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白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
五章 雪原の覇者
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ep3 旅立ち



 第二回円卓会議から二日後。




 朝焼けに照らされたハルディロイ城を背に、行商人の恰好をしたゼノス達が、今からパステノン王国へ出立しようとしていた。



 城下町の先にある正門を出た所で、彼等はアリーチェを中心として、後に出発する迎撃部隊の六大将軍達に見送られる。




 ――さて、時間だ。




 アルゲッツェ城下町までの道のりは長い。ここからランドリオ港まで向かい、行商船に乗ってランドリオ大陸沿いに進み、右に大きく迂回する。物資の供給の為に、ランドリオ大陸最南端のオレトラル半島にある港町にて一泊。



 そこからまた北に向かうわけだが、パステノン王国の海は氷海となっており、普通の行商船では行けない。砕氷船のある港町まで徒歩で行き、砕氷船に乗ってようやくパステノン港まで辿り着けるわけだ。



 ……恐らく、一週間以上はかかるだろう。



 一刻も早く到着するよう、努力しなければならない。



「――アリーチェ様、私達はそろそろ出発します。どうかお身体に気を付けて、無理はなさらぬよう」



「それはこちらの台詞ですよ、ゼノス。……絶対に、絶対に無茶な戦闘だけは避けて下さい。今の貴方達は……」



「ええ、承知しております」



 アリーチェが心配するのもよく分かる。



 何故なら今のゼノス達は――ただの人間だ。強力な力は始祖によって封じられ、武器もまともに扱えない。



 ……久しぶりの感覚だ。如何に六大将軍と言えど、未熟な時代は確かに存在した。



 これはその頃の状態だ。こんなにも儚い人間が、果たして上手く立ち回れるだろうか?



 だが弱音も吐いていられない。多少の動きづらさは我慢し、何とかやるしかないのだ。



 ゼノスが苦い表情をしていると、ユスティアラが肩に手を置いてくる。



「ふっ、苦労してるな聖騎士。力の無い生活はやや不便だと思うが、何とか頑張るがいい」



「あらまあ。ユスティアラったら、迎撃部隊に入ると知った時から上機嫌ね」



「ふふ、当然。力を封印される心配もないからな」



 ユスティアラは応援(?)し、イルディエは彼女に対して苦笑する。まあいつもの調子なので、こちらとしては安心する一面でもある。



 次にホフマンが近付いてきたが……彼は普段とは違う、真剣な面持ちを見せていた。茶化しに来たのかと思ったが、そうでもないようだ。



「……ゼノス殿、心配する必要はございません。このホフマン、ありとあらゆる試行錯誤を練って、必ずや援助いたしましょう」



「それは有り難いが、今はどうしようもないだろう。……それとも、何か良い策でもあるのか?」



 ホフマンは自らの前髪を払い、白い歯をおもむろに見せる。



「――どうでしょう。良い策かどうかは、麗しき運命の女神が決める事です」



「……そうか。なら、期待しないでおこう」



 ホフマンの意図を探し当てたのか、意味ありげに答えるゼノス。



 最近分かった事だが、普段は何とも言えない態度を取っているが、彼の本性は狡猾で、非常に計算高い。



 のらりくらりとやり過ごし、不意を突いて相手を殺す。



 今のホフマンは、それを行おうとしているのだろう。確信や推測ではなく……これはあくまで勘なのだが。



 正直な所、まだ彼の意図を察する事が出来ない。しかし彼が動く以上、何かしら成果を作るだろう。



 言葉とは裏腹に、ゼノスは期待を抱いていた。



「よし、出発しよう皆――ッ」



 言いかけた所で、ゼノスの両腕を抱き締める者達がいた。



 ……ゲルマニアとロザリーである。彼女達は無言のまま、ゼノスに身体を寄せて来る。



「……何してるんだ、二人共」



 ゼノスは嫌な汗を垂らしながら、二人に尋ねる。



「決まっているじゃないですか。『夫婦』として潜伏する為の予行練習です」



「……同じく。でも、ゲルマニアは邪魔だと思う」



「…………それはロザリーさんも、じゃないですか?」



 何だか知らないが、両者の視線がぶつかり、火花を散らしているような錯覚に囚われる。自然とゼノスを抱き締める力に付加がかかり、静かなる闘気が周囲を覆う。



 更に不思議な事に、これを見たアリーチェとイルディエがこめかみをひくつかせる。



 ――怒っている様子だ。



「……ゼノス。分かっていると思いますが、これは仕事です。偽りの関係に華を咲かせ……仕事を怠らないよう、お願いしますね」



「アリーチェ様の言う通りよ。――イチャイチャも大概にね」



「あ、ああ」



 別に自分から求めたわけでも無いのに、散々な言われようだ。



 仕事は忠実にこなすし、本気で夫婦関係を演じるつもりはない。騎士として在る以上、皇帝陛下の命を果たさねば。



 ……しかし。



「む~」



「……ぬう」



 ゼノスはまだ睨み合うゲルマニアとロザリーを見て、深い溜息をつく。



 果たして自分の理性がどこまで続くか……強い忍耐力が問われるな、とゼノスはそう思った。



「――と、とにかく。我々は出発します。ではまた」



 そそくさと告げ、ゼノス達は旅立つ。それを期にゲルマニア達も一旦落ち着き、ゼノスから離れていく。



 これで一安心……とはいかない。



 今まで沈黙を貫いていたアルバートへと近付き、その太い腕を叩く。



「な、何じゃ小僧。何か用かの」



「いや別に。ただちょっと、今から故郷に帰る男の心配をしててな」



「……」



 彼は図星を突かれ、落ち着かない様子で自分の髭をいじる。



 ――アルバート・ヴィッテルシュタイン。元始原旅団の長であり、パステノン王国の建国者でもある。



 だがゼノスの知る彼の情報はそこまでだ。何故彼が王国を離れ、ランドリオ帝国で六大将軍をしているのか、という疑問までは分からない。



 彼自身は何も話さない。過去の事や、自分の事を。




 ――果たしてアルバートは、帰郷をどう思っているのか。




 実の孫娘を殺し、それを見届けたゼノスとしては……ただただ不安を抱き、何か問題が起こらぬよう祈るしかない。







 ゼノスはこの時、まだ知る由も無かった。




 遥か北の異国、パステノンでは今――アルバートに対して愛憎を抱く少女が君臨している事を。







 そして彼女が、この戦争に大きく関わっている事を。











追記;ep2の挿絵→http://mitemin.net/imagemanage/top/icode/95598/

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