったのか?」
「……他に何を思えば良い。第三者が関わっているとでも?」
ロダン以外の、王国外の第三者がシールカードを所持しているのか?
「悪いがなアルバート。――ここから先は、落ち着いて聞いてくれ」
「?」
いやに神妙なジーハイルだが、その意図が全く掴めない。
「丁度いい、ここいらで最も重要な情報を伝えよう。――誰が一体、シールカードの手綱を引いているのかをな」
「ッ。何か知っているのか?」
はやる思いを抑え、つい席を立ち前のめりとなるアルバート。
これが一番知りたかった。ギャンブラーの正体が分かれば、アルバート達は何らかの行動を取れる。……例え、本来の力を失っていても。
ジーハイルは咄嗟に顔を歪ませる。
これも言い難いのか、しばしの沈黙が訪れる。
「……ジーハイル?」
怪訝そうに言われ、ジーハイルはハッとする。
「な、なあアルバート。……お前は、奇跡ってものを信じるか?」
「奇跡……?何を突然」
「いや冗談で言ってるんじゃない。――俺は見たんだ。この世にいない筈の者が、生きているという現実を」
「…………誰が生きていた?」
心臓の鼓動が大きくなり、生唾を飲む。
胸が締め付けられる様な不快感。何も聞いていないのに、異様に不安を抱いてしまう。
これは錯覚ではない。
アルバートの中の何かが疼いているのだ。
言い知れぬ恐怖は全身を這い、悪寒と共に身体を震わせる。このような現象は、まだ戦を知らぬ少年時代以来だ。
聞いてはいけない。
ここで耳にすれば、また新たな悲劇が起こる。
――だがそんな抵抗は、もはや手遅れであろう。
ジーハイルは目を閉じながら、ありのままの現実を伝える。
「――お前の孫娘だよ。そして、今はあの子がシールカードを統率している」
……。
アルバートの意識が弾け飛ぶ。
世界が歪曲したかの如く、視界に映る景色がぼんやりとする。
「そんな……馬鹿な」
……殺したはずの孫娘。心を鬼にし、彼女の心臓をこの手で貫いたはずなのに。彼女の吐息を聞き、彼女の想いを聞いて……。
――奇跡。
運命の悪戯か、はたまたシールカードが仕組んだ罠か。
数年を時を経て、セラハとまた出会う事になろうとは――夢にも思わなかった。
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