ep3 旅立ち
第二回円卓会議から二日後。
朝焼けに照らされたハルディロイ城を背に、行商人の恰好をしたゼノス達が、今からパステノン王国へ出立しようとしていた。
城下町の先にある正門を出た所で、彼等はアリーチェを中心として、後に出発する迎撃部隊の六大将軍達に見送られる。
――さて、時間だ。
アルゲッツェ城下町までの道のりは長い。ここからランドリオ港まで向かい、行商船に乗ってランドリオ大陸沿いに進み、右に大きく迂回する。物資の供給の為に、ランドリオ大陸最南端のオレトラル半島にある港町にて一泊。
そこからまた北に向かうわけだが、パステノン王国の海は氷海となっており、普通の行商船では行けない。砕氷船のある港町まで徒歩で行き、砕氷船に乗ってようやくパステノン港まで辿り着けるわけだ。
……恐らく、一週間以上はかかるだろう。
一刻も早く到着するよう、努力しなければならない。
「――アリーチェ様、私達はそろそろ出発します。どうかお身体に気を付けて、無理はなさらぬよう」
「それはこちらの台詞ですよ、ゼノス。……絶対に、絶対に無茶な戦闘だけは避けて下さい。今の貴方達は……」
「ええ、承知しております」
アリーチェが心配するのもよく分かる。
何故なら今のゼノス達は――ただの人間だ。強力な力は始祖によって封じられ、武器もまともに扱えない。
……久しぶりの感覚だ。如何に六大将軍と言えど、未熟な時代は確かに存在した。
これはその頃の状態だ。こんなにも儚い人間が、果たして上手く立ち回れるだろうか?
だが弱音も吐いていられない。多少の動きづらさは我慢し、何とかやるしかないのだ。
ゼノスが苦い表情をしていると、ユスティアラが肩に手を置いてくる。
「ふっ、苦労してるな聖騎士。力の無い生活はやや不便だと思うが、何とか頑張るがいい」
「あらまあ。ユスティアラったら、迎撃部隊に入ると知った時から上機嫌ね」
「ふふ、当然。力を封印される心配もないからな」
ユスティアラは応援(?)し、イルディエは彼女に対して苦笑する。まあいつもの調子なので、こちらとしては安心する一面でもある。
次にホフマンが近付いてきたが……彼は普段とは違う、真剣な面持ちを見せていた。茶化しに来たのかと思ったが、そうでもないようだ。
「……ゼノス殿、心配する必要はございません。このホフマン、ありとあらゆる試行錯誤を練って、必ずや援助いたしましょう」
「それは有り難いが、今はどうしようもないだろう。……それとも、何か良い策でもあるのか?」
ホフマンは自らの前髪を払い、白い歯をおもむろに見せる。
「――どうでしょう。良い策かどうかは、麗しき運命の女神が決める事です」
「……そうか。なら、期待しないでおこう」
ホフマンの意図を探し当てたのか、意味ありげに答えるゼノス。
最近分かった事だが、普段は何とも言えない態度を取っているが、彼の本性は狡猾で、非常に計算高い。
のらりくらりとやり過ごし、不意を突いて相手を殺す。
今のホフマンは、それを行おうとしているのだろう。確信や推測ではなく……これはあくまで勘なのだが。
正直な所、まだ彼の意図を察する事が出来ない。しかし彼が動く以上、何かしら成果を作るだろう。
言葉とは裏腹に、ゼノスは期待を抱いていた。
「よし、出発しよう皆――ッ」
言いかけた所で、ゼノスの両腕を抱き締める者達がいた。
……ゲルマニアとロザリーである。彼女達は無言のまま、ゼノスに身体を寄せて来る。
「……何してるんだ、二人共」
ゼノスは嫌な汗を垂らしながら、二人に尋ねる。
「決まっているじゃないですか。『夫婦』として潜伏する為の予行練習です」
「……同じく。でも、ゲルマニアは邪魔だと思う」
「…………それはロザリーさんも、じゃないですか?」
何だか知らないが、両者の視線がぶつかり、火花を散らしているような錯覚に囚われる。自然とゼノスを抱き締める力に付加がかかり、静かなる闘気が周囲を覆う。
更に不思議な事に、これを見たアリーチェとイルディエがこめかみをひくつかせる。
――怒っている様子だ。
「……ゼノス。分かっていると思いますが、これは仕事です。偽りの関係に華を咲かせ……仕事を怠らないよう、お願いしますね」
「アリーチェ様の言う通りよ。――イチャイチャも大概にね」
「あ、ああ」
別に自分から求めたわけでも無いのに、散々な言われようだ。
仕事は忠実にこなすし、本気で夫婦関係を演じるつもりはない。騎士として在る以上、皇帝陛下の命を果たさねば。
……しかし。
「む~」
「……ぬう」
ゼノスはまだ睨み合うゲルマニアとロザリーを見て、深い溜息をつく。
果たして自分の理性がどこまで続くか……強い忍耐力が問われるな、とゼノスはそう思った。
「――と、とにかく。我々は出発します。ではまた」
そそくさと告げ、ゼノス達は旅立つ。それを期にゲルマニア達も一旦落ち着き、ゼノスから離れていく。
これで一安心……とはいかない。
今まで沈黙を貫いていたアルバートへと近付き、その太い腕を叩く。
「な、何じゃ小僧。何か用かの」
「いや別に。ただちょっと、今から故郷に帰る男の心配をしててな」
「……」
彼は図星を突かれ、落ち着かない様子で自分の髭をいじる。
――アルバート・ヴィッテルシュタイン。元始原旅団の長であり、パステノン王国の建国者でもある。
だがゼノスの知る彼の情報はそこまでだ。何故彼が王国を離れ、ランドリオ帝国で六大将軍をしているのか、という疑問までは分からない。
彼自身は何も話さない。過去の事や、自分の事を。
――果たしてアルバートは、帰郷をどう思っているのか。
実の孫娘を殺し、それを見届けたゼノスとしては……ただただ不安を抱き、何か問題が起こらぬよう祈るしかない。
ゼノスはこの時、まだ知る由も無かった。
遥か北の異国、パステノンでは今――アルバートに対して愛憎を抱く少女が君臨している事を。
そして彼女が、この戦争に大きく関わっている事を。
追記;ep2の挿絵→http://mitemin.net/imagemanage/top/icode/95598/




